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こうしてヒロインは消えた・後編

※この話にも残酷な描写があります。




 全く体が動かない。

 声すら出せない。

 ローガン、ヴィント、他の探索組はどうなったんだ…。


 白黒の視界の中で楽しそうに小さな少女が母親と話している。暖炉の火が輝く温かい部屋の中のようだ。ここはさっきまで調査していた屋敷か?


『私ね、お母さん大好き!』

『私もあなたが大好きよ。食べちゃいたいくらい可愛い子。愛しているわ。』

『ねぇ、お母さんアイジンのお仕事って次はいつからなの?私にもできるの?まだ一緒にいたいな。』


 可愛らしく首を傾げて少女が母親を見つめる。困った顔の母親はどこかで見た顔だ。


『わからない、仕事が入れば行かないといけないわね…。あのね、あなたは何も知らなくていいわ。ホーブルの因縁は私の代で終わらせてみせる。苗字無き普通の女の子としてここで幸せになってほしい…』

『お母さん…?』


 ふっと視界が歪み、違う部屋の中にいた。はしゃいだ少女が母親に駆け寄っていく。


『お母さん!今日ね、初めて同じ年の男の子とあったよ!りっぱなキシ?になる為の鍛錬でここにきてるんだって!』

『あら、珍しいわね。遊ぶのはいいけれど、その子の邪魔をしちゃだめよ?』

『うん!あのね、ローガンっていう子で…』

『ローガン…?…何かしら、今…』


 ふらりと母親が膝をついて、頭を押さえた。少女が悲鳴を上げて支える。


『お母さん、お母さん!?どうしたの、具合悪いの…?』

『…何でもないわ、それよりももっとその話を聞かせて?』


 明らかに険しい顔をした母親が、少女の肩を強くつかむ。



 また視界が歪んで、今度は玄関前にいた。今か今かと、母親が誰かを待っている。


『…た、ただいま。』

『どうだった…?何を貰った?彼と約束したでしょ?聞かせなさい!』


 怯えた少女が、おずおずと戻ってた。白黒の視界でもわかるほどに元気がない。


『ゆ、指輪もらったよ…また会おうねって…大きく』

『大きくなったら、結婚しようね』


 少女の言葉に被せるように母親がしゃべる。


『やったわ!プロローグ通り!!ここは乙女ゲームの世界なのよ!』

『お母さん、これでもう言われた通りにしなくてもいい?私ね…』

『…うるさいわね!』


 母親は煩わしげに、そっと腕をつかむ少女の顔を強く叩いて突き飛ばした。駆け寄って助けてやりたかったけれど、相変わらず体が動かない。急に母親がよろめき、俯いた後に表情が変わった。


『あら、どうして私は玄関にいるの?…ヒローナ!?どうしたの、誰に叩かれたの!?』

『お、お母さん…?』


 再び視界が歪んで、今度は火のない暖炉の部屋にもどった。先ほどの小さな少女がヒローナ??顔が違うのは、気のせいか?

 彼女はこの屋敷に住んでいたのか。何故、あんな屋敷が崩壊寸前になっていたんだ?


『違う!ヒローナは初めての第二王子様たちとのお茶会で緊張していたわ、ここでお茶をこぼすの!』

『ごめんなさい…』

『何でできないの?ヒローナは絶品の手作りタルトの差し入れでヴィントの興味をひくのよ!こんなまずいものヒローナなら作らないわ!』

『頑張るから、叩かないで…』


 泣きながら少女が同じ動作をしようと頑張っている。怒鳴り散らした後に、母親の表情が変わった。


『…あら、ヒローナったらいつタルトを作れるようになったの?すごいわ、あなたは天才ね!』

『…よかった、今日はお母さんが元に戻った…』


 痩せてあざだらけになった少女が母親の腕の中で泣いている。母親は二重人格になってしまったようだ。

 

 歪む視界に少し慣れてしまって、次を待つ。


『お母さん、まだお仕事から帰ってこれないのね…。良かった、怒られずにすむ。…だめよ、帰ってこないことを喜んじゃ!大丈夫大丈夫、もっと頑張ればお母さんはまた笑ってくれるよ…』


 少女が階段下の物置で膝を抱えて、玩具の指輪を握りしめていた。鍵を外す音がして、酒瓶を持ってふらつく母親が帰ってくる。


『なんであたしがあんな汚いおっさんの相手しなきゃいけないのよ!情報の引き出しに失敗したから報酬半分とか、あいつら馬鹿にしてんじゃないわよ!ヒローナ、ヒローナどこにいるの?』

『おかえりなさい、お母さん!』


 精一杯笑顔を作って近づく少女が、容赦なく殴り飛ばされた。


『階段下からでてくんなって言ったでしょ!勝手なことしないで!』


 謝る少女を引きずって、母親が随分と汚くなった屋敷を進む。幸せそうな親子がどうしてこうなったんだ。どちらも空腹なのかお腹のなる音が鳴り響いている。見ていて辛い。どうして体が動かないんだ。


『また違う!ヒローナはクラリベルを驚かせるくらいお茶を優雅に飲めるようになるのよ。こぼしてどうするの!?』

『で、でもこの前…』

『言い訳するな!!何であんたがヒローナなのよ…あたしの方が…』


 そのまま荒れて虐待する母親と痩せこけていく少女の様子をいくつ見たかわからなくなった頃、突然白黒の視界が色を持った。


『ローガン、まだかな。早く迎えにきて…。私をここから連れ出して。りっぱなキシのお嫁さんになったら、お母さんが褒めてくれるかもしれない。普通の女の子になったら、幸せに…あれ…完璧なヒロインになれたらだっけ…?』


 パサパサのミルクティーブラウンの髪の少女が、焦点が定まらない目で物置の扉が開くのを待っている。物置の苦い薬草をこっそり少し齧りながら、怯え空腹に震えている。どれくらい時が経ったかわからないけれど、痩せこけたまま少しだけ成長しているように見える。


 荒々しい音がして、扉が開けられた。こちらもかなり痩せて形相が変わった母親が入ってきた。


『いいものを手に入れたわ!あんたはもういらない。』

『…え、え…?いらないってどういうこと…?』


 僕が作った幻覚装置。それが母親の手にあった。そうか、色がついてわかった。見覚えがあると思ったら母親がサターシャか。ヒローナはサターシャの隠し子だったんだ。


『あたしがヒローナになるの。これで汚い男どもの間を行ったり来たりしなくてすむ!お腹いっぱい御飯が食べれて、贅沢なくらしができるわ!』

『や、やだよ。頑張るから捨てないで!お願いお母さん…』


 震える少女、ヒローナの伸ばした腕にナイフが刺さった。悲鳴をあげて後ずさるも、追いかけるように何か所も刺されていく。


 鮮血が飛び散って、指輪とそれを通したチェーンが赤く染まる。


『あぁ、疲れた。お腹すいた…。そうだ、あんたを食べちゃおう。誰もこの遠い北の地にいた子供のことなんか知らないもの。そうすれば、ヒローナは一人になるしあたしがお腹いっぱいになる。“幸せを運ぶ主人公”ってパッケージに売り文句があったから、あんたを食べればあたしはきっと幸せになれる!』


正気とは思えないことを口にして、サターシャがヒローナを刺していく。何でこの状況から視界が色づいたのか、誰か教えてくれ!せめて白黒の世界だったなら、見ることしかできない無力な自分に夢だと言えたのに。これは夢でなく、過去の映像なのだろう。もう終わってしまったことだ。僕が作った幻覚装置が起こした悲劇だからか?これは罰か?


『痛い、やめて、お母さん助けて!!…痛いよ、いやだ、食べられるなんていや!誰か、助けて…ローガン!強い男になって守ってやるって、…助けて、お願い…!』

『ローガンなんてただの脳筋じゃない!だめよ、ヒローナはお妃さまになるんだから!!』


 ほとんど動けなくなった少女の肉が切り取られていく。


『痛い、寒いよ…。死にたくない…もう目が…、ローガンどこ…ローガン、ローガン…こわいよ、もう会えないの?…ローガ…』

『人間の肉って食べにくいのね。まったくもう、逃げ回らないでよ。あたし…私なら完璧なヒローナになれる、セリフも行動も設定通りにできるんだか…あ、あ、何?頭が痛い…』


 動かなくなったヒローナを見て、母親の人格が戻ったサターシャが絶叫した。彼女の後を追うようにナイフで自分の喉を突こうとするも、再びよろめいて今度は少女の体に噛みついた。何度か繰り返した後に醜く笑いだす。


『女の子の肉っておいしいのね。ニホンジンだった頃なら知ることのできなかった味だわ』


 邪悪な人食い誕生の瞬間だった。


 血まみれの赤い指輪がサターシャの手に渡ったのを見たところで、急に体に激痛が走った。視界が真っ黒に染まり、全身に痛みが走る。



 血まみれのヒローナが僕を見ていて、階段下の物置の床を指さした。


『ここだよ、お願い…』



「…何か、あるのかい…?」


 自分からかすれた声がでた。どこかで呻き声がする。

 瞬きをして目を開けると、崩れた天井と階段の破片が見えた。自分の横にヴィントが手をこちらに伸ばした状態で倒れている。ローガンもガラス瓶を抱えたまま横に倒れて動かない。

 待ち伏せを警戒して準備していた防御用の魔武器がほぼ壊れた状態で発動しているのが見えた。起き上がって周囲を見渡せば、屋敷は跡形もなく崩壊していた。2人の安否を確認していると、雪と瓦礫の向こうで待機させていた部下たちが、僕らを探す呼び声が聞こえる。


「屋敷が崩壊したのか…何で僕は生きているんだ?ヴィント、ローガン、起きろ…!」


 瓦礫を除けてやって、触っていい状態なのかわからずに声だけかけ続けた。2人ともしばらく呻いた後に、数分してゆっくりと起き上がる。


「無理…辛い…。あんな、こと…あんな可愛い子が…」

「ヒローナ…すまない、すまない…」


あのローガンが泣いている。割れたガラス瓶を抱え、吼えるような男泣きだ。ヴィントは顔色が悪いながらに、よろよろと起き上がってこちらに近づいてきた。


「ヒローナちゃんの夢、お前もみた?最後に床を指で指し示していたんだ。」

「うん、見たよ。物置の床下に何かあるのだろうね…」


 すぐ近くの砕けた保存瓶が散らばる床を探す。ローガンはそっとしておいた。


「そうか、…そういうことか…」


 壊れた床板をはがして少し地面掘れば、頑丈な箱に大切に入れられた顧客リストと契約書の束が見つかった。


 恐らくガラス瓶はわざとだろう。中の指輪をみればローガンなら手に取る。ヴィントと違って、ローガンは僕の護衛騎士の手続きをしたから、誰が知っていても不思議じゃない。

 わざわざ目立つように保存瓶の中にガラス瓶が1つ置かれていて、指輪を知らない者でも手に取ってしまう可能性が高い。周囲を確認して、意識がなくなる前の状況から推察する。

 あのヒローナが閉じ込められていた物置に屋敷を崩壊させる仕掛けがあったようだとわかった。最後に聞いた奇妙な音は、仕掛けが発動した音か。

 本来なら、崩れた屋敷の床下を調べようとするものはいないはずだ。雪と大量の瓦礫をどかすこと自体が困難で、できたとしても潰れた死体が転がる恐ろしい場所になっていただろうから。

 調査をする僕らを殺し、少女たちの死体と書類も隠せる機会をずっと第三王子派の人間とモモンガルガル教は待っていたのだ。上手くことが進むわけだ、これがあいつらができる最後のでかい抵抗だろう。


 何で助かったのか、僕もわからない。


 たまたま天井が落ちる衝撃で防御装置が発動して、魔力なしで壊れるまで僕らの周囲を守ってくれたのか、雪がクッションになったのか、奇跡でもおきたのか。

 僕たちの周囲だけ円を描くように、ほとんど屋敷の崩壊した時の破片が無かった。三人とも打撲程度の傷しかない。あちこちが痛いから、後で検査を受ける必要があるだろうけども問題なく体が動く。

 他の調査隊の部下たちが心配だ。台所の死体たちは、多分難しいだろうな…。


 僕らを探す呼び声に返事をして、契約書の入った箱ごと持っていこうと持ち上げたら何か枯れ枝のような軽い棒が動く音がした。書類をどかして箱の底を剥がすと、二重底になっていて古く小さな骨がいくつか入っている。


「…これは…っ、ローガン!!こっちにきてくれ!」


 この骨だけが、頑丈な箱の底に隠されていた。その意味はおそらくサターシャの思い入れがあり、ローガンの探し人である可能性が高い。






 数日経って予定より1日遅く、僕たちは屋敷まで帰ってこられた。


 被害は大きい。


 影武者を通して第一王子に連絡がいき、王都から崩壊した屋敷を捜査する部隊を送ってもらった。

屋敷の捜索後、2階を探していた部下たちは助からなかったけど、1階の裏口付近を探索していた組は、辛うじて生きていたことがわかった。当分は皆、任務を任せられる状態ではない。


 台所の少女たちは、大規模捜索の果てに体と服に残っていた魔力検査を経て長い時間の後に親元に渡されたらしい。

 顧客リストと契約書の束から、残りの売り飛ばされていた少女たちの行方もわかった。

 掌で数えられる人数が生きていて、家族の元に帰れたけれど大半は死んでいて骨すらも戻れなかった子もいる。



 部下の弔いを終えて、ヴィントたちと動けるようになるのに1週間はかかった。クラリベルに心配をかけたくなくて、取り戻した幻覚装置で傷の隠ぺいをしたけれど、彼女は何か言いたげにしながら我慢してくれている。



 怪我も落ち着いて、万全の装備をして人食い女のいる檻に向かった。


「この箱に入っているものが何だかわかるか?罪人」

 

 中身のない頑丈な箱を見せると、最初は媚びてきた女の顔が一変した。


「ヒローナはあたしのものよ!そいつはあたしが最後まで食べるんだ!そしたら、今度こそ幸せになるんだから!ちゃんと隠していたはずなのに!!返せぇぇええぇ!!」

 

 悪魔の表情を初めてみた。口を大きく開けて、涎をたらし、大きく目を見開いて箱を掴もうと檻から手を伸ばしてくる。ローガンが唸り声をあげて、女を剣の柄で殴り飛ばす。


「やはりこの中にいたのが、本物のヒローナなんだね…」


 落胆と諦めの混じったつぶやきが牢屋の中に響き渡る。

 箱の中の本物は、とっくに神殿で手厚く弔われている。文字通り骨までしゃぶられていて少ししか残っていなかったけれど、これで本物の確認ができたからローガンが購入した土地の墓に移動させられる。今後は静かに眠れるだろう。


ヒローナは学園に来る前に北の地で死んでいた。



 誘拐事件とヒローナ失踪の真実が、自白剤と拷問の末にサターシャから語られた。


 ヒローナを食ったことで味をしめたサターシャは、仕事として最初に第三王子派の人間と接触。人身売買による富を餌に唆し、動物名を名乗る新宗教の立ち上げを行った。モモンガルガル教はその中でも麻薬を扱いだしたことにより一番大きくなった組織だった。ここ数年で攫われた少女は、モモンガルガル教の人間が把握しているより10数人多く、契約書にのっていない少女もいた。最初はバスキット地方の少女、そこから王都までの間の領地の少女、そして城下町の平民、貧民街の少女。そこに貴族の子女も合わせれば、誘拐されていた人間は100人近くいた。

 僕らが見た台所の少女たち以外にも多くが食われていたのだ。自由に誘拐できるようになった後は容姿が気に入った少女をバスキット地方の屋敷に連れていき、保存食として時間をかけて食べるように保管していたそうだ。気持ち悪い。



「可愛い子を食べたら自分がもっと可愛くなれたからよ。お腹いっぱいになって、綺麗になれるなんて最高でしょ?」


 そう言って笑う女に、尋問官だけでなく拷問官も吐いたそうだ。


 ヒローナをどうやって演じていたかもわかった。 

 子爵家で愛人をする振りをしてホーブル家の仕事をしており、その合間に少女の誘拐を繰り返していた。その中でも頭が良く、魔力の高い気の弱い少女に幻覚装置を使わせてアイシス児童施設に滞在させ、存在しないヒローナをあたかも存在するかのように仕立て上げていた。少女は妹を人質にされ、懸命にヒローナを演じて入学試験が終わるまでは生きていた。でも、入学する少し前に幻覚装置に魔力を捧げすぎて倒れ、サターシャに妹と一緒にその身を食べられていた。通りで容姿が一致するわけだよ、若返って見せたサターシャをモデルにヒローナを演じていたのだから。

 城下町の児童施設にいた頃のヒローナはある意味、本当に突然この世に現れていたのだ。


 試作中で実験がてら貸し出して、盗まれていた幻覚装置のまずい機能が尋問官を通してサターシャから聞けた。

 同じ人間の容姿を若返ったように見せるなら、そこまで魔力はかからない。数時間ならまだしも全くの別人が成り代わるとなると、寿命を削るほどの魔力が必要になるらしい。

散々国に調べられて、出張からの生存祝いにやっと手元に戻ってきた幻覚装置だけど使えないように壊した。

 類似品も作らないことを決意した。


 僕も事件の引き金に関わっていたことに、深い後悔に襲われている。


 入学式ではヒローナから聞き出した話しを元にローガンに近づいて、第二王子派に入った。第二王子を陥落して、誰でもいいからこの国の新しい王が就いた時に妃になることが目的だった。

 しかし、過去の思い出話しか持たないサターシャは数日でボロを出し始め、ホーブルの仕事も裏でやっていたことから余裕がなくなって豹変していったようだ。仕事中の代わりになるヒローナ役の少女も見つかる端から、気に食わなくて殺して食ってしまい追いつかなかったらしい。


 ローガンも違和感を感じていたようだけど、久しぶりの再会で別人に成りすまされていたら野生の勘も働くどころじゃない。そもそも別人に入れ替わっているなんて思わないだろう。


 サターシャは学園での生活について、決まった会話分が出てこなかったとか、イベントが発生しないから自分でやるしかなかったとか、わけのわからないことを言い出したと聞いた。錯乱が始まっているなら、人食いのバケモノでも正気を失う日も近いかもしれない。

 惚れ薬もどきは、元々仕事でよく使っていたとかでお得意さまを知りたくなかったよ。爵位の低い独身貴族なら惚れ薬もどきの対策なんてしていないから、随分と役にたっていたのだろう。第一王子に頼んで裏金資金作りの為の惚れ薬もどきの販売を止めさせてもらった。元々いたずら心で恋のスパイスになるよう、作ったものだったのに…。



 ホーブルの屋敷で崩壊の仕掛けを考えたのは、サターシャとバスキット地方で捕まえた奴らの仕業だった。自分たちを囮にしても、契約書の隠蔽と組織潰しをしていた僕を殺したかったらしい。



人食い、麻薬、違法宗教の設立、少女誘拐事件に人身売買


 大きな人災となった一人の女の話は、病と闘う現国王陛下の心労に追い込みをかけ、大量の人間の処刑が秘密裏に行われることになった。


 彼女に深く関わっていたモモンガルガル教の幹部は、杭打ち刑の後に火刑にされた。学園の生徒や情状酌量の余地がある者だけ数年から10年の懲役を経て解放された。

 リスリスドスコイ教など他の動物名を名乗る宗教の人間は神殿からの希望でそちらに引き渡し、その後に改心した者もいれば罪が重すぎて人柱役に回された者もいた。詳細は不明だけど何年かしたら、修道士長か、最近は拷問官に転職を考えている神官長にでも聞いてみるつもりだ。

 第三王子派の人間も罪が軽い者は、本人のみ縛り首か斬首刑。ホーブル家など罪が重い者は一族郎党まとめて皮剥ぎ刑の後に、磔刑にて処刑。国内でこれだけ事件を起こした原因たちだから、これでも軽い方だろう。

 第三王子は責任をとって廃嫡の後に、バスキット地方の崩壊したホーブルの屋敷の残りの片づけと各地の雪除去をする仕事に回った。常に監視がついている上に、娘を攫われた親がいつも恨みがましく石を投げながらついて回っているそうだ。あの寒い北の土地で、ぼろい薄着のまま死ぬよりも辛い日々を送っている。




 サターシャが学園にいた事実は勿論、存在した情報さえも抹消された。


 彼女に関しては、犯した罪が重すぎて今も刑を執行中だ。

 爪剥ぎから四肢落とし、自分の肉を食わせるなどの拷問を行っているらしいけれど、国民の恐怖を煽り、模倣犯を出さないためにいずれは内密に処分される手はずになっている。


 国内の貴族や闇商人、関わった人間が3分の1も減ったこの事件は、歴史には人災ではなく第三王子主導の覇権争いによる内乱と若い少女限定の疫病が流行ったことにして無理やり処理されることになった。

 だけど、人食いの化け物がいたことは伝説となって関わった人たちに口頭で長く語られてしまうだろう。



 貴族という人手が減って、追加されていく仕事の山に追われてひと段落つく頃には、学園ではとっくに3年生半ばになっていた。やっと部下たちもまた動けるようになってきて、仕事が早く片付いてくるようになるには時間がかかったのだ。

 バスキット地方から戻って、ここ2か月ほど怒涛の日々だった。

 忙しすぎて帰る頃にはクラリベルは寝てしまっていて、彼女が起きる前に仕事に出ているせいで、影武者と記憶共有せずに話しができたのはいつか思い出せない。


 愛しい奥さんが傍につけた影武者に甘え、仲良くしている記憶だけ送られてきて僕にとっても拷問の2か月だった。クラリベルとの約束を守れていない自分への罰として、叫びたいのを我慢した。無理やり共有の記憶を仕事の癒しに変えていたけど辛かった。


 最後の仕事を終えて、そっと暗い寝室を静かに歩きベッドに入る。唯一許可されている彼女との手を繋いで眠れる幸せな時間だ。

 横になって人の体温を感じ、人心地つけて肩の荷が下りていくのがわかった。


 暗闇の中で何故か疲れているのに寝付けずにいると、忙しすぎて失っていた感情が戻ってくるのがわかった。



 バスキット地方での恐怖体験やサターシャに対する嫌悪が今頃になって浮んでくる。


 なんであの時助かったのだろう?

 あの少女と母親の記憶をどうして僕らはみたのか…。まるで誰かに、例えば死んだヒローナに無念を伝えられていたとか…?そういえば、血まみれのヒローナに会ったな…。彼女のおかげで、探しものが見つかった。今度ローガンに頼んでお墓参りに行かせてもらおう。


 幽霊って、存在するんだな…。


 考えていくと、学園の謎解きでヴィントたちを嗤っていた頃のことまで怖くなってきた。あの時も学園に何かいたのか…?

 せっかくクラリベルと手を繋いで横になっているのに、違う意味で心臓がバクバクと動く。


「ん…、エリオット?えへへ…おかえりなさい…」


 手を強めに握ったからか、むにゃむにゃ寝ぼけたクラリベルがとろけるような笑顔で起きてくれた。手を握り返してくれたことで、何か感情が弾ける。


「ク、クラリベル!今日は抱きしめて寝てもいいかい!?手だけじゃ怖い、いや足りないんだ!今夜は寝たくない!!」

「…だめよ。寝ないなんて、体に良くないわ!」




長い長い仕事の後に、長くて短い夫婦の夜の攻防が始まった。




ここまでのお話が心と筆を折りそうになっていたシリアスなお話です。残りの2話は、ほのぼのとしたヒローナにも救いのある話になっている予定です。

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[一言] まさかタイトルが伏線でここまでダークになるとは…!
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