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この生活にも慣れてきまして.2

ロワと出会ってからちょうど一年ぐらいだろうか。


去年のこと。

まだ四歳だった僕は、初めて母親からおつかいを頼まれた。

自分もついていくと駄々をこねる父親と、呆れた様子でそれを諌める母親に


「いってきます」


と言って、家を出る。


まったく、おとうさんはしんぱいしょうすぎだよ...。


と、心の中で溜め息を吐く。おつかいといっても、家からほんの数百メートル先の

家に母親が作ったパイを届けるというだけの簡単なものなのだ。

こののどかな村では、何か物騒なことが起こるほうがありえないのに。


ミッションは無事完了。パイの匂いがあまりにも魅力的でお腹をクルクル鳴らしていたからか、

届け先の家の奥さんからお菓子も貰ったし、あとは家に帰るだけだ。


そう思って、来た道を振り返ると道がなかった。

もちろん驚いた。異世界では道も神隠しにあうんだなぁ、と。

遭難したりしたときにはその場でじっとしていた方が助かる確率が上がる、

と前世で読んだ本に書いてあった気はする。

けれど、こういう状況の場合どうなんだろう。

いきなり道が消えてしまった。ちなみに、周りに靄がかかったようになっていて自分が

どこにいるのか分からなかったりする。


そして僕は、泣いた。

いや、この体で四年も生きると、思考とかが体に引っ張られるというか...。

話し方とかもだいぶ子供っぽくなった気がするし。

とにかく、幼児よろしく泣いていた僕は、ふいに誰かに呼ばれた気がした。

涙をぐしぐしと拭ってそちらを見ると、森があった。


...?


さっきまでなかったのに、どーんと大きな森がある。頭の上をはてなマークが舞う。

三秒目を閉じて、開く。変わらずある。

気付かなかっただけで、この森はさっきからあったのかもしれない。

いや、けどこんなに大きな森を見落とすのってありえるのか...?


また呼ばれた気がした。

あの森から聞こえる。行かないと。



森の中は意外と明るかった。木漏れ日がキラキラと頬を照らす。

こんなにいい場所があったなんて。両親にも教えてあげたい。

静かだけどとても綺麗な森の中を、僕は小さな歩幅でせっせと歩いていた。

急に鉄のような匂いがした。こんな森の中に金属があるなんて不思議だな。

それくらいにしか思わず、また歩いているとひらけた場所に出た。


ふわりと香る甘い匂いは、中央に群生している淡い色の花からだろう。

蝶が舞い、日差しがぽかぽかと暖かそうで、そんな中で血を垂れ流し横たわる大きな獣が

なにより痛々しく見えた。


スン、と獣が鼻を動かした。そして閉じていた目をゆっくりと開ける。

金色の目だと思った。けれどその目はよく見ると青色で、憂うような、包むような、

そんな深い深い色をしていた。

きっと僕の匂いが気になって起きてしまったんだ。

だったら早く離れよう。そう思ったのに、足はいつのまにか獣のほうに動いていた。


「けが...してるの?」


獣のすぐ隣にいって、聞いてみる。もちろん相手は動物なのだから返事は返ってこない。

と思っていたのに、


『なんでこんなところに人が居るんだい』


面倒くさい、そう声音に滲ませながら獣が喋った。

一瞬呆けてしまう。いや、目の前の獣は口を開きもしなかった。

だから、喋ったのは気のせいだろう。


『全く、結界を強めないとと思った矢先にこれか...』


やれやれというふうに、獣は小さく首を振った。言っている意味は分からないけれど、


「わんこが...しゃべった」


ぽつりとそう呟くと、目の前の獣は『わんこ?!』とショックそうな声を出していた。

けれど、僕は前世はもちろんこの異世界でも喋る動物と会ったのは初めてで、

内心とても興奮していた。


「すごい、すごい!!ぼくわんこがしゃべるのはじめてみた」


『いや、僕はワンコじゃなくてこの森の...』


「あ、そういえばけがだいじょうぶ?なにかてあてできるもの...!」


『だから、これは怪我とかじゃなくて...』


あまりにも僕がうるさかったのだろう。その獣は、前足で僕の口を塞いだ。

と言っても、顔全体が前足で覆われた、という方が正しいが。


そして彼(オスらしい)は、自分の名前や怪我をしているわけではないことを教えてくれた。

話の途中で、ワンコじゃなくて王...、とか、森の主として血の結界を...、とか言っていたけれど、

正直に言うとよく分からなかった。

けれど、こうやって丁寧に説明しようとしてくれるのを見て、優しいワンコだなぁ。と

感激していた。


「ロワ、またあいにきてもいい?」


まだ話したかったけれど、ロワから人の子は帰る時間だと言われたから。


『本当は入れない...と言うより見えないはずなんだけどね、この森。けど、結界張りなおしても

入れるなら、歓迎するよ』


いつのまにかロワの体についていた血が全部消えていて、それに注目してたら『歓迎する』と

いうところしかちゃんと聞いてなかったと気付いた。

もう来るなとか言われると思っていたので、ホッとした。


家に帰ると両親が泣きそうな顔で迎えてくれた。 


「水晶が...エグ、フミヤの姿を映してくれる水晶がグスッ、急に割れて...ぼく、僕ッ

フミヤに何かあったらって、フッ、グスッ」


「フミヤがちゃんと帰ってきてくれて良かった...。フミヤはまだ小さいのに、お母さん

無理させて...クスン」


僕がただいまと言うと、父..お父さんはタガがはずれたように号泣しだすし、

お母さんも涙ぐんでいた。

だいぶ心配させてしまった。けれど、今日は本当に楽しかった。

僕がなんとか二人をなだめて、綺麗な森のことやワンコと喋ったことを話すと、

二人とも笑ってくれた。


「動物さんとお喋りできて良かったわね」


お母さんがそう言って朗らかに笑うのを見て、動物が話すのはこの世界ではメジャーなこと

なのだと分かった。そうでないなら、子供が動物と話したなんて聞いたら驚いてしまうだろう。


そう、その時 僕はすっかり忘れていたのだ。

自分が、他愛のない妄想を周りから微笑ましい表情で聞いてもらえる、園児だということを。

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