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3.憑き物


 店に戻ってすぐ。

 霊の手にはあの曰くつきのバレエシューズの入った箱が風呂敷に包まれたまま抱えられている。


 店内に置かれている骨董品はすべてそれなりの怪異的な謂れのあるものばかりだ。

 中でもこの店から滅多なことでは移動しないだろうと霊が判断したものには、例のごとく名前がつけられる。それらは宿っている魔性が強すぎて、ただの人間たちの世界にはどうしても弾かれてしまう物であるという証拠だ。

 笠のように人でない者が身近にいれば、そういった物も行き場が生まれるのだが、このご時世、乙女椿国全体を見ても、私たちのような人外はひっそりと息をひそめているか、もう人外とは呼べぬくらいに血を薄めてしまっている。

 大陸ならばまだしも、島国という場所は一度駆逐を始めればあっという間なもの。残っている人外で堂々と生活できるものなんて、古くから神と崇められた一族や、もとより人の為に尽くしてきたような一族だけだろう。


 そういった者はこの店には来ない。

 人にあまりにも近すぎると、警戒する霊が寄せ付けないように魔術をかけているからだ。

 そうなれば、名前の付いた骨董品の新しい主人となり得る人物はぐっと減る。そのくらい魔性の強いものがこの店には長椅子の「シトリー」を含めて三十七ほどある。笠に引き渡した草履の「グシオン」や他二つを含めれば、ちょうど四十だ。


 そのくらい、魔性に満ちたものが犇めきあっているというのに、霊の抱えている箱の中身はそのなかでも異質なものに見えた。


 私の中の魔女の血が騒いでいるのだろうか。

 箱の中のバレエシューズを思い浮かべると、〈赤い花〉の心臓がとくりと音を立てた。


「さてと、もうすでに大凡の予想はついているのだけれど――」


 と、霊はそう言って応接用のテーブルに箱を置いた。


「って、え? もう?」


 驚いて聞き返せば、霊はにこりと笑って振り返った。


「勿論。私も人々に魔物と恐れられる吸血鬼ですからね。大いなる空より下ったジズのように、私の目は曇りなく何でも見通すのよ」


 ジズは大陸に伝わる神獣の一柱だ。リヴァイアサンとベヒモスらと共に古来より祭られている。

 リリウム市国を治める法王は、古き神を駆逐するのではなく、聖獣として守っていくことを誓った。その理由は、神獣信仰をやめさせた時代に起こった天変地異のせいだとされている。唯一の神ですら彼らを蔑ろにするなと言ったのだと人々は解し、法王の指示のもと古来からの方法で祀り上げているらしい。


 神獣も唯一の神も、いまでは本気で信じている人なんてそうはいないだろう。


 乙女椿の国民の大半は特に、大陸の話なんて遠い海外の話でしかない。リリウム市国なんて遠い遠い。私も一生行かないと思う場所なので、吸血鬼を含めたすべての魔物を空より運んだのがジズで、人間を含めたすべての獣を海より運んだのがリヴァイアサン、そして、魔女や魔人を含めた半魔族の先祖にあたる子を産むこととなる魔物の父と人間の母をくっつけたのが大地を治めていたベヒモスなのだと言われても、はいそうですかで終わってしまうものだった。


 けれど、そんな神話でも〈赤い花〉の伝承だけには興味がある。

 三神獣に操を捧げる巫女たちの伝説。輿入れの儀式を邪魔する悪魔を聖剣を用いて祓ったものは、すべて〈赤い花〉の心臓を持つ魔女や魔人であったのだという話。

 自分にはあまりにも遠い話だが、そうやって持て囃されてきた歴史を受け継いでいるのだと思うと、何だか不思議な気持ちになった。


「はい、そこ、ぼーっとしない」

 

 急に注意されて背筋がぴしっとなった。

 霊は怪しげに私を見つめ、手招いてくる。

 非常に嫌な予感がした。


 風呂敷を解くと箱を開け、そして私に向かって箱を差し出してきた。


「中身を取って」

「へ?」

「いいから、早くしなさい」


 命令されて慌てて手を伸ばそうとして、躊躇いが生まれた。

 これって触れたらいけないものではなかっただろうか。戸惑って霊の顔を見つめれば、霊はにこにこしたまま私を見つめていた。


「霊さん……あの……」

「安心なさい。私がついてるわ。それに、あなたは人間の血が薄いから、この靴の影響もそこまでひどくはないはずよ」


 そこまで、って。


 少しはあるんじゃないかと突っ込みたくなる気持ちを抑え、私は覚悟を決めた。抗ったところで霊は命令を変えたりしないだろう。霊はそういう人だし、私はそういう人のしもべだ。

 命じられた以上、それに従うのが私の務めであり、さがである。


 箱に手を伸ばしかけ、固唾を飲んだ。

 本能がやめろと言っている。それに触るなと言っているのだ。赤いバレエシューズ。依頼主からの怖い話を聞いたせいじゃない。私の中に流れる血が――魔女や吸血鬼といった魔性たちの血が、それに触れてはいけないと警鐘を鳴らしているのだ。


 これは、いったい、何に影響された代物なのだろう。


「霊さん……」


 私は恐々主人に訊ねた。


「本当に、助けてくれますよね?」


 微笑みを崩さない霊は黙ったまま促す。信じるしかないだろう。主従の契りは絶対だ。それに、心から嫌なことを強要されるというものは何だかぞくぞくした。

 そうして、私が観念してバレエシューズを手に取ったとき、霊はようやく言葉で答えた。


「存分に楽しませてもらってからね」


 ――え?


 その直後だった。

 全身に静電気のようなものが走った。痛みと驚きで怯みバランスを崩し、靴を放り投げて私は倒れてしまった。今の痺れは何だろうと呆けている私の手が、無意識に動き出す。バレエシューズは私の足元に落ちている。それを見る形で、私はいつの間にか今まで履いていた靴を脱いでいたのだ。


 代わりに履くのは赤いバレエシューズ。


 ――ああ……そのなんと美しいことか。


 自分がとっくにおかしくなっているのだという事は自覚していた。しかし、理性ではとどまらない。赤くて可愛らしい一足のバレエシューズが美しくて堪らなかった。手を伸ばし、それを履こうとすれば、やはり子ども用とだけあって私の足には小さすぎた。


 私はそれを履きたいのに。

 足を切り落としてでも、という言葉が頭をよぎる。


「幽」


 そこで麗しき我が主人の声がかかった。


「あなたの体を傷つけられるのはこの私。私だけ。あなたの身体は私のモノなのだから、勝手なことをしたら承知しないわよ」


 いったいどう承知しないのだろうか。

 なんて期待をしながら質問をしたところでただ怒られるだけなので、私は黙って頷いた。

 足を切り落としてはいけない。ご主人様の御命令だ。ならば、私はどうやってこの靴を履くか。踵を踏むしかないだろう。


「ああ……」


 つま先がどうにか靴に入ったとき、私の口からはなぜか官能的な声が漏れ出した。

 サイズの合わない靴を無理やり履くというきつさに興奮したのではない。いや、若干そういうところもあったかもしれないが、それ以上に私の感覚は狂っていた。


 一言で言うと、とても気持ちがよかった。


「なにこれ……なんだか変……れ、霊さん……」

「いい表情だこと。毎朝のご褒美の時よりも素敵な顔をしているわ。私なんていらないわね」


 ――そ、そんな。


「霊さん、ちが……これは、違うんです……ああ」


 どうしたらいい。

 いや、我慢すればいいんだ。霊がいいというまでこの靴を履き続け、快感なんてないものだと自己暗示をし続けて耐えるしかない。

 そうするしかないのに、私と来たらはっきりとしたこの感触にすっかり流されてしまっていた。


 具体的に言うと、きついバレエシューズで圧迫されている辺りから、徐々に脛へとそして太ももへとなぞられているような感触があった。

 そこには誰もいないのに。

 さらに、なぞられる感触と共に腰の力が抜けた。


「なるほど。あなたには踊る暇もくれないってわけね」


 そうだ。依頼主の話では踊り狂った後に力を失うということだった。だが、私は違う。踊るなんて考えられないほど力が出ない。踊り狂うなんてもちろん、立ち上がることすら困難なのだ。


「きっとこの靴に宿る者も、あなたの〈赤い花〉に魅了されているのね。幽、気分はどう?」

「気分……えっと……ええと――」


 最高です、と言おうとする口をどうにか制し、私は答えた。


「最低です。……早くなんとかしてください」

「そんな紅潮した顔で言われてもねえ」


 ここぞとばかりに言葉責めしてくる霊を前に、私は絶望していた。

 このままだとあられもない姿を店内に晒すことになる。いつもの閉鎖的な寝室なんかではなく、店内。それも店の営業時間で、いつ誰が客として招かれるかも分からない、笠が来るかもしれないという店内――名前の付けられた心ある骨董品たちが見守るこの場所で、全てを曝け出して鳴いてしまいそうだ。

 そんな未来を想像すると、ぞっとするやら興奮するやら。


「まあ、じっとしていなさい。あと少しで出てくるから」


 何が出てくるのか、私の醜態だろうか。


 そんなことを思っているうちに、私は気づいた。

 足元を中心に私に対して怪しげなアプローチをしてきている見えざる者の感触が、段々と強まってきているのだ。輪郭がある気がする。姿がある気がする。ただ感触としてしかそこにいなかった者が、いつの間にか可視のものとしてそこにいる。


 幽霊?


 与えられた快感を押しつぶすような恐怖に見舞われたのもつかの間、その存在の姿に私は敵意を抱いた。


 ――魔物だ。


 霊のような吸血鬼とは違う。妖魔の一種だが、その実態は亡霊のようなもの。人々の夢の中に現れ、精気を吸い取り心身に害をなす生き物。

 夢魔と呼ばれる一族の女がそこにいた。起きている者の前に現れる彼女は、白昼夢魔とでも呼ぶべきだろうか。


「そう、そうよ。確かに〈赤い花〉だわ」


 やけにフェロモンたっぷりの大人のお姉さんの声をしていた。


「懐かしいわあ。人間たちが高値で取引していた時代が昨日のことのようね。魔物や魔族だって人間のふりをして〈赤い花〉を競り落としたものだった。私もその一人。数々の伝承で褒め称えられる〈赤い花〉の子孫を支配し、食い荒らす背徳感がたまらなかった。ああ、この子はあなたのモノなのだったかしら、若き吸血鬼さん?」


 太ももがぞわぞわする。そのまま忍び込んではいけないところにまで手が伸びている気がする。だが、その快感のほか、動くことも抵抗することも億劫なくらいの倦怠感に包まれていた。

 この感触。

 霊に血を吸われた時と同じだ。

 ご褒美と称して可愛がってくれる時は、このように動くのもだるくてされるがままになっていることが多い。身を横たえながら、与えられる快楽と責め苦に喘ぐしかないのだ。


 今も同じ。霊以外の者にそうされているという嫌悪さえも、むしろスパイスとなっていた。


「分かっていながらお楽しみを続けるなんて、あなたも相当長生きをされた御方なのね。名もなき夢魔さん」


 にこやかながら静かな怒りを込めた霊の声にぞくりとした。

 顔を見たいが、目を動かすのもやっとだ。視界の端に霊はたぶんいるのだろう。薄らいだ私の目に見えるのは、現れた夢魔の艶やかな手が器用に動いているところばかり。

 滑らかにくるぶしを撫でられ、痙攣が生まれる。


 夢魔の女性は笑みを漏らした。


「この通り、あなたの大切な人は私に夢中。この足で踊り狂うことは出来なくても、〈赤い花〉は今もずっとこの子の胸の中で踊ったままでしょう」

「あなたは何者?」


 霊はとても落ち着いた様子で訊ねた。

 もうちょっと焦ってくれてもいいと思うのだけれど。


「まさかあの人間様の妹さんじゃないでしょう。どうしてその靴に宿っていたの?」

「答える義理なんてあったかしら。それとも、その情報の対価はこの〈赤い花〉?」

「情報の対価としては高すぎるわね。それは競りを実際に見てきたっていうあなたなら分かるでしょう? でも、〈赤い花〉を小一時間常識の範囲内で自由にしていい権利、となら釣り合うと思わない?」


 何を言っているんだ、この人。


「なるほど、取引ってわけね」


 何を納得しているんだ、この夢魔。


「面白いじゃない。私と対等に取引して、問題を穏便に解決したいってわけね。いいでしょう。あなたに敵意がないというのなら、今すぐ〈赤い花〉に命じなさい。素直になれってね」


 艶めかしく指は動き、ぞわりとした悦びが私の身体を駆け巡る。

 逃げようにも足は動かない。靴は接着剤でもついているかのようにぴったりとくっついていた。明らかにこの夢魔によるものだ。魔女の血が濃ければ、あるいは、吸血鬼の血が濃ければ、こんなふざけた魔性に屈することなんてないはずなのに。


 ――ああ、でも、なんて心地いいんだろう。もっとひどいことをしてほしい……。


 命じられるまでもなく、私の精神は崩壊寸前だ。快楽の波をせき止めているダムはいまに決壊するだろう。そうなればどうなってしまう? 不安と後ろめたさと恥辱のせめぎ合いすらも、私にとっては享楽となっていた。


「幽」


 そこで私にとっての”絶対神”である霊が、裁きの槍のような言葉をもたらす。


「我慢を解きなさい」


 たったその一言で、私の中にあったはずの心のダムは跡形もなく崩れ去った。



 酷い目に遭った。酷すぎてむしろおいしい目に遭った。

 小一時間という約束は、白昼夢魔の巧妙な駆け引きによって引き伸ばされ、私は脳の血管でも切れてしまうんじゃないかというほどのことをされてしまった。

 

 具体的に話すのはやめておく。

 ただ、すごく酷くてすごくよかった。それだけだ。


 さて、私の貞操を犠牲にして得られた情報はというと、男女見境なしだとかいう白昼夢魔の履歴くらいのものだった。

 彼女の一族は古より幽鬼のようにさまよい、繁栄してきた者たち。非常に長寿ではあるが、幽霊ではない。死ねばそれまで。生者ではなくなる。

 なので依頼主の妹の幽霊が無念のあまりいけない方面に成長してしまったわけではなく、たまたまこの靴に残された負の意念に引き寄せられ、きっと処分されないだろう遺品に宿った状態で、少数で構わない獲物を虎視眈々と狙っていたのだそう。


「出来れば若い子がいいけれど、あの奥様もいずれはいただくつもりだったわ。娘か息子がこの靴を引き取ってくれるとなった後でね」


 夢魔はそう言いながらため息を吐いた。


「でも、〈赤い花〉の精気はやっぱり別格のものね。吸血鬼の血が混じっていても格段のもの。そのうえ、隠し味に人間ですって? 魔女の精気なんて不味くて喰えたもんじゃないって思っていたのに、ああ、もっと欲しい」


 俯き加減にそういう姿は非常に色気がある。

 男だったら襲っていただろう。そのくらい無防備に足を開き、夢魔は長椅子〈シトリー〉の上に座らされていた。


 そう、魔術に縛られた状態で。


「私も落ちたものだわ。自分よりもずっと短い時しか生きていない吸血鬼なんかに騙されるなんて。淑女のような見た目をして。中身は立派な詐欺師じゃない。どんな娼婦よりも演技がご立派なこと。こんな……こんな椅子に……私を座らせるなんて――」


 長椅子は霊のいう事しかきかない。

 私もうかつに座れば、〈シトリー〉と名付けられた裸の女の姿の精霊が現れて、性的に喜ばせてくれるだろう。有難迷惑でしかないと訴えようと、〈シトリー〉には通用しない。

 そんな椅子に、夢魔は座ってしまったのだ。

 小一時間、私をさんざん弄んで満足した後、「情報を詳しく聞きたいからそこに座って話してちょうだい」という霊のさり気ない誘導に従ってしまったのだ。


 きっと〈赤い花〉の精気に満たされたばかりで油断していたのだろう。

 私には〈シトリー〉の姿など見えないが、きっと彼女には見えている。色々といけないことをされて、動けなくなってしまっているのだろう。


 名も名乗らぬ夢魔の正面で、霊は立ち尽くしていた。

 吸血鬼の目、魔女や魔人に匹敵する魔性をもって、長椅子に囚われる夢魔を見つめている。その手には赤い靴。だが、夢魔の宿らぬその靴は、霊の心を害することもできないらしい。所詮、靴は器に過ぎない。亡き人の無念が残されていたとしても、それだけでは怪異は生まれないというわけだ。

 夢魔を奪われればただの靴。その代り、そのただの靴には別の魔術がかけられていた。


 吸血鬼の、魔術である。


「いい表情ね」


 霊がうっとりとした声で言った。


「あなたに罪はないわ。あなたは夢魔。人間に忍び寄り、夢を与え、精気を吸って生きていかねばならないと魔物の神であらせられるジズがお決めになったことだもの」


 けれど、と霊は靴を手に持ったまま夢魔の足元へとしゃがんだ。


「今の私が守るべきは契約。依頼主の願いを叶えるためには、あなたの存在は邪魔でしかないの」

「やめて……」


 怯える夢魔に霊は靴を履かせた。

 その途端、夢魔はぴんと体をひきつらせた。その目は天井を向き、口は開けたままだが声は漏れ出さない。よく耳をすませば、吐息のようなものが聞こえる気がした。


 吸血鬼の魔術。魅了の力は恐ろしい。ひとたび影響されれば、操り人形のようになってしまう。そこに心が伴うかどうかは、もはや分かりやしない。


 長椅子の〈シトリー〉の力では一時的だ。快楽を最大限まで与えたと〈シトリー〉が判断すれば、大人しくなってしまう。有難迷惑な接待も終了となり、うっかり座ったものも解放されるのだ。

 だから、そうなる前に霊は靴を履かせた。これでもう夢魔は逃げられない。


「騙して御免なさいね、夢魔のお姉さん」


 ちっとも悪びれる様子もなく言うと、霊はそのまま夢魔の首筋に口づけをもたらした。私との交流とは違うキス。そこに含まれる意図は、霊の気分次第であるだろう。

 私はただ見守った。いまだ立ち上がることもできないまま、主人と他所の女の血を交える深い交流を見せつけられていた。切なさと心苦しさと共に、胸の奥で炎がともっているような熱を感じる。この苦い味すら快感と思っている私はどうしようもない。

 そうして長い時間が過ぎた後、夢魔の身体が異様に白くなってきたと思った頃になって、霊はやっと口を放し、もう興味を失ったと言わんばかりにその場を離れ、手で口を拭った。


「夢魔の血なんてつまらない。薄味すぎて面白くない。私はもっと濃い血が好きなの。幽のようにね」


 敗者に対して冒涜的なその言葉が放たれる中、長椅子の上でぐったりとした夢魔の姿が塵となり、風にさらわれていく。そのまま塵は霊の影へと飲まれていき、そして完全に消えてしまった。

 きっと存在を支配したのだろう。今後は霊の使い魔という生き地獄の人生が待っている。可哀想に。


「まあでも、何かの役に立つでしょう。いないよりもマシね」


 つまらなそうに言う我が主人の姿はどこまでも圧倒的なものだった。

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