第一王子は謝りたい【前編】
「エドウィン殿下は只今剣の稽古をしてらっしゃいますので、お待ちになるようにと」
王宮勤めの侍女が申し訳なさそうに言った。
呼び出されて来たというのに、どうやら待たされるらしい。
まあ、別にいいけれど。
私は読書をしようと持ってきていた本を開いた。
―――――……
「ふー」
ある程度キリがいい所まで読んだので、栞を挟みパタンと本を閉じた。
少し目が疲れたので、眉間を揉む。
最初に出してくれていたお茶はぬるくなっていたので、新しいものに変えてもらった。
「アルフレッド殿下、いつまでそこにおられるのですか」
中庭の廊下の柱に隠れて、私がいる中庭を覗き込んできていた人物に声をかけた。
すると、彼は体をびくりと揺らして、おそるおそる柱の影から出てきた。
「い、いつから気付いてたんだ」
「最初からです。面白いので放置していたら、そのままずっと立ってらっしゃるんですもの。さすがに可哀想になりまして」
本を読み始めて少しすると、殿下が通りかかった。
そのまま通り過ぎるのかと思いきや柱に隠れてこちらを見ているので、何事かと思った。
横目でたまに確認していたが、彼は何か言いたげにしながら柱の影から出てこようとしたり引っ込んだりを繰り返し。
でもいつまで経っても出てこないので、しょうがなくこちらから声をかけたのだ。
「お、面白いって……」
殿下はズーンと落ち込んでいるようだった。
あれで気付かれていないと思っていたのだろうか。
「どうぞ、こちらに」
立って前の椅子を進めると、彼は首がもげるんじゃないかと思うほど横に振った。
久々に話したが、こんな人だったかしら。
「いや……ここで構わない、君は座って。そんなところに座ったら何を言われるか、あ、いや、なんでもない。そういえば、エドは?」
「……。剣の稽古で少し遅れるそうです」
私の向かいに座るとエドに何か言われるらしい。
殿下は何故か弟に怯えていた。
きょろきょろと周りを注意深く見回す彼に、遅れることを話すと、あからさまにほっとした表情をした。
「殿下に立って話されると私が落ち着かないのです。どうぞ、お座りになって」
再度言うと、彼は観念したように渋々腰掛けた。
侍女に殿下の分もお茶を入れてもらい、私は切り出した。
「で、どうされたのですか。まさか楽しくおしゃべりというわけでもないでしょう」
びくり
殿下の肩がまた、大きく震えた。
どうして彼はこんなにびくびくしているのだろうか。
卒業パーティーの時までは、あんなに態度が大きかったというのに。
「あ、あの、あやまり、たくて……」
下を向き、蚊の鳴くような声で殿下はぼそぼそと言った。
「……はい?」
私は普通に聞き返したつもりだったが、殿下にはどうやら威圧的に聞こえてしまったらしい。
また目の前の肩が震えた。
これじゃあ私が殿下を虐めているみたいじゃない。
「今まで君に対してひどい態度をとってきたこと、卒業パーティーでのことを謝りたくて」
彼の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。
謝罪をされるなんて微塵も思っていなかった私は、思わず紅茶を飲む手を止めて、不躾に彼を上から下までじろじろと見てしまった。
あんなに傲慢不遜だった彼が嫌っている私に謝るなんて、どういう風の吹き回しなのか。