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幼女襲来


「世話になったな。」


 憑き物が落ちたかのようなスッキリした顔で、ローガンは北の地へ旅に出かけた。バスキット地方の騒動で、肝心のチェッカーベリーのなる湖を見に行けなかった。彼の探し人はもういないけれど、思い出の地を最後に見てきたいと半月分の休暇申請してきたのだ。今はもう状況が落ち着いて、僕もたまに休暇をとることができるようになったから快諾した。


「よかったのか、あいつもう帰ってこないかもしれないぞ?」


 先ほどまではローガンに土産を催促してお茶らけていたヴィントが、彼の姿が見えなくなるなり不穏なことを言い出す。彼には大事な人の墓守の仕事もあるから、僕はそこまで心配していない。


「思い出の地で死ぬような奴じゃないだろう。もし帰ってこなくても、僕として構わないよ。あの脳筋は扱いずらくてしょうがなかった。」


 鼻で笑ったつもりが、ちょっと湿っぽくなっていた。察したヴィントにおちょくられる前に、屋敷へと足を返した。






「えぇ…早くない?」


 バスキット地方に行くのに3日強、往復だけで1週間かかるのに1週間ほどで脳筋はトンボ帰りしてきた。


「すまない、助けてくれ!」


 涙目のむさい男に縋りつかれても迷惑極まりない。


「ローガン、この人だあれ?」


 可愛らしい声がどこからかして、筋肉でできた巨体が小さく震え上がった。しばらくして、彼の足の影からミルクティーブラウンの髪の3.4歳ほどの幼女がこちらに顔をだした。瞳の色はグレーアンバー色で珍しい。いやそれどころじゃない、子供は腕を骨折しているのか包帯で腕をつっており、他にもあちこち怪我をしているようだ。否応なしに、いつぞやのヒローナの悲劇を連想させられた。


「お前、この子はどうした…?あっ、まさか攫ってきたんじゃ…?」


 真っ青になったヴィントが後ずさって幼女から距離をとる。


「わからない。俺には何が起きているのかわからないんだ!!」

 

 動揺しているローガンを落ち着かせて、幼女と一緒に地下へ移動した。





「ヒナねぇ、湖でずっとローガンを待ってたの!」

「この子供が湖でおぼれていたから助けたんだが、ずっとこの調子なんだ。」


 温かいお茶とお菓子を出して、2人から時間をかけて話を聞きだした。

 ローガンはバスキット地方に予定より早く到着して、その日の内に湖までたどり着いたそうだ。でも思い出に浸る間もなく、凍った湖の割れた氷の間に子供が浮かんでいるのがみえて飛び込んだらしい。本人曰く、髪の色からヒローナを連想してがむしゃらになって助けたそうだ。

 幼女の体には割れた氷で軽い切り傷はあっても凍傷や重い怪我もなかった。様子を見ながらあの田舎地方で医者を探して診察を受けさせ、保護者まで探してやったらしい。


「見つからなかったんだ。誰もこの子を知らないというし、この子は俺を待っていたとしか言わない。名前を聞いても最初はヒローナと名乗ってきたし、親のことや住んでいた家のことはわからないの一転ばりで…。最近、バスキット地方に常駐されるようになった憲兵に連絡を入れた後に、唯一あっちで見つかった児童保護施設に預けてきたんだが、脱走して俺についてきてしまう。せっかく助けたのに俺を追いかける道中で怪我を増やしていたし、もうどうしていいかわからなかった。」


 ぐったりした脳筋をみて、この男なりにいろいろ手を打ってきたことがわかった。少ない脳みそをかなり消耗したようだ。少女からも聞き出した情報を合わせても、不自然な点はない。名前は途中でヒローナからヒナと言い出したらしい。気になるとしたら、連れてきた経緯くらいだ。


「君のお尻で彼女の腕が折れたから諦めたというのは、どういうことだい?」

「言葉の通りだ。上手く彼女を施設に預けたはずが、朝起きたら俺の下敷きになっていた。」

「ごめんなさい!寂しくてローガンに抱き着いてお休みしちゃったの」


 何回聞いてもわからない。幼女と脳筋の会話なんてどう解読すればいいんだ。


「なんなんだ、難しすぎるだろ。…つまりまとめると、この子は身元不明だけど、保護者はローガンの名を知っている人物。ヒローナちゃんの名前が出たから、もしかしたら前の事件の関係者である可能性がある。お前なりに考えてこの子を何度も施設に預けたり、憲兵に押し付けたりしてたけど、上手くいかなかった。何回まいても、危険をおかしてお前に付き纏ってくる。最後はローガン自身が寝ぼけたか寝がえりをうったかで、怪我をさせた負い目から付き纏うのを許してしまった…で、合ってる?」

「そうだ。」

「ヴィント、君は天才か?」


 何回も頷く脳筋をどつき倒したくなった。前の事件が関わっているなら、そこを最初に教えてほしかった。最近平和ぼけしていた思考の自分にも、ちょっと褒めたからって自慢げに髪を払い、かっこつけに紅茶を飲みだす男も腹が立つ。


「そういうことなら、フリントン夫人を頼ってみよう。彼女ならその手のことについてはプロだから…」



 フリントン夫人はヴィントが潜入して、色々あってコネを作ってきてくれた第一王子派の人物だ。夫は長く病に伏しており、女伯爵として最近どんどん活躍してきている。

 男女いける猛者というのは、ただの噂で実際には才能を見抜く能力に長けた人。その中でも欲しいと思った才能を持つ人物をところかまわず口説き、囲い込むところから不穏な噂に繋がった。彼女は人好きなタイプで、気に入った人間は老若男女問わずに雇っている。元暗殺者や元情報屋なんかも彼女の雇用人の中にいて、そこから(くだん)の事件の情報をいくつかもらった。ヒローナのような手掛かりゼロでなければ、大体のことはわかるそうだ。幼い子供も何人か引き取っているから、上手くいけばこの少女も預けられるかもしれない。




「ごめんなさいね…その子はあなたの護衛騎士のもとにいたほうが、本来の力を発揮できると思うの。」


 フリントン夫人にも引き取りも拒否されたし、少女についてもわからなかった。ただ、誘拐事件に関わっていない可能性を伝えられた。ヒナの年齢は4歳になったばかりで、誘拐対象年齢には足りていなかった。容姿の色からサターシャの血筋で調査してみたけど、ホーブル家ではヒローナ以降に生まれた子供は男の子しかいなかった。バスキット地方にも調査を入れたけれど、数年前からサターシャ以外にその容姿をしていた人物はいない。嫌々ながらサターシャ本人に2人目を身ごもったか確認をしたらあっさり否定された。ヒナの保護者は見つからない。



 調査を進めていく中で、ヒナと名乗る幼子は僕らにも懐いた。


「私はヒローナだったけど、ローガンが悲しそうな顔をするから名前をヒナにしたの。せっかく神様が憐れんでチャンスをくれたから、前の名前なんてどうでもいい。迎えにきてくれたローガンの為に、今度こそいっぱい頑張るの!!」


 そう言って無邪気に笑う彼女は、なぜ湖の中にいたのか、その前にどこにいたのかは話してくれない。懐かれてわかったことは、大人しいけどたまにとんでもない行動をする性格で、頭がいいのかどんどん会話が発達していったことくらいだ。ローガンを追いかけてきた経緯も聞き出せた。


「施設に置いてかれてすぐに追いかけたら、たまたま馬車に上手く潜り込めて、たまたま降りた先の宿にローガンがいたの。けんぺい?っていうおじさんは、急に何か急ぎのようができたみたいでどこかに馬をだそうとして失敗して、私だけあばれ馬に乗ることになっちゃって、気が付いたらローガンの腕の中にいたの。他にもたまたま色んな人に助けられて、ローガンの元にいけたよ。」


 いくつもの幸運な偶然が重なって、少女は怪我を負いながらもローガンの元に行けたようだ。聞き出した馬車の特徴や憲兵を調べたら一致した。馬車の持ち主は良いことがあったとかで、噂になっていて見つかりやすかった。憲兵は奥さんが難産で急いでいたらしいけど、急に容体が安定したとかで出産立ち合いに間に合い、母子ともに無事だったとか。他にもヒナがローガンの元に向かう際に、協力する形になった人たちに幸運が訪れていたそうで“最近、良いことがあった人”で探せばすぐ見つかり、大体の流れは把握できた。でも、身元は割れない。


 これ以上は急いで調べても時間がかかりそうだから、一時的にローガンが保護者をする形で申請を出して、引き続き調査をしていくしかなかった。勿論、迷子の通達もだしてもらったが、誘拐事件の傷跡から出た、関係ない親の名乗り出しかなかった。

 どこにいてもローガンのそばに向かうから、下手に引き離すよりは手元で様子をみることにした。子供一人で落ち込んでいた護衛のモチベーションがあがってくれるなら、僕としては危険もないし異論はない。


 ヴィントは、段々まんざらでもない反応をしめすようになったローガンに若干引いていた。彼の女性の守備範囲は年下したなら自分の年から5歳下までで、上は上限なしだそうだ。

僕は相手がクラリベルだったら何歳でもいい。と言ったらそれにも引いた反応をしていたけど、年上の女性なら上限なしもどん引きだよ。



 幼女襲来に数日で大きな問題が発生した。

 僕にも懐くようになったヒナをあやす為、影武者に相手をさせていたらクラリベルに見つかった。念のためにローガン名義で屋敷の近くに家を買って、影武者、ヴィント、ローガン、部下たちと交代で面倒をみていたのに、それがだめだった。

 女性特有の勘で、僕に女性の影がある!!と怪しみだしていたらしい。

 元々家業で貧民街の子供に支援をしていたから、仕事の関係で一時的に預かることになったと、苦しい言い訳をしたけれど信じて貰えた。ほんっとうに良かった、隠し子疑惑なんていらない。

 おかげで最近は屋敷で堂々と預かることができるようになったし、流れでローガンがうちの護衛騎士になったことが伝えられたのは幸運だった。


 だけども!!

 ヒナがクラリベルにも懐いてしまった。


 そのせいでずっと末っ子でお兄さんたちといたクラリベルは、妹が欲しかったと言って僕を差し置きヒナにかかりっきりになった。

 ローガンが屋敷につれてくるとクラリベルがヒナを抱擁で迎え、一緒に庭で遊んだり、食器の使い方を教えたり、ドレスを選びにでかけたり、お泊まりする日はお休みのキスまで頬にしていた。


 僕の新妻さんなのに、僕以上に親密に接している!!蜜月ならずに朧夜状態だ。


 小さな子だから、他意がないのはわかっているけど悔しい。

 最近は早く帰れるようになったのに、僕が帰宅してもヒナを可愛がっていて忙しそうだ。愛しいクラリベルの母親のような顔がみられるようになったのは、まだいい。でも、やっと新婚らしいことができるようになったのに、僕との家族の過程をすっ飛ばして、親子のようになったヒナとクラリベルの2人を見ていると疎外感に襲われる。そこに母も加わって楽しそうな3人と対照的に、父と2人、無言で食卓を進める日が辛い。子供向けドレスの知識を増やすしかなさそうだ。

 ヒナの調査を急がせて、ローガンにできるだけ自分で対処するように言ったけど、手を打つのが遅かったかもしれない。ちょっとだけ、小さな子供に嫉妬する日が続いている。



 ヒナが来た日から僕たちはホーブルの屋敷の悪夢をみなくなった。あの台所の惨劇も、ヒローナの悲劇も遠い昔のことのように心穏やかになった。


 ヒナもローガンの足の影にいた頃に比べて、笑う日が増えた。どこか怯えて大人に伺いをたててくる姿も、クラリベルに甘えるようになって、どんどん子供らしい姿に変わってきた。最近は誰かがずっとついていなくてもローガンから離れたまま、一日中クラリベルと一緒にいる日もある。

 たまに今もローガンのベッドに忍び込んでは怪我をしてしまうけれど、ちょっと僕らにはどうにもできないし、そこはローガンが頑張ればいいと思う。骨折したのも栄養失調で骨が弱っていたからで、クラリベルの庇護の下で健康になってきたから、いずれはただの添い寝に落ち着くだろう。

 そういえば、ヴィントがローガンに「ロリコンうがうが野郎」とかあだ名をつけてしばかれていた。



 最初の魔道具しか向き合うものがなかったころに比べると、僕の周りは賑やかな日々になったものだ。




 ヒナが来てからしばらくして、僕が望んでいた大きな幸運が1つ訪れた。


 第二王子が王位継承権を放棄した。

 必然的に第一王子が立太子して、やっと王太子が決まったのだ。


 これでやっと国内が落ち着く流れになり、バラバラだった貴族たちの仕事も第一王子の監視の下で足並みが揃ってきた。僕の仕事量も段々適正量になってきて、影武者を使う日が減った。本来の目的だったクラリベルにのみ、影武者を使える日が増えてきた。


 人が減ってスカスカになっていた学園の第二王子派も自然解散した。その流れで、第一王子から正式に貴族たちに向けて、僕を王太子の側近として紹介をしてもらった。まだまだ忙しいけれど、学園に入学してからの忙しさに比べたら、環境が落ち着いた。


 ようやくクラリベルと新婚生活をしながら、二人で学園に通えるようになった。朝から寝るまでヒナがいない時は、ずっとクラリベルと一緒にいられる幸せな日々だ。



 一度だけ1人になった時に、学園で第二王子に呼び止められた。


「実は兄上と賭けをしていたんだ。負けちまったから、内容はもうどうでもいいんだけどな。お前らのことだけは残念だよ。」


 そう言って笑う穏やかな声は、初めて派閥に入った時の嘲り声とは違うものだった。かつては沢山の人を従えていた第二王子が、宰相の息子ともう1人だけ連れて立ち去っていく。

 長く影武者たちが彼と一緒にいたけれど、心の内を最後に聞けた気がする。結局、僕は彼を嫌いなままだ。

 第二王子は、古くから残っているドラゴン由来の家系、ドラコニス公爵家の長女の元に婿に入る。彼女は情報性の高い秘密の女子のお茶会を主催したり、貧民、平民、貴族の女生徒との縁を持つ、かなり有能な女性だ。腕の良い写真家も彼女の右腕だった。今後は、もうクラリベルとの縁を冗談でも口にすることはできないだろう。是非とも尻にひかれて、二人で頑張ってほしいと思う。



 ヴィントにも幸運がきた。あのフリントン夫人の後継者にあたる少女が、屋敷の潜入以降気になっていたらしく、猛アタックを始めたのだ。


「あの夫人の娘なだけあって、俺が男でも女でもどこの家の人間であっても好きだって言ってくれるのは嬉しいんだよ。でも、残念なことに7歳年下の少女だからなぁ、無理だろ。後10歳年上なら性格も容姿も文句ないのに…」


 本人はぼやいていたけれど、毎月のお茶会の約束をさせられている時点でもうローガンを茶化せない。元は伯爵家の子息だ、また伯爵家の称号に戻る日も近いかもしれない。


 これで僕の片腕たちが両方ともロリコン疑惑がでてしまった。いや、これはどうでもいいか。クラリベルに興味を持つ輩じゃないなら、多少は問題があってもなんとかできる。やっとこの先は、クラリベルとの将来について考えていける。



「ねぇクラリベル、前に言ってた怖い事の内容と何回か口走っていたヒロインってどんな意味だったか聞いてもいいかい?」

「怖い事?それはね、エリオットに卒業式で婚約破棄される未来よ。それであなたを毒殺しようとした冤罪で国外追放されて、道中で殺されるはずだったの。もうそれは良いのよ、終わったことだもの。それでヒロインの意味だけど…」

「何もよくないよ!?ちょっと待って!??」


 講義の合間、暇という贅沢な時間を使って質問したら、とんでもない事実がでてきた。

 まだもう少しだけ、落ち着いた日々には遠そうだ。

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