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第55話 とくしまが飛んだ日

 3日帰れないとか冗談じゃない。今日が金曜だからまだいいものの、月曜は欠席しないといけなくなる。遅刻くらいはあるが、欠席はほとんどしたことない。


「どうしてくれんだよ! これでもそれなりにテストとかがんばってたんだぞ!」

「知らないね!」

「……おーおー、とうとう言ってくれたなこのクソアマ」

「なんね、やるつもりね!?」


 ちとえりが構える。

 昔見たジャッ〇ーの映画でやっていた鶴の構えだ。あんな見かけだけのもので俺をどうにかできると思ってんのか?


「うるぁ!」


 ちとえりへ向けて一気に接近。すると予想通り飛び上がり、軸足で蹴り上げてくる。それを左手ですくい上げつつ、右手で襟元を掴み押し倒す。


「かかったね!」

「なっ!?」


 倒れる先には魔法陣さんが。畜生、甘く見過ぎて油断した!

 更にちとえりの手は、自らの胸に当てられている。擦った瞬間感じることができるだろう。おい、俺を殺す気か!?


「ふひゃひゃひゃ、勇者殿! 己の間抜けを呪うぼぇぁ!」


 ちとえりは大きく横へ弾き飛ばされていた。助けに入ったのはもちろんごくまろだ。


「助かったよごくまろ」

「いえ、ちとえり様の魔法では勇者様がバラバラになってしまいますから」


 だよな。あいつ加減ができないから原子の塵になっていたかもしれない。


「よくやったごくまろ。あとでまろまろしてやるからな」

「はぁいっ」


 すごく嬉しそうだ。そんなごくまろをとくしまは羨ましそうに見ている。


「ちょっと待つね! そのまろまろってなんね!」


 相変わらず丈夫だなこいつ。まろまろってのはな……知らん。


「そんなことより移動手段を──」

「どんなことよりも重要ね! まろまろってなんね!」


 水や食料より重要なものがあるものか。そのふたつを得るための移動手段だろうがよ。

 だけどちとえりはしつこいからな。なんとかしないと。


「……まろまろはご褒美だ。俺を満足させた相手にしか与えられないものなんだよ」

「じゃ、じゃあ勇者殿を満足させたらまろまろしてくれるね!?」


 どれだけいかがわしいものだと思ってんだ。

 だがちとえりのことだ。本当に俺が満足のいくなにかしらをやる可能性が高い。考えておかないと。


「勇者様、表情が優れない様子ですが……」

「ああいや、別になんでもない」

「なんでもおっしゃって下さいね。私でできることならなんでもしますから」

「ありがとうとくしま。お前はいい子だな」

「じゃあ私にもまろまろしてくれますか!?」


 てめぇもかとくしま! 少しでも気を許した俺がバカだった。

 くっそ、まろまろってなんなんだよ。自分で言っておいてなんだが、正体が全くつかめない。


「そ、そんなことよりもだな、今は移動する手段を考えるべきだろ!」

「ふむ、そうね。ごくまろ、近くに川とかなかったね?」

「川は城の方まで行かないとなさそうです」


 さて困ったぞ。

 200キロは遠いよなぁ。ここでとくしま辺りが派手な魔法を使ったとしても気付かれない可能性が高すぎる。むしろ気付くほうが異常だ。

 そもそも距離がピンとこない。東京からだと……福島くらいまで行けるか?


「とくしま、なにかいい魔法ないか?」

「勇者殿! なんで魔法のことでとくしまを頼るね!」


 そりゃあとくしまが優秀だからだよ。極大魔法しか使えない某紅〇族と違ってな。

 どんなに喚こうと、この評価だけは覆らん。


「空を飛べる魔法とか……あればいいんですけどね」

「そういやちとえり。お前飛べたよな?」

「飛べるけどあれは自分だけしかできないね」


 そりゃそうだろうな。みんなを飛ばせるなら普段から馬車なんか使わない。

 いやまてよ。なにもみんなを飛ばす必要はないじゃないか。


「なあちとえり」

「なんね?」

「お前にブランコ的なものを付けてみんなが乗るってのはどうだ?」

「ゆ、勇者殿は私をなんだと思ってるね!!」


 ちとえりの顔が真っ赤だ。激おこだ。そりゃあ馬車馬のように扱われたらそうなるだろう。

 だが背に腹は代えられぬ。他に方法がなければそれをするしかない。


「まあ静まれ。これはどうしてもっていうときの最終手段にするから」

「だったら私が城までひとっとびしてなんとかなるか交渉したほうがいいね」


 なるほど、そういう手もあるな。

 だけどこの辺にも魔物はうようよいるだろう。ちとえりなしで持ち堪えられるだろうか。


 以前飛んでいたときのことを考えると、ちとえりは時速300キロ以上で飛べる。向こうでの話し合いを考慮して往復2時間。ちょっと厳しいな。


「やっぱここはとくしまに頼るしかないな」

「う……まろまろはとても魅力的ですが、飛ぶのは難しいと思います……」

「そこをなんとかするのが天才とくしまだろ。ほら、なんかぶっ飛ぶ的なエロスで」


 とくしまは体育座りのように膝を抱えて座り、顔を伏せた。そしてぶつぶつなにかを言っているかと思ったら、急に立ち上がった。


「なんかできた気がします! 試してみますね!」

「おお、さすがとくしま! あとで山盛りまろまろしてやるからな!」


 とくしまが恍惚とした表情をしている。ほんとどうすりゃいいんだよ。自らの首を絞めている気がする。

 これに関してはじっくりと考えよう。それよりも今は飛ぶ手段だ。


 とくしまは地面にぺたんと座ると、手を地面へかざす。するとそこに魔法陣さんが現れた。


「『ぐふぅ、お前も締まりが悪くなってきたな』『りょ、領主様。では私はもう解放して……』『おおそうだ。両方を一緒に塞いだらどうなることか』『ひぃ!? そ、それだけは!』『ふほほおぉ、よく締まるようになったぞ!』『ふひゃあぁぁ! と、飛んじゃう、飛んじゃうううぅぅ!!』」


 とくしまは見事に飛んで行った。それはいいんだが、あれ、制御できんのか?


「ぐぬぬ、とくしまめ、とうとう飛べるようになったね……」


 悔しがるなよ師匠。弟子の成長を褒めてやってもいいんだぞ。ほんとこいつ教えるのに向いてないな。

 ああそういやとくしまの師匠はごくまろだったか。弟子の弟子は赤の他人か? 孫みたいな感じでかわいがってやればいいものだが。


「それよりちとえり様。とくしまが戻ってこないのですが……」


 なんという由々しき事態。テストフライトで行方不明とかシャレにならん。更に今は夜で、星は綺麗に輝いているが、暗いことには変わりない。そのせいでとくしまが見えない。

 だがとくしまは賢い子だ。きっとなにか合図を送ってくるはず。


「勇者様、あそこ!」


 ごくまろが指した方向に、小さい────いや、ちいさく見えるのは距離のせいで、実際には巨大と思われる魔法陣さんが。どれだけ距離が離れているのかわからんが、とにかくあそこにいることはわかった。


「ちとえり、助けに行ってやれよ」

「嫌ね! 自分で飛べるなら自分で戻るべきね!」


 こいつほんっと脳内ガキな。だから行き遅れるんじゃね?


「とくしまはただ飛べるだけなんだよ。自由に飛ぶのとはわけが違う。その差ってかなりでかいと思うぜ」

「そ、そうね! 仕方ないね、空を飛ぶってことがどういうことか大師である私自ら────っ」

「あ……」


 空を見上げていた俺たちは魔法陣さんの光を目で追っていたのだが、それが右へ行ったり左へ行ったりしはじめた。

 最初はおぼつかない様子だったが、徐々にそれは綺麗なカーブを描き飛ぶことができていた。



「勇者様ーっ! 飛べるようになりましたーっ」

「お、おう……」


 さすが天才とくしま。どうにもならないと思っていたことを自力でどうにかしやがった。おかげでちとえりの形相が酷い。

 やがて降りてきたとくしまにちとえりは顔も向けなかった。


「ただいま戻りました!」

「お、おかえり。飛べたみたいだな」

「はいっ。コツを掴むまで少し手惑いましたが、これならみんな一緒に飛べそうですっ」

「ふんぎいいぃぃぃ!」


 ちとえりが完全にイカレた。とくしまの飛行魔法のほうが優秀だということが判明したせいだろう。



 とりあえず、城に向かうか。

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