しごとをしました。
それほどおいしいわけでもなく、まずいわけでもない食事だった。
スープはぼんやりと作っていて、煮込みすぎ。パンは焦げる寸前。
批難するように見れば、彼は済まなそうに身を小さくしていた。……そんなところだけはちょっとかわいかった。
椅子が一つしかないので、彼には寝台で食べて貰うことにした。古くさい椅子が、それなりの重さがある男性の体重に耐えられるとは思えなかったからだ。
食事が終わって片付けをする。
まだ、日は高い。
「庭の様子を見てくるから休んでいて」
そう言って外に出れば、窓からこちらを眺めているのが見えた。
楽しそうなことで。
それが嬉しいのか腹立たしいのかわからない。
彼に本人の記憶がないのは本当らしい。そうでなければ、相当の演技力だ。
食事をしながら話をしたが、年も名前も住んでいた場所どころか、生い立ちから全くなかった。それなのにある程度の知識がある。ヒトとして生きていくのに困るほどの知識の欠落はない。
思い出せと揺さぶってやりたいような、忘れていて欲しいと願うような、気持ちで。
本当に、同じだったのかという疑いだけがずっと奥底にくすぶっていた。
なげやりな気分で、放り出しても良いのではないだろうかと考えがもたげてくるが、振り払う。
その選択肢が一番まずい気がしている。勘だが、これが一番役に立つ。
選択肢の中で最悪だけは教えてくれる。
知らん顔して同居が一番マシでまともとは言えない選択だ。
知らずにため息がこぼれる。
気を取り直して、庭の様子を見る。朝の水やりを忘れたわりに元気な様子とくすくすと笑う声、きらきら光る蝶に妖精たちがお手伝いをしてくれたことを知る。
隠していた焼き菓子を出しておくべきだろうか。今日の食事ではお気に召さないと直感が伝えている。
後で用意しよう。
そう決めて、野菜を手に取る。
なぜか季節も場所も違う野菜が生息している。以前住んでいたモノの仕業らしいが、それほどの数はない。
少なくともヒトほど食べない生き物だったらしい。
特別な肥料も必要とするので、あまり当てにはできない。
肥料というか、肉をそのまま埋める。
なぜか、一ヶ月ほどは毎日どれかの野菜が収穫できるようになる。
今日は、ナスとトマト、レタスが収穫できそうだ。
ぱちりぱちりと収穫用のはさみで切り、カゴにいれる。裏手の井戸で洗って地下室に保存しておく。
地上よりよほどちゃんとした地下室があるが、私はとある理由で避けたいと思っている。
地下室に置いてあった塩漬け肉とジャガイモを取り出して、地上に戻った。
トイレや風呂は外に別小屋がある。労力がかかるから風呂はほぼ沸かしたことはない。人力が増えれば入れるかも知れないとちょっとだけ期待した。
食事をしながら、話はしたがあまり興味をそそられなかったようで反応が薄かったからダメかも知れない。
家に戻り、塩漬け肉を水につけ塩抜きをする。
「手伝えることはある?」
暇をもてあましているのだろうそう声をかけてきた。
「裏手の薪を取ってきてくれる?」
「ん。わかった」
いつもは使っていない暖炉で使ったため、料理で使う薪が足りない。昼に食べたスープに肉を足して夜用にするつもりだ。
場所の説明の言葉だけでわかったか多少不安だったが、危なげもなく取ってきてくれた。過不足ないのが、逆に不安になる。
まるで、必要な量を知っているかのように。
「他には?」
「それならお湯を沸かしてくれる?」
食事後にお茶をいれてすっかりなくなっていた事を忘れていた。ヤカンを渡せば、なにを言われなくても外へ出て行った。
習慣として水瓶からは洗い物用にしか使わず、飲むときは都度井戸からくんでくる。
言ってもいないのに。
なにかもやもやする。
それがなにかの形になる前に振り払った。
「……ああ、焼き菓子」
忘れそうな事を思い出す。
瓶に入れていた焼き菓子を皿にのせ目につきにくい場所に置く。
「良き隣人の皆様に」
間違っても妖精などと言ってはいけない。これはおとぎ話の常識。悪いモノとして扱えば簡単に彼らは変容してしまう。
それを身をもって知りたいとは思わない。過去の事例通りに運んだ方が無難だ。
きゃは、くすくす、わーい、なんて聞こえたけれど幻聴だと信じている。
聞こえていると知られたらまずいと勘が訴えていた。
「なにをしているの?」
「え、ええと。おやつにしよう」
何か隠しているのかと探られるような目線が痛い。
ごまかすように笑うと不意に視線を逸らされた。
「エルダーフラワー」
「はい?」
「リンデンバウム、ペパーミント、ハチミツをひとさじ」
……覚えてるじゃない。
お気に入りブレンド。
口にした本人が、戸惑っているのがおかしかった。
「お湯が沸いたらね」
それまでに下ごしらえを終えてしまおう。