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第62話 勇者、大人になる

「すっきりですね」

「水洗便所みたいに流した後にその台詞はどうかと」


 俺とごくまろは水とともに流れる魔物たちの群れを見つつくだらないことを言っていた。

 先に水を撒いておいた防壁は凍ったときに穴を塞ぎ、一応中まで水が入ってくることはなさそうだった。思った以上に上手くいったな。


「勇者様がた、ありがとうございました」

「い、いえ! 女王様たちのためでしたらいついかなるときでもお助けに参りますよ!」


 この世の美しいお姉さまは全て守る。できれば嬉しさのあまり抱きついてくれると更にやる気が上がったのだが、なにぶんこちらのお姉さまは女王様。そんなことをなされる身分ではない。


「あ、あのさ、私からも、その、ありがとう……」

「うっせコムスメ」



 ……はっ。やばい、気を失ったようだ。

 時間にすると、恐らく2秒かそこらだろう。体が完全に地面へ着いていないからそんなもののはず。

 そして後頭部の鈍痛。そういやこの世界だとコムスメは7倍の速度で動けるんだったか。やばいやばい。


「な、なにしやがんだよ!」

「ふんっ! べーっだ」


 このクソガキが。ガキみたいなことしやがって。

 いやクソガキだからガキみたいなことをるのか。まあガキなんだから仕方ないな。

 大人な俺はその事実を飲み込んでやり、子供への扱いを配慮することにした。


「ちょっとした照れ隠しだろ。俺らの仲なんだから変な気を使うな」

「えっ!? あ、うん……。でもやっぱりありがとうだよ!」


 やめろ、そんな笑顔を見せるな眩しいから。子供の無邪気な笑顔はけがれた大人に突き刺さるんだよ。



「どーでしたかー?」

「おうとくしま。なかなかよかったぞ」

「ちょっと勇者殿、どういうことね!」


 飛んで戻って来たとくしまにねぎらいの言葉をかけたらちとえりがなぜかつっかかってきた。


「なんだよお前は」

「とくしまのナニの具合がなかなかよかったね! 口!? フロントホール!? それとも」

「おっとこんなところにまだ魔物が」


 俺は丘の上からちとえりを蹴飛ばした。やつは転がり落ち、水に流れて行った。


「んでとくしま。この水ってどうなってるんだ?」

「以前ワットベーターで用いた要領の応用です。巨大な水柱を出しました」


 なるほど。ちとえりみたいな何十キロもある水柱を発生させることはできなくても、とくしまだってそれなりの水は出せる。


「ちなみにあとどれくらい流れてるんだ?」

「5分もすればおさまると思います」


 もうほとんどの魔物が流れているし、丁度いい頃合いだ。これだよこれ、こういう調節をできるところがとくしまの高性能なところなんだ。どこかの極端な物体とは違う。


 そしてその言葉通り、数分もしないうちに水が引き始め、俺たちは城へ向かうためぬかるんだ道を進んだ。




「思ったよりも溶けてますね。厚めに氷を張っておいて正解でした」

「だな。まあその代わり入れるようになるまで時間がかかりそうだが」


 俺たちは凍った防壁の門を調べながら、これいつになったら入れるようになるのだろうかとあぐねいていた。

 火魔法という手も考えたが、溶けるまでずっと出し続けるのも厳しい。ごくまろの魔法は瞬間的にしか出せないし、とくしまは魔力切れだ。

 もちろん回復させる術はあるが、こんなに人が多いところでやりたくはない。変な誤解を受けてしまう。



「おーう、広範囲を見てみたけど魔物っぽいのはいなかったぞ」

「了解。それでブツはあったか?」

「駄目だな。周囲全部水に浸かってて燃えそうなものはなかった」


 斥候兼可燃物捜査に出ていたあいつが戻って来た。やっぱ無理か。

 一番いいのは不燃性のもの、つまり防壁とか石などでできているものに薪を組み直接火にかけてしまうことだ。

 だけど可燃物がなければ成立しない。今できることはとことん溶けるのを待つだけだ。


「そうだ!」

「いい案でもあるのか?」

「俺がごくまろタンへの愛の炎で溶かすってのはどうだ!?」

「おうがんばれ!」

「えっ!? いや、その……」

「おーいみんなー! あいつがこの氷を溶かしてくれるそうだぞー!」


 あいつはうろたえ、俺のことを恨めしそうに睨んでいる。バカめ、くだらないことを言うからだ。

 愛の炎? そんなもんねーよ。これだからロリコンとかいう頭の中メルヘンなやつはアホだって言われるんだ。俺は大人だからちゃんと現実を知っている。


「う……うるあああぁぁ!」


 あいつは剣を抜き、氷を砕き始めた。炎どこいったんだ。それよりも壁や門壊すなよ。


「あの、勇者様」

「どうしたごくまろ」


 突然ごくまろが俺の服の裾を掴み引っ張ってきた。


「あれって私を守るために言ったんですよね?」

「んなわけあるかよ」

「……知ってるんですよ。勇者様はなんだかんだ言っても私たちのことを──」

「お前らとなにかするくらいならコムスメと寝たほうがマシだ」


 ごくまろは無言で俺をぽかぽかと殴ってくる。やめろ、痛くはないけどウザい。


「えっ!? そんな、きみが私のことをそんな風に……」

「思ってねーからな! 変な誤解やめろ気色悪ほげごっ!?」


 軽く5メートルほど吹っ飛んだ。顔の形が変わったんじゃないか? 原因はもちろんコムスメだ。


「ってえな! なにしやがる!」

「……きみは他人の気持ちをもっと考えるべきだよ」


 他人の気持ち? バカ言え。

 例えば俺のことを好きな人、ここは仮にGKMRとしておこう。そいつのことを考えるとしよう。

 GKMRは俺のことを好きで、付き合いたいと思っているとする。そして俺が他人の気持ちを思いやる場合、俺が自分の気持ちを抑えてGKMRと付き合えばいいのか?

 それはおかしいだろ。俺はお姉さまが好きなわけなんだし、だったらGKMRも俺の気持ちを考えて引くべきじゃないのか?

 つまりそもそもの時点で相手が俺の気持ちを考えていないわけだから、俺もそいつの気持ちを考えてやる必要がない。


「あまり言いたくないんだけどさ、きみ、自分のなかだけで屁理屈に正当性を持たせて納得してるんじゃない?」

「バカ言うなよ。俺の考えは至ってまともだぞ」

「じゃあどういう結論が出たの?」

「俺の気持ちを考えない相手の気持ちを考える必要はない」


 コムスメは自分の頭をおさえた。なんだ? 問題あるのか?


「あのね、世の中っていうのは与えられないから与えないじゃダメなんだと思うんだよ」

「そりゃ女にとってはそうかもしれないな。あれだろ、クリスマスプレゼント頂戴。私からはあげないけど。みたいな」

「そういうんじゃないよ。無償の愛? みたいな」

「俺だって気のある相手にはそういったことをするよ」

「あのね、その相手の人がそういうみみっちい男が嫌いだったらどうする?」

「……えっ? 俺、みみっちいの?」

「少なくとも懐は大きくないかな」


 俺はがっくりとした。

 コムスメはこれでも常識的なものの見方をできる。しかも貴重な女性の意見でもある。そんなコムスメが言うのだから、俺は案外みみっちいのかもしれない。


 そうじゃない。コムスメは所詮コムスメ。人生経験が少ないせいで正確な判断ができないのでは……。

 いや、その程度の人生経験しかない相手でもみみっちいと判断できる程度なのかもしれない。


 よし今すぐにというのは難しいことくらいわかっているが、俺は懐の大きな男になろう。お姉さま方に見合うような立派な大人の男に。


「コムスメ」

「な、なによ」

「あとでまろまろしてやるからな」

「えっ? きみのとこの世界の高級スイーツだっけ? やった!」


 しまった、コムスメにはそう伝えてたんだった。これ、どうしてくれようか。


「や、やっぱなし」

「なによそれ! 食べ物の恨みは恐ろしいんだから!」


 お前の右フックのほうが恐ろしいよ。

 とにかくコムスメにまろまろは通用しない。俺の目を覚まさせてくれた礼としては別のなにかを用意しておこう。


「おいごくまろ」

「なぁーんでぇすかぁー」


 やばい、ごくまろがやさぐれて返事が適当になってる。

 だが今の俺は大人の男。こういうことにいちいち腹を立てない懐の大きい人間なんだ。


「さっきのは俺が悪かった。きちんと愛情のこもったまろまろをやるから機嫌直せ」

「しーんじーませーん」


 やばい、若干だがイラッとした。だが心を決めてからまだ数分、当然修行不足なんだからそこは勘弁してもらいたい。

 こうなったら……あっ、そうだ!


「来いごくまろ」

「あーれー、ゆーしゃさまが私をゴミ箱に投擲しにー」

「いいから黙ってろ」


 俺はごくまろをみんなから見えない物陰に連れ込み、後ろに回る。

 そして後ろから抱きしめるように手を回すと、一瞬ビクッとなったがすぐ大人しくなる。


 そんなごくまろの腹に手を置き、言葉と共に凄まじい勢いで撫で揉みくすぐる。


「まろまろまろまろぉー」

「ぼぶあぁー」


 ごくまろは体中から様々なものを排出し、気を失った。

 うちの妹ズが今より小さかったころ、これやられるのが好きだったことを思い出してやってみたが、想像以上に効いて安心した。


 俺は汚物ごくまろをそっと壁に寄りかからせ、みんなのもとへ戻った。

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