精霊の管理者の場合
「……うん、僕が悪いのかな?」
彼はそう呟いた。タマゴと少女を上空から見ていた。
彼は世界を管理するものたちのひとりだった。
下っ端の仕事とされる精霊の管理を担当している。極めて面倒なわりに実入りの少ない仕事だが、目立つ割に痛い仕事よりはマシと思っている。
つい、50年ほど前に精霊のタマゴをヒトの来ない山に置いた。十年ごとくらいに様子を見ていた。
しかし、ちょっと忙しくしていた間にそれが、庭のオブジェとしてどこぞのお宅に置かれるなんて思いも寄らなかった。
精霊は純粋であればあるほど、力は強い。
一帯の守護をと思って作り出したタマゴだ。それはもう、力作だった。
普通の楕円形のそれは本来なら山の精になるはずだった。半分以上そう育っていたはずだった。ちょっと目を離しても大丈夫と思ったのが間違いだっただろうか。
彼には到底納得できない。
それがタマゴが孵るほどの悲しみを十年足らずで叩き込まれると誰が想定するだろう。
相手がただの少女であったのであれば、そんな事できない。
タマゴにその悲しみを叩き込んだ少女はそれなりに古い血筋だった。
精霊を定期的に血縁にくわえている曰く付きの家のものと知った時には手遅れだった。
その血が近い方が同調作用が強い。
精霊のタマゴは周囲の感情などを食べて生きている。特定の感情のみを食べることはない。
そうなってしまえば、感情の精霊になる。
それは不安定で、諍いの元でしかない。
それでもただの悲しみの精霊であれば、それほど実害はない。関係者が死にたくなるほど悲しくなる程度だ。
それが、反転すれば。
「怒り、絶望、復讐。どれを彼は望むだろうか」
いつの間にかもう一人増えてきた。
乳白色の白目と境目の薄い目が半眼でみていた。
彼は悲鳴をなんとか喉の奥に押し込めて半笑いで、様子をうかがう。
「そ、そうなんだよね。国が滅びるとか困るんだけど」
同僚とも言えるが、おちこぼれぎみの彼にしてみればエリート様だ。
ヒトならざる世界の管理人にも序列がある。彼は限りなく底辺に近い。
「どうするんだ。あれは荒れる」
「必要な知識として、いろんな事を教え込んで、時間稼ぎでもするかな」
生まれる前から外に出られるほどの精霊である。
力だけは一人前と見ていい。だが、世の中を知らないのだから、口先で丸め込むことはたやすい。
ちょっとの嘘も気がつかない。
「ヒトに堕ちたらどうするんだ?」
「記憶を失うルールなんだから、大丈夫じゃない?」
精霊が、全能力を費やして、ヒトに生まれ変わる。
わりとあると言えばあることだ。
理由はそれぞれあるが、その過程で記憶に鍵をかける。ヒトでは知ってはいけないことが多くあるせいだ。
見るからにあのタマゴはあの少女に執着をしている。
遠からず、同じになりたいという気持ちに気がつき、己を変えてしまうだろう。
そちらのほうがよほど面倒がない。ただし、少女にその気になって貰う必要はある。
「杜撰」
「うっ、でも、他にどうすんの」
「あのお嬢さんに加護でもつけてあげたらいい。幸運は得意だろう?」
「むしろそれしかないって言う」
「私は、それでよいと思うけどな」
落ち込んだ彼を慰めるように言うが、エリート様は武力を司る上に治癒も中々やる。
性別なんて意味もないとはいえ、女性型でいられると妙にそわそわしてくるのだ。
黙ってしまった彼に仕方ないなぁという顔をするのも、ちょっともやっとする。
「悪化する前に、話をするように」
絶対、してやるか。
そう決めた彼に気がついたように困った顔をされた。
それを無視して彼は立ち去った。
「甘やかしたいんだが」
そんなぽつりと呟かれた声を聞くことはなかった。