第21話 シャ=セイン卿の娘
「なんだここは……」
俺の素直な感想は、こんなものだった。
セイン卿の屋敷は、人里離れた場所に建っていると聞いていた。なのにこれはまるで町のようだ。いや、これ町だろ。
「これは屋敷町と言われるちょっと独特の町なのね」
ちとえりが何故か自慢気に説明してくる。
まずこの場所に屋敷を建てる。だが物資的に不足しがちになるため、商人を呼びつけることになる。
毎回来るのが面倒になった商人が、許可を取り屋敷の傍に倉庫を作る。もちろん番をするため住人兼番人を用意する。
それがいくつかの商会で同じことをやりだし、だったらとお互いでも商売を始める。扱っているものが違うため、この交流は上手くいく。
すると料理の得意な人が店を始める。このように連鎖的な広がりを見せ、今では商業交流町という異様なものになったそうだ。
「そもそもセイン卿はなんでこんなところに邸宅を建てたかだよな」
「ここはそれなりに高い場所だからね。人嫌いとかそういうわけじゃなかったからこんな感じになったのね」
「高いところねぇ」
高いところに家を建てる意味がどこにあるのかって問題だよな。
周囲を見渡しやすい。誰かに狙われているとか?
「んー、考えてもよくわからん。ちとえり、高いところに建てる意味は?」
「そんなの簡単ね。馬鹿だからね」
馬鹿と煙はってやつか? 身も蓋もないな。
一応発明王な感じなんだろ。そういった人って賢いんじゃないかな。まあ天才となんとかは紙一重とも言うしな。
「たのもー」
ちとえりが扉を叩きながら、まるで時代劇のような台詞を吐く。
「早く出て来ないと屋敷に火を放つのね」
おいコラ馬鹿、放火は大罪だぞ。周囲……に家屋はないが、とにかくたくさんの人に迷惑がかかる。
そんな脅しが利いたのか、扉の向こうから駆け寄る音が聞こえた。
「お待たせして申し訳ありません。お久しぶりですねちとえり様」
「お久しぶりねシリーノ」
迎え出たのは初老の男で、ちとえりが言うにはシリーノという名なのだろう。使用人らしい。
「本日はどのようなご用件で?」
「ちょっとドピュっとに用があってね」
ドッピオだろ。使用人さんこめかみに血管浮き立たせてるぞ。こいつは俺だけにではなく、普段からこんななのか。
「申し訳ありませんが、主人は本日予定が……」
「キャンセルさせるね。こっちが重要ね」
何様のつもりだよ。
とはいえ一応この世界……人族の危機なんだから、こちらを優先させてもらうのも間違いとは言えないか。
使用人は溜息をつき、一応報告しておくと言って下がってしまった。
「ちょっと横柄過ぎないか?」
「いつもこんなもんね。予定があるって言って予定があった試しがないね」
それ、遠回しにお前と会いたくないって言ってんだぞ。セイン卿は哀れな人だ。
ほどなく、俺たちは先ほどの使用人に渋々中へ通された。
「いつも思うんだけど、シリーノの教育がなってないのね」
「お前のほうが教育なってないぞ。失礼すぎだろ」
「あいつと私の仲ね」
勝手に仲を作られてしまっている。お前は剛田さんちの長男かよ。
応接間で待っていると、食器の乗った台を押しつつ少女が入ってきた。
「お久しぶりですわちとえり様」
「ああ、えーっと……久しぶりね、娘。何しに来たね」
名前覚えてやってなかったんだな。
というか娘? 話にあったうわさの娘なのかな。どれどれ。
……うーん、ちとえりたちより幾分かマシだが、やはり小さく幼い。つまり興味が湧かない。
「ちとえり様がいらしたと聞いて、わざわざ来たのですわ」
少女はカチャカチャとソーサーの上にカップを乗せ、お茶を注ぎながら答える。
ちとえりが来たからって理由で娘が出てくるのか。いまいちちとえりの立ち位置がわからん。
「────っと、あらちとえり様、素敵な殿方をお連れなのですわね!」
「えっ、俺?」
今ここにいる男といえば俺だけだ。つまり俺が素敵な殿方ってことか?
なんだ、いい子じゃないか。それによく見ればかわいいと思う。背が低いってだけで顔立ちは思ったよりも幼くない。
「勇者殿、気を付けるね。あいつは大巨人族の男なら誰にでも股を開くクソビッチね」
ちとえりがこっそりと耳打ちしてくる。
そんな馬鹿なことがあるか。俺はちとえりよりこの子を信じるぞ。
「ねえちとえり様。そちらの殿方を紹介して下さりませんか?」
「ああ、俺は────」
「この男はGo,ね! 逮捕して連行している途中ね!」
「まてこら誰がGo,だ!」
俺が憤慨すると、またちとえりがこっそりと耳打ちしてきた。
「そうでも言わないと勇者殿が襲われるのね。自分がかわいいと思うなら口裏合わせるね」
「お前は他人様の屋敷に犯罪者連れ込むのか? おかしいだろ」
俺とちとえりがにらみ合いをしていたら、セイン卿の娘はクスクスと笑う。
「楽しそうですわね。お2人は仲がよろしいので?」
「当たり前ね! 毎晩ヒーヒー言い合う仲ね!」
「言ったことも言われたこともねえよ!」
ちとえりとだけは死んでもごめんだ。それなら犯罪者になってもいいからとくしまのほうがマシだ。
……いや、まず立たないから成立しないけど。
「俺は勇者で、こいつは魔王を倒しに行くための案内人だ」
「勇者様!? 巨人族で勇者様なのですか!?」
セイン卿の娘は目をキラキラさせて俺を見ている。ああこれだよこれ、勇者になったらこういう眼差しを受けたかった。
「あーあ、私知らないのね」
「なんだってんだよさっきから……」
ちとえりが諦めた感じになった。なんだよほんと気になるだろ。
「では勇者様、これからは私が魔王の居城まで案内しますわ! ささちとえり様、どうぞお帰りください」
「何言ってるね。魔物がいるとこは危ないから子供が近寄っちゃダメなのね」
「大丈夫ですわ! 私たちには愛がありますわ! 愛さえあればなんとかなるのですわ!」
えっ? えっ?
さっき初めて会ったばかりなのに愛なんて無いぞ。だからなんともならない。
やべぇ、この子危ない系だったわ。ちとえりの忠告を聞いておけばよかった。
てか今までの経緯を考えたら、ちとえりの忠告なんて聞かないほうがいいはずだったのだが。
「とにかく、勇者様は私が預かりますわ!」
「それはできないね。そもそもなんであんた出てきたね」
「ちとえり様の弟子として迎え出るのは当たり前ですわ」
あっ、こいつちとえりの弟子か。やばいやばい、騙されるところだったわ。
「弟子にした覚えはないのね!」
「嫌ですわ、私の魔法はもはやちとえり論無しでは成り立ちませんわ!」
「だったら師匠を追い返そうとするのは間違ってるね!」
「仕方ないのですわ! それが愛! 愛なのですわ!」
一方的な愛を押し付けられても困る。というかもう既に俺、蚊帳の外じゃね?
「ごくまろ、なんとかしてやってくれ!」
「無理です! 愛には勝てないと思います!」
愛ってそんな万能じゃないから。むしろ愛だけじゃ何もできないから。
「じゃあ決闘で決着つけるね!」
「望むところですわ!」
2人は飛び出していった。勝手にしてくれよもう。




