彼と彼女が会場を去ったあとのお話
取り巻きと男爵令嬢は相変わらず空気です
彼が彼女を抱いて颯爽と会場を去って行くのを、ぽかん、として見るものが半分。ぽーっと熱に浮かされたように見るものが半分。
しばらくすると、皆我に返ったように騒ぎ立てだした。
「アルフレッド・アルバート第一王子殿下。並びにリリー・ローズ男爵令嬢、並びにその他皆様。無礼を承知で申し上げます」
喧騒の中、第一王子一行の前に、一人の少女が進み出た。
一行のメンバーは皆高位の貴族たちであるが、その前に一人で立つ少女の態度は、堂々としたものであった。
「先ほどの嫌がらせの件ですが、誠ではありませんよね」
「……っ」
まさかそこを指摘されるとは思ってもいなかったのだろう。
アルフレッドの表情は固い。
「な、なんの根拠があってそのようなことを言うのですか!」
レイモンド・リリック公爵令息が反論したが、その声は焦ってひっくり返ってしまっていた。
「わたくし、知っていますわ。リラ様はそのようなことをされる方ではないと。これが証拠です」
そう言うと、従者にある小さな機械を持ってこさせた。
「これはわたくしが開発したもので、このレンズに映ったすべてのものは一定期間記録されます。この機械を個人的に学園中あらゆるところに設置しておきました。そしてわたくしはリリー嬢が転入時からの記録全て目をこらして何度も見直しましたが、リラ様は嫌がらせのようなことなど一切しておりません。」
「えっそれって盗撮じゃ」
「盗撮などと人聞きが悪いですね、好いている方の行動を全て把握しておきたいと思うのは当たり前のことです。彼女は素晴らしいお方。至高の存在なのです。そのような方を敬いこそすれ、貶めるなどと、人間のすることではありません。貴方がたを、わたくし絶対に許しません」
怖い、会場中の皆の気持ちが一致した。
リラ・オーウェンは確かに容姿端麗で才色兼備。憧れる令嬢も叶わないと知りながら密かに懸想する令息も多い。
だがこれは行き過ぎでは、と皆が思った。
正直病的な域である。
目の前の令嬢は、容姿は大輪のバラのように美しい。
また侯爵令嬢であるし、普通にしていればモテるだろう。
普通にしていれば、の話だが。
「頭おかしいんじゃないの……」
一行の中の誰かが言った。
どうやら無意識に口からこぼれ落ちたらしく、言った途端、しまった、と手を口に当てているがもう遅い。
「別に理解されなくても結構です。あなたたちに分かって欲しいとは思いませんから。それと、今日のことも一部始終録音させていただきましたので、これは国王陛下に提出させていただきます」
「なっなんだと!?」
「リラ様と婚約出来たこと自体が奇跡だったというのに、勿体ないことをしましたわね。これを提出したら、王太子の座も危ない。まあ、第二王子は天才だと聞きますし、これがなくともどうなっていたかは分かりませんが」
令嬢はアルフレッドの昔からのコンプレックスをぐさぐさ抉っていった。
努力は、した。血が滲むほど。第一王子だから、順当にいけば王位を継ぐのは自分だと分かっていたから。
なのに、弟は天才だった。何でもさらりと器用にこなしてしまう。それがとても悔しかった。
そんな時に、リラとの婚約が決まった。
弟が彼女に恋をしていたのは知っていた。
初めて優秀な弟に勝ったような、そんな気持ちになった。
だが、そう思ったのも少しの間だけ。
リラもとても優秀だったのだ。彼女の場合は天才ではなく、秀才で努力の末のものだったが。
こそこそと影で比べられる日々。アルフレッドは疲れてしまって頑張るのをやめた。アルフレッドに挨拶に来る婚約者につらく当たっていると、いつしか彼女は弟と仲がよくなっていた。
あちらの方がお似合いだ、と周りから言われアルフレッドはまた荒れた。
そんな時にリリー・ローズが転入してきたのだ。
彼女は荒んだアルフレッドの心を癒してくれた。
彼女と一緒になりたいと思った。だからそのために婚約破棄をしようと、リラがやってもいないことをでっちあげた。
「……っもう、終わりだ」
アルフレッドはその場に崩れ落ちた。
陛下からの信用は地に落ちるであろう。