ランドリーランブル
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
まわるまわる。
水が回る。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
洗濯物が回る。
まわるまわる。
私の目も、頭も回る。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
私は疲れきった体をベンチに預け、洗濯機の中で奇麗になっていく洗濯物をぼーっと見つめていた。
一人っきりの深夜のコインランドリー。
もうすっかり老舗のこの店は、この当たりに住む風呂なし洗濯機なしのぼろアパートに住む住人たちの憩いの場所だった。
私はここの常連だ。
古い規則や考え方に縛られた田舎が嫌で、この町に飛び出して来た私。
眠らないこの町に住んでもう一年になるけど、毎日忙しく働いているおかげで仕事以外の友達も彼氏も出来ずに、仕事に出かけては帰って眠るだけの生活を続けていた。
「私って寂しい女なのかな……」
「あなたは寂しい人なんですか?」
つい口に出た独り言に答える声に驚いて振り返ると、ギターケースを背負った長身の男性が立っていた。
最近の私の唯一の話し相手。
たまにコインランドリーで一緒になるうちに話すようになった木村さんだった。
「あ……、どうも……」
少し気まずくて俯く私の隣に座り、木村さんは優しい笑顔で微笑みかけた。
「どうも。こんばんは。お仕事ですか? こんな時間まで大変ですね」
「そうなんです。木村さんはライブですか?」
「ええ、そうなんですよ。プロ目指してますから。ライブハウスでの経験も大事ですけど、路上ライブはかかせません」
「じゃあ、今日は駅前で?」
「はい。歌ってきました」
木村さんは自信の洗濯物を私の隣の洗濯機に入れ、スイッチを入れた。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
まわるまわる。
「ね? 今度。僕の曲聞きに来てくださいよ」
「是非そうしたいんですけど。なかなか仕事が終わらなくて……」
「そうですよね。夜中にギターひく訳にもいきませんし」
「凄いですよね。木村さんは」
「えっ?」
「だって、私とそんなに年も変わらないのに、自分の好きなように生きてる。それって、すごく勇気のいることだと思うんです。羨ましいなって」
「そんなことないですよ。僕なんてただのフリーターですし、親ともしょっちゅう喧嘩してますよ。夢ばっかり追うのは諦めろって。まだ二十なのに、ちゃんと職について、働いて、自立してる」
「いいえ。そんな。私は、流されて仕事をしているだけです。好きなことも特にないし、でも田舎にいるのが嫌で、都会にでてきたただの不良娘です。自分のやりたいことを見つけて、それに一生懸命になっている木村さんは、とても素敵だと思います」
素敵だと思います。
本心だった。
「仕事に追われ、灰色の毎日を送っている私にとって、貧乏ながらも自分の夢を追いかけ、自分の人生に責任を持って生きている木村さんはいつもきらきらしていて。見ているだけで元気になります」
ここのコインランドリーにくる度、木村さんはこないかな。きてないかなって、いつも期待している自分がいつのころからいることに、私は気づいていた。
「本当ですか? それは嬉しいなぁ」
木村さんは照れくさそうに頭を掻いた。
そんな仕草ひとつひとつが、私にはとても魅力的に見えた。
これって、もしかして……。
私は私の気持ちに戸惑った。
恋?
これまで恋愛などしたことのない私は、はじめての感情に顔が赤くなるのを感じた。
木村さんは慌てて顔を隠す私には気づかずに、回転する洗濯物を見ている。
よかった……。
「じゃあ、ちょっとだけ、歌ってもいいですか?」
「え?」
「僕の新曲。アカペラですけど。聞いてください」
「お願いします……」
「それじゃ……」
木村さんは深く息を吸うと、優しい声で歌い始めた。
木村さんの声は、透明な風になって私の心に染み入ってくるような気がした。
あの人は希望を歌う
“夢はいつか叶うよ”と
“自分の好きなように生きてみようよ”と
スポットライトを浴びて
沢山の人に愛されて
あの人は希望を歌う
さあ、どうだろう
僕はどうだろう
未来はいつでも自分のものだ
いつかいつの日か
僕も僕の希望を歌ってもいいのかな
僕も僕自身の歌を
あなたに届けたい
「……どうですか?」
「とても素敵だと思います。木村さんらしくて。優しくて。私は好きです」
「ありがとうございます」
私の顔をみてにこっとわらう木村さんの笑顔に、胸が締め付けられるのを感じた。
「こちらこそ、素敵な歌を聞かせていただいてありがとうございます。良い曲でした」
「ありがとうございます。でも、なかなかファンが増えなくて。CDが売れないんですよね」
「今度のライブの日程教えてください。私、絶対行きます」
「ありがとうございます。それじゃ。これ」
木村さんはギターケースのポケットから、くしゃくしゃになったチケットを取り出して私に渡した。
「僕の次のライブのチケットです。そこそこ大きなライブハウスでやるんで、期待しててください。……残念ながらワンマンライブではないんですけど」
「これ、もらって良いんですか? お金払いますよ」
「いいです。もらってください。だってあなたは、僕の新曲を好きだって言ってくれたはじめての人ですから」
「……ありがとうございます」
「良かった。間に合った……」
大急ぎで仕事を終わらせた私は、木村さんのライブが行われる会場へ走り込んだ。
一旦家に帰って、着替えもして来た。
メイクも直したし、ぬかりはない。
ライブハウスという場所にはじめて入った私は少し緊張気味に木村さんの番を待った。
あまり人の入っていないライブハウス。
それでも、出演者たちはみな真剣に自らのステージを作り上げていた。
「みなさん、こんばんは。本日はお忙しい中お越しいただいてありがとうございます」
木村さんの出番は五番目だった。
いつものあの優しい笑顔で挨拶する。
私をみつけると、小さくウインクしてくれた。
「今日は、新曲を発表したいと思います。聞いてください」
そして木村さんは深く息を吸うと、優しい声で歌い始めた。
スポットライトを浴びた木村さんはとても素敵で……。
まるで自ら光を発しているように、輝いて見えた。
あの人は希望を歌う
“夢はいつか叶うよ”と
“自分の好きなように生きてみようよ”と
スポットライトを浴びて
沢山の人に愛されて
あの人は希望を歌う
ああ。
私は、あの人が好きだ。
光と影。
対照的なように感じるけど。私は木村さんが好き。
影は光に、認めてもらえるのかな。
ライブが終わると、私は会場の外で、木村さんを待った。
「あ。どうも。今日はありがとうございました」
ライブハウスから出て来た木村さんは私を見つけると、笑顔で駆け寄って来てくれた。
「こちらこそ。誘っていただいてありがとうございました」
丁寧におじぎをする私に、「いえいえ。そんな」木村さんは照れくさそうにまた笑った。
「素敵なライブでした」
「そうですか?」
「ええ。最高の夜でしたよ」
「ありがとうございます」
木村さんは大きく伸びをして、星空を仰ぎ見た。
「いつか、大きな舞台で、大勢の人に聞いてもらいたい」
「ええ。私も。もっと大勢の人に聞かせてあげたいです」
「ありがとうございます」
木村さんはにっと笑うと、小さく頭を下げた。
そんな姿も愛らしくて、思わず私は木村さんの頭を優しく撫でた。
「えっ?」
頭をあげた木村さんのいぶかしげな視線に耐えきれずに私は踵を返した。
「素敵なライブのご褒美です」
「ありがとうございます。あなたの今日の服装も、とっても素敵ですよ」
「あっ……。ありがとうございます……」
気づいてもらえた。
良かった。
変な声、出なかったかな? 大丈夫かな?
「いつもコインランドリーで見るのとはちがって、これもまた良い」
「私、明日早いんで今日はもう帰りますね」
「はい。おやすみなさい」
真っ赤になっているであろう顔を見られなために、私はできるだけ早足でその場を立ち去った。
月だけが、そんな私を見守っていた。
「あっ、今日も会いましたね」
ひとりっきりの深夜のコインランドリー。
もうすっかり指定席になってしまっているベンチに腰掛けて本を読んでいた私に、木村さんはいつものように優しく微笑みかけてくれた。
「こんばんは」
私は本を閉じて、木村さんのためにベンチにスペースをあけると、そこに座った木村さんといつものように世間話を始める。
「今日もお仕事ですか?」
「ええ。そうなんです。最近急な案件が多くて」
「お忙しそうでなによりです」
「木村さんはまたライブですか?」
「いいえ。今日オーディションに」
「オーディションですか。それは凄い」
「ええ。小さなレーベルなんですけど。そこそこ有名なところなんです。審査員の中には有名なアーティストを何人も発掘して来た人もいて、そんな審査員の目に留まれば、デビューも遠くないかもなんです」
「それは凄い」
「結果待ちなんですけどね」
「結果はいつわかるんですか?」
「一週間後です」
「緊張しますね」
「ええ。まるで、志望校の合否を待つの受験生のようです」
「そうですね」
ふふっと、二人で笑い合う。
「ええ。そうなんです。緊張しますよね」
「なんだか、私まで緊張してきました」
「そんな。なんだか、申し訳ない」
「木村さんなら、きっと大丈夫ですよ。きっと」
「ありがとうございます」
木村さんが帰った後も、私はしばらくベンチに座ったままぼーっとしていた。
木村さんがデビューかぁ。
木村さんは直着と目標に近づいているのに、私は目標すら無い。
あーあ……。
空しさに押しつぶされそうになるのに耐えながら、私も岐路についた。
「ああ、どうも。また会いましたね」
「こんばんは」
今日は珍しく木村さんの方が先に洗濯していた。
「どうしたんですか? 元気が無い」
「あ、わかります?」
「わかります。わかります」
「実は今日、会社ですっごい怒られて……」
「良かったら話聞きますよ?」
「ありがとうございます」
「話してみてください」
今日も外は満月。
お月様が私たちを見守ってくれているみたい。
話しているうちに、心が穏やかになるのを私は感じた。
「……それで、私は常識がないだの、女の子として恥ずかしくないだのってさんざん……」
「それは災難でしたね」
木村さんはうんうんと神妙なおももちで頷いた。
そんな仕草が可笑しくて、笑いなきする私を変な顔で見て、木村さんもまた笑い出した。
「実はね。今日、僕も嫌なことがありまして……」
「え? そうなんですか」
「ええ。でも、あなたのことを見ていたら、なんだか明るい気持ちになりました」
「それは私もです。ありがとうございます」
「こちらこそ。ありがとう」
「ところで、何があったか、聞かせていただいてもいいですか?」
「ああ、いいですよ。実は……、オーディションに落ちてしまって……」
「ああ。例の?」
「はい。例の」
「それは、残念でしたね」
「やっぱり、自分の曲を良く思ってもらえないのは悲しいことです」
「そうですね……。私は好きですけど」
「ああ、ありがとう。そう言ってもらえる人が一人でもいるだけで、僕は幸せです」
「人の心を動かせるものをつくれるひとって、凄いと思うんです。人を感動させたり、元気づけたり、そんなことができる人って、凄いなぁって……。思うんです」
「そうですね。僕も、そんな人になりたいな」
「私にとっては、木村さんはもうそんな人ですよ」
「そうですか?」
「そうです」
「えーー、あんた、そりゃ、恋だね」
一人の深夜のコインランドリー。
久しぶりに地元の子との電話をして、木村さんのことを打ち明けると、開口一番そう言われた。
「え? そうかな」
「そうだって。あんたも隅におけないねぇ」
「もうっ……」
「都会に行って、へたれてるかと思ったけど、どっこい元気に生きてんじゃんかよ」
「そんなことないよ」
「恋なんかしちゃって。ああいいな。私もあんたみたいなピュアな恋してみたい」
「ピュア……?」
「そうよ。ピュアピュアじゃん。あんたら」
「そうかな?」
「そうだよ。好きなら早く捕まえときなよ。じゃないと、彼女つくっちゃうかもよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
「そうか……」
木村さんが彼女をつくる。
そんなこと、考えたこともなかった。
木村さんの彼女になる。
そんなの、もっと考えたことない。
「でも、誰かとつきあうなんて、考えられないよ」
「そりゃあね。あんた、誰ともつきあったこと無いもんね」
「そうだけど……」
洗濯機をぼーっと見る。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
「どうしたらいいかな?」
「どうしたらって……。やっぱ、告白するしかないんじゃない?」
「え? 告白……。ムリ」
「あんた。考える前にムリって言ってるでしょ」
「そうだけど」
「なんでムリだって思うわけ?」
「だって、彼には夢も目標もあって、でも私にはそんなのまったくなくて……」
「だから?」
「彼が輝いて見えるの。とっても。でも私は夢も目標も無い。ただ、毎日生きてるだけの女で……」
「つまり、自分に自信が無いと?」
「……はい」
「はぁ〜。あんたねぇ」
「彼はそんなあんたが好きで、会うたびに一時間も話してくれるんじゃないの?」
「え? そうなのかな?」
そうなのか?
「そうだよ。普通、興味のない女と一時間も話せないよ」
そうなのか……。
「向こうも気があるって。絶対」
そうなのか。
「わかった。言ってみる」
「おう。頑張れ。びしっと玉砕してこい」
「え〜?」
「嘘うそ」
「もう」
「頑張れ。応援してる」
「うん……」
今日は彼の単独ライブの日。
一人の彼いわく、活動を始めてからはじめての、念願の単独ライブ。
ああ、なんだか緊張するな〜。
昨日のコインランドリーで、ライブ後に少し話があるから聞いて欲しいと言ってしまった。
……今日、告白するんだ。
この日のためにちょっと奮発して買った花柄のワンピースで武装して、私はライブハウスへ乗り込んだ。
もうすっかり通いなれた彼のお気に入りのライブハウス……。
いつもは人がちらほらいるだけだけど……。
あれ?
今日は満員だ。
若い女性たちで、ホールは既に埋め尽くされていた。
「木村君はじめての単独ライブだから、仕事早引きしちゃった」
「私も〜」
「楽しみだよね」
近くにいた少し派手目の若い女性グループが話している。
「きゃ〜、木村さんついに単独ライブなんですね! 感動」
「応援して来たかいがあったよね」
昔からファンだったっぽいちょっと通な女の子たちもいる。
ああ……。
ああ、木村さん、こんなに人気あったんだ。
知らなかった。
そういや、あの子たち、ライブでよく見るな。
ああ……。
気持ちが沈んでいくのを感じた。
きらきらの木村さんが、こんなかわいい女の子たちのなかから、私なんて選んでくれるはずが無い。
「みなさん、お待たせしました」
黄色い歓声に包まれて木村さんが登場した。
いつも通りのやさしい笑顔。やわらかい声。
やわらかい……。
「今日ははじめての単独ライブにお越しいただいて、誠にありがとうございます。ここまでこれたのも、ひとえにみなさまのおかげだと、感じています」
「木村君固いよ〜」
「きゃ〜木村さん!」
「ごめんなさn。少し緊張してしまって。それでは、早速聞いてください」
木村さんは会場にいる女の子たちと会話しながら舞台をつくりあげていく。
ああ。
かっこいいなぁ。
こんな思いでこの舞台を見ている子が、あと何人いることか。
そんな子たちに、私は勝てるのか?
「今日はお疲れさまでした」
ライブ後、私は真っ先に楽屋に走り込んだ。
「ありがとう」
木村さんに花束を手渡すと、木村さんはいつものように笑って受け取ってくれた。
ああ……。
「今日のライブ、どうでした?」
「とっても素敵でした」
私はやっぱり……。
「そうですか? 良かった。ありがとう」
「私こそ、素敵な夜をありがとうございました」
この人が好き。
「それで? 話って何ですか?」
木村さんのながいまつげが、私を見つめる。
「あっ、あのっ……」
言うか?
言ってしまうか?
見つめられただけで真っ赤になるのを感じながら、私はかぶりをふった。
「いえ、ただ、それだけ言いたくて……」
「そうですか。ありがとうございます」
いいのか?
このままで。
本当に?
あの子たちに戦わずして負けるのか?
……嫌だ。
「あのっ……、やっぱり、言いたいことが」
「なんですか?」
「私は……、あなたが好……」
私の告白は、楽屋にやって来たファンの女の子たちの歓声でかき消された。
「きゃー! 木村さん! 今日は凄く良かったです!」
「最高でした!」
「サインください! 初の単独ライブ成功の!」
「あ、はは、ありがとうございます。あのっ……、話は?」
女の子たちに圧倒されながらも私を気遣ってくれる木村さんに、私は楽屋の隅っこで小さく手を振るしか無かった。
「なんでもないです! 今日はお疲れさまでした」
お辞儀して楽屋を出る。
「ありがとうございました」
木村さんの声が、女の子たちの声でかき消される。
ああ。
駄目だ。
私は、あの子たちにはなれない。
派手で、奇麗で、おしゃれ。
私はその対極にいる。
なんでよ……。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
洗濯機を眺めながら、私は暗い気持ちでベンチに座っていた。
一人きりの深夜のコインランドリー。
私はこの洗濯機と一緒。
ただ回転し続けてるだけ。
働いて働いて、夜になって疲れを落としてまた働くだけの生活。
木村さんみたいな人と、私は釣り合わない。
叶わない恋ならいっそ、好きになんかならなきゃ良かった。
そしたらこんな、つらい気持ちにならずに済んだのに……。
ポタリ。
涙がコンクリートの地面に落ちて、しみ込んでいく。
しみ込んでいく……。
「ううっ……」
恋って、こんなに悲しいものなの?
玉砕すらできなかったよ、私。
この洗濯機みたいに、私の心のもやもやも洗い流してくれたらいいのに。
私のこの気持ちも。
なかったことにならないかなぁ……。
朝だ。
カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光に、私はベッドから体を起こした。
泣きはらした目をこする。
昨日は結局、涙が止まらなくて眠れなかった。
それでも、眠くはない。
寝不足の頭でぼーっと起き上がる。
……買い物でも行こうかな。
このままこの部屋にいても、心が休まるとは思わなかった。
食欲も無い。
太陽の下を歩いたら、ほんの少しでも気が軽くなる期待を込めて、私は家の外へ出た。
久しぶりの休日。
それといってすることも無い。
若いくせに、私ってかなりの仕事人間なのかな?
おしゃれに興味がないわけでもないが、節約しているのでなかなか高価なものへは手が出ない。
それでいつも同じ服ってのも、やっぱり芸がないのかな。
あ〜あ。
あの子たち、かわいいなぁ
頭にリボンなんかつけて。
すれ違う女の子たちのファッションチェックを何気にしてしまう。
私ちょっと、おばさん臭い?
ま、いっか。
同年代の子たちはまだ大学生かぁ。
女の子の集団を見ながら、私はぼうっと立ち止まった。
いいなぁ。
恋に勉強に、青春してるんだろうなぁ。
私は……。
私も、もしかしたらああやって青春してたのかな。
田舎にいて、ちゃんと親の言う通り生きてたら。
ううん。違う。
私はいまの私が好き。
自分に言い聞かせるように心の中で唱えると、私はまた歩き出した。
「あれっ? 今日は買い物ですか?」
不意に声をかけられた。
いつもの優しいあの声だ。
「木村さん?」
振り返ると、エプロン姿の木村さんが花を手に立っていた。
「昼間に会うの、はじめてですね」
「そうですね……」
私の顔、まだ涙の後、ついてないよね?
「昨日はちゃんとお話できなくてすみませんでした」
「いえいえ。木村さん、何をされているんですか?」
「あ、これ? バイトですよ」
花を持ってはにかむ木村さんは、とっても素敵だった。
「今日はお休みですか?」
「そうなんです」
「それはそれは。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ僕はこれで。仕事に戻ります」
「はい。頑張ってください」
ああ。
私はやっぱり、この人が好き。
短い会話だったが、どんどん心が浄化されていくの私は感じていた。
この気持ち、伝えたい。
ええいっ、どうにでもなれ!
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
一人っきりの深夜のコインランドリー。
「こんばんは」
「こんばんは」
木村さんはいつものように私の隣に座る。
私はいつものように、木村さんの座りやすいように少しよこにずれる。
「あのっ」
「はい?」
「少し、話せませんか? ……できれば外で」
「いいですよ。今日は満月で空がとっても奇麗ですからね」
「ありがとうございます」
コインランドリーを出て、肩を並べて、無言で歩く。
本当に、今日の星空は奇麗。
「あの……」
言ってしまえ。
早く。
「何ですか?」
木村さんはいつものように微笑んでくれた。
月明かりに照らされて。
とても、素敵だ……。
「あの……。私、あなたが好きです」
この気持ちが、愛だろうが、恋だろうが、そんなこと、どうでもいい。
名前のつけられないこの気持ちを、私は木村さんに伝えたかった。
「えっ……」
突然の告白に、木村さんは少し驚いたように声をあげた。
「夢に向かって真っすぐなあなたが好きです。木村さん。私は、あなたが好き」
「僕を?」
「はい」
木村さんは何か考えるように数秒間押し黙った。
「……駄目ですよ。僕みたいな根無し草なんか好きになっちゃ。あなたにはもっと素敵なひとが似合います」
「その素敵な人が木村さんなんです」
「そんな……」
「私じゃ、駄目ですか?」
「駄目じゃないです」
木村さんは小さく息をすった。
「僕も……僕も、あなたが好きでした」
え?
そうだったんですか?
「じゃあ……」
「でも駄目です。僕は夢を諦めきれない。この夢が叶うまでは、誰ともつきあうなんてできません」
「そんな……」
木村さんは覚悟を決めたような顔で私を見た。
「僕、この町を出ることにしたんです」
「え?」
「東京に行こうと思います」
「東京に……?」
「はい。この前のオーディションで僕は落ちちゃったんですけど、たまたまそれを東京で有名な音楽プロデューサーさんが聞いてくださったみたいで。東京に来ないかって」
「すごいじゃないですか」
「ええ。これにかけてみようと思います……。あなたと分かれるのは寂しいですね」
「私もです。でも、頑張ってください」
涙はでなかった。
だって、木村さんも私のことを好きだと言ってくれた。
この恋は片思いで終わるけど、でも、それでも、思いを伝えれてよかった。
「さようなら。いままで、楽しかったです。ありがとう」
「さようなら」
それしか言えなかった。
さようなら。
どうか元気でいてください。
無言でコインランドリーに戻ると、手慣れた手つきで洗濯物を回収する。
「そうだ。僕、新曲を作ったんです。この曲をあなたに捧げます」
別れ際、木村さんはCDを私に手渡した。
「タイトルは、ランドリーランブル。僕とあなたの歌です」
「私と木村さんの?」
「ええ。さよならのときに渡そうと思ってたんです」
「……ありがとうございます」
CDを受け取り、私はコインランドリーの前で、見えなくなるまで木村さんを見送った。
さようなら。
さようなら。
またいつか。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
まわるまわる。
この気持ちも。
深夜のコインランドリー。
今日も私は、帰らない彼を待つ。