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REVENGE#3

 地獄へと舞い降りたダーク・スターは、そこで場違いな人物と遭遇する。資料館の避難者達が狂気に走るのを尻目に、青年の復讐は徐々に姿を変えつつあった。

コロニー襲撃開始から数時間後:PGG宙域、〈暁の安息所〉星系第4惑星〈揺籃〉


 遂に青年は地表まで辿り着いた。彼の半身たる漆黒の光明神はこの田舎のコロニーに降り立ち、そして幾星霜を(けみ)した都市にこびり付いた穢れの多さに悍しい思いがした。真っ暗な道路を見下ろすと、そこかしこに死体が転がっていた。千切れた組織片や内臓がべちゃりと落ちており、かなり不味い状況だった。全員を救うのは到底無理だが、可能な限りは救わなければなるまい。でなければ、彼は己の不甲斐無さという新たな重荷を背負う事になるだろう。かくなれば、これ以上の虐殺行為をできる限りの力をもってして食い止めなければ。モニターは闇に閉ざされた地上を明るく見せており、わらわらと虫けらが集まってくるのが見えた――穢れた神気取りの怪物だ。彼の延長線上のごとく動く漆黒の光明神ダーク・スターは、ひらひらと剣を舞わせて集る(たか)汚濁を斬り裂き、それら汚物が一瞬途切れた隙にふわりと浮き上がり高速でその場を離れた。もしかすれば、こちらに注意を逸らせるのではないだろうか。



数分前:PGG宙域、〈暁の安息所〉星系第4惑星〈揺籃〉、資料館


 人々は既に正気を失いつつあった。己らが避難者である事を忘れ、目の前の暗がりでPDFの薄明かりに照らされた美しい女に魅了されているのだ。その女を強引にそこらの暗がりへと連れ込み、力づくで犯してしまいたいと考えているのだろう。外では悍しい怪物の大群が獲物を求めて捜索しているというのに、それさえももはや意味を持たなかった。地元民の男はぼんやりとした頭で黒い服の女のよく見えない顔を窺った。薄っすらと見えるその輪郭でさえも既に美しかった。

「まあ皆さん、そのようにお慌てにならないで。今は恐ろしい怪物が外におりますわ」

 その声の違和感に気が付いたのは、離れた所にいた資料館職員だけであった。彼は何十ヤードも離れているので、闇の中に佇む女の姿がほとんど見えていなかったため、他の避難者とのギャップが生じていた。見ればあの観光客らしき女や視覚を持たない老人までもがあの女に引き寄せられたらしかった。あの女は何かがおかしい。この非常事態に、どうしてああも落ち着いていられるというのだ?

 そして猛烈な違和感に戸惑っていたところで女の声が聞こえ更に違和感が増したのである。そして事実、その答えは至極単純であった――すなわち、単純に女の声がとても大きかったという事に。不味い、と職員が思った瞬間、暗がりの方でどっという凄まじい勢いの喧騒が聞こえ始め、最初は意味もわからず数秒間を過ごした。何せ、外にあの恐るべき怪物達が跋扈しているというのに、どうして騒ぎ立てるなどできようか。しかしてそれを実行している目の前の莫迦どもは、この終末の日に絶望した新手の自殺志願者とでもいうのか。狂人どもめ!

 職員はどたどたと駆け寄って騒ぎ出した避難者達を鎮めようと必死に呼び掛けた――しかし同時に認めたくない事実が彼の聴覚を刺激し始めた。初めはそんなはずなどないと固く念じていたが、それは紛れもない現実であった。というのも、喧騒に呼応して外の怪物達が立てる音が明らかに接近して来ていた。そして遂に窓や正面入口からどんどんという厭わしい音が聴こえ始め、塞がれた窓の隙間から何か悍しい実体が蠢いているところが微かに見えた。それは資料館の職員を完全な恐慌状態にさせ、そして彼と交友のあった地元民の男も漸く女の発する妖艶な魅力から解き放たれ、己が周囲の莫迦どもと一緒に人生への幕引きを行なっていた事に気付き、その絶望故にあらん限りの声で叫ぶ他なかった。

 がしゃんという破壊音と共に空けられた穴から暗い室内にあの悍しい怪物が侵入し、窓から一番近かった資料館の職員は逃げようとするも背後から殺到されてうつ伏せに倒れ、苦悶の叫びと共に彼の二本の腕に怪物達が噛み付いてその肉を抉り取られた。他の腕も瞬く間に血塗れとなり、やがて頭部をずたずたにされて押し黙った。それら凶行を見た事で正気を喪失していた避難者達は一斉に我へと帰り、己らの置かれた状況に気が付いて一目散に逃げ纏ったが、地元民の男が絶望に満ちた人生最期の瞬間に激痛による己の絶叫を聞きながら見たものは、誤操作か何かで光源が増したPDFに照らされた、毛で作られた人形のごとき悍しい怪物の群れと、それらを物珍しそうに眺めるあの脈動する肉腫と内臓の塊じみた姿をした美しい黒衣の女が浮かべたぞっとするような笑みであった。

「初めまして、叛逆者」

 あの女の場違いな声と共に強い衝撃が地元民の男の意識を刈り取り、この世から去らせた。



コロニー襲撃開始から数時間後:PGG宙域、〈暁の安息所〉星系第4惑星〈揺籃〉


 状況はかなり不味い。センサーで確認してみたところ軍は恐らくまだ出動できないか、自衛で手一杯らしい。生体反応がこの周囲でどんどん減っており、そこら中で虐殺が行われている事を示していた。暗く閉ざされた都市の中で血肉が飛び散る様がはっきりと見え、青年は己の強化された五感と漆黒の光明神の機能をこの時ばかりは呪いたくなった。こちらに気が付いて――巨神から神聖さを感じ取ったのか――切断された脚部から血を垂れ流して地面を染めながらも必死に生への執着を見せて這いずる市民が通りの200ヤード前方に見えた。何かしなければと青年が考えた瞬間、天を突く巨大なリージョンの一部がその犠牲者を無慈悲に踏み潰し、その生々しい音を聴いてしまった。やはり、僕がなんとかしなければ。青年は決意を固めざるを得なかった。

「ご機嫌よう」

 美しい女の声が聴こえ、青年ははっとして全周囲モニターで確認した。目を向けた方向にはふわふわと浮かぶ女――見た事もない種族だった――がおり、黒衣と内臓じみた手足をひらひらと靡かせているのが見えた。

「私はオートセニア。オートセニア・ノーケン・ミリウ・フテルレッドという。ユニオンの首領と言えばわかるかな、名高いダーク・スターよ?」

 最悪の状況で最悪の水増しだった。何故悪名高いユニオン総帥がこのような場所にいるのか。いずれにしても、取り合っている場合ではない。

「悪いが僕は忙しい。君は自分でその身を守るといい」

「それがそうもいかないのだよ。この叛逆者は私とは話してくれないからね」

 つまらなそうに笑う肉腫じみた女目掛けて無数の空飛ぶリージョンの一部が殺到したが、それを全く意に介さず女は喋り続けた。しかも『叛逆者』などとリージョンを呼んでいる以上は、何か知っているのだろう。

「先程この面白い叛逆者はこう言ったよ、『恐ろしい怪物め、俺を惑わす事などできんぞ!』と。全く、まともに会話が成り立たないのも困ったものだよ」

 ダーク・スターは音より速いスピードで空を駆けたが、あの女はそれに追い縋って話し掛けて来るものだから、青年はうんざりさせられた。

「〈ダーク・レイン〉」と青年は唱えて対人用兵装を発射し、漆黒の光明神の掌から一斉発射されたそれらは数多くの一部を貫いたが、女の触腕目掛けて放たれた一発はすり抜けてしまった。

「おや、しかしこれもまた必定。君のいかなる武装とて現状では原理上私を傷付ける事叶わぬらしいね。この魔法もかなり高度な攻撃なのだが。

「まあ聞いてくれたまえよ。君が噂通り私と同じく不死者であるか、恐ろしく長寿である事を見込んで話している。というのもね、この群の肉を持つ個――君と何やら因縁があるようだ――は先程も言ったように全く話も聞かずに無駄な攻撃ばかり仕掛けてくる。退屈凌ぎにここへと現れたというものを、それがこの有り様では困ったものだ。君は宇宙が死と新生を繰り返す過程で特異な時期が存在している事を知っているかね? すなわち、全てがブラックホールに飲み込まれ光とて消え去り、そのブラックホールさえも永い月日――私に言わせれば随分短い期間だよ、私の背負う永劫全体からすればね――の果てには死に絶えると、君の知る物質的な世界の代わりに別の時代がやって来る。私はひとまずそれを黯黒期と呼んでいるが、前回の黯黒期では途方もなく大きな生物と遭遇したものだ。何せ会話するだけでも…そうだね、わかり易く言えば今現在のこの宇宙の年齢の100億倍の、更に数倍程の時間がかかったよ。そう、一言会話を交わすだけでそれぐらいかかったものだったが、何せ今目の前にいる叛逆者も君も、この私の退屈を全く紛らわせてくれないという点では同じと言える」

 女は美しい声でそうした至極どうでもいい与太話を続け、青年は努めてそれを聞き流しつつリージョンと戦い続けた。正直言ってどうでもいい相手だが、この透過能力以外に何かあればあるいは…。

 突如としてダーク・スターは己の半身にへどろ色の聖剣を振らせて女を薙ぎ払った。無論それは何の効果も無かった。

「やはり、君の言う通り僕の、ダーク・スターの攻撃は通じないという事か」

 女は与太話に混ぜてまともな事も話していたようで、少なくとも現状の彼が編み出したヘリックスの秘儀は全て通じないと思われていた。

「見ての通り、僕は復讐で忙しいんだ」と青年は冷たく呟いた。

「復讐、かね。しかし君は心優し過ぎて、真意を隠せない。己のための復讐だと言いたいのだろうが、実際はコロニーの市民を守りたいと強く願っている事は明らかだ」

 図星を突かれて青年は押し黙った。暫くして、絞り出すように言った。

「そうかも知れない。血を浴びて咲き誇る悪の華よ、では一つ提案させて欲しい。お互いに不死ならば、僕はいずれ君の暇潰しに付き合ってやれるはずだ」

 それを聞いて脈動する内臓のごとき彼女の脚部が妙なパターンで揺れた。明らかに彼へと強い興味を持ったようだ。

「その代わり今君が僕と同じ道を歩んでくれればという事になる。怯え切った無垢なる市民達を庇護するために君が動いてくれるなら、いずれ僕が君の暇潰しへと出向こう。何年、何千年、何万年後かに」

「ふむ、私が君のつまらないヒーローごっこを台無しにするよりも、むしろ君を手伝った方が楽しめるとでも言いたいらしいが」

 女は装甲をすり抜けて機体内部まで入り、モニターの一部から這い出てその顔を青年に近付けた。青年は肉腫じみたオートセニアの美しい目をじっと見つめ、はっきりと宣言した。

「楽しませると約束するが道を選ぶのは君自身だ、オートセニア」

 青年の声はオートセニアの心に響き、彼女は暫しぼんやりと周囲の雑音を聴いていた。悲鳴やうめき声が風に乗って聞こえ、爆発音が遠くで響いていた。地獄めいたそれらを環境音楽代わりにして心を整理し、ユニオンに君臨する美しい黒衣の女はオレンジに輝く刃を両手に数本ずつ実体化させ、ゆっくりと力強い声で答えた。これが彼女の攻撃用の能力ないしは武器なのだろう。

「いいだろう。放浪者たる君よりは私もPGGには詳しいはず。駐留軍は苦戦しているだろうが、やりようによってはこの全くもってつまらぬ群の若造を相手に持ち堪える事も可能だろうよ。しかしいずれは崩壊するから、まずはあの結界を破らねばなるまい」

「あの結界の原理は僕にもよくわからない」

 ダーク・スターが自信無く言うと、ユニオンを率いるオートセニアは得意気に語った。

「我が永劫の生における教訓からするに、あれの物理的な妨害――大気圏外への脱出や内部からのテレポートだな――を破壊するのは極めて困難だろう。私にとっては何の妨げでもないがね。無論、私が近隣星系まで助けを呼びに行くなどというのは却下させてもらう。さて、内部からの妨害はともかく、外部から攻撃したりテレポーターで侵入できるようにあの結界の機能を部分的に破壊するのは簡単だろうから、要するに問題は何とかして援軍を呼べるかどうかだ。この惑星とは現在一切の連絡が取れまいが、結界の効果で外部からは一切関心を持たれず、そして誰も言われるまで気付きはしない。当然の事ながら、誰も気が付かない以上は誰もそれを話題にしないがね。

「やるべき事は二つ。まず何らかの手段で外部へと知らせる。これも強く妨害されて困難だろう。そしてもう一つ、結界の機能の一部を破壊し、外部から干渉可能にする。駐留軍の生存者と協力せねばな。私の推論は以上だが、これらは君にとって可能かね?」

 試すように、ユニオン総帥は嘲笑っていた。しかし青年は自信たっぷりにその挑発を跳ね除けたのである。

「ヘリックス最後の使い手として宣言するよ。どちらも可能だとね」

「ほう?」

 オートセニアは大層嬉しそうに見え、それは彼女の艶ある美しさを更に高めていた。



3ヶ月前:地球、ニューヨーク州、イースト・ヴィレッジ


 どこにでもいる普通のクライムファイターの青年は、この頃から名状しがたい悪夢に悩まされ始めた。だがそれこそは実は、全てを喪失した復讐者が平行宇宙の元地球人である〈旧神〉(エルダー・ゴッド)リージョンを解析し、それを元に結界を巧妙にすり抜けてこの宇宙の地球向けて飛ばされた、時間を遡って届いたSOSだったのである。そしてそのクライムファイターは、この尋常ならざるメッセージに適合した唯一の地球人――少数の地球人しかこのメッセージを受信できない事も計算通りだった――であり、それはやはり計算通りに、宇宙の各所を監視する美しい三本足のナイアーラトテップの耳に入り、見事に穢れ切った〈一なる群体〉リージョンを撃退せしめたのである。

 ダーク・スターはそれらが必ず上手く行くと確信していたが、その自信の理由はオートセニアにもわからず、寄せ集めの5人が到着する前に彼女は〈揺籃〉から姿を消したのであった。だが一つ言えるのは、かの青年がこちらの宇宙の地球人の善性と判断に確かな信頼を置いていたという事である。

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