7 初めての使い魔契約
5歳になった。
この頃には、通常通り話し言葉も使えるようになったし、24時間思念で話すこともなくなった。けれど、当たり前のように現れる妖精の二人と会話する時は思念を使う機会が、やはり多かった。
「お父様!見てください!!古代言語を用いて、禁呪の火魔法を扱えるようになりました!」
自らが得意の風魔法ではなく、火魔法を使えるようになったあたりは賞賛に値するが、普通、妖精って、自分の属性意外の魔法って使わないイメージが有るのだけれど、フェードを見ていると自分の思い込みなのかもしれないと思ってしまう。
「扱えるようになって、完全に制御出来ていないじゃない。それは扱っているではなくて、使っているに過ぎないわ。ほら、火の熱さにムラもある。その程度で、一端にアレックスに報告しようだなんて、千年早いわ」
「…死ね、ババァ」
「どうしても死にたいようね、我が娘」
妖精が睨み合い、火花をちらしている。…どちらも風の妖精のはずなんだけど、違うったけ?
視認できるほどの火花が散っているのだから否定できない。
楽しそうな二人はさておき、今日は父上との剣の稽古だ。
前世の自分より若いイケメンに対してパパとか恥ずかしくて言えない。
お父さんも何かしっくりこなかったので、今では父上と読んでいる。
父上は片手で真剣を、俺は両手で木刀を握りしめている。
父上の指示通り、真っ直ぐに木刀を振り続ける。
「悪くはないな。血反吐を吐き続ける努力と、生き残る運があればAクラスになれるかもしれない位の才能はあるな」
それは、才能と呼べるものなのだろうか。
「うむ、俺もお師匠さんから言われてたが、まず大事なのは才能もそうだが、何よりも環境が必要なんだ。つまりは剣を教わる環境があるということが、なによりも大事なんだ。俺もそこそこ剣には自信がある。俺がアレックスに教えてやれれば、成人する頃には一端の剣士になれるさ。…と言ってもアレックスは母さんに似て…魔術や精霊を扱うほうが長けていそうだからなぁ…」
寂しそうに父上はため息を吐いた。
ちなみに、母上の強権により、教育の時間は限られている。
父上が教えてくれる剣術の指導を1とすると、母上が教えてくれる魔術の指導は3から4の間というところか。
父上も渋々了承している。
本当はもっと俺に剣を教えたいらしい。
今は母上のお腹に二人目が居るので、剣の指導の割合が増えているのだが、父上からすればもっと教えたいらしい。
父上いわく、剣の筋は悪くないが、超一流になることはない程度の才能らしい。
母上いわく、魔導を極め、歴史を塗り替えるかもしれない程度の才能らしい。
つまりは、魔術の才能を伸ばし、剣は護身術程度学べれば良いというのが、家族会議で決まったようだ。
「うん。今日はここまで。まだまだ肩に力が入っているが、良くなってきているぞ」
「ありがとうございました」
父上は満足気に頷いた。
「父上、少し、森の中に遊びに行ってもよろしいですか?」
「全く、わんぱくなところは俺に似やがって…。シルフィが傍にいるなら良いぞ。ただし、夕方までには帰ってこい。帰ってこなければ飯抜きだからな」
「わかりました。ありがとうございます、父上」
父上は、そのまま家に帰っていった。
「ふむ、相変わらず剣を扱うセンスがないな」
シルフィは今までの訓練を見ていたのか、嘆息しながら失礼なことを言ってきた。
「そんなにダメかな?」
「ダメ。全然ダメ。父親の方がまだマシなレベルよ。その程度じゃあドラゴン1頭にさえ勝てないわね」
偉く目標が高かった。地上最強の生物としてこの世界で恐れられているドラゴンに勝てるわけがない。
ドラゴンに単騎で勝てるともなれば、英雄だとか、勇者だとか呼ばれるレベルだ。
「そんなの当たり前だろ。俺がドラゴンになんか勝てるわけ無いじゃないか」
「そうかしら?私はそんなことないと思うわよ」
「はいはい。シルフィのおべっかは気にしないとして…フェードは?」
「さっきの魔法の練習で魔力がすっからかんになったみたい。そこらへんで漂いながら眠っているわ」
やはり、不慣れな属性の魔法を使ったせいか。それなりに魔力があるフェードが魔力切れを起こすのは少し珍しいことだった。
「今日は久しぶりに二人きりね。ほらほら、森へいきましょう」
シルフィは上機嫌で腕を組んでくる。
珍しく、地に足を付けている。普段は空に浮いたまま降りてこないのに。
「こっちの方がデートっぽいでしょ?」
「そうかな?」
体の大きさが違いすぎて、保護者とその子供にしか見えないと思うけど、シルフィが嬉しそうだし、それ以上何も言わないでおく。
森の中に入って間もなくすると、声が聞こえてきた。
それは樹の下で鳴いていた。
にゃーにゃーと鳴く声は、獣というよりも、子供の助けを求める声であった。
その声の主は幼い子猫であった。骨が浮き立っているほど、痩せ細てている。声も掠れていて、最後の力を振り絞り、啼いている。これだけ近づいてようやく聞こえるほどのか細い声。
隣にあるのは、恐らくこの子猫の親だろう。
すでに事切れている。
四本の足のうち、右の前と、左の後ろがない。血は既に乾ききっている。
子猫は無傷であるが、この親猫が最期まで子供を守り抜いたからだろう。
何時からこの子は鳴き続けていたのだろう。…生まれ変わって泣き叫ぶことでしか、生きるすべを持たなくなった身としては分かる。己の意思だけでは生きられない恐怖を。
この子を助けたい。
ただの同情かもしれない。ただの憐びんの情かもしれない。
それでも、この子を助けたいと思った感情に偽りはない。
「…シルフィ、この子を助けたい」
「いいんじゃない?止めはしないわよ。ただし、あなたが両親を説得しなさい」
人間以外の動物を食料か素材としか思っていない両親を説得するのは骨が折れることが予想できたが、それでも、諦める気にはなれなかった。
「この子のかなり弱っている…」
「なら、回復魔法でも使ってあげれば?」
「魔法は…」
「使えば良いわよ。流石にこんな時にまで使ったらダメというほど野暮じゃないわよ」
シルフィからは、緊急時以外魔法を使うことを禁じられていたが、今回は緊急事態ということで認めてくれるようだ。
「ヒール」
精霊語を用いた魔法。通常の魔術よりも効率よく発動する。
風の魔法ほどではないが、それなりに得意な魔法だ。
しかし
「あんまり、回復してない?」
「あなたの魔法では、飢餓や病いまでは治せないからね。…この子、このまま食事を与えなければ明日まで持たないと思うわよ」
焦った。魔法と言えど万能ではない。
子猫の食事を与えるための術は何も持っていない。
「父上と母上にお願いするしかない」
子猫だし、弱っているから固形物は食べれないだろう。
一刻も早く子猫に食事を与える必要がある。
そう判断した瞬間、森を駆け出した。
子猫にはなるべく衝撃を与えないように抱きかかえながら。
家に戻り、開口一番、両親に助けてくださいと懇願した。
両親を説得するには骨が折れた。
ペットを飼うということは、養わなけれならない対象が増えるからだ。以前の世界のように食料が溢れ、人の生活に余裕がある世界ならいざ知らず、自給自足に限りなく近いこの村では、ペットを飼うという行為はかなりの贅沢な趣味にあたる。
親バカな両親でさえ、この子を飼うことを否定する。
この世界で誰よりも優しくしてくれた二人が、目の前にある生命を救うことを否定するのは、とても、意外だった。
「ダメだよ、アレックス。お前がとても優しいことは、誰よりも分かっている。けれど、生き物を飼うという行為は責任が伴う。…お前にはまだ早い。生き物を飼いたいというのならば、必ず自己責任で面倒をみなくてはいけないんだ」
「…そうね、私たちに許可を得なければ飼うこともできないほど、幼い貴方が生き物を飼うなんて、絶対にダメ」
なんて、優しい両親なんだろうか。これほどわかりやすくヒントを与えてくれるとは。
要するに、ペットを飼いたいなら自己責任で育てろと、そういう訳だ。
両親に頭を下げて、再び森の中に歩を進める。
「…フェード。お昼寝は終わった?」
「うーん、良く寝たー。お父様、どうかしました?」
フェードは眠たそうにあくびをしながら、実体を形成する。
「この子の状態を、どう思う?」
「…芳しくはないけど、今すぐに死ぬということもない、かな。けれど、この子を無事に保護したいというのなら急いで食事を用意した方が良い」
フェードの解答に対して、シルフィが補足する。
「そうね。この子が飲めるミルクでもあれば、十分に快復が期待できるわ。けれど、こんな所でこの子が飲めるようなミルクなんて、準備できるかしら?」
そう、現実問題、この子の食事を準備するのは極めて困難だ。
両親がこの猫を飼うことを認めなかった最大の理由、それはこの猫の命が助けられる可能性が極めて低いからだ。通常であれば、母乳さえ飲んでいれば自然と体が育ち、そのうち自然と母乳以外の食事がとれるようになる。しかし、幼いうちに親からの食事が取ることができなくなった生き物は自然界ではまず助からない。
「食事…この子を助けるには…母乳が必要…」
じぃー…とシルフィの胸を見る。…あぁ、あれからは出なさそうだな…。
「うん?あなた、今失礼なことを考えなかったかしら?」
「はは、何のことだかわからないなぁ…」
この妖精、鋭すぎる。一瞬背筋が凍ってしまった。
「ねぇ、お父様。これを助けたいの?」
フェードは俺の抱きかかえる猫を指差す。
「…うん。助けたい」
腕の中で弱った子猫を、少しだけ強い力で抱きしめる。
「なら、これの一生を面倒みる気ある?」
フェードは、覚悟を問うように聞いてくる。
「ある。…俺程度が言うのもおこがましいかも知れないけれど、助けたい。面倒を見る必要があるというのなら、それくらい幾らでもみてやる」
「…フェード、あなた」
「シルフィは意地悪。私よりもこれを助ける方法が分かっていたのに黙っていた」
「当たり前でしょう。それは、私から提案するべきことではないもの」
「そういう、常識とかより、お父様がしたいことがあるならその道を示してあげるべき」
シルフィとフェードが言い合っているが、今はそんな些細なことどうでもいい。
「どうすれば、どうすればこの猫を助けることができるんだ?」
「それはー…」
フェードがもじもじと指を合わせる。
「やり方がわからないなら黙っていれば良いのに…良いわ、代わりに私が教えてあげる。アレックス、この子と契約して上げなさい」
フェードに負けじと、猫を指差すシルフィ。
「けいや、く?」
「そう、この子は体力を失い、そして、体力を回復させる術を持っていないから助からない。普通ならね。けれど、ここであなたがこの子と契約して、あなたの魔力や体力を分けてあげれば、この子は体力を回復させることが出来る」
「…成る程」
「所謂使い魔契約とか言うやつね。まぁ、生き物を対象にする契約というのは、本来非常に魔力を使うのだけれど、あなたくらい魔力があるなら大丈夫でしょう」
シルフィはそう言いながら、地面に魔法陣を描いた。
その魔法陣は非常に美しい文様で構成されていた。
辛うじて読み取れる古代語を解読すると、契約、生涯…そう言った文字が書かれていた。
「シルフィ、俺は…」
「ダメよ。回復すれば自由にするというのならこの場合は不適切よ。この子から契約の解除を申し出てきたのならともかく、あなたが契約の時点で無責任なことを言ってはだめ」
確かに。シルフィの言うことにも一理ある。
「それに見なさい。この子の姿を」
あの子猫は、四本の足を突っぱね、辛うじて立っていた。
筋肉で支えるのではなく、骨を使いバランスを保っている。
意識を取り戻し、警戒したからだろう。
…もう、立ち上がることさえ出来ない体力だったはずなのに、なんて強い気性なんだ。
「…これだけ強い自我を持つ子なら、あなたと契約した後でも、気に入らなければ契約の解除を申し出るでしょう。…あなたから契約を解除すれば解除できるように魔法陣に書き加えてあげる」
魔法陣は、若干形を変えて、再び形を成した。
「凄い…この子、今のやりとりを理解しているみたい。お父様が、己が仕えるに相応しき主が品定めをしてる」
この子猫は、生命が燃え尽きる寸前の、最後の力を振り絞り、こちらを品定めしている。
「俺の名は、アレックス。もし、良ければ君の主となり、君を、助けたい」
それが例え一方的で、この猫の自尊心を傷つけることであっても、嘘偽りのない気持ち(言葉)だった。
子猫は、こちらの言っていることを理解したかのように一度うなずき、そのままーーー
地面に体が落ちていった。
「アレックス、早く魔法陣を発動させなさい!」
「もうやっている!!!」
シルフィが作り出した魔法陣に魔力を全力で流し込む。…とんでもない勢いで魔力が喪失していっていることを理解する。産まれて初めて魔法を使ったときよりも、喪失感がある。
……、やばい、意識が保てない。
「……!!」
フェードの声が聞こえるけれど、このままでは…。
後、数秒で良い。意識を無理矢理保つ。残された数秒で、残り滓のような魔力を魔法陣を経由し、思い切り猫に与える。
先程まで死にそうになっていた子猫は、こちらのことなど気にした風でもなく、寝息をかいて寝ていた。
…その姿を見て、安心してしまったんだろう。
瞬間、意識が、落ちた。
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「シルフィ、今のはただの主従契約、か?」
フェードはシルフィに問いかける。
「あぁ、勿論。何の変哲も無いただの使い魔契約、人間同士であるなら奴隷だとか、主従契約と呼ばれるものね」
シルフィは淡々とフェードの問に応える。
「なら、おかしい。お父様の魔力を考えれば、猫と契約した程度で気を失うほど魔力を持っていかれるのは、割が合わない」
アレックスが持つ魔力量というのは、常人のおよそ1000倍。世界で見ても最上位の魔力量である。
そのアレックスが、たかだか死にかけの子猫と契約するだけで、ほぼ全ての魔力が吸い上げられている。
フェードは眉を細め、シルフィの顔を見つめる。
「ふふ、あなたも存外鈍いのね。この子、猫なんかじゃないわよ」
「え?」
「まぁ、その内分かるわよ」
シルフィはいたずら好きな子供のように笑うのだった。
遅くなりましたー。すいません…。
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