彼の場合
いっぱいみどりがあるところににすんでいた。
くさのつゆがおいしかった。
まいにちいろんなはなをめぐった。
そのにわにかわいいこがいたの。
おっきなおめめからぽろぽろみずがこぼれていたの。
かわいそうで、あたまをなでなでしたら、びっくりしたかおをして。
とってもかわいかった。
それからほっぺたのおみずをぺろりとなめたの。
どこかがぴきりとおとをたてたきがしたんだ。
■ □ ■ □
また、泣いて、庭にやってきた。
真っ赤な目でうさぎみたいと思うけど、うさぎってなんだっけ?
ふわふわで、かわいいように見えておそわれたっけ。
また、頭をなでてあげた。
がんばってるね。
泣いてもいいよ。
かわいい子はふしぎそうに頭にてをのせる。
そう。
見えないんだ。
でも、感じるでしょう?
楽しい。
とても、とても。
涙をぬぐった指に残ったものは、にがくて甘い。
ぱきんと音がした。
■ □ ■ □
ねぇ、君を悲しませているのは誰なのかなぁ。
今日も君は泣いてここに来る。
悲しみと苦い気持ちが辺りに満ちた。
ヒトは彼らが思うよりも世界に影響を与える。発散されないモノほど、強く激しく辺りに満ちる。
今まで気がつかなかった小さな同類が、慌てたように逃げ出す。小さな手が引っ張ってくれるが、いらないよと笑うとびっくりした顔をして逃げていった。
タマゴから割れて生まれるひな鳥のように。
彼女の悲しみは、僕を目覚めさせた。
その涙をぬぐえば、悲しみが消えるならそれでも良いと思ったんだ。
君が笑ってくれれば。
ぬぐう度に、ぴしりぴしりと響く音が、何を意味していたか。
まだ、知らなかった。
■ □ ■ □
「ああ、これは、変異してしまった」
初めて聞いた声に視線を向ければ、ヒトに似た何かがいた。
白百合のように白い髪が、風にそよぐ。風などないのに。
「今度こそ、笑う子にしようと思っていたのに。こんなにも悲しみを食べてしまって」
闇よりも尚深き闇の目が、細められた。
「優しい子」
頭を撫でられた。
手のひらの暖かさがじんわりと伝わる。
「だれ?」
「うん? 親のようなモノかな。もし、力が必要なら名を呼んで」
風の音のようにその名を告げて、その人は去って行った。
■ □ ■ □
真っ暗闇の日だった。
「足りなかった」
彼女は、慟哭した。両手で顔を覆い、涙をこぼす。
「私ではダメだった」
一面を一瞬で、悲しみで染める。
小さい者たちが悲鳴をあげている。逃げることすら出来なかった。
『どうしたの?』
声をかければ彼女は、ふと顔をあげる。
真っ赤になったその目が、綺麗だと思った。
その涙をぬぐうことしかできないと思っていた。
はじめてぎゅうと抱きしめる。
ヒトに触れても、伝わらなくても。
ばきりと壊れた音がした。
内側から溢れるそれが、それまでの僕を喰らいつくす。
彼女の悲しみを食べて、生まれた。
その悲しみを抹殺したいと願っていたのだ。
『僕の名は復讐』