気づきの瞬間
「よう、すっげ寒いなっ!!」
再会の第一声がそれ。
寒そうに顔をこわばらせながら、スーツケースを1つガラガラさせて歩いて来た史朗。
「ようこそ、ウインターワンダーランドへ!」
笑顔で軽くハグをして無事到着を喜ぶ。
もちろん今日も雪だし気温はー1℃。
俺には普通なんだが、確かに10℃前後の東京から来たら寒いだろうな。顔が赤いぞ。早く車に乗せよう。
「久しぶり!相変わらずデカいな。迎えに来てくれてありがと。助かるわ」
「とりあえず車に行こう。フライトはどうだった?」
「うん、特に揺れなかったし順調だったよ。しかし遠いわ。乗り換えで少し時間があったから気分転換出来たけど、長い。割と寝てたから元気ではあるけどさ、寝飽きる長さだな」
そうなんだよね。長いんですよ。遠いんだよ。
「時差ボケ大丈夫?俺はこないだ日本から戻った時に、初めて時差ボケを体験したよ」
「今はまだ興奮してるからな。でも後でガツンとくるかもしれん。俺ももう若くはないからな」と史朗が笑う。
電話で話した時と同じく声は明るい。元気そうに振る舞う。
でも、ComiComi祭りの時よりちょっと痩せたね。目の下にはクマも出来てるし、お肌も荒れ気味だ。
「こっちってさ、現金は全然使えないんだな。日本で両替して来たけど、どこに行っても現金は扱ってないって言われて参ったよ」と言う史朗。
目がしょぼしょぼしている様に見えるのは、雪風のせいか?
史朗がつけてるグレーのマスクが気になって「それ暖かいの?」と言ったら、「これな!ウレタンで出来てて呼吸が楽、そして暖かい!幾つかあるからあとでやるよ」と言う。なんか嬉しい。
そして更に「タタミイワシも持って来たぜ」とウインクする史朗。
おお、タタミイワシ! キュンとしたよ!惚れてしまいそうだよ、史朗。
車の所に行くとニルスが出て来てドアを開けてくれる。俺達は乗り込み、荷物はニルスがトランクに積んだ。
「え? タクシーじゃないよね? 運転手付きなの?!」と驚いているから「うちの車です」と言うと「…門倉君って何者?」って緊張してる。俺はまだ免許持ってないから仕方ないんだよ。
車の中で温かいコーヒーを出す。ありがたいと言って一口飲み「しかし、マジで寒いな。俺が用意してきた防寒具では駄目かもしれん。倒れたら俺のことは見捨てて先に行ってくれ」なんて、ちょっと芝居じみたことを言ってはしゃいでいる。ハイだね。かと思えば、ふっと静かになる。
少し黙って窓から外を見ながら、通り過ぎる景色を追う。そして「はぁ〜、俺は北欧に来ているんだなあ」と言って、こっちを向いて「なんか呼吸が楽だ」と笑った。
そうか、呼吸が楽か。やっぱり大変だったんだなって思った。
呼んで良かった。
「真っ白な景色が、俺の全てをリセットしてくれるような気がするぜ」って、Vサインをしてポーズを決めるから、窓の外の雪景色をバックに写真に撮ったよ。
街から離れて40分。森の道を走る。そして門を通ってまた走る。
「なあ、さっきのって家の門だろ?門を入ってから車で数分ってのは映画の中だけの事だと思ってたよ」と言って、また少しして「これは庭って言うのか?公園…だろ」というから、「門の外も、あっちの山っていうか丘の方まで、この森全体がうちの敷地だよ」と言うと無言ですごい顔をされた。何だよその顔。あはは。
「なんかすごいな。国立公園の中に住んでるのかって感じだよ」って言うから、「すごいのは俺の爺ちゃんね」と答えた。
そして家が見えてくると「…おい、ちょっと待て。家っていうか、あれは城だよな」としばらく口を空いたままだった。
「部屋はいっぱいあるって言ってたから、それなりにでかい家なんだとは思ってたけど…、何か想像を越えてて言葉がないわ」と言ってぼんやりしていた。
それから少し考えて、そして表情を引き締めて「そうか。そうだな。…うん!こんな体験が出来る俺はラッキーで強運だな!どんと来いだ!」と言った。
そしてこっちを見て、「死んだ祖父さんにさ、俺が子供の時に言われたことがあるんだ。『自分なんかって言うのはやめろ』って。それで、『もし想像を越えたすごいことが起きても、自分には過ぎた事だなんて遠慮しないで、これこそが俺の運の強さだって受け止めろ』ってな。『すごく良い事を怖がらないで飛び込んでみろ!そうすると、人生が変わるぞ』って。今思い出した!」と言ってニカッと笑った。
史朗の雰囲気が変わった。
まるで靄が晴れて澄みきったみたいな、さっきまでの何かアンバランスな感じが抜けて、急に生気が宿ったみたいな。
身体の中に「史朗」が帰ってきたって感じで目に力が感じられる。
ああ、これが本当の史朗の雰囲気なんだなって、何となくわかる。
「俺、なんか急に気力が湧いて来たぞ。身体もちょっとあったかい気がする。目が覚めたって感じ。あんまりにも予想外の事が連続してでびっくりしたからかな、あはは」
人がこんなに鮮やかに、瞬時に意識の変換をするのを始めてみた。俺の目も輝いていたに違いない。
これがもしかすると「気づき」ってやつ?
史朗が何か自分の真実に気づいちゃったの?
いつか聞いたお祖父さんの言葉が史朗の中に残っていて、魔法みたいに発動したって感じ?
まるで、白黒画面がリアルに色を持つような変わり方だった。
変な言い方だけど、史朗、きれいだよ。口に出しては言わないけど。
いいな。史朗のお祖父さんが生きていたら、もしかしたらうちの爺ちゃんと話が合ったかもしれないね。史朗にそう言うと、「そうかー?」と嬉しそうに笑いながら「俺も門倉君のおじいさんに会うの楽しみだなあ」と笑った。
あ、その「門倉君」っての、そろそろストップ。
ここでは「アラン」でお願いします。
特に爺ちゃんの前では、ノー 門倉 プリーズ。
そしてこの数時間後、夕食の前に爺ちゃんに会った史朗はガチガチに固まっていた。緊張し過ぎで、ちょっと様子が変だった。
「門倉…アラン君のおじいさまって、威厳に満ち溢れていらっしゃるというか、物凄い迫力のあるお方でございますね。…俺はもう緊張しちゃって息をしているのがやっとでございましたですよ。うちの死んだジジイとは太陽と泥ほどの差がございます。話しが合うとかそういう問題じゃねえよ、です。俺はまるで、でかいドラゴンの前に丸腰で立っちまったみたいな、そんな畏怖をお感じしたであります」だそう。
ドラゴン!! そっか、爺ちゃんはドラゴンみたいか!
俺がゴジラを好きなのは、それも関係があるのかも知れないな。
俺はすごく褒められたと思って、「史朗が、ドラゴンみたいでおっかなかったって言ってたって伝えておくよ!」とにっこり笑った。
史郎は「やめて、やめてくれ!」って慌てていた。
何で?ドラゴンだなんて喜ぶぞ、きっと。それに大丈夫、爺ちゃんを怖がるのは普通だから。でも史朗はきっとすぐ慣れるよ。そして仲良しになる。
街の俺のアパートを好きに使わせるのではなく、こっちの屋敷に泊めても良いって事は、色んな意味で爺ちゃんが、史朗を受け入れて良しと判断したという事だからね。
…ねえ、史朗、俺達はね、知らない所で色々と調べつくされているんだよ(遠い目)。