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第23話 射出

 セイン卿に付いて行くと、遠くに巨大なボウガンのようなものが見えてきた。

 あのボウガンは魔物用……にしてはあまりにもでかすぎる。丸太でも射出するつもりか? だけどそれでは着弾点があまりにも曖昧になってしまう。

 あと塔もあるな。まるで空を監視するような感じだ。

 そこから導き出せるものは、空から襲ってくる巨大な魔物、例えばドラゴンなどに攻撃するためなのかもしれない。


「セイン卿、あのでかいボウガンは対空兵器か?」

「いいや、あれこそが超高速移動椅子じゃ」


 移動……椅子? 今椅子って言ったよな。まさかあれで俺たちを撃ち出すつもりか?


 そして俺の嫌な予感は当たってしまった。



「本当に俺たちをこんなのに乗せるのかよ」

「大丈夫じゃ。何度もテストしておる」


 全然大丈夫じゃない。

 これじゃあジェットコースターだ。レールはもちろん無い。

 一応申し訳程度に翼がついているが、まるでスカイフィッシュみたいだ。

 それ以外の形状としては……大男茎形おおおわせがたというやつだ。これは酷い。


「なるほどね。空気の流れを考えて作られてるね」

「そ、そうなのか?」

「あのカリの部分が風防になってるね。それが乗員へ風を送らないように──」

「まてコラ、今なんつったよ」


 ちとえりの言うことが否定できない。まさにそういう形状だ。


「だけどこんなんじゃせいぜい1キロくらいしか飛べないだろうな……」


 重力が低いからといってもかなりの重量物だし、俺たち5人が乗り込むんだ。空気抵抗とかも考えたらそれくらいがせいぜいじゃないか?

 だけど実際に飛んだとされているんだから、何かしらのトリックが隠されているんだろう。


「まさかこれで私たちをぴゅぴゅっと放出するつもりね?」

「そんなところじゃ」

「ちっ」


 なるほど、やはり下手に言い返そうとせず、軽く流すのがちとえりへの正しい対処法なのか。うらめしそうに舌打ちするちとえりを見るのは心地よい。

 これは武術などと通じるものがある。力に対し力で返すのはよくない。相手の力を受け流すことも重要なんだ。

 よし、俺はこれを話道と名付けよう。


 それはそれとして、今は別の問題だ。


「こんなもので射出したらGが凄そうだけど」

「じい? 勇者殿はこんなのに乗って自慰るのかね」

「まあそんなところだ」

「みんな聞くね! 勇者殿はこれに乗ったらちんち──」

「うっせえ!」


 くっそ、話道は険しい道になりそうだ。

 とりあえずむかつくからちとえりは蹴り飛ばしておこう。


「なにするのね! これは勇者殿が言い出したことね!」

「はぁ……。いいか、物質には慣性というものがあってだな────」


 俺はちっこい連中に物理を教えるはめになってしまった。



「つまり物体は現状を維持しようとする力が働いているわけね」

「そんな感じだ。だから止まっているものを動かすというのは大変なわけだ」

「わかったね。でもそれが何に関係するね」

「そりゃお前……」


 通常のボウガンの射出速度がおよそ300キロほどだと言う。この巨大なボウガンも同じだけの速度を出せるとしたら、ゼロから300キロまで10メートルほどで加速することになる。

 人間の落下速度の最大値が250キロ。人はそれで容易く死ぬ。果たしてこれに乗って生きていられるかが疑問だ。

 もちろん徐々に加速していけば1000キロだろうと問題ない。だが今回は加速距離がほとんどないため、激突と同じくらいの衝撃を受ける。それだと脳や内臓がやられる可能性が多分にある。


「最悪、誰か死ぬかもな」


 ひょっとしたら全滅する可能性まである。かなりの覚悟が必要だろう。


「なんだそんなことね」

「なんだとはなんだっ」

「勇者殿の世界のことは知らないけど、この世界には魔方陣さんがいるね。魔方陣さんをクッション代わりにすれば大抵の衝撃は耐えられるはずね」


 くっそぉファンタジーめ! 科学を否定するな! てか魔方陣さん無しじゃこの世界が成り立たないんじゃないか?

 もういいや。余計なことを考えていても疲れるだけだ。そのうち魔方陣さんが魔王倒してくれないかな。




「そんなわけで、みんな準備いいね?」

「ああ」


 荷物を積み込み、俺たち5人とセイン卿から借り受けた操縦士1名が乗り込み、ハーネスを取り付けた。

 3列シートの乗車は、バランス的に一番重い俺が前、次に重いゆーなが後ろ。その隣がちとえりで、真ん中にごくまろととくしまだ。俺の隣は操縦士なんだが、帽子を目深に被っているいるせいでよくわからん。

 背中にはウォータークッションなるものが付いている。一定以上の圧が加わると水が抜け、圧を逃がす構造になっているらしい。誰だよなんでも魔方陣さんにやらせようとしていた奴は。


浮航水ふこうみず、注入完了しました!」

「上空、クリアです!」


 浮航水は不幸っぽい印象だが、その実とてつもない代物だそうだ。

 なにせこの水は浮く。そのためこうやって充填させることにより航続距離を延ばすことができるんだ。

 そして降りたくなったら浮航水を放出させればいい。原理としては飛行船と同じようなものだが、水なだけにかなり安全な気がする。

 欠点としては再浮力を得られないというところだろうか。


 準備が全て終わると、ボウガンの方向と角度が変更される。


「あーなんかドドンパに乗ってる気分だ」

「それはなんね?」

「俺の世界にある遊具だよ。わずか2秒足らずで時速180キロ近くまで加速するんだ」

「それはまたとんでもないものね」


 だけどこれは1秒ほどで300キロくらいまで出るんだろ? 俺らは耐えられるかもしれないが、ごくまろととくしまが不安だ。


「ではカウント用意! 1、0!」


 もっとカウントしろよ!

 なんて憤慨した瞬間、俺はシートへ体を埋め込ませ、視界が飛んでしまう。やばい、目が追いつかない。でも体は耐えられそうだ。


 やっと見えるようになると、目下には絶景が広がっていた。


「……おおすげぇ……」


 見渡す限り、森や草原。後ろにはやはり壁のような崖が全ての視界を遮る。


「こりゃいい景色だ……って、ごくまろ! とくしま!」


 後ろを振り返り目線を下げると、そこには白目を剥き泡を吹いている2人が気を失っていた。安否を確認しようにも、ハーネスで固定されているため動けない。

 もし外れたとしても後ろのシートへ向かうのはかなり危険だ。今は風防のおかげで無事だが、立ち上がった途端吹き飛ばされてしまう。


「勇者様。動こうとしても無理ですわ」


 操縦士がハンドルを握りながらそう言う。


「だけどなセイン卿の娘、あのままにしてたらまずいだろ」

「あら、私であると気付いていらしたのですわね」

「お約束だからな。だけど気絶は睡眠と違って早く起こしてやらないと危険なんだよ」


 気絶は体が弛緩してしまっている。最低でも舌を出してやらないと、気管を詰まらせて窒息死する可能性がある。

 今のところまだ血色がいいから大丈夫だろうが、念のため起こしたほうがいい。


「おーい、ちとえりーっ」


 叫んでみたものの、風のせいで後ろの席まで声は届いていないだろう。よくないなぁ。


「それよりそろそろ私のことも名前で呼んでくださいな。シュシュ=シャ=セインですわ」

「じゃあシュシュ、減速してもらえないかな……って、ひょっとしてこれ、加速してねぇか!?」

「ええ、浮くものを空へ向けて射出しているのですもの。加速してもおかしくないですわ」


 理屈としてはそういうこともあるだろうが、このままじゃ大気圏突入してしまわないか?

 いや、この世界……というか、この星はかなり特殊で異様だ。大気の層は地球よりもかなり厚い。

 だけど少しずつだが息苦しくなってきている。まだちとえりたちの国の高度まで達していないのに……。

 ああ、重力のせいか。こちらでは重力が高い分、空気が圧縮されているのだろう。


「って、それやばいだろ! 酸欠になる!」

「わかっておりますわ。そろそろ浮航水を排出します」


 シュシュがレバーを引くと、何故か先端から水が噴き出した。


「なんでそんなとこから出るんだよ!」

「貯水量が不明だから、排出した水の量を目測で確認する必要があるのですわ」


 そういえばゲージやメーターの類が無い。まだそこまで技術が達していないのだろう。


 ある程度出たところで機体は水平飛行に移り、高度が安定した。

 だけど頭の上ではやたらと強い風が吹いているから、立ち上がるのは危険だろう。


「仕方ない、自力で目が覚めるのを待つか……っておい、なにしてんだ!」


 ハーネスで身動きが取れない俺のズボンをシュシュが下そうとしていた。

 こいつ自分のハーネス外しやがった。てか俺の固定具が増えてるんだけど!?


「勇者様、そう暴れないで欲しいですわ」

「だったらやめろよ! くそっ、離せ!」


 両足も固定されている。いつの間にこんなことを。


「うふふっ、ここでは逃げることもできないですわ。さあ勇者様、あなたの雄姿を見せてくださいませ」

「お、俺のなんて全然小さいから! 見るだけ損だぞ!」

「私のサイズに合わせて下さっているのですね。うれしいですわ!」


 そうじゃねえだろ!

 くっそ、なんとか逃れる方法は……。

 体は動かせないし、足も固定してある。なんとか手だけは使えるが、いつまで抑え込めるか。


 そうだハンドルだ。あれを動かせば慌てて席に戻るかもしれない。

 片手でシュシュを抑え、もう一方の手でハンドルを握り引っ張る。


「うっ、うえええぇぇっ」


 結果、機体がひっくり返った。ハーネスがあるから大丈夫だが、シュシュの体が放り出されそうになる。

 ちとえりじゃないんだから当然放置しない。俺はシュシュにしがみつき、飛ばされないようにした。


「ゆ、勇者様っ」

「安心しろ、絶対に離さないから。それよりも早く操作を……」

「トイメンザイですわ! 私は今、勇者様とトイメンザイしておりますわ!」

「いいから早く戻せよ!」

「嫌に決まっていますわ! 戻したらきっとあなたは嘘をつきますわ!」

「つかねえからとっととしろよ!」


 シュシュは手を伸ばし、ハンドルを操作して元の姿勢に戻した。全く……。


「もう大丈夫だろ。そろそろ離れろよ」

「勇者様は嘘をつかないと申しましたわ!」

「言ったけどそれは──」

「勇者様はこう申されましたわ! 子供が3人できるまでこのまま絶対に離さないと!」

「捏造すんなよ! 放り出すぞ!」


 ちょっとお上品な印象なだけで中身はちとえりと一緒だなこいつ。


 とりあえず、到着したら放り出すとするかな……。

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