侯爵令息のお仕事1年間と少し・後編
木曜日
第一王子に経過報告をするために塔城した。
気楽な第二王子とその派閥は学園内での問題だけでなく、学園周囲の街でも問題を起こしており、器物破損から身分を傘に来た恐喝、「ある特待生女子」のための商品買い占めによる市場の混乱など、かなり第一王子派に有利なことを起こしてくれていた。それを報告した帰り、久しぶりに自ら学園の様子を見にいった。クラリベルが楽しそうな写真が1番手に入る木曜日の放課後が気になって仕方なかった。
木曜日は第二王子派だけが入れる極秘の情報交換会がある。そこでは専らヒローナ嬢が第三王子派の刺客か第一王子派の刺客かが入学してからの話のネタになっていた。学園内の秘密の花園女子会のような高度な情報交換会とは違って、世間知らずな令息たちがヒローナ嬢からどんな情報を引き出したか、自慢しあうだけの会だ。一人の令嬢に侍っているという不名誉な噂の的になっているなど気にも止めないお気楽な情報交換会だ。
一目みたら仕事に戻るつもりで情報交換会帰りの影と入れ替わり、クラブ見学に向かったら馴れ馴れしいヒローナと第二王子派に捕まった。しかも、クラリベルが珍しく遅れていて可愛い姿が見られそうもなくてやさぐれそうになった。だけど、走ってきた彼女の初めて聞く怯えた悲鳴に興奮したので満足した。震えて上目使いで僕を見るクラリベルが可哀想で可愛い。
クラリベルが何かに気づいていると確信したのは、彼女の様子から第二王子派とスパイ疑惑の年増女を彼女が警戒していたことだ。
僕はこれ以上彼女を奴らに接触させないようすぐクラブ教室を出ようとしたのに、年増が嫌がってそれを宥めつつ教室に出ようとするものと状況を利用して自分を売り込もうしたもので喧嘩が勃発。
クラリベルが壁に叩きつけられたのを見た時は、頭に血が上って相手を後ろから殴ってしまった。第二王子の近衛を勤める頭も筋肉野郎ローガン・カーターに大して効いていないどころか、殴ったのが僕だと気づいてもらえなかったのはちょっとへこんだ。
可愛い彼女は足を挫いて立てなくなっており、駆け寄ったら泣きながらしがみついて来てくれたのは頼って貰えた気がして嬉しかった。
ヒローナ嬢がそんな僕らをみて喧騒をおこした自分の非を認めず、クラリベルに罪を擦りつけようとしだした。でも、事前に何回も偽名を伝えていたおかげで、まんまと彼女はクラリベルをクランベリーと呼んだ。
腕の中でクラリベルが震えていて心配だから、準備していた目眩しの魔道具を発動して、直接クラリベルに触れた者以外は認識できなくした。これ以上、彼女に何か罪を擦りつけさせない。
ヒローナの不審な行動に気を取られた第二王子派は気が付いていないようで、大半はヒローナの行動に目を光らせている。
その中で宰相の息子が振り返って僕をみて、目で合図してきたから頷いて質問を促す。宰相の息子がこちらを見た際に、更にクラリベルが身を縮めて震えた気がする。
「クランベリー様ですか??クラリベル様ではなく…?」
「え…?いいえクランベリー様です。クランベリー様にいじわるされました…」
迷うことなくクラリベルの偽名を呼ぶ姿に笑いそうになった。少し調べれば、僕の婚約者がクラリベルで、僕にクランベリーと偽名を告げられたことはわかったはずなのに、何故それをしなかったのだろう。それどころか、存在しないクランベリーにいじわるされたとはっきり断言した。第二王子とその側近たちの前で「虚言」を吐いた。そもそも僕の腕の中にいるクラリベルが名乗っていないのにクランベリーと断定したこともおかしい。
僕らを引っ掻き回すことが目的だろう。混乱させるためか、裏の意図があるのか。
不審な証拠がとれたことに満足した宰相の息子に促されて厄介な者たちが出口に向かう。それに置いていかれまいとヒローナがついていき、彼女の取り巻きである身分の低い男子たちも動き出した。
のろのろ進む奴らがクラブメンバーに背を押されて出て行く時に、1人だけクラリベルを認識し、彼女にウィンクを送ったものがいた。
傍観者を気取っていたヴィントだ。
いつ彼女に触れたんだ!クラリベルを心配するつもりもなく、ただ彼女にちょっかいをかけるだけの何もしないお調子者め。こんな奴などいらないだろう。その気もないのに、気軽にクラリベルに触れる男など許せない!
この時に、こいつだけは絶対に処分する腹が決まった。
荒らされた教室を片付ける中で、気さくな野鳥観察クラブの人たちと仲良くなった。影に任せきりで学園に通って無かったから、友達なんて作っていなかったけれど木曜日の放課後くらいなら友達作りをしてもいいかもしれないと純粋に思った。クラリベルの為に調査していたけれど、報告にも不審な人物はいなかった。気づけば話が弾んでいて、学園以外の習い事だけでなくクラブ活動にも参加するようになった。クラリベルのおかげで諦めていた友達作りができる日がくるなんて思っても見なかった。やはり、彼女は幸運を呼んでくれる最高の女性だ。
金曜日
サップシャー家を追い込む準備を始めながら、面倒な仕事に着手を始めた。
第三王子派が資金作りに動物名の入った宗教を作り、若い女子を釣っては人身売買や人質を使った麻薬取引に手を出したことを聞いて、いくつかの新宗教に潜入していた。数種類のリスを香りで操り、情報を持たせて移動させているリスリスドスコイ教の組織に忍びこんでいたら、クラリベルがきた。証拠が揃ってきて、そろそろ撤退しようとした時だった。
ゾッとして、彼女を急いで連れ出そうと思ったけれど、彼女も何かを探していることを知っていたから心の中ではかなり迷った。結局、あっさり彼女は僕に説得されて戸惑いながらも脱退をのんだのだけど…。
あまりにもあっさり承諾されてしまって拍子抜けした。悔恨を彼女に残させないように出口に向かいながら探し物があるなら手伝うと提案してみる。
「見つかってしまったから、もう良いのです」
うなだれてしまって、何かを教えてもらえなかった。
彼女の応えに、まさか彼女が探していたのは「僕」だった?と、ほのかに期待したけれど、答えは聞けなかった。
リスリスドスコイ教は、もう僕の手のものと何人も入れ替わっており、スムーズに出口の扉を開けていった。後々の上司の顔色を窺い、渋るものには机の下で金を握らせた。すぐに申請を通したので、その場でクラリベルの情報も破棄させた。所詮、出来立ての組織なんて統率も浅いし、金で動いてしまう程度の者しかいない。団結力が強くなる前に潰して回っていた甲斐があったというものだ。
下らない者たちの集まりだったけれど、クラリベルを無傷で帰せることになったのは、唯一の美点として見ていい。他の宗教もどきの組織だったら、間に合わなかったかもしれない。
密かに冷や汗をかいていたことはここだけの秘密だ。
組織ある森の近くに待機させていた馬車に乗せて、クラリベルを屋敷まで送る。
勿論、可愛い彼女の記録をとれるように録音できる魔道具と映像を保存できる魔道具を馬車に仕掛け済みだ
「僕らの領地まで少し遠いこの隠れた森の中の巨木までよくクラリベルが無事に入団できたね。」
「それは、神殿の親切な神官様が、秘密で手配してくださったんですの…」
戸惑うクラリベルから、その「親切な神官様」とやらの名前を聞きだしたら、ここ1年と少し懇意してきた神殿との関係だけど、聞いたことのない神官の名前だった。自分がわざと危険な場所に送られたことに気が付いていない。
「私の調べが足りなかったのです。どうか、神官様に罰を与えないでくださいませ」
彼女は祈るように僕に頼んできた。不埒者が心配されていることに思いっきり妬いてしまった。
「その神官のことは勿論考慮するよ。でもね、クラリベル。今回どれくらい危険なことをしていたのかわかっているかい?国が認知しない組織にいくということは、そこで殺されても気づいてもらえないかもしれない。君の死体を使って、生きているように仕立てて身代金を要求するようなところだったかもしれないんだよ。」
「危険なのはモモンガルガル教だとばかり…迂闊でした、申し訳ございません。」
項垂れた彼女の口から出たのは、調査が難航している麻薬組織の名前でドキリとした。
やはり彼女は千里眼に目覚めているのでは…?
「何故それを貴女が!?…モモンガルガル教とリスリスドスコイ教は元は同じ犯罪組織から分かれたものだよ…動物名の入っている最近できた宗教はほぼ黒だから近づいてはいけないよ、いいね? 」
返事を聞いてもうなだれた彼女からはそれ以上聞けなかったから、できるだけ怖がらせないように優しく言い聞かせて、話を切り上げた。
重くなった雰囲気を払拭すべく話を切り替えていくうちに彼女の領地の葡萄畑が見えてきてしまった。
彼女の肩も明らかに力が抜ける。
「今日のことは大事にならなかったからご両親に秘密にするけれど、他にまだ僕に隠していることはある?」
クラリベルの気が抜けた今が、質問できるチャンスな気がした。
パッと顔をあげた彼女の菫色の瞳とぶつかる。
「あの、卒業後に結婚するのがいやなんですの。現状、誰も私たちが婚約していることを知らないではありませんか。学園内でほとんど交流もありませんし…その…」
苦しそうなクラリベルが震えながら伝えようとして、言葉を断った。
あぁ、そうか。そういえば彼女は入学前に僕と婚約解消したいと叫んだのだった。
確かに僕自身は学園内にいないし、放課後と日曜日以外に彼女と会うことはできていない。2年生に進級するまでに、かなりクラリベルと交流できたつもりだったけど、彼女はまだ婚約解消したいのか・・・
僕を探していた理由は、婚約解消のための理由を探すためか。いや、この話し方だと僕が学園を影武者に任せっきりなのに気が付いているのかもしれない。僕の影から作ったもので記憶の共有もしているのだから、偽物じゃないと言い切れるだろうか?なんて返事を返すのが正解なんだ。
「なるほど…卒業後に結婚することが嫌なんだね…?うーん、…確かに学園内では交流が少ないし…。」
言葉を探して、先を言えなかった。そんな時だった。
「私はエリオットのことが好き。本当はエリオットと結婚したかった。
…学園に…
…習い事を通して…
…サブリミナル…刷り込まれて…
…怖い…
…でも毎日会いたい…
…好きになっても…、…てるのに危険だわ…
…これからは恋心を消す…
…、…も話を聞きに行きましょう…」
「え…?」
同じく考え事をしているクラリベルからわずかな声を拾った。胸が急に熱くなって、頬がカッと赤くなるのがわかった。内容が明らかに僕に向けた話の続きだ。
僕を好きって…?本当は結婚したかっただって!?いや、恋心を消すって言った?毎日会いたいって、クラリベルもそう思ってくれていたの?サブリミナルって??危険ってなに??この後に行う神官の処分のこと?
色々と聞きたいことがあったけれど、独り言がもれていることに彼女は気づいていない。咄嗟に声を記録できる魔道具の発動を確認する。上手く小さな彼女の声を拾っていてほしい。
タイミングよく馬車が屋敷の前で止まる。僕の心もやるべきことへ決心が固まった。
「クラリベルの願いはよくわかったよ、後は任せて今日はゆっくり休んでね!」
喜色を隠し切れず、満面の笑顔でキョトンとしたクラリベルを屋敷までエスコートする。
これは、急がないといけない!
もうその後は、人生で一番素早く動いたと思う。まずは、玄関でクラリベルを出迎えた執事に重要な話があるので、近日中にハミルトン夫妻と話す機会を作ってほしいと言伝を頼んで、自分の屋敷にトンボ返りした。忙しそうに仕事する両親の邪魔を、人生で初めてした。
どうしてもクラリベルとの婚姻の話をしたいから今夜時間を作ってほしいと言えば、渋い顔をしたまま了承してくれた。詳しい内容を尋ねてくる両親に少し待ってほしいと頼んで、密かに開発していた魔武器をもって神殿に乗り込んだ。
神官長と例の修道士長に今日あったことを伝えて、神殿に侵入している神官を締め上げる協力をさせてもらった。武器として開発していた魔道具だけれど、拷問に使うという新しい使い方を見つけてくれた神官長とノリノリで神殿内の膿の絞り出しをして楽しかった。
可愛いクラリベルを利用しようとした愚か者どもの大半の処分を終える頃には、夜がふけだしていた。これでクラリベルに危険はないはずだ…。
謝罪と感謝と拷問道具の発注を受けて、僕は意気揚々と自分の屋敷に戻った。両親が初めて二人でそろって僕を玄関で待ってくれていたおかげで、すぐに話に入れた。
クラリベルと結婚を今すぐあげたいこと、クラリベル自身が卒業まで結婚を待てないと言っていたことを伝えて明日にでもプロポーズしたいことを必死で伝えた。勿論、公爵になるための基盤を完全に固めたいとも伝えた。
「いつも仕事を優先して後回しにしてしまっていた。お前がそこまで自分で望むなら、私たちが反対する理由はない。やりたいようにやってみなさい、後始末くらいはしてやれるだろう」
「初めて貴方から直接お願いされたわね。ハミルトン嬢のおかげで感情が豊かになってきたと聞いていたけれど、人を愛せる子に育ってくれて嬉しいわ。あぁ、違うわね。彼女のおかげね。彼女は逃してはいけないと思いますわ。」
いつも仕事中で横顔しか見てこなかった両親が、初めて僕と向き合って背中を押してくれた。若干、今までの両親との交流を思い出してもやっとした。だけれど、すぐにハミルトン家から午前中にグリフィズ家にくる便りが届いたから、急いで向こうのご両親の説得の準備にかかった。
魔道具には僕が聞いたより少なく、小さなクラリベルの声が入っていたけれど、僕が好きだという言葉と結婚したかったという肝心な言葉の部分が撮れていた。複製を何十個も作って、その内の1つをハミルトン夫妻に渡せるようにした。クラリベル自身の言葉を最大限に生かして、必ず説得しようと思った。こんな時でも僕を助ける言葉をくれた彼女を絶対に幸せにしたかった。
土曜日
朝早くからきてくださったハミルトン夫妻を歓迎し、すぐにクラリベルとの結婚を急ぎたいことを伝えた。彼女の言葉を記録した石を受け取ったハミルトン夫妻は、少し別室で二人で話した後に了承の返事をくれた。
ただし条件として、今日中にクラリベル本人に大勢の前でプロポーズをして返事を貰うことを希望された。証人の人が多ければ多いほど、逆に何かあったら動きやすくなるからだろう。
いきなり彼女に告白するという、大きいイベントに固まる僕の様子をみていた両親から珍しくアドバイスがきた。僕がクラリベルにプロポーズをするところを王家と神殿にも映像を流す生放送というものを行ってみたらどうかと言われたのだ。
以前から、クラリベルが動いている映像を残せるものを色々作りたいと研究していた。その中でできたもので「遠くの現場」を、設置した装置からどんな場所でも見られる道具が完成したばかりだったのだ。
プロポーズが成功すれば、王家と神殿から祝福してもらえる上に、映像を元に彼女との結婚誓約書を作成してもらうことができるからだ。平民ならどちらか1つで済む結婚誓約書も、貴族の僕らだと王家と神殿にそれぞれ1つずつ準備してもらってやっと成立する。一度で多くの成果がでる。
そして何よりも、大変な視線の集まる状況は僕の度胸と本気をみて貰えることになる。
武者震いする僕をみて、ハミルトン侯爵は最初嫌な笑い方をして話しかけてきた。
「君がクラリベルを欲しいなら、それくらいできるね?大勢の前でプロポーズをするくらい大したことじゃないよね?私の大事な宝物を…後2年は一緒にいられたはずの私たちのクラリベルを…連れて、いく…の、だから…。あの子が、こ、こんなにも早くいなくなって…しまうなんて…うぐ…うう、…クラリベル、クラリベルが!!お嫁さんになってしまう!!いやだー!!」
最後は泣き叫びながら、ハミルトン婦人に抱き着いてしゃべれなくなってしまったけど…。彼がプロポーズが成功することしか話していなかったから、僕から何か言えることは「やります」の4文字だった。
そうしてハミルトン邸に両親とハミルトン夫妻で向かう。屋敷についたら急いで、両家の使用人たちが屋敷を飾ってくれた。その間に影武者2人分を使って城と神殿に急ぎ映像を送る魔道具と状況の説明にいってもらった。
王家は国王と第一王子、第二王子がすぐに了承をくれて、プロポーズが成功したらすぐに結婚誓約書を送る代わりに、現場の状況を送る魔道具の優先販売を約束させられた。
神殿は昨日の件でぐったりした神官長と修道士長がふらふらながらに対応してくれた。
全ての準備が終わるころ、ハミルトン夫妻の計らいで外出していた兄君たちと、いつも以上に綺麗なったクラリベルが帰ってくる。
頭の中では100種類近くのプロポーズの言葉が駆け巡っていた。走馬灯もちょっと見えた。それでも必死に冷静に見えるように振舞った。
人生で一番緊張したその瞬間は、みごとに成功に終わる。
はにかみながら了承の返事を返してくれた、あの瞬間のクラリベルを絶対一生忘れない。
後日
兄君いや、義兄君たちからは何回もクラリベルを頼むと泣きじゃくって鼻水と抱擁をもらった。
第一王子から個人的な祝福として休暇をもらった。
修道士長からはめちゃくちゃからかわれた。
例の事件のことを考慮して、神殿から公爵になるための推薦状を貰った。
本当は、もう1年様子をみるつもりだったらしいが、僕が巨額の寄付金を渡していたこと、神官の膿だしを手伝ったこと、侯爵令嬢にして王弟の孫であるクラリベルに被害をだしかけた謝罪を兼ねて寛大な評価を下してくれたらしい。
ご丁寧に他の神官長と修道士長たちのサインと神力で綴られたまたとない一品だった。
これで推薦状はあと一つ。
公爵の位を手に入れるために、後は第二王子派を誰か処分するだけだ。




