学園内の謎解き・前編
「そういえばエリオット、学園にいたモモンガルガル教はもう捕まえたのよね?」
「なんだって?!クラリベルその話を詳しく聞かせてくれるかい」
調査が難航していたモモンガルガル教の話が思わぬ方向からやってきた。
ヴィントの初任務が成功に終わり、問題はあったけれどフリントン夫人は安全な味方だった。それよりも彼女から得たモモンガルガル教の悪事だった。人身売買に世界共通の使用禁止になった麻薬をこの揉めている国内で扱っている情報を得たのだ。
結婚してから学園には以前より本体で行く日が増えていたけれど、探していたものが実は身近にあるなんて予想外の事態だった。
そもそも学園内に取り付けた監視道具に不審な動きをする人間が多すぎて、クラリベル関連以外は事件が起きるまで証拠保存しかして来なかった。ヒローナ以外の生徒は年相応の学生だったから、麻薬と人身売買をメインに扱う最も危険なモモンガルガル教に入っているものがいるなんて思わなかった。最初にヒローナを調べたけれど、第二王子派に終始べったりくっついているか、子爵家で愛人をしている以外にあまり不審な動きはない。
クラリベルの話では、科学クラブがモモンガルガル教の根城らしい。さっそく学園内に取り付けた監視の記録を影武者たちとヴィントで手分けして確認していくと、科学教室の上下スライド式黒板の後ろにあるちょっとした道具置き場で不審な動きをする生徒がいることに気が付いた。
「こんなに見つかりやすい場所に何か置いてあるのか?」
首を傾げるヴィントへにっこり笑って、新調した制服を差し出した。
「僕が行くより女生徒が見に行った方がいいと思うんだ。どうせ君の学園の在籍は、授業料が払われずに半年以上経っていたから除籍処分になっている。本来の姿で確認をしてこれないだろう?この前の潜入で習得した技術を生かしてくるといいよ。」
「くっそ、良い性格してるよお前。あーあ、からかい甲斐のあるおっとり坊ちゃんだと思ってた頃に戻りたいぜ」
ぶつくさ文句を言ってヴィントが取り掛かったのを確認して、他の教室の記録から怪しい動きをするものをリストアップしていく。
授業でも水泳クラブ員でもないのにプールに何度も出入りする人間
特待生専用通路にあるロッカーの3番目と7番目の底を3回ずつ叩く人間
下駄箱に不審物を入れる人間多数
人気のない校舎裏で一人の人間を囲む人間たち
音楽クラブで飾られた音楽家の額入れを移動させてその奥にあるらしき小部屋に消える人間
男女隣り合ったトイレに必ず同時に入る男女
科学クラブ以外でもざっと半年分の記録を確認しただけで他に6か所、怪しい人間を見つけた。
「ん?この怪しい人間のデータって学園七不思議と被ってるな?」
派手だった髪を染めてゆるく巻き、ツインテールにした長身美女に化けたヴィント。妙にこなれた女のしぐさで、手を軽く握って口元にあてている姿が似合っていて謎に腹が立つ。首元には変声できるチョーカーが飾られていた。
七不思議について首を傾げる僕をみて、馬鹿にするように笑う。
「学園では魔道具頼りにしてぼんやりしてるんだからよぉ!周囲の様子に気を配らないから、流行りの噂についていけないんだよ。」
小ばかにするようにおかま口調で笑うヴィントの前に、追加の仕事の資料を回す。
良い具合に顔が引きつった頃に再度、七不思議について尋ねた。
「あー、もう。わかったわかった。これ以上仕事増やされたら、俺の玉の肌に影響がでちゃうから言うよ。」
お調子者から聞きだした情報と監視記録を照らし合わせると、科学クラブと6つのデータを合わせた中で5か所も被っていた。
オカルトに興味はないけれど、不審人物と無関係には思えずに七不思議の調査にも乗り出すことにした。意外と授業中にでる不審人物と行動が被っているから、昼間に堂々と調査に乗りだすべきだとヴィントにごり押しされた。
影武者2人分使って監視魔道具で人の動きを確認させる。必要があれば本来の姿を見えなくする目くらましの装置など見つかった時の準備もしていく。
最後まで学園での一人行動を渋るヴィントと手分けして授業中の学園の調査に乗り出した。
ロッカーと科学クラブ、女子トイレはヴィントに調査を任せた。
プールの不審人物は、落とし物(差し歯)を探す教授だった。すすり泣きの正体はプールで自殺した霊ではなかった。
下駄箱はいじめだったり、手紙だったり人間の恋欲が絡んだものだった。夕暮れに人を捕まえて食べてしまうなんて迷信だろうし、治安を改善すべく教師に連絡だけ入れておく。
校舎裏も同様。
音楽クラブの小部屋は、確かに額縁の裏にあった。中には学園の生徒の写真で溢れていた。多分音楽クラブの人間が隠れた写真家なのだろう。中々腕がいい人間のようだ。ついでにクラリベルの写真だけ回収。人物特定をして個人取引を持ち掛けたいのでこのまま様子見だ。七不思議の額縁の人間が夜な夜な動き出して、秘密の部屋で雑談してるというのはこれが原因かもしれない。
残りの男子トイレに向かおうとした時だった、持っていた通信機が震えヴィントからSOSが届いた。
「何をやっているんだい?」
急いで僕が特待生専用通路に向かうと、脳筋に壁まで追い詰められたヴィントが情けない声を上げている。
影武者からヴィントの情報を移動しながら受け取った。
どうやら、かなり遠くからローガンが特待生専用廊下に向かっていることがわかった時点で影武者からヴィントに連絡が伝わり、急いでヴィントが目くらましを発動。姿が消えたにもかかわらず、野生の勘かそのまま真っ直ぐにローガンはヴィントを追い詰め、観念したヴィントが姿を見せてしまったようだ。
「お前も仲間か!」
「仕方ないなぁ…。いや、ちょうどいいか。」
無駄に大きな声でこちらを向いて吠える脳筋相手に、事前に用意していた昏倒させる薬をかけた。僕が行く前に散々騒いでいたのか、既に人が沢山向かってくる気配がする。見つかる前に、そのまま3人に目くらましを発動させて撤退。男2人でもでかくて重い筋肉の塊を引きずって屋敷の地下まで帰る。
「人さらいの手口じゃん!何で手馴れてるんだ?!」
ガタガタと騒ぐヴィントと未だに夢見心地なローガンの2人にまとめて冷水をぶっかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、寝起きにすまないね?」
「…うが…?」
「君は何故、特待生専用のあの場所にいたのかな?」
「…ヒローナに聞きたいことがあった。あいつ最近授業もさぼってて…」
そこまで言って正気に戻ったのか唸り声をあげた。縛って転がされているのに無理に起き上がろうとする。
「第二王子たちと違って、君は本当にヒローナ嬢を大切に思っているようだ。わかるよ、好きな人が心配だよね?」
踏みやすい大きな背中に片足を置いて、もう一度地に伏せさせる。
「ちょっと、僕らとお話しようか」
深夜、誰もいない学園に3人で忍び込んだ。
昼間に散々話し合いをしたおかげか、大人しく2人がついてくる。元々夜に忍び込んで調査するつもりだったから、どれだけ2人が深夜の学園に行くのを嫌がっても引きずってきた。
せっかく昼間に得た情報だから、夜の情報と照らし合わせておきたかった。ヴィント側は一つ目の調査でもめて調べられていないから、余計にやらないといけない。7不思議と不審人物のでた場所をまとめて調べていく。二手に別れたかったのに、3人で移動することを強調された。
「本当に、ヒローナについて調べられるのか…」
調査も半分終わった頃に、昼間の特待生専用廊下にたどり着いた。思い出したのか、疑うようにローガンが口を開いた。
「ヒローナをまだ助けられるのか?」
「勿論、上手く第三王子派から引き離せる手はずをとるよ」
ニコリと笑ってロッカーを調べだす。
昼間に聞いたローガンの話をまとめると、ヒローナ嬢を第二王子に紹介したのは彼女から第三王子派の人間に利用されているから助けてほしいと話を受けたからだ。第二王子の伝手を使って彼女を助けたいと思ったらしい。
助けを求めた割には、堂々と色んな男子生徒に声をかけて、体を押し付けたりしている。仲良くなるの意味合いが違う気がするんだけど、脳筋はそこまで気にしないものなのだろうか。
「ヒローナ嬢が第三王子派の人間で近づくことが目的だったんじゃないか?お前がしたことは、本来の主である第二王子を危険にさらしただけだ」
「もしヒローナ嬢が利用されているのなら、今の状況だと殺される可能性がある」
「僕らの学園の調査にヒローナも関わっているかもしれない。協力するならヒローナを救う方法を教えてあげる」
等々の言葉を掛けつつ、尋問で心身を追い込んだ。
考えすぎて判断がつかなくなったところで、ヒローナを心配する心を利用した。上手く今回の学園の調査に協力を取り付けたけど、思ったより頭が足りないことが心配だ。効果のしょぼい惚れ薬もどきが効いているわけでなく、本心からヒローナを心配しているから質が悪い。
それと今
大の男たちが揃って僕の服の裾を掴んでついてくるのは勘弁してほしい。可愛くない。最初は馬鹿にして振り払っていたけど、いちいち教室をのぞく度にひっついてくるから諦めた。2人とも攻撃できない幽霊の類が苦手なようだ。
特待生専用廊下にはずらりとロッカーが設置されている。
不審人物と同じく3番目と7番目のロッカーを開けてみると、中は掃除道具とよくわからない運動部の荷物しか入っていない。底を叩くと他のロッカーと違う音がした。壊さないように力をこめて底の板をはがせば、中から水に浸かった小さな植物が両方のロッカーから出てきた。
「これは学園の池にある水生植物じゃないか?何でこんなところにあるんだ。」
ヴィントが恐る恐る観察するそれは、暗い底にあったせいで根が異様に発達してしまっている。3回ロッカーの底を叩くことと関係ありそうだけど、さっぱりわからない。
「ここの七不思議は、深夜にこの廊下を通ると一向に廊下が終わらなくて先に進めなくなるんだったけ?先にそっちを調べてみようか。」
植物の記録だけとって元通りに直す。顔を上げて他のロッカーを調べていた2人をみれば、青白くなった顔の2人が嫌そうな顔でお互いひっついてこちらをみていた。
ちょっと考えて周囲を見渡し、誰もいないことを確認。意味ありげに笑って追いかければ、悲鳴を噛み殺しながら廊下が終わるまで2人で駆け抜けてくれた。
結局、特待生専用廊下の七不思議は何も起こらなかった。
そこから残りの校舎裏、下駄箱まで先に進む。七不思議、月夜に人が浮かぶ池にも何も無かった。水生植物が一致したこと以外に収穫はない。残りはトイレと科学クラブだけになった。別にどちらでもよかったのだけど、近いから科学クラブの活動場所に向かった。
科学教室に入ると、ホルマリンと薬品の不快なにおいがする。足元に張り巡らされた下水に繋がる小さな水路の蓋をはがしたり、人体模型を分解してみたけれど特に何もない。ぎゃあぎゃあ作業をした2人のみっともない姿の記録しか撮れなかった。
「血を流して動き回る人体模型とその血を受けて真っ赤な水の流れる水路、2つともなかったね」
「お゛れたちに他に言うことはないのか、この外道!」
「うがが…」
涙声の2人を鼻で笑って、本来の調査場所である2枚の黒板を上下にスライドさせる。黒板消しの幅しかない細長い空間は、チョークの箱と予備の黒板消ししかない。
「映像を見てる時にしていた動きだと、…こうしていたかな?」
隅にあけられた筒状の穴にチョークを刺して180度捻る。軽い音がした後に、チョークが下に沈んで何か動く感触がきたけれど変化はない。もう一度、今度はチョークが穴の中で斜めになるように傾ければガコッと底の板が持ち上がった。中に折りたたまれた紙が入っている。
「映像で見ていなかったらわからない仕掛けだね。ヴィントはどう思う?」
「白い紙に見えるぞ。あぶりだしか何か仕掛けのあるものじゃないか?」
紙の表面を調べれば、文字が薄く透かし彫りに刻まれていることがわかった。ご丁寧に隣国の古代文字を反対文字にして刻まれている。普通の人が見るとただの凸凹した紙にしか見えないだろう。念の入れたことだ。
「ふむ…暗号だね。翻訳道具をいくつか使えばすぐ済むよ。うーん、…巻き戻された、卵たち…住まう場所…待つ、待て…?三日月…浮かぶ…太陽の時間…?」
「…うが?おい…何で隣国の古代文字なんかがわかる!」
自分でやってもいいけど時間がかかるから、屋敷で待機している影武者に文字を送って翻訳させた。何か場所と時間を指定している。
講義で習ったことを忘れてぶつくさ首を傾げる脳筋に、ヴィントが「何でお前はこの学園に入れたの?」とちょっかいをかけ始めてうるさい。
次に紙自体の状態を調べれば、最近仕込まれたものだとわかった。他にめぼしいものも出ない。ロッカー同様に記録だけとって、これを仕込んだ人間に怪しまれないように元通りにする。ついでに科学教室に監視のセットを追加で仕込んだ。
「じゃあ最後の調査だね。男女隣り合ったトイレに必ず同時に入る男女か…ただの恋人同士の遊びの気もするけれど一応行ってみよう。七不思議だと誰もいないのに閉まっていて、ノックを4回した時だけ返事が返ってくるトイレがあるんだっけ?」
何で中に人が入っていないことがわかったのかとか、4回もノックする前に他のトイレにいけよと思う。オカルト自体が魔法が発達して化学も伸びてきたこの世界であまり意味がない話なのに、どうして一部に人気があるのだろうか。
一等震え上がった2人を引きずって、唯一男女隣り合ったトイレのある校舎にいく。他の校舎より古い校舎だけが、1階から3階まで全てのトイレが男女隣り合っている。他の校舎は紳士淑女のプライバシー云々で、できるだけ男女離れた場所にトイレがある。
ここでヴィントに女子トイレの調査を押し付けたら、ひと悶着あってローガンとヴィントが女子トイレに入っていくことになった。
男二人がひっついて女子トイレに向かうなんて、見てる絵面が最悪だよ。深夜に調査でよかったんじゃないか。
2人と同時にトイレに入ったけれど何もない。試しに女子トイレと隣接する壁をノックしたら、女子トイレから野太い悲鳴が聞こえた後にローガンの抗議の声が聞こえてきた。
壁の音に違和感を覚えたから、最後にもう一度確認しよう。ぐるりと男子トイレを観察するけれど不審な点はない。風向きや水の流れも確認したけれど魔力の痕跡もない。個室の壁もむき出しの便器も古いだけだ。
「やっぱりトイレは外れかな」
帰りがけに女子トイレと隣接した壁を叩く。他と比べて軽い音がなるけれど、それだけ―
「お前いい加減にしろぉぉおお!!」
ローガンが向こうから同じ場所を叩き返してきた。そのまま大きな音を立てて、壁が半回転した。拳を突き出したままローガンが男子トイレに倒れ込んでくる。女子トイレ側で口を開けたヴィントがこちらをみていた。
「おっと…?」
古い校舎の男女トイレは一階だけ回転扉の仕掛けがあった。
学園から帰ってきて情報をまとめる。
モモンガルガル教に関係がありそうなものは、特待生専用廊下のロッカーと科学クラブの使う教室のメモ、古い校舎1階の男女トイレの3か所。いや一応、池の水生植物も当てはまる。
「古い校舎は講義であまり使わなくなっていて人気がない。何かしてるとしたらトイレじゃないか?」
「そう思って同時に入っていた男女を調べてみたら、科学クラブに所属する人間だったんだ。ロッカーの中を3回叩いている人間も科学クラブ員だった…」
「真っ黒だ!今すぐ科学クラブ員全員を捕まえて聞き出すぞ!」
立ち上がってどこかに行こうとする脳筋を捕まえて、今後の話し合いを進める。
「メモの場所はこれから探すけれど、時間はわかったよ。三日月が浮かんだ昼間の時間というのは、多分来週の木曜日の午前中を指す。今月に三日月が出る日で、尚且つ昼間に月が見られるのはこの日の時間しかない。後はそれまでに場所を特定すれば、メモに呼ばれた人間が現れるはずだ。科学クラブの人間の調査は他の部下たちに任せるつもりなんだ。」
「となると…巻き戻された卵たちの住まう場所ねぇ…わからん、わからん。俺の頭は女の子に送る詩を考えるためにある!こういうのはエリオット君が得意だろう。」
「じゃあ、女の子に待ち合わせ場所を謎かけされたのだと思って考えてよ。」
早々に考えずに投げて、部屋から出ていこうとしたヴィントを逃がすつもりはない。
日頃、女子を口説く言い回しが豊富なんだから何か出るはずだ。ローガンには期待できないから、声を掛けずに待機してお茶だけ飲んでいるように勧めた。
「えぇ…ロマンチックのかけらもない、いやロマンチックか…そうだな、もし女の子に言われたのなら…うーん、…“巻き戻された卵たち”だから…、あっ!卵を巻き戻せるものだろ、時間じゃないか!?つまり逆に時間を進めれば生き物になるんじゃないか?それなら例えば鳥たちの住まう場所とかどうだ?学園のすぐ近くに野鳥観察クラブが活動している森があっただろ?」
「あぁ、それなら…クラリベル!クラリベルが危ない!」
部屋から飛び出していこうとした僕を、今度は2人に止められた。




