かいものにいきました。
当面の問題としては生活の一切のものが足りないことだろう。
すくなくとも自分よりは食べるであろう男性が一人増えれば、問題は明らかだ。その上、身の回りのものもない。
蓄えがあってよかった。
「買い物に行こうと思うの」
朝食を終えて、お茶を飲んでいるときに言えば、きょとんとした顔がかえってきた。
可愛いなぁとぼんやり思う自分が恐ろしい。
「お留守……」
「しないから」
そうだと思った。
「いくつか約束してくれたら良いよ」
「なに?」
簡単に約束すると言わない分、注意深い。少しは頭を使ってくれそうだと思う。
「離れない。話さない。何かを見ても、そのことは言わない」
それは妖精のサークルを使う条件だった。
人ならざる手段で、空間と空間をつなぐ。
私は特別に許されているが、彼の分も許されているかはわからない。元々同じものであったという前提があっても、気まぐれな彼らにとっては別と判断されてもおかしくはない。
「この件については質問もしないこと」
そう条件をつけたもののどこまでわかっているかは不安だ。
妖精のサークルは庭のぽっかり開いた空間にあった。その部分を避けるように植物が生えているに近い。
地面に描かれた図形はなんの意味があるのかと聞けば、それっぽいからと面白がっているみたいと彼から聞いた日は遠い。
数本の髪を根元から切り、良き隣人に捧げる。
「フィフィリアへ」
それは月夜の雫から生まれた妖精の名。その影響範囲下にある地域に送られる。
地面から柔らかな光が立ち上る。
声を上げそうだったからの口を手で抑えた。
光が消えれば、景色は一変していた。
「黙っていてって言ったでしょう?」
「ごめん」
色々言いたげな表情ではあったけれど、約束は約束だ。
「今日はどこに送られたのかしらね?」
フィフィリアは特定の位置に送ってくれる方が多いが、日によっては機嫌が悪いのか変なところに飛ばしてくる。
帰りも同じ所からでなければ戻れないのに、平原のどまんなかとやられたときには途方に暮れた。
幸いにも精霊のほうが先に見つけてくれたけれど。
それ以来、目印はおいておくことにはしている。
今日は、街から近い森のそばだった。近くの木の枝にリボンを結んでおく。いたずらな妖精がなにかしないように、木の下に焼き菓子を3つ積み上げる。
「良き方のまもりがありますように」
これで少しの時間はいたずらしないでいてくれるだろう。
この街はそれなりに大きい。
街の周囲を人の背を超えるほどの壁を築いている。門は2つ。街道の出入口にある。
領主が館を築きそれを囲むように街が発展してきた。
門をくぐってすぐ宿屋があり、客引きをしている。その次は旅に必要なものを売る店、食事をするところ、民家と続く。
日用品を買う店はこの街道から続く道にはない。わかっていて小道に入らねば、ちらとも見えることはなかった。
旅人にはあまり街の中を歩いて欲しくないと言いたげだ。
私たちは小道に入り込む。
「ここから探すのは無理だから、どこかにいかないでね?」
ずっと繋いだままだった手がちょっと汗ばんでいる。それなりにドキドキはしたのだ。
「何を買うんだい?」
「着るもの、日常使うものから、かしら?」
ふぅん。と気のなさそうな返事に、そういえば、彼のものを買うとは言っていなかったと思い出す。
いらない、などと言われても困るので、店につくまで黙っていた。
古着屋で店員に予算内で用意してもらう。男性の服など専門外だ。ちょっと困った顔で連れて行かれるのを見送る。
ついでに自分の服もないかと探してみるが、残念ながら気に入ったものは見当たらなかった。
次は雑貨屋で食器その他を揃える。
それが終われば昼食の時間を過ぎていた。
「食べていこうか」
なんどか入ったことのある食堂へと移動する。
「だんなさん?」
そう冷やかしてくる店員にどう答えたかためらったが、曖昧に笑っておくことにした。
それ以上はなにも聞かれず、席に案内される。
注文を済ませ、そっと表情を伺った。
興味深そうにあたりを見回していて、特別なにかを気にした風ではない。
ほっと息をついて、今後、どう言い訳をつけようかと考えて頭が痛い。親しくしていたわけでもないのに覚えられていたとは思っていなかった。
もうちょっと顔の覚えられている場所はいくらでもある。
連れて行けば聞かれないで済むわけがない。
どうしたのかわからないうちに、そんなこと決められるわけがない。
気楽なお出かけのつもりが、最後にこんなことが判明するなんて気が重い。
特に事件もなく、自宅に帰れたことがせめてもの救いだった。