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こうしてヒロインは消えた・前編

※残酷な描写がある話となります。

 捕まえたモモンガルガル教から女子誘拐事件の全貌が浮き上がった。

 学園にいた科学クラブを隠れ蓑にしたモモンガルガル教の人間は、大半が身内を外出先や夜行会で誘拐されており協力を余儀なくされていた。誘拐されていたのは、5歳から18歳前後までの女子で貴族子女は数人、ほぼ平民、貧民街の子供がいなくなっていた。状況からして、生存をチラつかされたせいで憲兵に報告を上げられなかったのだ。しかも、肝心の身内はとっくに人身売買で他国や魔道具の実験施設に送られており、生存確認ができない状態だった。麻薬に関わってしまった時点で、彼らが表社会に戻ることは不可能。何とも救われない話だ。

 男女のトイレが繋がっていたのは、科学クラブの人間を増やすことが目的だった。

 ターゲットをトイレに誘導。入り口からは同性しか入ってくることが見えないことから、気を緩めたところに回転扉で拘束具や鈍器を持って乱入。人が来れば、いないほうのトイレに移動。ばれないことから暴行や脅しなど、人気のない校舎のトイレではやりたい放題だったようだ。そこから嫌なネズミ残式で科学クラブの協力者を増やしていていく、胸糞のわるい真相だった。学園内では行方不明者が出ていないから話題に上らせずに上位貴族の人間が把握するのみで済んだ。


 モモンガルガル教の連中を締め上げて、誘拐された者の行方を追いかけて行く中で誰がいなくなったのかが把握できるようになってきた。人を売るという最も危険な行為の対策として、闇の精霊由来の魔道具と血判を使った契約書を使っていた。これを使った場合は、契約に違反した場合に買い手が罰を受けるものだ。買い手の顧客リストと契約書の束を見つけられれば、解決できるだろう。上手くいけば、まだ生きているものは助けられるかもしれない。


 ただし、僕らと年が近い少女たちだけはサターシャ・ホーブルがことごとく連れ去っていた。いくら尋問にかけても口を割らない。「可愛いから食べちゃった」としか言わなかった。

しかもヒローナに関しては、自分こそがヒローナだとしか言わず埒が明かない。押収したサターシャの装飾品は沢山あったけれど、玩具の赤い指輪は見つからなかった。

 ホーブル一家を解体していくなかで、調査中の家から第三王子派の人間とモモンガルガル教の人間が繋がっている証拠がいくつも見つかった。双方が関係性を否定していることから、第三王子を一時的に拘束。第三王子派の人間を洗い出して尋問の後に詰問を開始した。

 

 祭り上げていた人間が拘束、一時幽閉処分になったことにより裏切るものがでてきた。

 ホーブル家の持ち家のどこかで人身売買関係の書類管理をしていることがわかった。




ヒローナ・アイシスの再調査結果

本名確認できず

名もない田舎にある北の地方からの出身

身寄りなし・孤児

数年前から身を寄せていた王城下町の国運営アイシス児童施設の施設長が保護者として登録。

入学試験の際の学力テスト結果からサターシャ・ホーブルと別人と判明

サターシャ・ホーブルと同じミルクティーブラウンの髪とグレーアンバーの瞳を持つ特徴的な容姿をしていた。身長体系も酷似しており、擬態するのに向いていた為に利用された可能性が高い。


「これしか情報がでてこないなんて…」


 ローガンの慟哭から数日。もう一度ヒローナについて調査を行った結果、モモンガルガル教による女子誘拐事件の被害者である可能性が浮上した。ただし、ヒローナは数年前に突然この世に現れたかのようにほとんど情報がない。児童施設でも模範的な優等生だったことしか残っておらず、印象が薄いのか彼女について覚えている人間がほとんどいない。一つだけ確かなのは、サターシャと容姿が似ていることだけだった。同一人物だったのではないかと言われたら納得がいく。性格はサターシャと180度違うようだが、学園にきてから2年の月日が過ぎてた状態での施設にいた頃の聞き込みでは不確かなものだ。


「行き止まり…?ここまできて…いや、彼女に聞いてみよう。」


 少し悩んだ後に、クラリベルを頼ることにした。彼女なら何か普通の人が知らないことを知っているかもしれない。千里眼に頼りたがる大人たちの気持ちがやっと少しわかった。




「ヒローナ…どなたですの?…、第二王子派と一緒にいた女生徒?あっ、ヒロイン!!すっかり忘れていたわ!…今どうしていらっしゃるのかしら…」

 

 最初に名前を言ってもクラリベルは首を傾げていた。第二王子派にいたことを説明するとやっと納得した顔で“ヒロイン”と呼んだ。


「それがヒローナの本名かい?実はローガンから、ヒローナについて知りたいと言われたんだ。気になる女生徒らしくて、何かしらないかな?」


 僕に浮気の疑惑がかからないようにローガンを強調して質問した。しばらく考えこむようにしていたけれど、何か希望を見つけたように手を合わせた。


「ローガンルートに入ったのね!?よかった…あ、いえ、油断できないわ。久しぶりに攻略対象たちも調べてみる必要がありそう…」

「ローガンルート??」

「こちらの話ですわ。それでヒロイン…言い間違えです。ヒローナ様についてですね!ヒローナ様とロー…カーター近衛騎士は幼少の頃に北の地で出会っていたことは聞きまして?確か地方名は…バスキット地方!プロローグ冒頭の最初の選択地として出てきていたわ!あら…聞き覚えが…?」


 クラリベルはスラスラと、まだ伝えていないローガンとの出会いを懐かしむように口にする。国花色の瞳がキラキラと輝いている。

 言葉を発してはいけない気がして、静かに彼女の言葉を待つ。


「思い出しましたわ!エリオットがこの前教えてくれた仕事リストにあった財務調査の必要な地域でしたわね!ちょうど訪問の予定も迫っていたのではありませんでしたか!?楽しみですわ!バスキット地方は自然豊かな場所で、湖の背景がそれはそれは綺麗でしたのよ。背景のみのスチルを集めるファンの中には…いえ、これはどうでもいいですわね。2人はバスキット地方の隅の隅。チェッカーベリーが実る凍った湖のほとりで出会ったはずですわ。ヒローナ様は父親がいなくて、母親は働きづめで最後は帰ってこなくなってしまった。一人ぼっちになったヒローナ様はカーター近衛騎士との約束を果たすために、わずかなお金を使って城下町までたどり着き、児童施設の応援を受けて国立学園への入学をしたはずです。…両想いだと思いますわ!」

「ふむ…ヒローナ嬢は一応バスキット地方の出身で、やはり孤児だったということだね…?彼女の友人に当たりそうな人物や何か本人だと証明できるものはないかい…?」


 再び考え込むクラリベルの言葉を待った。思っていたよりも情報が出てきそうで、信託を待つ気分だった。


「友人…?…カーター近衛騎士が幼馴染ポジションに…いえ、この場合は違うかしら。本人と証明、証明、ううん…?友人はちょっとわからないのだけれど、彼女は家庭料理が得意な子でタルトが特に絶品だって描写されていたわ。後は、胸元にカーター近衛騎士が送った玩具の赤い指輪をネックレスにして持っているはずよ。それから寒い地域にいたから、他の子よりも肌が白いこと、くらいかしら…?ごめんなさい、彼女自身の特徴はあまりわからないの…学園に入ってからの行動は、色々と詳しくなったのだけど…」

「いや、十分だよ。ありがとうクラリベル」


 しょんぼりと落ち込むクラリベルを抱きしめる。本当に存在するのかもわからなかった頃に比べたら大前進だ。

これで聞いた情報を元に動けるし、確認が取れれば次の仕事に取り掛かれる。


 

 手分けして探していく中で、財務調査を行う予定のバスキット地方で大量の裏金が動いていることを発見。サターシャの目撃情報を集めた中から、少女たちが連れ去られていった場所であることも特定でき、ホーブル家の隠れ持ち家があることが確認された。まさかの一致に続き、ヒローナの出身地でローガンと出会った湖のある地方だったことから、何かしら事件に巻き込まれた関係があることが判明した。


 バスキット地方は王都から遠すぎて、辺境伯を配置するのも苦労するので税を決めてそれぞれ地権を持った地主たちに治めさせるド田舎地方だった。長年に渡りあまり王が管理していない地域だったために今回の発見が遅れた。言葉もなまりすぎて会話も通じるか怪しいから、名前をまとめてバスキットと読んでいるけれど正式名称は不明。今後、新しい王が決まり次第、統治方法を変える必要があることから僕に依頼がきていた。



 財務調査の連絡は数か月前からバスキット地方の地主たちと調整してきていたから、スムーズに訪問日まで決まった。移動と調査時間を合わせると半月はクラリベルと離れて領地にいないことになる。長期の別れに神経がすり減った。



 学園にモモンガルガル教がいるとわかった日からずっと、影武者の1人をクラリベルのそばに置いていた。調査に2人分フルに使っていたからからか、また魔力が増えて3人しか操れなかった影武者が4人目を使えるようになった。影武者を交代で2人分クラリベルにつけて、2人を引き続き仕事の処理に回すことにした。

 学園の事件発覚からクラリベルとの約束を守れていない。バスキット地方の調査が成功に終われば、今度こそ彼女との約束を果たせるだろうか。落ち込む暇なく、行ったことのない地方だから護衛になる人間を探すこともしなければいけなかった。ローガンは学園での事件があったから、次に任務を放棄することがあれば役目を下ろされるだろう。彼を引きずりこむのは、もう少し落ち着いてからまたやるしかない。


そんなことを考えていた数日、嬉しい予想外のことが起きた。

僕とヴィントの元に書類をもって現れた脳筋が、とんでもないことを報告してきたのだ。




「俺はヒローナを護れる強い男になりたかった。だから、彼女がいないのなら全部いらない、捨ててきた。」

「ローガン、君はなんてことを…どうするつもりだい?」


 目の前の書類に、ヴィントと顔を見合わせる。


「国立学園の自主退学書、第二王子の近衛辞退、カーター家から勘当の旨がのった書類に…護衛騎士志願書…??お前、頭の中で筋肉痛でも起きてるの…?」


 全部って…、本当に全てを捨てることを前提にした書類の束にヴィントがお手上げのポーズをしている。僕も理解が追い付かなくて、混乱していた。他にも方法はあっただろうに地位も家族も捨てた?ヒローナへの想いはわかる、でも今後を考えていると思えない。


「学園の調査で護衛がほしいと言っていただろ。親父から俺が小さい頃にでかけた地域をいくつか教えてもらった。バスキット地方に訪問にいくなら連れていけ。まずそこから調べて、赤い実のなる湖を探したい。」

「…なるほど、どこからか僕がバスキット地方に行くことを聞いたんだね?手当たり次第にヒローナ嬢のことを調べるつもりだった、と…」


 とんだ脳筋思考だ。行き当たりばったりなのに、ピンポイントで正解を引き当ててくるあたり野生の勘も侮れない。快諾して、正式に護衛契約をローガンと結んだ。


「幸先良いじゃないか!これで安心して、旅路の準備ができるな。」

「何を言ってるの?こうなったらローガンには肝心なことをやっておいてもらわないと、命の危険もある旅路の出発準備なんかできないよ!」


 上機嫌で肩を組んでくるヴィントを振り払って、キョトンとしたローガンに本来の目的だった命令を下す。


「1年生の時にクラリベルを突き飛ばして怪我させたこと、ちゃんと彼女に謝罪して深く反省してね!」


 ローガンはクラリベルを突き飛ばしたことに気が付いていなかった。

 女性になんてことをしてしまったんだ!と、頭を地面に擦り付けてクラリベルに深く謝罪してくれた。

 一緒に行動してみて、ローガンは女子にわざと危害を加える輩ではないのはわかっていた。それでもけじめはしっかりつけておかないと、この先の関係も上手くはいかないだろうと考えてのことだった。





 ガタゴトと荷物をつんだ馬車が揺れる。元々仲良くない野郎3人が一緒に旅立てば、数日で話す会話も無くなる。静かな馬車の旅だ。王都から遠いバスキット地方にもうすぐ到着するだろう。回る地主の順番を確認しながら、仕事の書類に目を通していく。

 旅路は順調。出発の際に一緒に出張についてくるつもりでいたクラリベルの説得に失敗。寂しいと泣かれた後に、また締め上げられて監禁されかけた事件を除けば概ね順調な出発だったんじゃないかと思う。

 暇そうなヴィントと気まずそうなローガンがこちらをチラチラとみてくる。


「言いたいことがあるなら、聞くよ?」


 にっこり笑いかければ、何も思いつかなかったのか2人が顔をそらす。



 沈黙が続く道中が耐えられなくなったのか、ヴィントが口を開いた。


「遠くからみてたけど、クラリベル婦人ますます綺麗になってたな。監禁とか、情熱的で過激なご婦人なんてご褒美じゃん。良いよな、所帯持ちはよぉ。帰る楽しみがあってさ…。そういえば、お前の奥さん俺らのことを調べ始めてたけど、大丈夫か?」

「え…?調べるって…」


 ヴィントとローガンの2人に関して、後ろめたいこともあるから冷や汗をかいた。交代で彼女についている影武者をすぐに合流させて確認に向かわせる。


「なーんか、ヒローナ嬢のことから始まって第二王子派と俺らのことも調査を始めたみたいよ?もしかして、謝罪の一件でローガンの誠実さに興味を持っ…」

「クラリベルがそんなことあるわけないだろ!僕がヒローナ嬢のことを質問したから調べてくれているんだよ、そうだよ。彼女が僕以外の異性を調べるなんて―――」


 早口でまくし立てていくうちに後半言葉がぐしゃぐしゃに崩れて壊れた。

 影武者たちが『ヴィント・サップシャーについての調査書』『ローガン・カーターについての調査書』という書類を持ったクラリベルを見つけたからだ。


そちらの記憶共有に意識を注ぐ。自立で動く通信状態からコントロールする状態に切り替える。


『何をしてるんだい、クラリベル…』

『僕以外の男が気になるの?』

『ひっ、エリオット?バスキット地方に出張にでかけたはずじゃ…?2人いる…か、影分身した影武者さん?』


 一人が背後に立てば、怯えた顔のクラリベルが振り向いて後ずさる。その背後にもう1人が回り込めば、涙目になって書類を隠した。


『どうして隠すんだい、やましいことがあるの?』

『僕だけじゃ足りないのかな…?』


 地下で書類仕事をさせていた2人分の影武者も合流して左右を囲めば、真っ青になったクラリベルが書類を落とした。


『私はただ攻略対象たちの中で急に退学になった2人が気になっただけで…せっかくローガンルートに入ったと思ったのに、ヒロイ…ヒローナ様もいなくなってしまっていて…』


『クラリベルが調べる必要なんかないんだよ?』

『だってもういないんだから』

『君は僕を監禁したいほど心配してくれていたんじゃないのかい?』

『こんな調査書類はいらないよね?』


 喋るというより、影武者の口から僕の言葉が交互に出ていく。思っていたより動揺している自分がいた。クラリベルがどこを向いても僕と目が合う。


『…背後でしゃべらないでくださいまし…ひぃ、目が合う先々の真顔が怖いですわ…』

『『クラリベル?』』


 4人で口を揃えて愛しい人の名前を呼んだ。ガクガクと震えた僕の奥さんが、そっと未読の書類を渡してくれる。


『私にはエリオットだけで充分…い、いいえ、エリオットしか必要ありませんわ!』


 卒倒しそうなほど怯えたクラリベルを影武者たちが支えるのを感じ、安心して意識を馬車に戻した。



「…クラリベルは僕しか必要ないって言ってくれたよ。ヒローナ嬢のことが気になってただけだってさ!」


 晴れやかに笑ってヴィントに視線を向ければ、見たことないくらいドン引きした顔でローガンと一緒に僕から距離をとっていた。


「グリフィス、お前…いや、何でもない…」


 珍しく歯切れの悪い脳筋が、縮こまっている。

 2人と学園の調査で少し信頼関係を築いてきた気がしたのに、距離が遠く感じた。




 地主たちとの財務調査報告会は順調に進んでいる。裏金が動いていた土地の地主たちとはひと悶着あって、王都へ更迭する事件もあったけれど第三王子派の人間でモモンガルガル教の幹部をやっていた人間たちが捕まえられたから大金星だ。どうやら学園の事件の後にこちらに逃げていたようで、寒い地方であまり動き回れずに民家に隠れていた。優秀に育った部下たちが見つけてくれて、ヴィント、ローガン、僕の作った魔武器でどつき回したら、早めに降参して白状してくれたから、被害は最小限ですませられた。誰も死者がでていない。少女たちの行方も大体把握できた。

 一通り本来の仕事を終えて、ついでに地方視察の名目でチェッカーベリーのなる凍った湖について聞いて回れば5か所目でそれらしい場所が見つかった。しかも、すぐ近くで少女たちを連れたサターシャらしき人物の目撃情報と、連中から聞き出したホーブルが所有する屋敷が見つかった。


 あまりにも上手くことが進み過ぎて、何かある気がした。僕が仕事でバスキット地方に出張することは、王城で働く人間は把握できる情報だ。念のため待ち伏せを警戒して進む。


 湖を目的地として、先に屋敷に向かう。たどり着いた先は何年も人が住んでいないようなぼろいお化け屋敷で、雪も屋根に積もって今にも崩れそうだった。入り口付近だけ人が通れるように雪がどけられていて、誰かいたことが伺える。



「お化け出そうじゃん!おれやだー!」

「う、が…ヒローナがいるかもしれない、俺はいく!」

「じゃあ、ヴィントは玄関前、周囲を見張りながら待機組。部下たちは後発隊が2組ほしいから、3人ずつで2組作ってくれ。残りはヴィントの指示に従うように。僕とローガンはもう一人誰か連れて…」

「俺がいくよ!ちくしょぉぉおぉぉ…」




 曖昧なヴィントをしんがりにローガンを先頭にして氷室のように冷たい屋敷を探索する。どこも崩壊寸前で廊下や階段があちこち使えない。


 ちょうど水場近くに差し掛かった時だった。酷い血の匂いが襲ってきた。ローガンが一目散に匂いのする部屋に飛び込んでいく。



「う…これは…」


 追いかけた先は台所だったところで、あちこちに人骨とはぎ取られた衣服が並べられている。綺麗に塩漬けや燻製にされた人肉が氷室のようになった屋敷の台所に安置されていた。


 おぞましい空間に生存者はいない。


「…ヒ、ヒローナ!ヒローナー!!いるのなら返事をしてくれ、頼む!!」


 追いついた先で呆然とたたずんでいたローガンが、一通り見渡してから並べられたものをなぎ倒して暴れまわる。ずっと待ち伏せを警戒していたから、屋敷を探索していて気が付いてしまっていたこと。


 僕ら以外に人の気配がない…。


「1人、2人…」


 ヴィントが嗚咽をこらえて、頭蓋骨の数を数えだした。数える端からローガンがあちこちなぎ倒していって数えられていない…。

 台所に入ってから呼吸が上手くできなくなったまま、衣服が少女の着ていそうなものか確認する。

多分、ここに行方不明になった少女たちがいたんだ…。でも、玩具の赤い指輪は見つから無いし、そもそも衣服以外の装飾品の類は全く見つからない。サターシャの元にあったあれらがそうだろうか…。


「エリオット…この部屋の頭蓋骨の数、い、い、いなくなった少女たちの大体の数と一致するぞ。さささ、先に買い手顧客リストと契約書の束を、探さないか?これじゃ、全員分あるかわから、ないだ、だ、だろ?なぁ、ここから、出ようぜ…。俺たちは、ここに今いるべきじゃない!!」


 あまりのことに錯乱しているのかと思ったら、ヴィントは思ったより冷静に状況を確認できていたようだった。どもっている割に、周囲をよく見ている。暴れまわるローガンを説得して、地獄のような空間から何とか脱出した。




「ヒロ…ヒ、ナ…ヒロ…ヒローナぁ…」

 

 壊れたからくり人形のように同じ言葉を繰り返すローガンを引きずって、階段下の物置がある場所まで逃げてきた。淡い期待が砕かれた彼の絶望は計り知れない。かける言葉が何もでない。一度失ったと思い、また手をとれるかもしれないと思っていたなら、その心の負担たるやどれほどのものか…。


 遅れてきた吐き気が、今になってやってくる。目を閉じれば、焼き付いた記憶の中の綺麗に並んだ骨と目が合ってしまう気がした。この寒い地域では肉は手に入りずらかっただろう。何故、僕らと年の近い少女ばかりが選ばれたかなんて考えたくもない。サターシャの「可愛いから食べちゃった」という言葉がそのままだったことに、今更ながら愕然とした。


 ヴィントがついてきてくれてよかった。僕とローガン、威厳をみせるべき部下の誰かだけだったら今頃…。

 首を振ってクラリベルのことを思い出し、必死に正気を保つ。


 ふと、階段下の物置が中途半端に開いていることに気が付いた。中で何か光った気がした。


「ここは…?」


 入らずに扉を開けて、保存瓶だらけの空間を見渡す。独特な乾燥植物の香りがした。医薬品置き場だろうか。


「っ、ヒローナ!!」


 背後からローガンが僕を押しやるように、物置に飛び込んでいった。彼は真っすぐに棚に向かって、保存瓶の中に一つだけあった透明なガラス瓶を抱え上げえている。



 赤い石のついた玩具の指輪が1つ、茶色く変色したチェーンに通されて瓶の中に転がっていた。


「あれは…」


 それが確認できてすぐだった。ガラス瓶の無くなった棚から奇妙な音、レバーを引いた時に聞こえる操作音がした。続いてすぐ上の階段、踊り場、廊下、そして屋敷全体が大きく揺れる。


 何が起きたか理解する前に、落ちてきた天井に視界が塞がれた。


 僕らは策略に嵌り、意図的に崩壊していく屋敷の下敷きになった。

 

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