第15話 復活の変態
もうあれから5日くらい経っている。
だけど言ってしまえばたった5日だ。ドヲゴンボールじゃあるまいし、そんな短時間では高重力に馴染めないだろう。
でも一応様子は見ておかないとな。俺は風呂場の門をくぐる。
「お帰りなさいませ、勇者様!」
城に控えている俺用メイド2人がいつものように迎え入れる。
……そういえば俺、この2人のことよく知らないな。
「なあ、お前らなんて呼べばいいの?」
服を着ながら質問してみる。
名前は何と聞けばいいんだろうが、こいつら通り名みたいな感じだからな。なんて言ったらいいか聞きづらい。
「こちらがとくもり。私のことは……」
「ことは?」
「めすいぬと呼んでください!」
顔を赤らめながら言うな。さすがちとえりの弟子だ。
「そうじゃない。ええっと、通り名的なものを教えてくれって」
「ああそっちですか。とくさつです」
残念そうに言うな。しかもとくさつって大爆発とか得意そうだな。
「それよりいい加減ちゃんとベッドで寝てくれよ。見ていて痛々しいから」
「お気持ちはありがたいのですが、我々勇者様付きメイドは一定の条件以外でベッドに入ることを許されないのです」
「なんだよその条件って」
「勇者様の下の世話をしているときだけです!」
うん、予想通りだ。質問しなかったし回答を聞かなかったことにしよう。
俺は溜息をつきつつ、ベッドへ腰を掛けて周囲を見渡す。
そういえばここって勇者のための部屋なんだよな。ほとんど居たことがないけど。
よく見るといろんなものが置いてあるな。
鞭、蝋燭、両手と首を拘束する木枷、馬っぽい形の何か等。
……俺に何をやらせようとしているんだ。
ここで俺は一計を案じてみた。
「おいとくさつ、ちょっとこっち来てくれ」
「はい! お仕置きですね!」
うれしそうに物騒なこと言うな。こいつとくしまと同じ属性なんだろうな。
「じゃあここに立って目をつぶれ。一切動くなよ」
「はい! ありがとうございます!」
何がありがたいのか一切わからん。わかりたいとも思わないし。
俺はワクワクして目を閉じているとくさつに手を近付けた。持っているのは、羽。
「はぐぁっ」
「動くなよ」
羽先を使い、首からあごのラインをそっと撫でる。
10秒後、とくさつは恍惚の表情で崩れ落ちた。口ほどにもない。
「とくもり、今度はお前だ」
とくもりは目に涙を浮かべ、ガタガタと震えている。この子はまともそうだな。ちょっとかわいそうかも。
「大丈夫、痛いことなんてしないから」
「は、はい……」
恐る恐る近付き、ぎゅっと目を閉じて耐えようとしている。
そんなとくもりの耳に、羽先を入れる。
「あふあぁぁ」
瞬殺だ。もう気を失っている。
俺は気を失っている2人をベッドへ寝かせ、ちとえりたちのいるゲートをくぐった。
「おや勇者殿、待っていたね」
ちとえりが待ち構えていた。後の2人は?
「勇者様ーっ」
駆け寄る音と声が聞こえた。なんだ、もう平気なのか。
「おー、お前ら、無事っ」
振り返ったところにいた2人は……誰だお前ら!
「わたしでーす。こくまろ? ですー」
「なんで美味そうな名前になってんだよ! しかも背が違うだろ!」
「そだちましたですー」
河豚田家の長男みたいな喋り方やめろよ!
「ワタシーハー、ヤクシマ? ゴジャリマスー」
完全に別物じゃねえか!
「おいちとえり、変な仕込みしてんじゃねえよ!」
「ぬぅ、やっぱ付け焼刃じゃ駄目なのね」
「練習時間の問題じゃねえ! ごくまろととくしまどうしたんだよ!」
一応先日あんなことがあったから心配してんだぞ。無事な姿を見ておきたい。
「勇者殿はそんなにあの2人がいいのね?」
「そんなの当然……いや、別にこの2人でもいいや」
「勇者様酷いです!」
隠れていたらしきごくまろととくしまが飛び出してきた。まあこうなるとは思っていたよ。
「よお、元気そうでなによりだ」
「うーっ」
いつも通りの2人に少し安心した。とくしまなんか死にかけていたしな。
こうやって今動けているのは体が強くなっているのだろう。子供は成長が早いっていうし、きっと今伸び盛っているところだ。
「この短期間で普通に動けるようになるって、かなり無理なことしたんじゃないか?」
「毎日洞窟と外の往復をしていました。かなり辛かったですけど、便利な回復薬がありましたし」
「ほう?」
そしてごくまろは袋から液体の入った瓶をいくつか取り出した。回復ポーション的なやつか。
「これは煎豆といって、世界豆を煎じ……」
「おおっとその名前は各方面からいらぬ誤解を招きそうだからやめような」
危ない名前を付けるなぁ。別物だから許されるということではない。
「あととくしま」
「なんでしょう?」
「お前、姉妹とかいるのか?」
「はい。1つ下の妹で、とくさつと言います」
あれで10歳かよ! とくしまより酷いじゃないか!
「てか『とく』って結構上の位じゃなかったのか? 10歳でそれって凄い気がするんだが」
「ええ、姉の私が言うのもなんですが、とくさつは天才ですから」
「だったらお前よりとくさつ連れてきた方がよかっ……あああ冗談だ冗談!」
とくしまが泣きだしてしまった。なんだかんだいってもまだ11歳の子供にこれはちょっときつい冗談だったようだ。
「勇者様酷過ぎます! とくしまがどれだけがんばって同行メイドになれたと思ってるんですか!」
「悪かったってば! お詫びに俺ができることならなんでもするから!」
「ん?」
「え?」
「今、なんでもするって……」
「お、おう」
こいつ、急に泣き止んだと思ったら目つきが変わりやがった。
ひょっとして嘘泣き? くっそ、やられた!
「じゃあ、勇者様の初めてを私に下さい!」
「よぉしわかった!」
俺は上着を脱ぎ捨てた。
「えっ!? ちょ、ま、待ってください! その、心の準備が……」
「勇者付きのメイドになった時点から常に心の準備をしておくべきだろ。怠ったお前が悪い」
「せ、せめて気持ちを整理してから……」
俺が断ると思っていたとくしまは、逆にこちらが攻勢に入った途端たじたじとなった。
甘い、甘いんだよとくしまさんよお。
「勇者殿、そこまでにさせてもらうのね」
何故かちとえりが止めに入った。
「とくしまは勇者殿のつっこみを待っていただけね。女として男のつっこみを待つのは当然のことね」
「じゃあなんだ? お前が今までやってたことって俺からつっこまれるためだったわけか?」
「当然ね! わが国ではそれをコント○ックスというね」
「ミネラルウォーターと勘違いされるからやめろよ! あっ」
チクショウ、ついつっこんでしまった。にやにやしているちとえりが腹立つ。
「んで、勇者殿はとくしまに初めてのナニを送ろうとしていたのね?」
脱ぎ捨てた服を着ようとしている俺にちとえりが訊ねてきた。
「ただ俺の初めてのマッスルポージングを披露してやろうかとな」
「それじゃ駄目ね! 男が女につっこまれてどうするね! まさか勇者殿にはそういう趣味が!?」
つっこみたい衝動にかられたが、なんとか心を落ち着かせる。そうそうこいつの罠にひっかかってたまるか。
「それよりちとえり。少し気になったんだが」
「ちっ」
こいつ舌打ちしやがった。まあスルーしておこう。
「とくもりっていくつなんだ?」
ハキハキ言葉を放つとくさつに比べ、気の弱そうなとくもりは更に年下の印象を受けた。まさか8歳くらいってことはないだろうが、念のため。
「とくもりは19歳ね。年上好きの勇者殿はとくもりのほうがよかったね?」
「あれで19かぁー……。有りか無しで言ったら無しだなぁ」
「勇者殿的には無しなのね。じゃああとでクビにしておくね」
「そんなかわいそうなことするなよ! お前より1万倍マシだから!」
くっそぉ、ついつっこんじまった。もういいや。
それからほどなく、俺たちは新しい馬車と馬を調達し、崖を後にした。
上で乗っていた馬車は特注で、俺とゆーなでも問題なく乗れた。だけどこの馬車はいわゆる量産型。最初に乗っていたやつに比べればマシだが、若干狭い。
ちとえりたちが小さいおかげでなんとか乗れているが、どこかしらで大型を仕入れて欲しい。
「なんか馬車に乗るのが久々って感じがするな」
「こないだまで毎日乗っていたからね。だけどまたお願いしたいね」
「まあ仕方ないか」
ごくまろたちの調整があり、急ぐ旅のはずが大幅な遅れをとってしまった。
しかも上とは違い、ここは重力が高い。そのため馬も速度を出せないでいる。馬のサイズも小さいし。
上で使っていた馬車と馬は、大巨人族……つまり俺から見たら普通の大きさの人間の国から取り寄せていたらしいからその違いがでかいだろう。
「で、ちとえり。次の町までどれくらいあるんだ?」
「明後日の夜には着くと思うね」
俺の感覚でいうところの、日曜の夜か。
せっかくの巨人族の町、少しは見ておきたかったんだけど帰らねばならない。残念だ。




