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妹が日本刀を手にして鬼と戦っているのだが……


 俺の妹はかなり痛い奴だ。


 子供の頃からバトルもののアニメやラノベにはまってばかりいて、高一になった今でもそれは変わらない。それどころかすっかり中二病をこじらせちまって「私は正義の味方だから」とか「鬼を討つのが使命」だの「だめ……左腕が疼く。今日こそ戦いを終わらせてやる!」などなど、日頃からヤバイ言動が多すぎる。


 本来なら親が家族会議でも開いてアホ妹を矯正及び更正すべきなのだが、残念なことに親は揃って地方へ長期出張中だった。なので、必然的に妹の準保護者は俺となる。


 正直、荷が重い。というか、お手上げ状態だ。


 今日も夕飯の真っ最中に「奴らが来た」とかなんとか言って、部屋から日本刀を持ち出して家の外へ飛び出していきやがった。


 なんで日本刀なんぞがあるかというと、親父が骨董品などを集めるのが趣味だからだ。

 それを伊呂波は、勝手に拝借している。


 なんにしろ、そのまま放っておくというわけにもいかない。

 仕方なく夕食を切り上げた俺はアホ妹を捜索しに公園へ来たわけなのだが……。



「……まったく、伊呂波いろはも、もういい齢なんだから、真っ当な高校生活を送ってほしいんだがな~……」


 俺は独りごちながら、夜の公園内を進んでゆく。

 この公園は、家から五分ほどのところにある。


 昼間は緑豊かで目に優しい公園も、今は不気味なだけだ。木の陰に誰か怪しい人物が潜んでいたとしても、これではまったくわからないだろう。


 たまに路上強盗だの傷害事件だのも起こっている場所なので、家の近くといっても、正直、ここには近寄りたくない。というか、妹をひとりでこんな場所に長時間いさせるわけにもいかない。


「おーい、伊呂波ー、どこだー?」


 俺は辺りを見回しながら、声をかけた。

 と、そこへ――。


「このぉっ! 死ねえエエエエエエええええええええええええええええええええええッ!」


 我がアホ妹と思われる声が聞こえてきた。

 しかも、内容が不穏当極まりない。

 見回りの警察でもいたら、えらいことになる。即、連行だろう。


 俺は顔をしかめながら、声の聞こえたほうに向かって走り出した。

 さっさと、あのバカ妹を回収せにゃならん。


 こんなとき、無駄に広い公園に苛立ちを覚える。まぁ、敷地が広大なおかげで、人家に伊呂波の声は聞こえないかもしれないが……って、今まで暴漢に襲われたという話は伊呂波からは聞いたことはないが、その可能性だってある。


(あのアホ……大丈夫だろうな?)


 一応、伊呂波の腕力は俺以上だし、中学までは三年連続剣道で全国大会優勝までしていた。普通の女子高生レベルじゃないとは思うが……。

 でも、相手が刃物とか持っていたら、厄介だ。それに、複数だったら……。


「……伊呂波、どこだー!」


 焦燥を覚えながら、俺は妹の名前を呼んだ。


「くらえええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 伊呂波と思われる声とともに、鈍い殴打音が響く。


「そっちか……!?」


 声のしたほうに顔を向けると、闇夜にも鮮やかなセーラー服姿の伊呂波。


 手には白銀に輝く刀を構えている。そして、伊呂波の目の前には――肩を押さえて荒い息を吐いている赤シャツの男と、青シャツを着た男。


 ……なんだこの状況は……? 痴漢のたぐいか? それともまさか、一般人に対して暴力振るってるわけじゃないだろ、我が妹は?


「伊呂波!」


 とりあえず大声で呼びかけて、妹に俺のことを認識させる。


「お兄ちゃん? 邪魔! 消えて!」


 ひどい! 心配してきてやったのに!


「お前、これはどういう状況だ?」

「この通りよ!」


 青シャツの男が正面から伊呂波に襲いかかるが、瞬時に刀で横っ面を叩かれて、倒れ込む。

 こんなものくらったら、普通なら大怪我だ……が。


「……グルアアアアアアッ!」


 青シャツは獣じみた咆哮を上げながら、立ち上がっていた。


「……ふんっ、しつこいんだから。いくらやったって、あんたたちのような低級鬼になんか負けないわよ!」


(……ていきゅうき?)


 伊呂波の発した言葉に、俺の頭は混乱する。

 ていきゅうき……漢字で当てはめれば……低級鬼?

 そして俺は、重大なことに初めて気がついた。


「なっ!?」


 赤シャツにも、青シャツにも……頭に角があるっ!?


「はぁあぁあぁあぁああ……」


 驚く俺のことなどまったく眼中にない伊呂波は、刀を構え直すと唸りにも似た呼気を発し始めた。


 な、なにをする気だコイツ!?  ま、まさか、ヒーローもののアニメやマンガで出てくるような必殺技でも出す気か? んな馬鹿な!?


波斬(なみきり)っ!」


 そのまさかだった。


 居合抜きのような形から繰り出した斬撃が二筋の光の刃となって、赤シャツと青シャツをまとめて真っ二つに両断していた。


 ……血は、出ない。


 その男たちは、胴体から真っ二つになったと思ったら……信じがたいことに『消滅』していたのだ。そうとしか言いようがない。本当に、徐々に輪郭を失って消えていってしまったのだから……。


 俺はたぶん、すごい間抜けな顔をしていたと思う。

 あまりのことに、言葉が出ない。

 そんな俺を一瞥して、伊呂波はため息を吐いた。


「これで……わかったでしょ?」


 なにが……とは言わなかった。これまで俺は口を酸っぱくして、伊呂波に中二病的な言動や行動を改めろと言ってきたのだ。


「……夢だろ、これ? なんだよ、今の。……なんで光の刃みたいなのが飛び出して、角の生えた奴がいて、斬られたら消えて……ありえねーだろ……」

「波斬っ」


 伊呂波が、再びあの必殺技めいた斬撃を見せつける。刀が光り、目の前に光の刃が飛び出した。


「それ、玩具だったりしないのか……?」


 それでも、俺はこんな非現実的なことを認められなかった。いくらなんでも、おかしいだろ。こんなのアニメやファンタジーの世界だろ。


「……別に信じなくてもいいけど、私は正義の味方。鬼を倒すために転生した、桃の戦士――桃ノもものせ伊呂波よ!」


 桃ノ瀬は俺の苗字でもある。俺の下の名前は、太郎だが。

 しかし……そんなばかな。まさか桃太郎の転生(?)だなんて……。


 単なる御伽噺だろ、あれ……。

 混乱する俺だが、そこへ地の底から響くような声が湧き上がった。


「ぐぬぅうう……! またしても、邪魔をしてくれたようだなぁ、桃太郎……! いや、桃ノ瀬伊呂波ぁ!」


 野太い男の声に、俺はビクゥッ! と飛び上がる。

 声のしたほうを見ると、大木があった。しかし、人影はない。


「ふんっ、出たわね……いい加減、直接、私と戦ったらどうなのよ!」


 伊呂波は怒声を発して、声のしたほうを睨みつける。


「ぐははははっ! あいにくと俺は自由にこっちの世界には出てこれぬのだ。だが、俺の支配する鬼はいくらでも送りこむことができる! お前が倒れるまで何年でも戦い続けてくれるわ! そして、俺がこっちの世界で復活した暁には、人間ともども皆殺しにしてくれるぞっ!」

「このっ!」


 伊呂波は制服の胸ポケットから短刀(!?)を取り出すと、大木に向かって投げつけた。

 カッ! と音を立てて、短刀は幹に勢いよく突き刺さる。


 しかし、そんな攻撃に意味はないようだった。

 再び、地の底から響くような野太い声が聞こえてくる。


「くはは、無駄だ、無駄だ! じわじわと時間をかけて、嬲り殺しにしてくれるわっ! いつまで持つのか楽しみだぞ、桃ノ瀬伊呂波!」


 闇夜に声が響き渡り、同時に、ざぁっと風が巻き起こる。

 それとともに、あたりに立ち込めていたヤバそうな気配が急速に消えていった。


「負けない。絶対にあたしは負けないんだからぁっ!」


 伊呂波も負けずに、大声で言い返す。

 そして――辺りは何事もなかったかのように、静けさを取り戻した。

 あとには、俺と伊呂波が残されるばかりだ。


 …………。

 え、えええええぇええええ……。


 なんだこの展開は。こんな場合……妹が桃太郎の転生(?)だった場合の俺の反応はどうすべきなのか。非常に、困惑及び混乱している。


「なにボサッと突っ立ってんの? 帰るわよ」


 伊呂波から殺気だった顔で、そんなことを言われる。


「えっ? あ、いや……その、なんだ……う、うん。そうだな……。ここにいてもしょうがないな。帰るか……」


 あんな戦闘場面を見たあとだと、兄の威厳もなにもあったもんじゃない。

 俺は日本刀を抜き身で持ったまま歩き出す伊呂波の後ろをビクビクしながらついていった。


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