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第29話 エアとくしま

「川、でかいな」

「ええ、大きいですね」


 俺たちはなんとか川辺までやってくることができた。

 遠くからでもでかそうな川だったが、近くで見るとその異様さは凄かった。


「勇者様の世界に大きな川はないんですか?」

「あるぞ。アホみたいにでかい川が」

「どれほど大きいのですか?」

「確か河口の幅が270キロくらいある」

「にっ……!」


 南米にそんな川があるらしい。俺も知識でしか知らないからうまく説明できないが、確実に対岸は見えない。

 日本ではまずありえない川幅だ。なにせ琵琶湖の対岸の十倍以上だからな。想像すらできない。


 川だとどうだろうか……。荒川くらいか? あとは多摩川の河口とか。

 海外だと河口でなくても向こう岸が見えない川というのがぼちぼちあるというが、生憎海外へ行ったことがないからな。

 テレビやネットで見るのと実際に見るのではわけが違う。それはこの世界へきて色々と実感している。


「とりあえず対岸は見えるか。といってもこの世界……じゃねえな。この国の径がわからんから目安にならないが」


 この星は別の星を召喚し合体した、いわゆるキメラ星だ。場所によって重力が異なるんだから、星の径だって異なっているはずだ。

 そもそもの点で、地球での換算ができない。地球だと水平線までの距離は大体5キロほどだと聞いたことがあるが、ここでそれは参考にすらならない。


 だけどまあ、見えてるんだからなんとかなるだろ。全く見えずに絶望だけしかないより遥かにマシだ。

 しかしやはり最大の問題は、どうやって渡るかだよなぁ。


「勇者様、一つ案がありますわ」

「なんだ言ってみろ」

「もしこの案が採用されたなら、一緒のベッドで寝てかまいませんか?」

「ごくまろ、何か考えてくれ」


 あの脳みそおピンク女郎めろうと一緒になんて寝たら確実に俺の貞操は奪われてしまう。

 てか脳みそって基本的にピンクなんだっけか。アトムハーツなんたらとかダークサイドオブザなんたらみたいな感じだろう。


「穴を掘って川をくぐるというのはどうでしょうか」

「川の深さがわからんからなぁ。下手に掘って水没したらやばい」


「では橋を架けるというのはどうですか?」

「どうやってだよ」


「とくしまが川を凍らせて、その上を通る感じです」

「おっ、それはいいな。だけど渡ってる途中で溶けて流されたりしないか?」

「保証はできません」


 それじゃ駄目だ。目測でも2キロ以上はありそうな川で、しかもつるつる滑り歩きづらい氷の上だから、時速1キロくらいしか出せないとして、渡るのに2時間以上。溶けて流される可能性のほうが高い。

 スパイクのついた靴でもあれば別だが、そもそもここは低重力だから食い込みが悪そうだ。

 スケートのように滑るという手も考えたが駄目だ。それじゃあ機体が運べない。


「仕方ねぇな。おいシュシュ」

「はい! 寝る決心がついたのですね!」

「寝ないがお前の案を聞こう」

「それはできない相談ですわ。こうでもしないと勇」「フォーカス」「なんでも答えますわ!」


 さすがごくまろ姉様。頼もしい限りだ。


「んで、なんだって?」

「機体をここで放棄致しますわ」

「いいのかよ。これ作るの結構大変そうだし……あと荷物とかどう運ぶんだよ」


 浮航水が入っているからこの機体は軽い。引きずる必要はあるけどそれほど苦にならない程度のものだ。これを捨てて荷物を運ぶとなると、かなりの重労働になってしまう。

 もちろん必要最低限の荷物だけ持ち、あとでちとえりと合流してから回収しに来るとしても、あいつの荷物のどれが重要とかわからんからなぁ。


「この機体は旧型の試作機なので問題ありませんわ。荷物はシートにくくりつけて運ぶのですわ」

「シートにくくりつけたら余計重くなるだろ。どう運ぶんだよ」

「袋に浮航水を入れ、シートを浮かせるのですわ」


 おおっ、目からうろこだ。この重そうな機体がこれだけ軽くなるんだ。水だけ取り出せば荷物くらい簡単に浮かせられるってことだな。

 水の量を調整すれば浮かび過ぎることもないし、今よりも運ぶのが楽になる。


「ナイスアイデアだ! よし、お前には『とく』の称号をやろう」

「勇者様、勝手にそんなことしたら駄目です!」


 なんだよ、とくくらいいいじゃないか。勇者権限で。

 だけどシュシュにとくをあげたらとくしゅになるのか。うーん、やっぱやめとこう。


「というわけでシュシュ、お前に称号はやらん」

「何故ですか!」


 とくしゅだとお前だけ凄そうだからだよ。そこまでとは思ってない。

 それで、楽に運ぶ算段はできたわけだが、肝心の川を渡るという手段がない。

 浮航水で浮いて渡るという考えもあったが、進路は風任せになってしまうし、川の半ばでトラブルがあった際に対処できないため却下。


 結局手が思いつかない。そしてもう夕暮れだ。腹も減ってきたし、なんとかしなくてはならない。


「おいとくしま」

「はいっ」

「ちょっと目をつぶってくれ」


 とくしまは言われた通り目をつぶっている。俺はその横顔に自分の顔を近付ける。

 フッ

 耳の中に息を吹きかけてみた。


「勇者様、耳に息かけないでください」

「あれっ」


 とくさつだったらきっと腰砕けになるんだが、姉妹だからといって感じる部分は異なるようだ。


「何がしたかったんですか?」

「ほら、耳が弱いやつっているだろ。息吹きかけるとビクンってなる」

「妹がそうですよ。それがどうしたんですか?」

「風系で感じるというので思い出したんだよ」


 とくしまは、ああと言って納得した。だけどこれで万策尽きた感がある。もう俺、ここで朽ち果てるのかな。


「あああああっ! とくしま!」


 突然大声を出し、とくしまを呼んだごくまろ。そして耳元でこそこそと話をし、とくしまが身悶えた。


「な、何がどうしたんだよ」

「そんなこといいじゃないですか。それよりもみんな、機体に乗って下さい。勇者様は一番後ろでとくしまを支えてくださいね」


 よくわからないが、俺たちは機体に乗り込みハーネスを着用した。


「では勇者様、失礼しますねっ」


 うれしそうにとくしまは俺に体を向け、跨ってきた。


「ちょっと待て、どういうつもりだ!」

「これが……タイメンザイ……」

「うっとりしてるんじゃねえよ! てか11歳が使っていい言葉でもねえ!」


 大人の言葉を子供が使うのは駄目だ。気持ち悪いし風紀的に問題がある。


「勇者様、私をしっかりと抱きとめて下さいね。吹き飛んでしまうかもしれないので」

「おっ!? てことは風系が使えるんだな?」

「はいっ」


 それはとてもありがたい。

 だけどこいつの呪文ってアレだろ。一体何を言い出すことやら不安で仕方ない。

 とくしまは俺の頭を抱くように両手を伸ばし、魔方陣さんを発動させる。どれだけ風の威力があるかわからんが、しっかりと支えてやらないと。


「いきます! 『いやっ、離して、離して下さい!』『ぐふふ、身動きとれまい』『そ、そんなおっきな注射器でどうするつもりですか!』『ぐひひ、これで後ろから空気をいれてやる』『あああああっ、いやあぁ! そんなとこに、いっぱいいいいぃ!』」


 ……はっ、やばい。思わず掴んでいる手を離し、投げ飛ばしてしまいそうになった。

 とくしまの手の前にある魔方陣さん、つまり俺の後頭部辺りから激しい風が吹き出ている。いや、これほんとに風か?

 駄目だ、余計な詮索はしてはいけない。今機体がちゃんと進んでいる。その結果だけでいいじゃないか。


「ごくまろ、聞こえるか!」

「勇者様、タイメンザイ中に他の女を呼ぶのは失礼です!」

「知ったこっちゃねえよ! ごくまろぉ!」


 川を進んでいるせいで聞こえづらいが、確かにごくまろの声で返事がした。


「前よく見ておいてくれよ! この勢いで接岸したら危険だからな!」


 俺の目の前にはとくしまの平たい胸があって見えないからごくまろに託す。


「ああ、体は私とひとつになっているのに、心は他の女へ……。これこそ性奴隷としての悲しい扱い……」


 なんかひとりでぶつぶつ言い出したぞ。だけど余計なことを言って魔法を中断させるわけにはいかない。ここは耐えどころだ。


「ゆ、勇者様! お願いがあります!」

「なんだとくしま。魔法のことでなら協力してやるぞ」

「臨場感を出すために、その、お尻に指を……」

「入れねぇよ! ほれがんばれ!」

「あぅんっ」


 とくしまの尻をひっぱたき、他の臨場感を出してやる。だけどやりすぎてはいけない。こいつはリアルで痛いのが嫌っぽいからな。


「ゆ、勇者様。不躾で申し訳ありませんが、その、掴んだりしていただけませんか?」

「無事に向こう岸まで辿り着いたらな」


 そのときは考えてやろう。



 俺たちはなんとか無事に川を渡ることに成功した。

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