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第19話 愛はなかった

「だから悪かったってば」

「つーん。勇者様なんて知りませんーっ」


 ごくまろがふてくされてしまった。てか今どきつーんはないだろ。古いマンガでしか見たことないぞ。


「冗談だってば。ただちょっと勇者友達ができたんで浮かれてたんだよ。ユウシャンジョークだ」

「勇者殿、言っちゃいけないことは冗談にならないのね」


 まともなことを言われても相手がちとえりだと腹が立つ。


「だけど俺を選んだっていうごくまろはともかく、お前ら俺にそこまで思い入れないだろ?」

「当たり前ね。勇者なんか使い捨てね」

「お前、それは言っちゃいけないことじゃねえのか?」

「冗談じゃないからいいのね」


 このガキババア、いつかどこかに沈めてやる。


「だけど俺が年上好きだってことは最初から知っていたわけだろ。だったら自分たちが受け入れ難いというのは理解できていたと思うんだが」

「そ、そんなもの愛があれば乗り越えられるものですよ!」

「いや、ごくまろのことは嫌いじゃないけど愛まではさすがにな……」


 愛とは生まれ育むものだと誰かが言ってたな。そもそもの時点で生まれなければ育めない。そしてまだ生まれる気配すらない。


「酷いです勇者様! 私がこんなに……」

「こんなに?」

「あっいえ、よく考えてみたら愛と呼べるほどのものではない気がしてきました」


 それはそれで悲しいぞ。ここに愛はなかった。


「でも勇者殿、他に行きたいからって今更辞められても困るのね。また城まで戻らないといけなくなるね」

「だよなぁ」


 完全にあっちの世界のほうが魅力的なのだが、一応俺にも責任感というものがある。始めてしまったからには成し遂げておきたい。

 初志貫徹。少なくともここの勇者は俺だけなんだ。


「ここまで来てんだし、俺も結末を見ておきたい」

「そう言ってもらえると助かるね。あ、甘味食べるね?」


 近所のおばちゃんのようにちとえりはどこぞから一口甘味を取り出す。餌付けかよ。

 変なものじゃないだろうなと思いつつ口に入れてみると確かに甘い。巨人族の町で仕入れたのだろうか。


「ああそうだ、そういや巨人族の町はどうだったんだ?」

「何度か攻められた形跡はあったね。でもさすが要塞都市、陥落はしてなかったね」

「そりゃよかった」

「でも壁の一部とか崩壊して修復が大変そうでしたよ」


 なんとか凌ぎ切ったといったところだろうか。やはり下のほうが大変みたいだ。

 それでもここは巨人族────俺から見たら小人族の国。ちとえりたちよりは力があるだろうからぎりぎりなんとかできているといった感じか。

 あとは魔物といえども強行軍での疲労が蓄積されているのかもしれない。


「修繕には私たちも手伝ったのね。おかげでもうしばらくは持ち堪えられると思うね」


 たった1日だけとはいえ、魔法を使えば人力よりも楽に建築できそうだ。

 だけど俺が思うに、手伝っていたのはごくまろだけだろう。ちとえりの魔法は融通が利かないっぽいし、とくしまは人前でなるべく魔法を使いたがらない。


「少しでも長く持ち堪えてもらわないとな」

「そうね。だから我々も急がないといけないね……あっ、そうだ」


 ちとえりが何かを思い出したような口調をした。何かあったのだろうか。


「どうした?」

「速く移動することができるのね」


 なんだと? それは好都合じゃないか。

 俺としてはとっととこの世界での勇者を終わらせ、あいつの世界にお邪魔したい。早いのは大歓迎だ。


「おっと忘れてた。先に言っておくぞ。残酷な方法は禁止な」

「そっ、そんなことすっ、するはずがないのねっ」


 かなり動揺している。する気満々だったようだ。


「じゃあ教えてくれ」

「ええっと……そ、そうね! 彼に力を貸してもらえばいいのね!」

「彼って誰だ?」


 ちとえりが追放されていた頃知り合ったという侯爵に、ドッピオ=シャ=セイン卿という人がいるらしい。

 彼は変わった発明が好きで、変わり者同士ということでちとえりと馬が合ったそうな。

 なんでも彼は2000キロは離れている場所に住む兄のソロ・デ=シャ=セイン卿の家まで往復4日という信じられない速度で移動できたとか。


「そりゃ凄いな。ちなみに大巨人族の国へはどれくらいあるんだ?」

「直線だと1800キロくらいね」


 もしその便利な発明が任意の場所へ行けるものだとしたら、土日を使えば充分行けるじゃないか。


「よし、んじゃこれからの目標をその侯爵の屋敷へ向かうことにしよう」

「そうするね」





「────って感じだなこっちは」

「そっちは面白そうじゃねえか。こっちは週末ドラゴン退治だぜ」


 それはそれで面白そうだが、ドラゴンはやばそうな気がするな。


 俺たちは昼食時、互いの情報交換をすることにした。これを機に勇者ネットワークを構築できればと思っている。

 ひょっとしたらこの学校にもまだ表に出てきていない隠れ勇者がいるかもしれないからな。そいつらからも話を聞きたい。


「まさか一人じゃないよな? 何人で挑むんだ?」

「うちは4人パーティーだよ。俺の他にババ……年上の女2人と男1人」

「男いるのはいいな。女ばかりは正直きついんだ」

「何贅沢言ってんだよ。ちなみに年齢は?」

「……11歳が2人と17歳と24歳」

「てっめえええぇぇ」


 急に殴りかかってきた。あぶねえな。


「なんだよ急に!」

「ふざけんなよ! なにちゃっかりてめぇ好みの年上入れてんだよ!」

「見た目11歳と変わらないんだから俺にとっちゃガキと一緒だ! しかも変態だし!」

「合法ロリだと!? チクショウ、許さん!」


 やはり俺たちは相容れない存在。仲良くできると考えるのが間違いだった。

 再び交わる暴力の応酬。今日も決着がつかぬまま2人でぶっ倒れた。



「そもそもなんでお前はそんな世界の勇者になったんだよ」


 殴り合い、気が晴れると落ち着いて話ができる。というか頭に血が上らない。


「ならないと帰れないかと思ったんだよ」


 俺と同じ理由か。俺も帰れるとわかってりゃ他の世界の勇者になるため拒否して待機していたのに。

 まあまた呼ばれるとは思えないけどな。裁判員みたいなものか。


「あと知りたいんだけど、自分が呼ばれた経緯って知ってるのか?」

「……勇者カタログ秋冬号に掲載されたんだ」


 なんだと!? 秋冬号まであったのか!


「一緒じゃねえか。俺は春夏号だったらしいが」

「最新版かよ。うちとこは選ぶのに半年くらいかけたって言ってたな」

「俺は……どうだったんだろ」


 かなり気になってきたぞ勇者カタログ。今度見せてもらわねば。




「おいちとえり」

「なんね」


 俺は早速その日の夜に場所の中で聞いてみることにした。


「勇者カタログってなんなんだよ」

「どうしたね急に」

「俺のクラスメイトもどうやら勇者カタログ見て召喚されたっぽいんだよ。だから気になってな」

「まあそうだろうね」


 ちとえりの説明を簡単にするとこうだ。


 まず召喚陣を書き、召喚の儀式をする。

 すると勇者カタログが召喚され、そこから選ぶ。俗に言う召喚の書だ。

 ちなみにカタログの後ろにはお得なクーポンが付いており、俺はクーポン対象勇者の中から選ばれたそうだ。


「なんだよそれ! 俺は割引きで呼ばれたってか!?」

「割引きなんてなかったね! 召喚するとクーポンがトートバッグに変わる勇者だったのね!」


 よりにもよってトートバッグのオマケかよ俺は!


「ついでに言うと勇者殿のクーポンで手に入れたトートバッグはかわいい花柄で私のお気に入りだからあげないね」

「知ったこっちゃねえよ!」


 知ったこっちゃないどころか知りたくもなかった。


「で、でも私、がんばって選びました!」

「俺の救いはごくまろだけだよ。で、なんで俺を選んだんだ?」

「そ、それは、その……」


 ごくまろが顔を赤らめ、恥ずかしそうにしている。理由はなんとなく知っているんだが一応聞いておきたい。


「結婚するならこの人がいいって思ったからです!」


 飛躍していきなり重たい話を持ってきたな。だけどカタログに載っている情報だけで俺をそこまで好んでくれるのはうれしい話だ。

 ごくまろちゃんマジ天使一歩手前。

 天使になりきれないのは幼い容姿と変態だからだ。


「俺のどこがよかったんだ?」

「えっと、その……体です」


 ごくまろは頬を染めながら答える。体目当てかよ。

 まあ顔は普通だし、学力も高いわけじゃないから、選ぶとしたらそんなところだろうな。


「体ねぇ」

「ええ、大変私好みの体でした。この人が勇者になってくれればいつでも盗撮できていいなぁって」

「おいこらまて結婚のくだりはどこいった」

「結婚すれば常に盗撮し放題だからですよ」


 結婚したら堂々と撮ればいいんじゃね? なんでいちいち盗撮する必要があるんだ。


「てかごくまろさんよ」

「なんでしょうか」

「カメラ持ってんのか?」

「えっ? あ、はい」


 なんだそのオーバーテクノロジー。蒸気機関すらないくせに。

 大方ここに紛れ込んだ日本人が持っていたのだろう。なんでごくまろが持っているかは謎だけど。


「私がカメラを手に入れたのは、10年ほど前の話です」

「7歳か……」


「はい。あのときのカメラとの出会いは衝撃でした。すっかりと引き込まれてしまいましたよ」

「んで今では盗撮魔か」

「違います! こっそり撮影するのは当時からです!」

「最悪な7歳だなおい」


 この感じだとそれまでは覗き魔とかだったんだろう。覗きと盗撮の親和性は高そうだし。


「でも現像とかフィルム、あと感光紙だっけか? そういうのどうすんだよ」

「暗室作りました。酢酸水も魔法で作れます。だけどフィルムと印画紙はちょっと心許ないですね……」


 フィルムはたまに入り込む日本人とかからもらっていたのかもしれない。だけど今はデジタルが主流でフィルムなんて持っている人は希少だ。


「じゃあもうじき盗撮もできなくなるな」

「大丈夫ね。そのときはプロのカメラマンを暗室ごとぶっこ抜くね」

「余計なことすんじゃねえよ! あと無駄な犠牲者作るな!」


 ごくまろの盗撮癖のために拉致られてたまるかってんだ。


「とにかく俺は勇者カタログとやらを見てみたい。どこにあるんだ?」

「とくしまの部屋ね」

「とくしまは俺専属メイドなのに部屋あったのか。てかなんでとくしまなんだよ」

「それは当然、カタログ見ながらいろんな勇者に凌辱されるのを想像するためです」


 何が当然なんだこのド変態。

 あれか、グラビアアイドルを妄想でいろんなことする中学生みたいな感じか。


「ああそうだ。お前のせいでとくさつがあんな風になったんだぞ。責任取れよ」

「そんなことありません。とくさつは清く正しく育っています」

「全く清くないし微塵も正しくない。完全に汚れ曲がって育ってるぞ」

「勇者様はとくさつのこと知らないからそう言うんです。あの子は嘘もつかないし素直で明るい自慢の妹です」


 いやまあ確かに嘘はつかないし、素直だし明るいが自慢はできないと思う。

 でもあとは家庭の問題だ。俺が育てるわけじゃないからこれ以上は口を挟まないことにしよう。


「この件はもういいや」

「なんか見捨てられてませんか?」

「そんなことないぞ。あっそうだちとえり」

「誤魔化そうとしてます!」

「してないって。納得したからいいじゃないか」

「私は姉として大切な妹を変に思われたままでいるわけにはいかないんです」


 意外なことにとくしまはちゃんとお姉ちゃんしているのか。

 俺も妹いるが、こんな風には思えないな。嫌いだし。


 なんで嫌いかって、うるさいからなんだけど、そういやあいつらとまともに会話したことなかったな。

 今度少し話してみるか。


「そんなことより」

「そんなこと!?」


 とくしまが憤慨した。しかし俺はスルーする。

 なんというか、妹を持つ身同士としてなんか負けたような気がしたからくやしいんだよ。早々に話題を切り替えたい。


「ちとえり、そのなんとか卿の屋敷までどれくらいかかるんだ?」

「少し急がせてるから週末には着くと思うね。できれば2日間勇者殿を拘束したいね」


 金曜の夜から、最長で月曜の朝までか。一体どうやって移動するかわからんが、楽しみと不安が半々だ。

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