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第35話 ちとえりの超魔法

 馬車を用意した俺たちは、早々に町を出た。のんびり楽しむ旅じゃないからな。

 ちとえりが言うところによると、ここから大巨人族の国までは300キロほど。馬車だと1週間はかかるらしい。



「セイン卿の機体のおかげでだいぶ稼げたってことか。だけどまだまだ結構時間がかかりそうだ。ちとえりは一度先へ行って引き返して来たんだろ?」

「そうね。だから探しがてら魔物の群れを潰して回ったね」


 それは素晴らしい。ということは、この先暫く魔物はいないと見ていいわけだ。

 回復する術が手に入るまで、できるだけ無茶な戦闘は避けたい。まあ魔物の“群れ”相手に無茶ではない戦闘があるのかという話だから、つまり遭遇したくないわけだ。


「さすがちとえりだな。伊達に『ちと』を名乗っているわけじゃない」

「な、なんね! そんな急に褒めたってなにもできないね!」


 顔を赤らめそっぽを向くちとえり。別に俺はお前にそんなツンデレ属性求めてないから。

 だけどこいつはきっと褒められ慣れていないんだろうな。ちとえり論に関しては、異端のような扱いを受け国外追放されているし、弟子はいるけど褒めるよりも暴走するちとえりを止める立場だ。

 なんかこいつチョロいんじゃね? ふとそう思ってしまった。


「なにかして欲しくて言ってるわけじゃねーよ。でもちとえりっていつも意外と気が回るよな。さすができる大人の女」

「いいかげんにやめるね! なんかこう、ア○ルがむずむずするね!」


 せめて尻の穴って言えよ、なんかエグく感じるから。



 さて、それはおいといて、新しい馬車だ。今までのは横にドアがある、前後の対面シートだったのだが、今回は後ろにドアのある、左右の対面シートになっている。まるで護送車みたいだ。

 だけどこの形状は、中で寝るのにかなり都合がいい。スペースが広く取れるからな。今までのように座ったまま寝るという苦行を強いられることがないのはありがたい。


 というわけでシートの上は小さい組、ちとえりごくまろとくしま、それにシュシュが寝て、床には俺とゆーなが寝る。足を伸ばして寝られるのはやはりいいものだ。

 一番の問題は、横で寝ているのがゆーなということだ。こいつガキのくせに見た目はキレカワ系お姉様だからどうしても意識してしまう。

 寝顔なんてどう見ても大人な感じがあり、油断した顔を見ていると、こいつ誘ってるんじゃないかと無駄に心臓がドキドキする。


 いくら変態ちとえりたちと共に旅をしているからといっても、こいつはまだまだ純粋無垢なガキだ。そんな真似をするはずがない。


 そんなことを考えていたら、ゆーなが目を覚ましこちらを見ていることに気付くのが遅れた。何かを見透かしているかのようにじっと俺の顔を見る。

 どうしたんだと思った瞬間、急に笑顔を見せたからドキッとする。


「ふふっ、ボクちゃんどうしたの? 寝られないならお姉さんと遊ばない?」

「はっぶぅあ!」


 突然の言葉に思わず立ってしまった。どちらがと問われたら両方だ。何がどうなったのか全く理解できない。

 いや原因は解っている。犯人は今、シートの上で毛布にくるまり笑いを堪えているのだろう震えているお前だ。


「ふぎゅっ」


 俺は当然そいつを足蹴にして踏みつけ、ぐりぐりとにじる。


「おーうぃ、くそえり。てめ、11歳の子になに吹き込んでやがんだコラ」

「ご、ごめんね! だけどこのシチュエーションを見逃す手はないのね!」

「てめえの快楽のために他人を巻き込むなっつってんだろ。親御さんにどう説明すんだよおい。児童虐待で通報すんぞ」

「そんな法律この世界にないね! 勇者殿の平和な世界と一緒にしないでね!」


 くっそ、それを言われるときつい。

 地球の話だが、世界規模で見ても児童保護というのはつい最近できたような法律だ。少なくとも100年は経っていないだろう。

 日本でだってせいぜい数十年といったところじゃないか? それに今でもそういった法のない国は多い。

 子供を労働力としていたり、兵士として戦わせたり。


 だがそれとこれとはわけが違う。性的に見るのは仕方ないとして目をつぶろう。だけど自分が楽しむためおもちゃにするのは違うだろ。

 そのせいで俺はゆーなとはしたないことをする妄想から離れられない。どうしてくれるんだ。


「法律の問題じゃない。他人で遊ぶというのは、相手を人として見ていないわけで──」


 ちとえりにSEKKYOUしようとしたところ、急に馬車がガクンと揺れた。そして前の壁が激しく殴られる。


「なんかあったね」

「仕方ない。おいごくまろ、とくしま。起きろ!」


 もしかしたら魔物が襲ってきたのかもしれないから、戦力を起こす。まだ重力に体が慣れていない2人はよく眠りなかなか起きないから早めに対応しておく必要がある。

 ちとえりが馬車から出て確認している間に意識を取り戻してもらいたい。



「勇者殿、やっぱり魔物の群ね」

「マジか。ちとえりに気付かれず動いてたってことは、それほど多くないのか?」

「わからんね。飛んで確認したいとこだけど、なるべくならここを離れたくないのね」


 ちとえりが最終防衛線だ。動かれては困る。


「ごくまろ、ドローンを使え」

「あっ、はい! やってみます! ──フォーカス、ドローン!」



 空に向かって手を突き出すごくまろの上に、5つの魔方陣さんが現れる。そしてそれは高く飛んでいく。


「なっ、なんねそれ! 私知らないね!」

「勇者様に教わりました。言わば愛の結晶です」

「ずっ、ずっこいね! 勇者殿、私も愛すね! そして新魔法をよこすね!」


 新魔法のためかよ。そもそも俺は誰も愛してないし、今後ちとえりを愛することなんてない。


「いいから黙ってろ。ごくまろ、どうだ?」


 ごくまろから返事がない。だけど見ればわかる。

 なにせ顔は青ざめ、嫌な汗が浮かんでいるからだ。これは相当やばいに決まっている。


「おい、ごくまろ!」

「……あっ、すみません!」

「なんか随分やばそうな雰囲気だが、多いのか?」

「どう例えたらいいのかわかりませんが、森が動いていると思っていただければ……」


 それってやばすぎるだろ! なんだそれ、オ○ムの群れみたいな感じなのか?


「あと、色んな種族が混じりすぎてます。上ならともかく、巨人族の国では異常ですっ」


 俺が見たのもドラゴンの群れだったりオークの群れだったりで、基本種族が固定されていた。

 たくさん混じることによるメリットはあるだろうが、デメリットのほうが多く相殺どころかマイナスになりそうだ。


 例えば移動。これは足の遅い種族に合わせなくてはいけなくなる。移動が遅いということは、発見されてから対策を練られるまでの時間が長くなるということだ。逃げるのにも余裕ができる。

 もし相手が襲う場所を事前に知っていれば速度のあるやつを先行させる手もある。でもそうでなければ先行した部隊だけばらけてしまう。


 あとは戦闘時の連携だ。いろんな種族を相手するのは距離感や攻撃方法が異なるからきついだろう。だけど考えもろくにわからぬような他種族と一緒に攻撃したら、互いが邪魔になり同士討ちをやりかねない。結果こちらが有利になる。


 どれもあくまで仮説だが、恐らくそうなると思う。


「だけど問題は、なんでそれぞれ異なる種族が合流したかだよな」

「多分私がそれぞれの部隊を半壊させたからね。生き残った連中が集まって大部隊ができあがった感じね」


 原因はてめぇか!

 いやちとえりは悪くない。目についたものを潰しまわっていたに過ぎないんだ。ただこうやって崩壊した部隊同士が合流するだなんて思っていなかっただけだ。


「どうすんだ? 聞く限りごくまろじゃ何もできそうにないぞ」

「なんで私だけ無能みたいな扱いなんですか!」


 ごくまろには悪いが、ごくまろが倒せる数なんてせいぜい数十か多くても数百だろう。何十万もの敵を相手にしたらそんなもの誤差にしかならない。

 そして無能なのはごくまろよりも俺のほうだ。前線に立った瞬間死亡が確定してしまう。


「おいちとえり、なんとかしてくれ!」

「無理ね! ここからじゃ近すぎて馬車も巻き込むね!」


 ちとえりの魔法は制御ができない。下手に撃ち込んだら周囲一帯が崩壊する可能性だってある。


「てか威力を制御できないなんて三流もいいとこじゃねえか!」

「こっこの……あっ、ひとつ範囲を指定できる魔法があるね!」


 この場になってから有能な発言をするちとえり。威力はさておき、それをやってもらったほうがいい。


「よし、俺が許す! そいつをぶちかましてやれ!」

「ちとえり様、まさかそれは────」

「このまま放っておいたらこの先の町や村は全滅するのね! つべこべ言ってる暇はないね!」


 ごくまろの言葉を遮り、ちとえりは体をまさぐり出す。だんだん目がうつろになり、頬が赤くなっていく。


「準備できたね!」


 そう言ってちとえりは敵の上空目掛けて飛ぶ。暫くすると空を全て覆っているのではないかというくらいに巨大な魔方陣さんが現れた。


「いくね、必殺超魔法、タウンストライク!」


 ちとえりの叫びと共に魔方陣さんは消え、代わりに超巨大な岩のようなものが現れた。

 あまりにもでかい。直径数キロはありそうだ。これだけあれば魔物の群れなんてひとたまりもないだろうが……。


「でっ!? なんだあれ!」

「あれはちとえり様の超魔法のひとつ、ストライクシリーズの小型範囲魔法でタウンストライクです」

「名前は聞いたけど一体どんな魔法なんだ!?」

「あれは……敵に町ひとつをぶつける魔法です」

「町ひとつだと!?」


 俺の驚愕なんてどうでもいいかのように、俺たちが《《さきほどまでいた》》町が空から降ってきた。

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