王の徴集は強制イベントらしいです.2
前にはさらさらの銀の髪。
後ろからは冷や汗が出そうな威圧的な視線。
僕は今、騎士団員と一緒に歩いている。
と言っても、なにか悪いことをして連れて行かれているというわけではない。
勇者の選定の儀のため王国に向かっているだけなんだ。
それなのに...。
二人とも無言ってどういうことだ。僕は何かしてしまったのだろうか。
胃をキリキリさせながら黙々と歩いてると、ふいに後ろを歩いていた筋肉さんが
口を開いた。
「騎士団副長であるミケ様がなぜこのような偏狭への徴集の仕事をせねばならん。
王は何をお考えなのだ」
「まぁまぁ、そう腐らないでください。この地は王都からも遠く、近辺にどのような
魔物が出るかもしっかり調べることが出来ていませんからね。いざと言う時のため私が
来るほうが良かったのでしょう」
憤慨した口調でそう呟く筋肉さん。聞こえていたのだろう、前を歩いていたミケさんがそれ
に応える。
そうか、ミケさんが能力に見合わないような仕事をさせられてるから筋肉さんは不機嫌だったのか。
想像していたより、すごく良い人だったんだな。
ミケさんは騎士団副長...強そうな感じだしなぁ。うんうん...。ん?
え、ちょっと待て。騎士団副長?!しかも、王様の名前が出るってことは王直属?
ひぇ...。
「それに、こんな話をフミヤ殿の目の前でするのは少し失礼じゃないですか」
にこやかな、けれど有無を言わせない顔でミケさんが言うと、筋肉さんが
ウッと息を詰まらせる。
「すまなかった。...フミヤ殿」
筋肉さんに謝られてしまい、少し慌てた僕は思わず、
「いや、僕は気にしないので謝らないでください!筋肉さ...あ」
そう、「筋肉さん」と呼んでしまったのだ。
僕の馬鹿ッ!心の中でそんな呼び方するから!!
恐る恐る筋肉さんの顔を見ると、固まっていらっしゃる...。
ミケさんはというと、下を向いているから表情は分からないけれど、
肩が震えているし、もしかしなくても激怒してる?
「フッフフ..その、筋肉さんというのは彼のことですよね。フッ、フフ、名前を教えていませんでしたか?」
なぜか口を手で覆ったミケさんが聞いてきたので頷く。
そうだ、僕は筋肉さんの名前を知らなかったんだから、ああいう呼び方をしてしまっても
しかたないじゃないか。
...いや、名前を知らないであんな失礼な呼び方をしてしまうなんて、普通にこっちが悪い。
「すみませんでした...。あの、お名前を教えていただけませんか?」
筋肉さんの方を向いて、顔を強張らせて聞く。
怒っている人と話すなんてただでも怖いのに、自分がその怒りの原因なんて
辛すぎる。駄目だ、目をそらしたい。
でも、人に謝ったり質問したりするときはちゃんと目を見なさいって教えられてるし...。
筋肉さんは最初盛大に顔をしかめた。しかし、何度か唸ると苦々しい顔で口を開いた。
「俺の名前は...ミーシャだ」
やっと名前を知ることが出来て、すっきりする。
教えてくれたことにお礼を言おうと口を開こうとしたら、それは筋肉さんの大声で
さえぎられてしまった。
「笑うなら笑え...!!お前だって、俺にこの名前はあわんと思っているのだろう?!」
ふーふーと肩で息をしながら、こちらを睨みつける筋肉さん...いや、名前を教えてもらったんだ。
ミーシャさんは、なんでこんなに怒ってるんだろう。
綺麗でいい名前だと思うのに。
僕が呆気に取られていたからだろう。ミケさんが、小声で僕に教えてくれる。
「彼は、自分の名前とその風体があわないことを気にしているのです。
ミーシャという名前は一般的に女性に使われますしね...」
そうか、この世界では女性的な名前だと言われてるのか。
笑われてきたんだろうか。せっかく良い名前なのに。
「僕は、ミーシャさんの名前を笑ったりはしませんよ」
僕が妙な名前で呼んでしまったときに固まったということは、少なからず自分の名前に愛着が
ある...のだと思う。
だから、失礼なことをしてしまった僕が言っても何にもならないかもしれないけれど、それでも
さすがにこんな哀しいことは言わないで欲しい。
真っ直ぐミーシャさんの目を見ながら言うと、ミーシャさんの顔が歪む。
そして急に目をそらしたかと思うと、
「...そうか。お前は、フミヤ殿は笑わんのだな。取り乱してすまない。道を急ごう」
と、早口で言って歩き出した。
これは、気を悪くしたわけではないと思ってもいいのだろうか。
なんとか自分を納得させるために何度か頷いた。