公爵令嬢は好きと言いたい
「好きって、言ったことない」
ある時私は気が付いた。
エドウィン・アルバートと婚約関係になったのち、彼は『好き』という言葉を何度もくれた。
かつては、友人としての好きだったけれど、彼が言った通りそれはだんだん形を変えてきていた。
その言葉を聞くたび、恥ずかしくて照れくさいけれどとっても嬉しい気持ちになる。
ということは、彼もそうではないだろうか。
私が言ったら、喜んでくれるのではないか。
「よし」
私は決めた。
彼に『好き』と言う。
―――――……
次の日。
今日も今日とて、私は王宮に来ていた。
勿論エドに会うためだ。
いつも通り中庭で待っていると、彼がほどなくしてやってきた。
好きって、いう。
すきすきすきすきすき……
脳内で繰り返してみる。
「エド」
「リラ、ごめん、待たせたね」
「ううん、待ってないわ、あのね―……」
―――――……
私は帰りの馬車の中で項垂れた。
結果的に言うと、言えなかった。
あと一歩のところで言葉が出てこない。
どうすればよいのだろうか……
「練習する!」
そして私は閃いた。
色んな人に好きって言えばいい。
そしたら、きっとその言葉に慣れてエドにも言えるようになる。
私はやる気に満ちていた。
その日から私は毎日誰かに好きと言うことにした。
最初はお気に入りのぬいぐるみから。
これは余裕。
「ローラ!」
「どうされましたか、お嬢様」
「好き!」
「まあ!ありがとうございます!」
まだ余裕。
「父様!」
「どうしたんだ、リラ」
「好きよ!」
「リ、リラ……と、父様もお前のことをすk」
いけるわ。
「アリア!」
「なんでしょう、リラ様」
「好き」
「っわたくしもお慕い申しております!」
本当にいける気がしてきた。
―――――……
「久しぶりだね」
好きと言えるようになるまで王宮に行くのを控えていたので、エドと会うのは1週間ぶりだ。
しかし、久々に会うというのに、彼は何故か不機嫌そう。
「あの、なんでそんなに不機嫌なの」
「わからない?」
「……王宮にしばらく来てなかったからかしら」
「それもあるね」
答えを教えてくれそうになかったので、私は考えたが、特に思い当たることはなかった。
すると、彼は聞こえるように大きく溜息を吐いた。
「君が王宮に来ないから、何があったのかと心配した。そしたら、ここに来ていない間色々な人に好きと言ってまわっていたんだってね。宰相とアリア嬢が自慢げに教えてくれたよ」
君は何がしたいのかな、とエドは苛立ちを隠さずに言った。
変に勘違いされるのは嫌なので、私は包み隠さず言うことにした。
「あのね、エド。聞いて。私はエドに好きって言われるのが嬉しくて。それを、あなたにも伝えたかった。ほんとは、エドに好きって言いたかったの。でも、言えなくて。他の人で練習してたの」
格好悪いから、本当は練習してたなんて言いたくなかったのに。
恥ずかしい。
エドの顔が見られない。
私は下を向いて、ドレスをぎゅっと握った。
「……君は馬鹿なの?」
しばらくの沈黙のあと、彼から出た言葉はこれだった。
思わず顔を上げると、彼は呆れたような顔をしていた。
「君が僕のことを好きなことなんて、もう分かってるから。そんな馬鹿なことはしないで。言わなくていいから、僕に会いにきて、その顔を見せて」
そう彼は言った。
でも、私は言いたいのだ。
「すき!!!」
思ったより大きな声が出てしまった。
顔がかーっと赤くなる。
周りの人には聞こえていないかしら。
「ぷっ」
「え」
こともあろうに、彼は腹を抱えて笑いだした。
「っそんなに、必死になってまで、言わなくても」
こっちは一生懸命なのに。
……彼は笑いすぎて涙目になっている。
「結局練習した意味はあまりなかったわ……」
私は項垂れた。
だって、他のみんなとは好きの意味がちがうのだしね。
「でも、そもそもあなたに言えて、私に言えないはずがないわ」
「どこから来るの君のその自信。でも、そういうところも好きだよ」
彼はなんでもない事のように言った。
それはそれは愉快そうに、その端正な顔に笑みを浮かべ。
それを見た時、私は彼には一生勝てないような気がした。