五十八話 ロリコンと咲き誇る幼女
「おめでとう」
祝福の声が聞こえる。
「おめでとう」
喝采が心拍を乱す。
「おめでとう」
その先にはウエディングドレス姿のリリィがいた。
美しい。
ただ美しい。
隣に向かおうとしたが、隣に現れた男性を認め、足を止める。
誰だ、あの男は。
見知らぬ男。
汗が流れる。
不快な汗。焦りと不安と苦しさが混じった汗。
声と喝采は止まない。
リリィが遠く、遠くへ行ってしまう。
手を伸ばそうとした。声を上げようとした。
しかし、どちらも震えた体が拒否をして、何もできない。
「……あ、あぁ」
動いてくれ。動いてくれよ。
過去から借りた覚悟と、怒りを以って一歩前に踏み出した。
行ける……その確信が脳を支配し、次の歩を進めさせる。
「リリィ――」
「――穢すな」
何処から聞こえたか定かではない声であったが、確実に脳に響いた。
あぁ、ダメだ。
そう弱さが主張した途端、周りの全てが俺を蔑むように感じた。
圧倒的な敗北感と、疎外感が吐き気を呼び、その場にしゃがみ込む。
もう……動けない。
恐れ、怯えながら視線を上にあげるとリリィがいた。
「……」
視線が合っているにも関わらず色は見えず、表情も捉えることはできない。
「…………負けたく、ない」
自分の心拍で声が出せたか不安が残るが、リリィは俺の声が聞こえたのか一度頷いてから瞳を閉じた。
無理矢理に体を動かし、リリィを連れて走り出そうか?
いいや。
「あ……あぁあ!」
違うだろう?
「あぁぁぁあああああああああああああああああああぁあぁああああああああ!」
囲む視線を吹き飛ばすような叫び。
視線はもう集まっているんだ。
ならば、何をしたって変わらないじゃないか。
自暴自棄の一手か?
嘆きか?
その疑問を否定した刹那――
――現実が俺を呼び戻した。
「…………あぁ」
叫びの続きが小さく漏れ、起床直後とは思えない疲労感が襲ってきた。
クリスマスの朝。
まだ陽も昇っていない暗い朝。
寝汗が酷く、気分も優れない最悪の朝だ。
今年はクリスマスを呪いながら迎えることはないと思っていたが、呪いたくなってしまう程の最悪。
昨日のことを思い出し溜め息を漏らす。
時間は五時十分。
リリィは隣で夢の世界にいる。
いつもなら、早すぎる。と、もうひと眠りするところだが夢の世界の居心地の悪さを思い知った直後ということもあり、防寒着を着て外へ出た。
『散歩に行ってきます』と書置きを残し、あてなく歩く。
街灯が等間隔で並んでいるが、所々点滅していたり、点いていないものもある。
吐く息の白さが寒さを物語り、外に出たことを少し後悔している。
「あぁ……」
辿り着いたのは小さな橋の上。
冷たい水の冷たさが川を見るだけで伝わってくる。
こんなにも寒いのか。
供えられた花束をみて決別の場所であると確信した。
別れ。
避けられないものだが、それはいつになるかはわからない。
俺とリリィだっていつかは別れの時が来る。
それは明日か、何十年後か……今なのか。
川を覗き込み、世界との別れを想像する。
頭を埋め尽くす、やらなければならないこと。
別れを告げることはできない。誰も許してはくれない。
俺は逃げるように走った。
走った。
西宮高校の近くの小さな山の上。
公園や、市のシンボル等がある山の上。
息を切らしてしまうくらい走ったので、耳の先が裂けてしまいそうなくらい冷たくなっていた。
夜が明ける。帳が開き、聖なる夜の終わりを知らせようとしている。
静寂と光を与えられる空を見つめ、今までの行動が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
そんな時だった。
「おはようございまーす」
背後から声をかけられる。
「えっ? あ、おはようございます」
振り返るとリリィと同じくらいの背丈の女の子が一人。
「お兄さんも見にきたんですか?」
ニコニコと笑顔の咲く女の子は東の空を指差しながら聞いてきた。
◇
その時、咲菜と翔太は初めて邂逅していた。
しかし、互いの存在は知っているものの初対面の為、他人と思っている。
◇
「えっと……何を?」
「水星です! 凄く見えるって言ってたんです!」
「……水星?」
水星は地球よりも内側を回っている為、明け方か夕方に見える天体だ。
しかし、違和感を覚え思考を回した。
「確か……今の時期は夕方だね。明け方は見えないよ」
偶然にもタロットの星を調べていた俺は、対応する水星についても調べていた為、覚えていた。
十二月二十四日、東方最大離角。
西側の空に高く見えるので、時間帯は夕方だ。
「えっ……」
「一番高く見えるのは昨日の夕方。今日の夕方もそれほど変わらず見ることができるから、日の入り前に西の空を見るといいよ」
「そうですか……ありがとうございます」
先程までの笑顔が萎れ、肩を落とす。
残念。
その言葉が似合ってしまう。
「いいえ」
元気付ける言葉が一切思いつかず、事務的にそう答えた。
「お兄さんはどうしてここにいるんですか?」
女の子は今にも姿を見せようとしている太陽を探しながら質問をしてきた。
ただの散歩だよ。
そう言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
「逃げて来たんだ。好きな人に認められたくて…………あぁ、うーんと。凄い! って言ってもらいたいんだけど、みんなからもっと凄くなれ! って言われてね」
悩みを吐露した。
途中で言葉を選んでわかりやすいようにして吐露した。
こんな幼い子に言ってどうするんだ。
口にしてから後悔に似た感情を認める。
「彼女がいるの?」
「うん。とっても大切な人だよ。君は好きな人はいる?」
「ううん。好きとかよくわかんないんだー。友達は彼氏がいるって言ってたの。どんなきもちなのかわかんないよ」
今の小学生は随分と進んでいるなと思ったが、リリィも小学生であることを思い出し笑うことしかできなかった。
「どんなことも一緒にしたいと思うんだ。ご飯を食べるのだって、遊ぶのだって、一緒にいて楽しいと思える。他の人よりも特別と思えたらそれは好きなのかもしれないよ」
「……とくべつ」
「彼女はリリィっていう名前なんだ。リリィは俺のことを凄いって言ってくれるけど、周りからは凄くないって……泣きそうになっちゃうんだ」
やはり正常ではない。
愚痴だ。
こんなところで、おそらく小学生相手に……何やってんだ、俺は。
「ねぇ!」
最初に会った時と同じか、それ以上の笑顔。
本当に、笑顔が良く似合う子だ。
元気をもらってしまっている。
「ん?」
「リリィちゃんは翔太さんが何でもできるって知ってるよ!」
「え? そう……か……ん? 名前?」
俺は自己紹介をした記憶がない。
なのに名前を呼ばれた。
情報が錯綜する。
「なーんだ、なーーーんだ! やっぱり翔太さんだ! 私ね、咲菜っていうの!」
「ん? んーーー…………あっ!」
咲菜、咲菜……脳内でその名前に覚えが無いか思い出した。
いた! いたよ!
リリィの同級生!
うわー! 俺、リリィの同級生に何を話してるんだ!
と羞恥に耐え切れず悶えそになった。
「ふふっ! 『リリィを返してもらいます!』『愛してます!』」
「えあっ?!?!?」
続いた言葉に驚愕。
何でそれを知っているんだ!
ここでのたうってしまいたい程恥ずかしい!
「優奈さんは『なんでもできる天才だけどバカだ!』って言ってたよ!」
「ん? なっ?!?! 姉さん?!」
ここで姉さんの名前が出てきて完全に脳がショートした。
マシンガンのように浴びせられる言葉一つ一つを処理することが難しい。
「翔太さんならなでもできるよ! がんばって! じゃあね!」
「ちょっ! え!」
言うだけ言って走り去った咲菜ちゃんは見えなくなってしまう前に一度振り返った。
「そーーーだ! 翔太さーん! リリィちゃんに今度遊ぼうねーって言っといてー!」
手を大きく数回振ってから走って行ってしまった。
「なんだったんだ」
嵐が通り過ぎた。
的確な表現だろう。
過ぎ去った後は、呆然と立ち尽くし状況を整理することしかできない。
頭を掻いてから、日の出を眺めた。
「なーにやってんだか」
俺は太陽に向かって自嘲の言葉を吐き飛ばし、歩き出した。
どうしようもなく簡単な事だった。
俺は高校生でリリィは小学生。子供だ。
圧倒的な埋められない差を埋める方法は一つしかないだろう。
スマホを操作し、メッセージを送る。
送り先はクリスさん。
早朝の連絡という無礼であったが待っていられない。
やるしかないのだ。
その想いに応えるように、即座にクリスさんからメッセージが返ってきた。
『喜んでお受けいたします』
返信内容を確認して、俺はリリィのもとに歩を向けた。
今年のクリスマスの朝はとても心地よかった。
◇
「咲菜ちゃん、翔太には会えた?」
優奈は隣を歩く咲菜に優しく聞く。
「うん、やっぱり会えたよ! それより、朝じゃなくて夕方だって!」
「あー、そうだったわね。また夕方に見にこよっか?」
狡猾神も凌駕してしまいそうな笑みを瞬間見せたが、直ぐに隠して優しさを見せる。
「行くー!」
咲菜は優奈からの誘いを受けて、大きく手をあげた。
こんにちは、
下野枯葉です。
春一番がいつの間にかふいていたらしく、もう冬も去ってしまうのかと落胆しています。
今日はとても暖かくて驚きました。
でも、また冷え込むらしく春はまだ先だなと思いました。
さて、咲き誇る幼女。です。
繋がりの薄かった二人に出会って頂きました。
繋がりは二種類。
そして、状況は謀略のあるものです。
少し本編に触れましょう。
優奈と咲菜の繋がり。
今後詳しく描きますが、今回は優奈によって仕組まれたものです。
この姉弟は結構仲が良く、特に姉は口では悪態をつきながら弟の為に動いてくれます。
いいなぁ。こんな姉が欲しかった。
と、作者の想いは置いといて。
翔太の心に対する処方。優奈はよく理解しています。
全く……ロリコンがよぉ。
続きとしては翔太君に家柄とか、その辺の理解を深めてもらいます。
さぁ! 頑張れ!
さて、
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。




