ごはんをたべました。
ストーブの上に厚手の鍋を置き、朝から置いていたパンの生地を丸めておく。蓋をしめて時間をおけば焼き上がる。
スープは暖炉の中に吊した鍋で煮えている。
それなりに暑くなってきた室内の換気として窓を開けておいた。
虫除けのハーブも吊しておくことを忘れない。
色々やってみたものの結局、椅子に毛布で寝るくらいが出来る限界だった。
掃除小屋だってもう少しは大きいモノだと思いもしたが、こんな場所に住む場所があること自体が奇跡だ。
世界の果ての森。ここより先は、ヒトならざるモノの領域。
この家はそう宣言されている場所の手前にある。庭と称したものも既に森の一部に組み込まれているかもしれない。
ヒトならざるモノを見たことはある。
おとぎ話で語られる羽のある馬を遠くに見た。
妙にここが世界の果てと呼ばれることを納得したものだ。
そんな場所に私を連れてきた彼の気持ちは全くわからなかった。
必要であれば買い物に出かけることはできた。妖精のサークルと彼は言っていたが、あちらとこちらをつなぐ場所があった。
どこかの街には繋がるという曖昧な機能しかもっていない。
妖精がどこかに遊びに行くときに使うそれを使わされるとは思わなかった。
最初に妖精への供物として、髪を切られた。
すてき、すてきっ! という声以外は聞いていない。
それ以降、朝起きればちょっとした掃除が終わっていたりすることもある。定番の供物はミルクだったりもするがこの辺境では手に入らない。
朝のスープや焼きたてパンを部屋の隅に置いておけば、気がつくと空になっている。
「忘れたのなら、思い出すのかしら?」
食べ物がないと訴えて困った顔をした日。
食事の作り方がわからなくて、焦げたもの見て途方に暮れた日。
どこからか仕入れた方法で、おいしくパンが焼けた日。
他愛もない会話と日々が積み重ねたそれが、復讐を忘れさせたことも。
椅子を引いて寝台の横につけ、座る。
白い髪はそのまま。思わず、手を伸ばした。肩まで伸ばされたそれは金属のように硬く思える。
少し焼けた肌の色が、とても奇妙なものに見えた。
彼を見ていたがそれは全く色のない姿である。
目の色はただの黒。肌は確かに少し灰色がかっていたと思い出す。
ほっぺたの柔らかさは失われてしまった。
かわいかったのに。
そう思っていたと知ったら彼はがっかりするだろうか。
つんといたずらのようにつついたほっぺはやっぱり柔らかくはない。
がっかりした。
そっと立ち上がり、鍋の様子でも見ようかと立ち上がろうとする。
それより早く、手を捕まれた。
ばちりと目があった。
それは良く晴れた冬の空のような青だと思った。
「……よく眠れた?」
「おかげさまで」
「良かった。食事が出来ているわ」
そう言って、手を離すように促したつもりが逆に引き寄せられる。
「よくわからないんだ。覚えてないのに、こうしなきゃいけない気がする」
「離して」
「君を悲しませているのは、なに?」
それは、あなただ。
「この気持ちは私のモノ。私だけのだいじなもの」
失い得たモノに気持ちが、考えがついて行かない。
ただの喪失だけが、今の私に放棄させる。
なんだってもういいのだと。
本当はそう思っている。
口に出すことはないけれど。
「ごはんをたべましょう?」
いつか、一緒に食べたものを違うあなたと。