第38話 待望の地
結局なにも聞けないまま1週間が経過してしまった。
一番まずいのは、聞いた途端に口封じをされることだ。俺はちとえりがいないと恐らく地球へ戻ることができない。
馬車やらなんやらで結構な日数かけてここまで来ているんだ。徒歩で帰るなんて有り得ないだろう。何か月かかるんだ?
しかも途中で魔物の群れなんかに遭遇したらアウトだ。ロクに武器もないから生きられる保証なんて全くない。
だからなるべく藪はつつかないようにしている。俺だけは助かるからいいという考えではなく、俺が犠牲になるつもりはないというだけだ。
ただ問題は、地球侵略が確実だと決まったところで、俺にできることは何もないということだ。
ちとえりに勝てるとは思えないし、最悪の場合、ごくまろやとくしまとも戦わなくてはいけないかもしれない。とくしまはなんとかなったとしても、ごくまろは奇襲でも仕掛けないと勝てそうもない。
それに、なんだかんだいっても俺はこの2人に悪い感情を持っていない。エロの権化ではあるが、話すのも気軽にできるし、なによりうるさくない。
もしこれが俺を騙すための演技だとしたら、多分泣くかもしれんな……。
「なにたそがれてんのね、勇者殿」
突然声をかけられ、少しびびる。だけどなるべく平静を装う。
「別にそんなじゃないから」
「最近口数が少ないからなんかあったのかねと思ったね」
話しづらい状況だからな。だけど流石に察してきているみたいだ。
「最近テストが続いててな。高校生の辛いところだ」
「それは仕方ないね。勉強教えたげよか?」
物理をロクに知らないような奴らに俺の世界の勉強を教えられるとは思えん。ひょっとしたら瞬時に理解して教えられるようになるかもしれんが、知られてしまったらそれはそれで問題がある。この世界は500年以上遅れているから、オーバーテクノロジーを手に入れてしまうことになる。
「無理だろ。そもそも教科書を持ち込めないしな」
「それもそうね」
こんな何気ない会話でさえ、勘ぐってしまう。精神衛生上宜しくないな。
そんな感じで過ごしていたところ、急に馬車が止まった。
「なんかあったのか?」
「恐らく着いたのね」
とうとう着いたのか。俺と同じサイズ、こいつらの言うところの大巨人族の国へ。
これでようやく俺好みの綺麗なお姉様と出会えるようになるんだ。ワクワクが止まらないぜ。
地球侵略? そんなの後でいいだろ。そんなことよりもお姉様だ。きっとこの国でも俺が勇者だとわかれば持て囃してくれるはずだ。
より取り見取りのお姉様たちが俺を奪い合う国。なんて最高なんだ。今のうちに整理券作っておくか?
「なあちとえり」
「なんね?」
「紙と書くものないか?」
「あるけど勉強でもするつもりね?」
「そんなところだ」
保健体育の勉強だ。俺は熱心だからな、たくさん学ぼうと思っている。
特に実践となれば黙っていられない。この世界の性というものをたくさん学びたい。
「勇者殿は成績いいのね?」
「いや、普通だ」
赤点も取らないし、上位にもならない。あくまでも平凡が俺だ。
一度赤点を取ろうと思い、数学のテストで適当に数字を入れたのに何故か平均点を取ってしまったくらいの普通っぷりだ。
「それはさておくね。んじゃ早速降りるね」
「ちょっと待て」
降りる前に崖下を見ておきたい。今回は一体どれだけ深いのか。
………………
「おい、ちとえり。これはどれだけ距離があるんだ?」
「知らないね。多分50キロはあるね」
「マジかぁ」
前回もそうだったが、距離感がない。50キロってどれくらいだよ。マラソンランナーだったら2時間半くらいで走る距離か? 駄目だ全然ピンとこない。
しかも前回よりも長いときたものだ。ちょっとだろうと長いのは厳しい。
整理券を作ろうにも、また筏だとしたら揺れるし水が跳ねるしで無理だろう。
「ちとえり、今回も水ベーターか?」
「ワットベーターね。今回は違うけどね」
「ほう?」
あれ以外に何があるのだろうか。
まさか崖を下る? 移動村みたいなのや壁町があるかもしれない。だけどそれじゃ時間がかかりすぎる。
「じゃあどうするんだ?」
「飛び降りるね」
「それは前もやったネタだ」
そう何度もひっかかるわけないだろ。馬鹿も休み休み言え。
なんて思っていたら、まさか本当に飛ぶとはおもわなかった。
俺たちは今、船のような乗り物に乗っている。上には巨大なグライダーのような羽が付いており、自由落下よりマシ程度の速度で前進している。
「おいちとえり!」
「なんね!」
セイン卿から借りた機体とは違い、これは空力を無視しているため空気が荒れ放題に渦巻いている。そのせいで隣にいるちとえりに話しかけるのにも大声が必要だ。
ちなみにごくまろととくしま、それにシュシュも既に気を失っている。
「これ着地どうすんだ!」
「この先に湖があるのね! そこへ落ちる予定ね!」
今結構な速度がでているのだが、こんな速度で突っ込んだら大破しないだろうか。
もし船が耐えられたとしても、ごくまろととくしまが大破してしまいそうだが。
「無事に降りられる確率どれくらいあんだよ!」
「22パーセントくらいね!」
全然ねぇじゃねえか! エヴァじゃねぇんだぞ!
「大丈夫ね! 今まで49回飛ばして49回失敗してるらしいからそろそろ成功するね!」
「成功確率0パーセントじゃねえかよ!」
俺が聞いていたのは今まで成功した確率で、努力目標や理想値なんて聞いてねえ!
つーか理想値で20パーセントちょっとって、どれだけ絶望的なんだ。
「どこに問題があるか聞いているか!?」
「思うように動かないらしいのね!」
「それなら体重移動でどうにかなる! 俺が動くから方向を指示してくれ!」
下で動いたところで大して変わらない。俺は命綱をつけ羽を組んでいる鉄パイプのようなものへ直接ぶら下がった。
そしてテスト飛行50回目にして初めて目的の場所へ正しく着水することができた。




