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第39話 勇者の魔法

 着水したところで風に流されないよう、帆をたたみオールを出す。これで動くことが可能になる。

 ようやくひと段落ついたといった感じだ。俺は振り返り全員を確認する。


「なんとか無事だなみんな」


 と言いつつ俺にはわかっている。ごくまろととくしま、そしてシュシュが無事でないことくらいは。

 シュシュはまだしも、ごくまろととくしまの状態は厳しいだろう。なにせ上にようやく体が慣れてきたところなのに、ここでは更に重力が高くなっている。特にごくまろはそれなりにお歳を召しているから、体が慣れるまで時間がかかるだろう。


 前回のように少しずつ慣らすという手は今回使えない。理由としては崖からかなり離れているからだ。距離からして戻るのに数日かかるだろう。その間無事であれば、先へ進んでもいいと思うし、やばいんだったら……どうすりゃいいんだ?


「おいちとえり」

「どうしたね」

「ごくまろととくしまなんだが、これでやばかったらどうするよ」

「そんときゃ墓くらい掘ってやるね」


 最悪な答えじゃねえかよ。仲間は大切にしようぜ。



「からだおもいー」


 ゆーなが渋い顔で文句を垂れてくる。長い間軽いところにいたせいで筋力が衰えているんだろう。だけど元々これより重力のある場所にいたんだから、ごくまろたちよりも早く適応するはずだ。


「数日我慢してくれ。そうすりゃ大丈夫だ」

「すーじつってどれくらいー?」


 俺に聞かれてもわからん。


 それにしても前に聞いていた通り、ここは地球と同じくらいの重力に間違いなさそうだ。体がよく馴染み動きやすい。

 ということは俺の……というより、俺が使える古武術の本領が発揮されるということだ。投げ技は重力を利用するから軽いとあまり役に立たない。


 まあ古武術は柔道じゃないんだから投げ主体というわけではなく、うちの流派はどちらかといえば武器がメインだ。

 だけど今まで俺のサイズに合った武器はなく、装備すらしていなかった。ここへ来てようやく武器が持てる。少しは戦闘に参加……あまりしたくはないな。自衛がしやすくなる。

 せめてみんなを守れるくらいにはしておきたい。これでニート勇者を脱却し、自馬車警備兵にクラスアップだ。


 何故かあまり変わってないような気もするが、まあいい。

 ……いや、かなりな問題があった。そういや馬車がないじゃないか。これでは移動ができない。


「ちとえり、この辺って町あるのか? 馬車を仕入れないと」

「そうね。ちょっと見てくるね」


 ちとえりは上空へ飛んでいった。


 飛んでいたときは荷重移動に必死で、ロクに景色が見えなかったからな。だけどこれだけ広い湖なんだから近くに町があるはずだ。

 古来より町というか、文明は必ず川などの傍で発展していた。それだけ水が重要ということになるわけなんだが、その理屈で言えば湖の周囲あるいはそこから流れる川の近くに町がある。



 ほどなくしてちとえりが戻ってきた。


「全く、こういうときにごくまろのアレが役立つっていうのに、ほんと役立たずね」

「ドローンか? 確かにそうだろうけど、こうなることはわかってただろ」


 感覚的だが、国を跨ぐ毎に重力が倍になっている気がする。ここが1Gとすると、前いたシュシュがいた国が0.5G、ちとえりたちの国が0.25Gくらいだろう。

 逆にちとえりたちの国が1Gだとした場合、ここは4Gということになる。重力が4倍もあったら体を持ち上げることもきついだろうし、ブラックアウトも起きる。

 そうなるとごくまろととくしまはここでリタイアだな。少し寂しくもあるが、命には代えられない。


「全く、肝心なところで使えないのね。こんなのが弟子だなんて不甲斐ないね」

「いくらなんでも言い過ぎだろ。てかなんでお前は大丈夫なんだよ」

「そんなの山巨人族の国で数年過ごしてたからに決まってるね」


 こいつそういえば国外追放されてたんだよな。そのときにでも放浪していたんだろう。なんで無駄に力があるのかわかった。


「他の連中はお前みたいな筋肉ゴリラじゃねえんだよ。このロリゴリラ────いや、ロリラめ」


 ちとえりがもの凄い形相で襲いかかってくる。バカめ、ここは俺の領域だ。

 飛びついてきたちとえりの腕を掴み、勢いを更に加速させるように引き込み投げ捨てる。ちとえりは数メートル吹っ飛び、湖に落ちた。

 よし、思ったように動けるし動かせる。後は武器を手に入れればバッチリだ。


「なっ、なにするね!」

「急に飛びついてきたからついな。ほら、戻って来────」


 手を伸ばそうとしたとき、水面に妙な揺れを感じて手を引っ込めた。そして巨大な魚影が現れ、ちとえりを一飲みした。


「ぬああぁぁっ」


 あの魚はやばい。俺でも一飲みにされそうなほどでかい。

 だけどちとえりを失うわけにはいかない。あいつがいないと大変なことになるのは前回思い知らされた。だがどうにかできるとは思え……。


「魔法、使うか」


 幸いにもちとえりは魚の腹の中、そしてごくまろたちは気を失っている。この場で平気なのは俺とゆーなだけ。そしてゆーなはきっと俺のこれから唱えるものの意味がわからないはずだ。


 俺は息を大きく吸い、手を前にかざす。目を軽くつぶり、脳内で妄想を走らせる。


「『ふふっ気が付いた?』『か、看護婦さん! これは……くそっ、動け!』『ふふ。動けないでしょ』『くっ、薬か! 駄目です看護婦さん、こんな』『いいからお姉さんに任せ』」「勇者殿、楽しそうね」「へぶらばっ」


 あまりの驚きように舌をかんでしまった。


「ななななんでお前がここにいるんだよ!」

「魚なんぞに私がどうにかできると思わないでね」


 思ってないけどこっちだって焦ってたんだよ。まさかあんなでかい魚が襲ってくるだなんて考えもしていなかったからな。

 見れば巨大な魚の腹には巨大な穴が開いている。


「それにしても今度は看護婦だなんて、勇者殿は職業系フェチ……勇者殿、そんな縁に立ったら落ちるのね!」

「うるせえ! 俺なんか魚に食われたほうがマシだ!」

「ごめんね! もういじらないから大人しく戻るね!」


 本当に勘弁してくれよ。俺は繊細なんだから。

 それより、この湖は危険だ。早急に去る必要がある。俺は再びオールを手にして漕ぐ姿勢をとる。


「んで、町はどこかにあったのか?」

「このまま崖と逆方向に10キロほど進むとあるね」


 10キロか。漕いでいくには結構ハードだ。流れている川を下るならともかく、湖面ではほとんど流れがない。


「ちとえり、風魔法でなんとかしてくれ」

「悪いけど風魔法は不得意ね」

「なんだとくしまにはできたのにちとえりじゃ無理か」



 とくしま以下の扱いにちとえりは大憤慨し、巨大竜巻に吹き飛ばされた俺たちは、命からがら町へ着くことができた。

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