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ど、どど、どういうこと?
私と殿下、その他皆の気持ちはその瞬間おそらく満場一致したことだろう。
「エ、エド?今なんと?」
動揺を押し殺しながら殿下がエドに問い掛ける。
押し殺せてませんけど、声震えてますよ。
エドは殿下ににっこり笑いかける。
その笑顔に横にいたリリーの表情がぽぅっと見惚れたようなものになるが、彼はそれに気付きながらも無視した。
「だから、リラ・オーウェン公爵令嬢とアルフレッド・アルバート兄上は婚約関係にはありません、と言っているのです」
正直話が全く見えない。
「これを」
ぺら、とどこからかエドが書類のようなものを出した。
「な、おまえ、これは!」
「そうです、婚約破棄証明書」
「どういうことですか!?」
殿下2人の会話に口を挟むのは憚られたが、そうも言っていられない。
「私はそんなもの知りません!」
そんなもの見た覚えもサインした覚えもない。
殿下も知らなかったようだし、何故このようなものが。
「2人は知らなくて当然。だって僕が陛下とオーウェン公に許可をとって手配したんだから。公はそもそもこの婚約には乗り気じゃなかったんだ。でも、リラは他の婚約者候補との王妃教育で優秀な成績をおさめ、兄上の婚約者に選ばれてしまった。だから、リラの今の状況聞けばそりゃこの書類にもサインしちゃうよね」
ちらりとエドが私を横目で見た。
父様がサインしたのは分かる。
だって父様私の事大好きだもの。
問題は陛下よ。
「ま、なんにせよ兄上は婚約破棄するつもりだったんだから、別にそこまでの過程はどうでもいいでしょ」
「っお前!」
そういう問題でもないだろう、と私は思ったが殿下もそう思ったらしい、エドを睨み付ける。
だが当人は目的は終わったとばかりにくるくるとその書類を巻くと胸元にしまった。
そして、怒る殿下を傍目にエドは私の手を握る。
ぎょっとそちらを見ると、彼は今まで見たことのないような晴れやかな笑みを浮かべていた。
「さ、行こっか」
「え、ええ!?」
彼はその手を握ったまま足早に会場を出ようとした。
言い逃げである。
「ちょっと」
私今ドレスなんですけど。そんなに早くは歩けないわ。
声をかけると、エドもそこでやっと気付いたらしい。
「ああ、僕としたことが。ちょっと」
失礼、と言い終わる前にふわりと体が浮いた。
「なにするの!」
「こういうの好きじゃないの?恋愛小説ばっかり読んでるでしょ」
「なっ、なっ!」
「『ドキドキ☆スクールライフ』巷でも流行ってるらしいけど頭悪そうなタイトルだよね」
「何でここで言うのよ!?」
「なんなら内容最初から最後まで暗唱できるよ」
「やめなさいよ!!!こんなとこで頭の良さ発揮しなくていいわ!!!」
「お、おい」
待て、と殿下から声が掛かるが、彼は優雅な笑みを浮かべもう一度退席の挨拶をすると私を抱いたまま会場から出た。
そして、前につけていた馬車に私を押し込み、自らもあとから乗ってきて馬車は走り出した。
「な、何から言えばいいの……」
もう何が何やら分からない。
頭が爆発しそうである。
「ゆっくりでいいよ。ずっと側にいるから」
「うーんと、まず、ありがとうかしら」
悩んだ末にでたのは感謝の言葉。
「ただ、学園のみんなには私リリー嬢を虐めてるって思われてたのね」
「誰もそんなこと信じてるやつなんていない。今だって会場で兄上達に反論してると思うよ」
「王子殿下相手に、誰が」
「君の信者」
「信者?よく分からないわ」
「分からなくていいよ」
エドは珍しく苦笑した。
私にそのようなものがいたなんて。
誰なのか気になったけれど、この様子では彼は教えてくれないだろう。