第53話 地獄行き
「……で、なんかようかメスジャリ」
「お姉さま、あいつ言葉悪いです!」
「その人はあいつ君じゃないよ」
紛らわしい会話をふたりがしている。
折角話を聞いてやろうとしているのに、メスジャリはコムスメへ文句を言う。コムスメは面倒そうな目を俺に向ける。
メスジャリの相手は大変だもんな。同情してやるよ。
「あの人の言うことは8割流していいからね。それでどうしたの」
「えっと、この人たちがお姉さまのいつも言っているよその勇者さまですか?」
こいつよそで俺たちのことを話しているのか。
まあ俺も話すからあいこにしてやろう。
「そんでコムスメはどんな酷いことを言ってるんだ?」
「お姉さまは酷いことなんて言ってませんよ! 他の世界でがんばってる友達がいるから自分もがんばってるんだって、そう言ってます!」
おうふっ! やばい、コムスメが眩しい。直視できない。
それに比べて俺なんか……。
いや、他人と比べる必要なんかないな。俺は俺だ。俺は俺より上にも俺未満にもなれないんだ。比較して間違いを正そうとしてどうする。比較すること自体が間違いなんだ。
「まあそりゃどうでもいいことだな。んで本題に戻ろう」
「ええっ!? あたしの美談みたいなものは!?」
ぶっちゃけ不要だ。
そんなことよりどうやって来たかのほうが重要だし、それよりも重要なこともある。
「なんでここに来た?」
俺たちはある程度自由に行き来できるが、他の人間はそういかないことくらいわかっている。できるんだったらとっくにやっているはずだからだ。
だからここへ来るのにはかなり大変だったはずで、そこまでして来ないといけない理由があるんだ。
「……お姉さまの言う、他の勇者さまたちの力を借りたかったから……」
なるほど、瀬戸際まで来たってことか。
コムスメも善戦はしているのだろうが、学校にも行かないといけないからいかんせん時間が足りない。ひとりの人間が数時間でできることなんて限られている。
話を聞く限りコムスメの行っている世界はかなり切羽詰まっていたみたいだから、ちょっとしたきっかけで潰れる可能性はあっただろう。
「こんなかわいいロリっ子がいる世界がピンチだと? 許せんな。行き方さえわかれば手を貸してやるぜ」
「あ、ありがとうあいつ君!」
「俺は断る」
こっちは瀬戸際までいかないが、それなりに押されている感がある。それにレキシー様と会わねばならないし。
「お願いします勇者さま! 少しでも人手が欲しいのです!」
「そう言われてもなぁ」
「なんでもします!」
「なんだとぉ!?」
なんであいつが反応するんだ。俺に対しての言葉だろ。
「悪いが俺、メスジャリに興味ないんだ」
「……お願いします……。このままでは女王様が倒れてしまいます……」
メスジャリが涙ながらに懇願する。
正直なところ、なんとかしてやりたいとは思う。ここまで頼まれて拒否する俺ならもう勇者なんてやめていただろう。
だけどそれと同時に責任というものがある。俺が勇者をやっている世界で責務を果たすのが俺のやるべきことだ。
「女王様、そんなにきついんだ……」
「お姉さまがこっちに戻っている間、ずっと結界を張り続けてるんです。でもお姉さまにはそれを知られないよう努力してて……」
コムスメが悔しそうに唇を噛み締める。自分の力不足を痛感しているのだろう。
なんとかしてやりたいとは思うが……。
「まあでもあいつが手を貸すなら俺まで行く必要ないだろ?」
結局俺は大して力があるわけじゃないからな。期待させて駄目だったらがっかりさせるだろう。
「……あまり言いたくなかったんだけどさ」
「なんだよ」
「うちの女王様、24歳独身なんだよね」
「よし行こう! 女王様を助けんぞごるぁ!」
なんて言ってみたものの、俺の一存で決めていいことじゃない。
とにかく一度あちらへ行ってちとえりに相談だ。
「────というわけでちとえりさん、有休を下さい」
「あんたなめてんのね?」
ちとえりは腕と足を組み、正座している俺を見下すように睨み付けている。
何故こんな状況になったのかわからぬが、ちとえりはおこである。
「ほんの1週……いや、3日でいい。コムスメのところで戦わせて欲しいんだ。だから待っててくれ」
「……まあ本来ならば黙って来なけりゃいいところを、わざわざ許しを請うあたり勇者殿らしいといえばらしいね」
「そりゃ黙って待たせるのも悪いしな」
「でもそういう律儀なところ、嫌いじゃないね」
「えっ、じゃあ……」
「駄目に決まってるね」
ちとえりは渋いな。
仕方ないか。それほど期待していたわけじゃないし、ここはあいつに頑張ってもらうしかない。
「そんなことよりもうすぐ町ね。さっさとそこまで進めるね」
「はいはい」
色々と複雑な気持ちが渦を巻いているが、これでよかったのかもしれないな。
俺は俺でこちらに集中だ。好きで勇者になったわけじゃないが、知っていたならやっていただろうことだし、初勇者業務は完遂したい。
「というわけで勇者殿、準備をするね」
「なんのだよ」
町へ着いた俺たちは、宿をとらないちとえりに不安を持ちつつもなにをするつもりなのか確認した。
「コムスメとやらが勇者やってる世界へ行くね。案内するね」
「案内ってお前……」
駄目だって言ったのは待つのが嫌だったってことだろう。だけど一緒に来る分にはいいと。そりゃあ別にいいんだが、案内しろって言われても困る。
「どうもこうも、案内してくれれば我々も遊べるね」
「遊びに行きたいのかよ。てか俺だってどう案内すりゃいいのかわかんねえよ」
「アナザーコーディネートを言うね。そうすれば大体の場所がつかめるね」
なんだそれ。
ひょっとして別れ際にメスジャリが言っていた謎の言葉のことか? 一応マジックで腕に書かれていたけどこれかもしれない。
「多分これだと思うけど、わかると……行けるのか?」
「ああこれこれ。これがあれば行ける魔法があるね」
おいおい随分と便利じゃねえか。
てかそんなもんがあるなら何処へでも行き放題なはずだ。
「なあちとえり」
「なんね?」
「かなり制限が面倒な魔法と見たが、どうだ?」
「さすが勇者殿ね。お察しの通りこれはかなり勝手の悪い魔法ね」
どれほどか説明してもらったが、確かに色々面倒そうであった。
まず、異世界へ行くことはできるが正しいアナザーコーディネートとやらを知らないと行けない。そしてそこへ行けたとしても、位置は特定できない。大体の空間と生命活動が可能な場所へ転送されるらしい。
例えば俺の世界を指定したら、大体の場所、つまり太陽系辺りとしておこう。そこへ転送される。生命活動ができるのは地球だけだから、必然的に地球が選ばれる。だがそれがアフリカなのかアマゾンなのか、全くわからないとのことだ。
しかし肝心なのは、行こうと思えば行けるということだ。
「おいちとえり。それを使えばお前らが地球へ来ることもできるんじゃないか?」
「できるけど問題があるね」
「ほう?」
「地球というか、勇者殿の世界は魔力の源となるマナが異様に低いね。だからもし行ったとしても、戻ってくるマナを得るためには膨大な時間がかかるね」
なるほど、ほぼ片道切符になるのか。そりゃ気軽には行けないな。
「でもお前らって魔法陣さんから魔法を使わせてもらってる身分だろ?」
「その魔法陣さんの生命源がマナね」
ああそういうことか。じゃあ無理だわ。
「それで思い出したんだが、コムスメの世界に行ってもお前らなにもできないんじゃないか────」
「ちとえり様ーっ。魔法陣さん捕まえてきましたー」
うれしそうに大量の瓶を抱えながらごくまろたちがやってきた。
「あれって捕まえられるものなのか……」
そういえばシュシュがこねくり回していたな。ということは捕まえることも可能ってことなのか。今更だけど謎が多すぎる。
「魔法陣さんにも性格があって、捕まりやすいのがいるね」
「ふむ?」
「そして複数いればどんどん増えるね」
「雌雄同体ってやつか。それをコムスメの世界に巻けばどんどん増えると」
「そういうことね。この世界では飽和しつつあるから、よそへいけば爆発的に増えるね」
それがいいのか悪いのか判断できないが、こいつらが行って魔法を使いまくればかなりの戦力になるはずだ。セクハラは耐えられ……じゃなくて背に腹は代えられないというし、この際いいだろう。
「じゃあ行く面子は……私と勇者殿は決定として、ごくまろととくしま。これで決定ね」
「ちょっとお待ちくださいちとえり様! 私も行きたく存じます!」
「悪いけどあれ、4人用魔法なのね」
「そんなっ……で、でしたら次回こそは!」
「あの魔法、大量の魔法陣さんを犠牲にするからそんなにほいほいできないね」
おいちょっと待て、今犠牲にするっつったよな? これだけ散々お世話になっているのになんて奴だ。
そんな感じで抗議してみたが、この世界で魔法陣さんは飽和しかかってるから、ある程度間引くのはむしろいいんじゃないの? みたいな感じではぐらかされた。
日本人増えすぎたんで間引きますなんてアメリカに言われたら国民ぶち切れんぞ。
……山に棲む鹿みたいな感じで捉えておこう。
「じゃあいくね」
ちとえりが体をまさぐりはじめた。なるべく見ないようレキシー様へ顔を向ける。うむ素敵だ。
「なにをじろじろ見ているのかしら?」
「あっ、いえ……なんとなく」
くっ、大人しく待つしかないか。
「準備できたね!」
ちとえりは20メートルはあろうか、大量の魔法陣さんを重ねてできた塔のようなものの上で手をかざしている。
そしてそれを一気に地面へ押し潰す。悲鳴のようなものが聞こえたような気のせいがした。
すると地面には、いつも薄ら明るく輝いている魔法陣さんとは違う、赤黒くおどろおどろしい魔法陣らしきものが出現。まさかこれに入るのか? 異世界つーか地獄に行きそうだが……。
「ぐずぐずせずとっとと入るね」
入りあぐねいていると、ちとえりが背中を蹴飛ばし俺は地獄へ落ちていった。




