2 生誕三日目。
この世界に転生して三日目。ようやく現状を受け入れることができるようになった。
転生した初日は、疲れてすぐ寝てしまった。
二日目は、自分では食事を取ることも、トイレに行くこともできないことがどういうことなのか、学んだ一日だった。
人に食事を与えられ、トイレの処理をしてもらわないと生きていくことが出来ない生活というのは、本当に恐ろしいものだ。そして、そのヘルプを頼むにも自ら声を出さなければならない。必死におんぎゃあ、おんぎゃあとないて、お乳をもらって、尻を拭いてもらう。
これほど一日でも早く大きくなりたいと思ったのは前世でもなかっただろう。
この現実を受け入れるのは、異世界に転生することよりも大変だった…。
分かるだろうか、若い女性からおっぱいを吸って生かされているという感覚。
この三日間は、記憶なんてなくしてもらえば良かったと思う日々だった。
しかし、人は慣れるもので、勿論今でも恥ずかしさは残るものの、お腹が減れば母親に食事を要求することに抵抗も減りだした。
つまりは、冷静になることができるようになったのだ。
生まれ変わった俺は、今までと違い様々なことができなくなっている。
耳は音を拾うものの、詳細はわからないことが多い。
両親が喋っている言語が違うこともあるのだろうが、言葉が聞き取れない。
目はぼんやりと、目の前に何かが近づいてくればわかるものの、1メートルも離れれば何処に何があるのかわからない。
両親に抱きかかえられた時にようやく、その顔が分かる程度だ。
つまりは、目も耳も年齢相応の能力になっているということだ。
目も耳も年齢相応の能力になっているはずなのだが…目の前をゆらゆらと飛んでいるものが、ハッキリと視認できてしまう。
薄い水色の腰の辺りまで伸びた髪、色素を感じさせないほど白く透き通った肌。
そして、満面の笑顔。
思わず見惚れてしまう。
ふわふわと空中に漂っていた女性は見られていたことに気づき、こちらに話しかけてくる。
「あー、こっち気づいた?お、凄いねー。君、私が視えてるの?」
「ばぶー」
うん、と返事をしようとしたものの、当然、そのような発声器官は備わっていないので、上手く言語化することができない。
この三日間、人の言葉が全く聞き取れなかったのに、なぜか彼女の言葉だけはすんなり耳に入ってくる。
「あはは、大丈夫。私は相手の気持ちを理解できる能力を持っている妖精だから、君の言いたいことはわかるよ」
なんと、異世界ファンタジー凄すぎる…赤ん坊の言いたいことまでわかるのか。
「ママのおっぱいを吸いたいんだろ?この、欲張りさんめ。食欲と性欲の化身だね」
「ばぶー(違う)」
「む、違うのか。あっはっはっは、流石にこれだけ子供だと流石の私でも読み間違えちゃうね」
などと目の前の自称妖精はのたまう。
なんだ、結局読心は出来ないのかと落胆すると
「出来ないわけじゃないよ。ある程度相手の心が理解できるってだけ。喜怒哀楽とか、もう少し詳細がわかるレベルだよ」
成る程、それでも十分な能力だろう。だが、それでは一つ納得できない点がある。
「あー、なんで私の言葉が君に理解できるかって?これはね、中位以上の精霊なら大体使えるんだけど、翻訳魔法ってやつだね。人間と妖精が使う言語は異なっているから、私達が君たち人間と喋る時は大抵この魔法を使うんだよ」
「ばぶー(なんと)」
「あははは、驚いているねぇ。素直で可愛い子だ。それにしても、普通は赤ん坊ではここまでコミュニケーションが取れないんだけどねぇ。この子は天才かもしれないなぁ」
妖精は嬉しそうに宙で2度回った。
「ばぶー(妖精さん、君の名前は何ていうの?」
「…ほう、今のは私にも伝わったよ。名前だね。私はシルフィー」
「ば、ぶー(シルフィー)」
「お、良い発音だ。くくく、よし、そうだ。君には妖精の言語を教えてあげよう。君は物覚えも良さそう
だし、すぐに覚えられるだろう」
「ばぶー?(妖精の言語?)」
「うむ、妖精が日常的に使う言葉のことさ。人間で妖精語を喋れるやつなんて見たこともないけど、私も翻訳無しで喋れる相手が欲しいし、私のパートナーは男と子育てに夢中で暇だしね」
確かに、この世界に転生してからというもの、それは非常によく感じる。
泣けばすぐに飛んでやってきてくれる両親だが、それ以外の時間は大抵いちゃいちゃしている。
うん、どんなことをしているかは想像にお任せしよう。
「共通語と妖精語…どうせ0から覚えるんだ。難易度に差なんてないだろ。まぁ私が教えるのだから、覚えられないということはないだろうしね」
「ばぶー(共通語?)」
「あぁ、この世界には人間や亜人が使う、共通語っていうのがあるんだよ。この言葉を覚えておけば、人型で、会話ができる生き物とは9割以上会話が成立する。必修言語だね。妖精語は…ぶっちゃけ、覚えたってほとんど意味は無いけど、私の話し相手が欲しいから覚えなさい。いや、覚えろ」
「ばぶー…(はい)」
「素直でいいね。よし、もし君が妖精語をある程度マスターできれば、魔法も教えてあげよう」
「ばぶ!?(ほんとですか!?)」
「あぁ、勿論だとも。その代わり、私という偉大な精霊が教えるんだ。君もしっかり覚えるんだぞ?」
「ばぶ!(はい!)」
「いい返事だ、先生張り切っちゃうよ」
これが精霊シルフィとの出会いであった。
うほっ。早速のブックマーク感想ありがとうございます。
本当は予定通り明日投稿しようと思っていましたが、いきなりブクマついてテンション上がったので、切り上げて本日投稿に変えさせてもらいました。