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ふわふわ天然幼なじみと変人友人キャラ【リア充爆殺協議会】

 目覚めは、相変わらず最悪だった。


 握り締めた柄の固さ、刀身を伝って垂れてきた生温かい血の感触、戦い続けねばならないことへの疲れ――。そのどれもが、俺を(さいな)んだ。


「マジでなんなんだろうな、この夢……」


 あまりにもリアルすぎる。そして、なんで桃太郎なのか。

 伊呂波も、桃太郎の転生だとか変なことを言っていたが。


「っと、そろそろ起きないとな」


 どんなに気分が沈んでも、毎日の生活をしっかりこなさねばならない。

 俺はいつものように洗面所で顔を洗って、朝食の準備をした。そして、


「おい、伊呂波。朝だぞー!」


 ドアの向こうで寝ているであろう妹に声をかける。返事はなくとも、起きた気配がわかった。

 これも、長年の付き合いのなせるわざだ。


 さすがに朝っぱらから妹いぢりをする気力は出ない。

 俺は踵を返して、一階のダイニングへ戻った。


 味噌汁のいい香り。それが今の俺にとって、気分を落ち着けてくれる最高の薬だった。


 夢だというのに、血生臭さまでがリアルで、ずいぶんと気が滅入っていた。

 でも、今は……平和な現代の日本だ。


 伊呂波が桃太郎の生まれ変わりだの、俺の見る夢が桃太郎に関することだのという奇妙な符号の一致があるが、いちいち気にしていては、日常生活を送ることはできない。


 必要以上に考えないことが、人生において大事なことだ。

 やがて、二階から伊呂波が下りてくる。


「…………」


 こいつは低血圧気味だから、朝は不機嫌だ。

 昨日のことを怒ってるってのもあるかもしれんけど。


「おう、おはよう」

「…………」


 伊呂波は挨拶する俺を軽く無視して、洗面所へ向かう。

 そして、バシャバシャと顔を洗う。まぁ、朝はいつもこんな感じだ。


「いただきます」

「………いただきます」


 一応は向かい合って、ご飯を食べる。小さな声だが、いただきますと言ってくれただけでよしとするか。


 そのまま、無言で朝飯を平らげる俺と伊呂波。少々気詰まりだが、仕方ない。

 昔はお転婆で、よく喋るやつだった伊呂波も、今はこんな感じだ。特に、ここ数年は。


 悪夢のことで気になっていることもあるし、鬼について訊きたい気持ちもある。

 もしかして、伊呂波も同じような夢を見ているのかもしれない、と。


「あのさ、伊呂波……」

「ごちそうさま」


 俺が話しかけようとしたところで、伊呂波は席を立った。

 そのまま二階へ上がっていってしまう。


「むぅ……」


 昨日はちょっと、やりすぎたか。まぁ、仕方ない。

 俺は食器を片付けて手早く洗うと、歯を磨く。

 時間は十分にある。高校が徒歩圏内というのは助かる。


 伊呂波のやつも、俺のことを嫌ってるってんなら同じ高校なんて受けなけりゃよかったんだがな。まぁ、朝からウジウジと考えていても仕方がない。


 それに、幼なじみを待たせるわけにもいかないしな。

 俺はパジャマから学生服に着替えると、鞄を肩にかける。


「……それじゃ、先に出るからな?」


 まだ自室にいる伊呂波に声をかけてから、階段を降りていった。


 中学の頃までは俺と伊呂波と幼なじみである由芽(ゆめ)と一緒に学校へ通っていたのだが、高校に入ってからは伊呂波が「一人で登校する!」と言いだして、それ以来、俺と由芽ふたりっきりでの登校だ。



 俺は家を出ると、由芽との待ち合わせ場所へ向かった。

 その由芽についても、俺は思うことがある。

 苗字が――鬼宮(きみや)なのだ。偶然にしては、出来すぎている。


「まぁ、偶然だよな、偶然……」


 あえて考えないようにするが、ここまで色々と揃っていると気にするなという方が無理だ。

 伊呂波が敵視している鬼と同じ字がついているとはな……。


「どうしたの? たろーちゃん、難しい顔してるよー?」

「おわっと!? ……って、由芽か」


 いつもの待ち合わせ場所まで来ていることに、気がつかなかった。

 声をかけられて思いっきりビクッとしてしまった。


「たろーちゃん。おはようー」


 由芽は、にこーっと笑顔で俺に挨拶してくれる。

 日本人形のような女の子――そういう表現が本当にしっくりくる俺の幼馴染。


 いつもニコニコしていて、穏やかな物腰で、優しくて、身長は144㎝しかない。

 腰まで伸びた黒髪がよく似合っていて、清楚可憐そのものの雰囲気である。


 俺との付き合いも、保育園からだから、もう十五年ぐらいになる。

 お互い、両親が不在がちなので、半ば家族のように接してきた。


「おはよう。あいかわらず、ふわふわしてるな」

「あははっ、私、雲さんじゃないよ~」


 打算と欲に塗れた世の中で、この純粋な天然ぶりを保っていられるのは奇跡的とも言える。

 世の中には、似非天然というか、表の性格は演技で実は腹黒――というパターンもありうる。

 しかし、十年以上由芽を見てきている俺が保証する。こいつは、百パーセント、本物の天然だ。


「あうっ」


 ほれ見ろ。なにもないところでつまずいて、いきなりこけそうになってる。


「ほら」


 俺は倒れそうになった由芽を正面から抱きとめた。

 いつものことなので、自然に身体が動いていた。


「えへへっ、いつもありがとうー」


 由芽は俺の胸の中で、くすぐったそうに笑った。ふわりと女の子特有のいい香りがして、クラクラきそうになる。


 告白はしていないものの、俺と由芽は半ば付き合っているようなものだ。きっとこのまま順当に、結婚するんだろうと思う。……まだまだ、先の話だとは思うけれど。


「なぁ、由芽は……桃太郎のことって、どう思う?」


 再び通学路を並んで歩きながら、俺は由芽に訊ねてみた。


「?」


 由芽は頭にはてなマークを浮かべた。なんの脈絡もなくこんな話をされたら、そうなるよな。

 しかし、俺は話題を変えるでもなく、由芽の言葉を待った。


「桃太郎って、正義の味方だよね?」

「……ああ。そうだな」


 脳裏に、夢の中で同一化していた殺人鬼のような桃太郎のことが浮かんだが、俺は頷いた。

 一般的な……童話の世界の桃太郎といえば、純然たる正義に他ならないだろう。

 そして、鬼は完全なる悪だ。


「うーん」


 由芽は首を傾げて、考えている。俺は粘り強く由芽の言葉を待ち続けた。

 そして、たっぷり三分ほど経過してから、ようやく由芽は口を開いた。


「大変、だったんじゃないかなぁ……」

「へ?」


 今度は俺が頭にはてなマークを浮かべる番だった。

 そんなこちらにお構いなしに、由芽は言葉を続ける。


「きっと、桃太郎さんって……苦労したんだと思うな。いろんな人から期待されて、いっぱいいっぱい鬼と戦って…………」


 ふだんあまり物事を考えていなさそうな由芽から、現実的なことを言われて面食らう。 


 ……まぁ、本当に桃太郎が実在したのなら、その責任は重大だったろう。ゲームによくある魔王と勇者みたいな感じで、桃太郎のパーティにそのときの日本の平和がかかっていたんだろうから。


 そこまで考えて、ふと俺の脳裏に伊呂波の姿が浮かんだ。


(あいつ、いつからひとりで戦い続けてるんだ……?)


 疑問が芽生える。あいつが日本刀を手に家から飛び出すようになったのは、今年の一月頃からだったか。


 となると、それから三ヶ月。あいつの精神が不安定になって、殺伐としたのもその頃からだった。 ただの反抗期だったかと思ったが、もしかすると戦いによって心が荒んでいたのかもしれない。


「……それじゃあ、由芽は鬼って実在すると思うか?」

「……んんー」


 由芽は頭を傾けて、考え込む。しかし、今度はさっきよりも早く結論を出したようだった。


「いたんだと思うよ。だって、鬼っていう漢字もあるし、昔の絵巻物みたいなので角が生えてる鬼さんだっているしし……。いたんじゃないかな」


 ――じゃあ、今もいると思うか? と、訊ねようとして、やめた。

 これ以上こんな話を続けるのも、おかしいと思われるだろう。


「……ね、伊呂波ちゃんは元気なのかな?」


 ずっと一緒に登校していた伊呂波が高校に入ってから付き合いが悪くなってるので、由芽も心配していた。そりゃ、今まで十年以上三人一緒だったのに急に伊呂波は疎遠になり始めたからな。


「あ、ああ……。あいつはちょっと情緒不安定っていうか、なんというか……元気は元気だけど荒れてるというか」

「そう……」


 由芽の表情が曇る。その表情を見ていると、俺まで申し訳なってくる。


「気持ちはありがたいが、ちょっと今の状態だとな……」


 たぶん由芽でも、今の伊呂波の状態はどうにもならないだろう。なんだか伊呂波は由芽のことを特に避けているというか敵視しているような感じだからな。食卓で話題に出そうものなら、露骨に不機嫌な表情になって黙り込むし。


 こうして話しているうちに、学校が見えてきた。由芽とはクラスが一緒なので、そのまま教室に向かう。


 習慣になっているとはいえ廊下を由芽と一緒に歩くのはちょっと恥ずかしい。


「鬼宮さんおはよー」とか「今日もラブラブだねー♪」とか女子から茶化す声が聞こえてくる。そして、男子からは、「桃ノ瀬爆発しろ」「爆殺されろ」「桃ノ瀬を真っ二つにしたい」だの、怨嗟の声が浴びせられたりもする。まぁ、これももう慣れた。


 教室に入って、おのおのの席につく。俺は窓際の一番後ろ、由芽は廊下側の前から三番目だ。


「いよう、桃ノ瀬! 今日も爆殺されずに登校してきたのか?」


 席につくや、前の席の猿谷了介(さるたにりょうすけ)から声を掛けられる。言動がアレな変態なので、あまり付き合いたくないタイプなのだが、妙に俺に絡んでくるので仕方なく相手している。


 ちなみに、メガネの似合う細マッチョななイケメンである。表面上だけ見るとモテそうなんだが……多くの女子が猿谷の顔だけ見て一方的に恋をし、性格を知ってはフェードアウトしていく。そして、本人はアレな性格を直す気はさらさらなさそうだ。


「いちいち爆発してられるか。たかが由芽と一緒に歩いているだけで……」

「桃ノ瀬、その発言を体育館で全校生徒に向かって言ってみろっ! 全校一致で死ねといわれる! むろん、校長と教頭からもだ!」


 ひどい言われようだ。まぁ、由芽はそこらのアイドルが束になっても敵わないぐらい超絶美少女なのは認める。もしかすると、世界一かわいいかもしれない。


「それにおまえには! 伊呂波ちゃんもいるじゃないかあぁ~! うらやましけしからん! ってレベルではぬぁい!」


 猿谷は机に両拳を叩きつけ、頭を大げさに左右に振って、嘆き悲しむ。

 こいつはいつだってオーバーリアクションなのだ。


「別に由芽は幼なじみだし、伊呂波は妹だ。それだけなんだが……」

「それが贅沢は敵だと言っている!」


 言ってなかったと思うが。


「桃ノ瀬が恵まれすぎていて生きているのが辛い……そうした青少年の悲痛な相談が僕に寄せられている! もはや桃ノ瀬太郎被害者の会【リア充爆殺協議会】を結成する勢いだ! むろん、会長は僕が務める!」


 もうそれ被害者の会というより加害者の会になってるじゃないか。やっぱり、こいつの言動についていくのは厳しい。それなのに、妙に俺にかかわろうとしてくるから厄介である。


 そんなふうに猿谷と無益な会話をかわしていると、チャイムが鳴って出席簿を小脇に挟んだ教師が入ってきた。


「あー、出席とるぞー」


 四十代痩せ型の独身男性オーラ漂う毒島(ぶすじま)先生。担当教科は現代文。常にだるそうな表情と声だ。


「あ~……、桃ノ瀬ー……は、爆死で欠席、と――」

「爆死してません」

「あー、そうか……。残念だ」


 さらりと教師失格レベルだ。どいつもこいつも……。

 そのあとは、普通に授業が続いた。


 優等生でもないが劣等生でもない。

 俺は勉学に関してはごく普通の生徒であった。



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