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信者ができたきっかけ

婚約破棄前のお話です

 




「ちょっと貴方、付き合ってくださる?」




 くるくると綺麗に巻かれた長い赤髪をかきあげて、少女は勝気そうな瞳を細めた。




「……僕にそんな上から話しかけてくる人間、君とリラくらいだよ」




 学園の中庭でランチを食べているエドウィン・アルバート第二王子に話しかけたのは、アリア・フーチェ侯爵令嬢だ。

 どうやら今日は、アリアがいつも一緒にいるリラはお休みらしい。

 返事もきかず、彼女はエドの前の椅子に座りサンドウィッチを広げた。




「普段僕を目の敵にしてる君が、一体なんの用かな?」




「貴方に、知っていただきたいと思いまして」




「何をですか」




「わたくしからリラ様を奪うのですから、知っておいてください。わたくしがあの方をどれだけお慕い申しているか」




「あのね、奪うって、そもそもリラは君のものでは……」




 ないでしょ、と言いかけてエドはぎょっとした。

 目の前の少女の瞳が溢れんばかりの水気を含んでいたからだ。

 正直彼女の話はどうでもいいと思ったし、そのまま席を立とうとしていた彼だったが、涙を見てしまうと女性を泣かせてまで退席しようとは思わなかった。

 話を聞くだけであるし。




 一応、とハンカチを差し出すと、アリアは心底嫌そうに要りませんと言って自分のハンカチを取り出した。

 エドは一瞬イラッとしたが表には出さず、行き場のなくなったハンカチをポケットに戻した。




 クスン、と一度鼻をすすると、彼女は語りだした。




 それはまだ、アリアとリラが第一王子の婚約者候補だったときのお話。



 ―――――……




 王妃教育というのは、文字通り未来の王妃を育てるための教育で、第一王子に年の近い伯爵位以上の令嬢達が数人選ばれ、最初の一年間王宮に住み込みで行われる。

 そして、その成績次第で候補を一人に絞る。

 そこからは、その一人は家から王宮に毎日通い、数年間にわたって教育が施されるのだ。




「……っおうちに帰りたい……」




 アリアは自分に設けられた部屋のベッドで泣いていた。

 その時まだ10歳。

 なのに、屋敷には戻れず、両親とは引き離され。

 王宮では毎日勉強ばかり。

 食事は美味しいが、最近それも喉を通りかねている。




「別に、わたくし一人くらい居なくなってもいいんじゃないかしら。だって他にも候補はたくさんいるもの」




 アリアは家に帰ろうと思いたった。




「そうと決まったら、善は急げよ!」




 家から持ってきた少しの荷物を小さな鞄に詰め込み、夜を待つ。

 時折睡魔が襲ってくるが、手をつねることで耐えた。




「そろそろかしら」




 時計をちらりと見上げる。

 そして鞄を片手に、そろりと部屋の扉を開けた。

 廊下に衛兵はいなかった。

 アリアが走り出そうとした、その時だった。




「どこへいくの」




 後ろから小さな声がした。




「……っ」




 思わず叫びそうになるが、こらえる。

 月の光に銀髪がきらきらと輝いた。

 そこに立っていたのは、リラ・オーウェン公爵令嬢だった。




「扉がしまる音が聞こえたから」




 彼女は言った。

 視線はアリアの小さな鞄。

 それに気づいたアリアは咄嗟にそれを自分の後ろに隠した。




「あ、あの……」




「分かっているのかしら。あなたが帰ることで、あなたのご両親は国のえらい人たちに怒られるのよ」




 目の前の小さな女の子に言われ、アリアは初めて気がついた。

 そうだ、自分が王妃教育を投げ出して帰ってしまえば、両親に迷惑がかかる。




「……っでも、あなたがいるじゃない!あなたが婚約者になるのはわかりきってるわ!」




 アリアは帰りたいと思ってはいるが、王妃教育に対しては真面目に取り組んでいた。

 だが、目の前の令嬢は飛び抜けて成績がよかったのだ。




 しかし、アリアは次の瞬間その言葉を口にしたことを後悔した。




 目の前の少女の瞳から、ぽろりと涙がこぼれたからだ。




「っわたしだって、王妃になんかなりたくないっ。本当は家に帰りたいの。他の子もそう思ってる。なのに、あなただけ逃げ出すの?」





 ―――――……




「と、私はリラ様を泣かせてしまった。月の光に照らされたあの方はまるで月の妖精のようだった。」




 ぽーっとした表情で話すアリア。

 心ここにあらず。




「当時、リラ様は皆が弱音を吐く中、何も言わず一人凛としていた。てっきり彼女は第一王子の婚約者になりたいのだと思っていたの。でもあの夜わたくしは本当の彼女を見た。昼間の彼女は強がりだったと知った。だから、あの日からわたくしは彼女の側にいようって、一番の味方でいようって思ったの」




「今のところは普通なのに、どこでこんなに拗れたんだ」




「これ、当時のリラ様の寝顔。秘蔵よ」




「……」




 どうやら当時から拗れていたらしい。


 サッと、アリアはどこからか紙を数枚取り出した。

 そしてそれに手を翳すと、真っ白だった紙が色付いていく。

 それに写っていたのは、正真正銘、幼い頃のリラだった。




「これは特殊な紙で、写したいその時の光景を思い浮かべて触ると、それがこの紙にそのまま写るの。他に余計なことを考えていると綺麗には写らないし、少し扱いが難しいけれどね」




 自分が開発したのだ、と語るアリアを尻目に、エドはその紙を無言で見つめた。

 そして、手を伸ばしたがそれに気づいたアリアに紙を隠されてしまった。




「いくら出せばいい」




「そういう問題ではありませんわ。ううんと、一つ、条件があります」




「なに」




「貴方、リラ様がいないと愛想も何もないですわね。まあ、別にかまいませんが」




 コホン、と咳払いを一つ。




「婚約破棄に向けて、秘密裏に動いていますね」




 まさか知られているとは思わなかった。

 エドは大きく目を見開いた。




「そして条件ですが、わたくしも協力させてください」




「でも、婚約破棄が成立したら僕は」




「みなまで言わないで。聞きたくありませんわ。破棄が成立した後のことは知りません。ただ、今のままではリラ様は幸せになれない、わたくしはあの方のために動きたいんです」




 アリアはエドのことを嫌っている。

 彼がリラに対してどういう感情を持っているか分かっているからだ。

 だが、今回は協力せざるを得ないのだろう。

 共通の敵がいる。





「分かった、よろしく頼むよ」




 エドがアリアに右手を差し出した。

 一瞬、握手を求められているのかと思ったが、ああ、と気が付いて彼女はその手にリラの寝顔が写った紙を乗せた。





 その数ヶ月後、彼と彼女は目的を達成した。





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