金曜日の放課後の悪い事
ヒロインたちによって微妙に学園の雰囲気が荒れてきたまま、時間がどんどん過ぎる。
日曜日から水曜日の習い事はなんとか様になってきた。
木曜日?知らないわ!
あの厄日から学園内でもエリオットと交流するようになってしまったけれど、きっとまだ周りの人には許婚だってばれてないはずよ!!
もうすぐ2年生になってしまう。
残り放課後1日、休日1日。相変わらず全く決まらずに難航していた。そもそも自分が何をやりたいか決まらないのがいけないと思った。
悩んだ末に母に将来のために何をしたらいいか相談したら、許婚との勉強会を放課後に勧められた。
「相談内容と違いますわ。私はただ勉強したいのではなく、自分で将来に必要なものを見つけたいのです。」
なんとか反論したら、首をかしげられた。怪しげな笑いをこぼして、もう一度勉強会について勧められる。
「貴方にも本当はもう見えているはずです。必要なものは、自分の婚約者のそばにいればいるほど見つかるはずよ。」
母には何が見えているのかしら。「将来の旦那様に聞いてみなさい」な意味が込められている気がしたけど、気が付かないったら気が付かない!
原点に返ってゲーム内で何が起きていたか振り返ってみた。
2年生に進学するあたりで『麻薬の取引が学園内で行われているかもしれない。』といった話から始まり捜索イベントになる。このイベントでは決定的なものが見つからず、2年生の間は麻薬取引の噂の正体を探すのがメインのイベントになっていた。
3年生になってすぐにモモンガルガル教の生徒が科学クラブを麻薬取引に使っていたことが発覚。
ヒロインとルート固定に入った攻略対象が科学クラブに潜入しながら、色々スチル回収イベントがあって証拠を固めていく。後半で悪役のクラリベルも関わってきて破滅の断罪イベントになる。
…よし、最近できた宗教に潜入してみましょう!モモンガルガル教以外なら文化の違いを探す方向から何か見つかるかもしれないわ!!水曜日の習い事をくださっている神殿の皆さまごめんなさい!
日曜日の狩りにどさくさで臭い消しの薬草と目くらましの玉を入手しておく。
月曜日の生徒たちからこっそり使い古された普段着をもらった。
火曜日の葡萄畑で使う虫よけのすっぽり顔が隠せるほっかむりを拝借した。
水曜日の神殿の関係者から色んな新宗教の情報を貰い、安全そうなものを探す。
木曜日の隠密、観察眼を使ってアリバイ作りと気配消しを磨く。
念入りに準備していたら時間がかかって2年生になってしまった。許婚が捜索イベントにつかまるまでべったり一緒にいたのが原因です。
一人の時間がほしい!
金曜日
待ちに待った新しい宗教に潜り込んでみた。
運がよければ人生観がかわるかもしれないと思って期待していた。一人で行動するのは久しぶりだ。平民の服を着て、顔にはすっぽりほっかむりを被り、気配を消して組織を探索する。全員似たような格好なので上手く紛れ込めた。
リスリスドスコイ教
野鳥観察クラブと同じ気配がして、安全そうな新宗教を選んでたらここだった。
においにだけ厳しいと聞いていたけれど、準備していた薬草で許可が下りてよかった。名前からして意味がわからなかったけど、入ったら大量のリスの住む巨大な木のウロの巣の中に組織があった。専らリスを観察し、毛艶や餌を報告し合っている。既視感がわいて、気が緩んでしまう。隣にエリオットがいないことが少し寂しく感じた。
紛らわすようにさっそく教団の人間に話しかけにいった。目立たないように壁でリスを観察している人に近づく。
幻覚かな?
許婚だった。
全身をローブで覆っているけれど、私が許婚を間違えるはずがない。
とりあえず帰らせてほしい。
今すぐに!!
出かかった挨拶を飲み込む。踵を返したかったけれど捕まりました。
「どうしてここにいるんだい、クラ…新入団員さん?」
「ひ、人違いでは…う、…そんな顔で見ないでくださいませ。合ってますわ。あなたこそどうしてここに…?」
誤魔化そうとして、かっぴらかれた目の視線に断念。おっとりしている彼の目が開かれると迫力があった。かつてないほど許婚が怖い…。
「麻薬の取引を聞きつけて潜入しているんだ。餌の名前が麻薬の名前に比喩で使われている。ここは危険だからすぐに出よう」
「え、そんな…」
いつになく真剣に言われ、すぐに宗教から脱退手続きをした。
理由は
『ゴリリス様の毛がクシャミと鼻水を引き起こしてしまい、偉大なリス様方の毛艶を汚してしまうから』
申請がすぐ通ってしまった。
あっさり過ぎて、本当に危険だったのか首を傾げる。
アレルギー体質を偽造されたけど、とりあえず無事に帰してもらえそうでほっとした。
…何か月も準備したのに、一瞬で終わった。目くらまし玉が無駄になったし、未知の恐怖にドキドキした時間を誰か返してほしい。
帰り道、護衛付きの馬車の中でこの先について考えたかったけれど、エリオットにいかに危険だったかお説教を頂き何も考えられなかった。本気で怒っている彼に、申し訳なさでいっぱいになる。
「危険なのはモモンガルガル教だとばかり…迂闊でした、申し訳ございません。」
「何故それを貴女が!?…モモンガルガル教とリスリスドスコイ教は元は同じ犯罪組織から分かれたものだよ…動物名の入っている最近できた宗教はほぼ黒だから近づいてはいけないよ、いいね? 」
子供に諭すように言われて深く反省する。
項垂れていると、正面に座る許婚がいつもの穏やかな笑顔にもどって質問してきた。
「野鳥観察クラブに入っていて、もしかしたらとは思ったけど、君は可愛い生き物が好きなのかい?」
「…そういうことにしといて下さい。」
真実を話せずに肯定する。彼から翌日にぬいぐるみプレゼントのラッシュが始まりそうだったので、丁重にお断りをいれた。雰囲気は穏やかなものになっていたけれど、自分の領地が見えてきてエリオットと2人きりの時間が終わることにほっとした。
「今日のことは大事にならなかったからご両親に秘密にするけれど、他にまだ僕に隠していることはある?」
ふと彼が探るように聞いてきて、彼以外誰もいない今がチャンスな気がした。
「あの、卒業後に結婚するのがいやなんですの。現状、誰も私たちが婚約していることを知らないではありませんか。学園内でほとんど交流もありませんし…その…」
婚約解消したいと言うつもりだった。胸が苦しくて言葉にできない…。今がチャンスなのに、どうして!?
「なるほど…卒業後に結婚することが嫌なんだね…?うーん、…確かに学園内では交流が少ないし…。」
考えるように黙り込む彼の言葉に、ようやく自分がどうしたいのかわかった。先ほどの言葉を後悔する。
私はエリオットのことが好き。本当はエリオットと結婚したかった。学園に入学してから色んな習い事を通して彼を知って、傍にいることが当たり前のようになってしまった。
いつも彼が傍にいて、彼の姿が見えないと不安になってしまうなんて…
ん?待って…
…これはサブリミナル効果がおきている!?
シリアスが心の中からシュッと音を立てて消えた。
危なかった!そうだ、サブリミナル効果よ。毎日毎日許婚がいるから刷り込まれている!
許婚怖い!
でも毎日会いたい…
好きになってもまだゲーム内と同じことが起きてるのに危険だわ!
これからは恋心を消す習い事をしましょう、それがいいわ!
金曜日はオカルトクラブに土曜日は魔法薬学にでも話を聞きに行きましょう!!
やっと決まった予定にガッツポーズをとった時、見慣れた屋敷に馬車が停まる。
「クラリベルの願いはよくわかったよ、後は任せて今日はゆっくり休んでね!」
エスコートされながら、エリオットに素敵な笑顔で言われたことが何故か引っかかった。