TETSU-JIN君プロジェクト
「アイアンマンみたいなものを一から作ってみる」の作業のライブ配信は、当然限定公開でやっていた。
が、教授が「うちの研究室の子で、こういうライブ配信をしてる子がいるんだよね」と友人に話をしてしまい、興味を持ったその友人、アメリカの某工科大の教授が参加を希望して来て加わった。
それをその教授が「北欧の子がこんな事をやっていて面白い」と学生達に話し、そんな話を聞いた学生達も興味を持って参加し始めた。1週間で何だか視聴者の人数が増えたぞ。
完全に俺の都合で不定期配信するんだが、それでも通知が行くとすぐに何人かがログインして来る。時差があるってのもこういう時はいいのかもね。
せっかくだから俺側だけではなく、ログインした参加者の顔も全員に見えるようして、話したい人は互いに顔を見ながら話が出来るようにした。自分で作った名札をつけて出てくる人もいれば、顔を出したくないとサングラスや覆面をしている人もいて、それはそれで面白い。
俺が作業状況を見せながら説明をして、それに質問が来たり、もっとこうしたらどうだという意見も出る。質問に俺以外の誰かが答えたりもして、時には俺は黙って作業するだけで、皆がそれを見ながらしゃべっているという事もある。何となく情報交換の場にもなって中々な展開だ。
引きこもりの日々ではあるものの、新しく出来た友達と一緒にいるみたいで良い。
話す時にややこしいので、「暫定アイアンマン」にちゃんと名前をつけておけと教授に言われて考えました。
名付けて『TETSU-JIN』。
…ネーミングがしょぼいのはわかっているのでスルーして欲しい。アメリカにはウケた。
「鉄人くんプロジェクト」と称して「俺工房」に籠もって作業をし、国内外の人達とやり取りをしている様子をしばらく見ていた爺ちゃんが、「面白そうな事を始めたな」と言って、「TETSU-JIN」の構想と今後の目標等をチェックしてから、「必要な金は出すから思うようにやってみなさい」と言ってくれた。
で、嬉しくて、配信中にうっかりその話をしてしまった馬鹿な俺。
「金が出る」
この言葉を聞いた面々が活気づいてしまい、配信中に自分の研究についてのアピールを始めるようになった。
「いや、孫がやってるプロジェクトを孫バカの祖父が援助しちゃうってだけで、皆さんの研究にも援助があるなんて言ってないですよ」…と言ったが聞いちゃいない。
「うまく目に止まれば援助が得られるかも知れない、ならばアピールして損はない!」と、とても前向きな人達。
教授が「みんな研究費には苦労してるんだよ」としみじみ言う。俺は、俺個人が密かにやっている会社の名義で研究室に寄付をしようと思った…。頑張りましょうね、教授。
ある日、ライブ配信中の「俺工房」に、タイミング良く爺ちゃんが顔を出した。その途端に皆が色めき立って、我先にと爺ちゃんに挨拶をして自己アピールを始めた(含:教授陣)。
意外なことに爺ちゃんが、「有用な事であれば援助も吝かではない」みたいな事を言うもんだから、自分の研究に援助が欲しい皆は、目をギラギラさせて、資料とプロフィールを俺の所に送ろうとする。
俺が困っているのを見て、その場で爺ちゃんの秘書が送り先を設定し通知したので、皆はそこに資料とプロフィールを送る事になる。
良かった。ナイスアシストだ、ミシェル。俺のスマイルというボーナスをあなたに。
数日後、秘書ミシェルからそれぞれに連絡があったようだ。
次に爺ちゃんが、俺の配信時に顔を出す日時が通知されていたらしく、当然俺はその日時にライブ配信をする事となった。
元々不定期で、完全に俺の都合だけでやってたゲリラ配信だったのに、事前予告だと?
「フリードリヒさん生出演」の日、開始とともに爺ちゃんとのネット面談みたいなのが始まる。皆、名札を付けていて、誰も顔を隠していなかった。まあ、そりゃそうだよね。
爺ちゃんも交流を楽しんでいるらしい。アイディアが良くても説明が上手く出来ない人には、質問をしながら話しをまとめさせ、ちゃんと伝える技術を身につけておくようにと指導してる。そして、秘書からも皆に色々と質問がされる。
その日の配信は、俺の「鉄人」のての字も話題に出ませんでした。微笑み。
皆がちゃんと1人ずつ話すので、それぞれの研究の内容も良くわかって、聞いていて興味深いし面白かったので良いけどね。
爺ちゃんが顔を出すようになってから、皆が身だしなみを整えて、小綺麗な姿で登場するようになったのが面白い。俺がいつ配信を始めても、爺ちゃんが顔を出さなくても、皆変わらず身だしなみがちゃんとしているので感心した。
「早着替えが得意になった」と自慢し合っている人達がいるなと思っていたら、配信の通知が来てから何秒でスタンバイ出来るかを競う遊びが流行っているらしい。ナニソレ、面白い。
この爺ちゃんの面談の話は「俺工房」の中だけで止まるわけがなく、爺ちゃんのグループの各社の社長達の耳にも入って、爺ちゃんの秘書がまとめた資料を元に会議が開かれたらしい。
そして、特に関心を引いた数人の面談をする為に、「俺工房」に各会社の技術開発部門の専門の人達が来る事になった。
てか、何故ここでやる?って思ったけど、発端が俺の作業だから、俺が立ち会った方が良いという社長達の気遣いらしい。そりゃどうもだ。
企業面談は日時を決めて、1人ずつ順番も決めて行われた。この面談は完全非公開。
その期間は俺も作業を止めて、同席して話を聞いていた。まるで俺まで面接官みたいだ。違うけど。
皆がきちんとした服装をして臨んでいるので、俺も何となくスーツと、そして眼鏡を着用してみた。
今回の面談で合格となった場合、1年間の研究費援助が受けられる。中々な額だ。
そして、研究の成果が上がって実用化が可能となったら、うちに商品化の優先権があるという契約をするのが前提。援助期間中は途中でちゃんと監査も入る。
商品化となった場合は契約金を受け取るか売上の一部を受け取るかの選択も出来る。詳細については都度話し合って決める。
双方にとってマイナスにならないように進める。研究開発者の権利は守られなければならないし、企業も投資するなら元を回収して利益を生まなければならない。
面談する人達も大変だなと思ったよ。
配信の参加メンバーの中で特にアピールに燃えて、選考に残っているのが12人(含:教授陣)。企業側が特に関心を持ったのは8人。
でも、一応12人それぞれ、1人1時間前後の面談をしていた。8人に絞ってから二次面談もあって、疲れてるかなと思ったけど意外と楽しそうだった。
「いやあ、私達にも良い刺激になりますよ」と爽やかに笑っていた。
で、「俺工房」で面談をした12人のうち3人が、最終的に1年間の研究費用援助を勝ち取った。
順位は無いが、この研究にお金を出すという会社が2社と、そしてフリードリヒ賞で3枠目が決まったのだ。
今回は合格に至らなかった9人も、「もう少し練ってから是非とも再挑戦を。期待しています」と言われていた。
結果が出て、これまでただ展開を見ていただけだった人達の多くが、次があるなら自分もエントリーしたいと思ったようだ。
それを受けて、時期は未定だが、また発掘の場を設けようという動きが出ているらしい。これで皆の努力が良い方向に実っていくなら良いなと思う。次は他の所でやって欲しいけど。
皆は「終わったのではない。始まったのだ!」を合言葉にして燃えている。
ちなみに、今回の資料ファイルのタイトルに「ORE.KOUBOUGH.PROJECT」と記載してあるのを見て俺は咽た。なんだ、その名前…。
そして、何だかこの件はちょっとしたニュースになった模様。受賞した面々はインタビューなんかもされていたよ。俺にも取材の話があったようだったが、そこは秘書さんに上手くやってもらった。まだ引きこもり中だからね。
で、「限定公開でやってる」はずのライブ配信の噂は広がり、また参加者が増えた。
情報交換も盛んになりつつ、たまにまた爺ちゃんが顔を出すと、早いもの勝ちで面談になる。とても楽しそうだ。
この前、爺ちゃんの「その女は諦めて、次に行きなさい」という言葉が聞こえて、え?何の話?って思ったけど、研究の話から人生相談みたいになる事もあるらしい。
俺は色々諦めて、副配信チャンネルを設けて、爺ちゃんタイムが始まると画面の下にテロップでそっと通知を出すことにした。「鉄人君に興味のある方はこちらのURLへ」と。
俺は俺の仲間と作業を進めるのだ。