かいぞうしました。
「さよならだ」
青い宝石のようだと言われていた目を細めて、彼は言った。
黄金のような髪も大理石のように白い肌も全てはすり抜けていった。
泣きたくなるような、怒りのような、気持ちが。
「……ああ、夢」
あのとき、私はなんと言っただろうか。
懐かしい夢に飛び起きることはあったが、こうも落ち着いている日はなかった。忌まわしいとも思い出したくないでもない過去の出来事。
確かに、過去だ。
辺境伯の娘として、王族の婚約者であったのは、政略的思惑でしかない。
政治が動けば、即刻破棄されるものであると覚悟していなかったのは甘ったるい思い込みがあったからだ。
婚約者から好かれていれば、有能であれば、破棄されるなどありえない、などと夢を見ていた。
実際は、父より有力な相手が娘を差し出してきた結果、婚約は破棄され私は見苦しくも新しい婚約者に当たり修道院に送られることになった。
父が不憫そうな顔をしていたが、他の家族は見送りにすら来なかった。
そして、修道院につく前に襲撃されることになる。
ああ、本当に邪魔になったのだと悟り、短刀を取り出したときに初めて姿をみた。
それは復讐を誘う精霊。
声を聞いて、いつもそばにいたのは彼だと知った。
「どうしたの?」
寝ぼけたようなぼんやりした声が聞こえる。暗い室内では、どこにいるかは判別ができない。ごそごそと身を起こしているような音が続く。
「大丈夫」
「ん。もうちょっと、寝たほうがいい」
どこに私の頭があるのかはっきりわかっているかのように、頭を撫でられた。
いつかしてもらったものと似た感触にほっとして、戸惑う。そのまま黙って寝台に横になる。
「おやすみ」
眠りの呪文のようにその声で意識が遠くなった。
翌日、目を覚ましたのは陽が高くなってからだった。
すでに彼は目を覚まして、外にいた。庭に水をやっているのが、窓越しに見える。
部屋には抜け殻のような毛布が放置されていた。まず、畳むということを教えるべきだろうか。
しかし、一人だからとろくに寝台を直さない自分が言っても説得力がない。
ぎしりと音をたてる寝台に顔をしかめる。
彼の件がなくても寝台の問題はあった。
部屋を見渡しても広がるわけでもない。寝台横の隙間はようやく一人分くらいの隙間しかない。作り付けの棚を移動するのも難しかった。
いっそ、大きくして作りなおすか。
私はその苦肉の策を朝食の席でいうことにした。
「は?」
「寝台を大きくするのが現実的じゃない?」
「年頃の娘さんがなにいってんの」
「別に生娘というわけでもないので」
「……そういう問題ではないんだけど」
あーとか、うーとか唸っていたが結局は諦めたように同意してくれた。
素材を集めたり、色々な試行錯誤の上に出来上がったのは数日後のことだった。思ったよりずっと早かった。
それにあわせて家のあちこちを修理したりもした。
なかなかにガタがきているようで、長く住むには向かないと言われてしまった。他に行きたいところもないので、困る話だ。
さすがに新しく家を建てる技術はない。学ぶにしても寝台は元のものをバラせば構造は理解できるが、家をバラすわけにはいかないだろう。
しばらくは騙し騙し使うしかない。最悪、妖精たちに頼むのもありだが、何を要求されるかわからないあたり怖い。
そして、夜がくる。
妙にぎこちなく、お互い寝台の端に横になる。しかし、狭いのだから触れはしなくても気配は感じた。
「おやすみ」
眠そうな声に笑いそうになる。踏ん切りがつかず、二人共いつもはしない夜ふかしをしていた。
「おやすみなさい」
眠いのは私も一緒だ。
今夜は良い夢を見たいものだ。