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STRANGE DREAMS:AFTERMATH

 デフォルメされたマスコットは怪物、怪物のように見える生き物は市民…ニューヨークに住む若いヒーローが見た、その通常とは逆に思える謎の夢は正夢だった。それを情報源に、集った五人の勇士達は虐殺を止めるため蹂躙されているコロニーへと急行する。そして全くの偶然が、彼らを孤軍奮闘する謎の青年と巡り合わせる事となった。

登場人物

汎銀河連合組織『パン・ギャラクティック・ガーズ(PGG)』

―メズ・ロート…PGGの隊員(ギャラクティック・ガード)、ベテラン。

―パラディン…PGGで尊敬を集める優秀で気高いギャラクティック・ガード。


宇宙ヒーローチーム『プロテクターズ』

―クロムマン…プロテクターズのリーダー、元々は非常に高貴な生まれ。

―ナイアーラトテップ…プロテクターズに所属するヒーロー、心優しい神。

―キュー・クレイン…プロテクターズに所属するヒーローでナイアーラトテップの親友、ケルトの半神。


惑星〈揺籃〉に現れた存在達

―リージョン…〈一なる群体〉。

―謎の青年…正体不明の巨大ロボットを駆る男。



 モンスターは実在するし、幽霊だって実在する。彼らは我々の内に棲んでいて、時々だけど、彼らが勝っちゃうんだ。

――スティーブン・キング



現在:PGG宙域、ギャラクティック・ガーズ宿舎


 宿舎の一室で二人の男がさぞ深刻そうな様子で向かい合っていた。ここは個人に割り当てられた灰色基調の私室で、標準的な物質的性質を持つ種族に適した設計である。就寝用に設置されたアナログなベッドは、太陽系第三惑星の住人が使うそれと大差無い。

「聞いたぜ、ヤバい事が起きてるらしいな」と地球人同様の容姿を持つ男が普段のにやにや笑いを消した表情で言った。星の海の彼方に自らと同様の姿を持つ種族がいる事を知れば、それが地球の学者達に与える影響は大きかろう。彼のメズ・ロートという名前にどういう意味合いがあって、どのような文化的背景があるのか。同様に彼とその対面者が着ている紺を貴重とした服にどのような意味があるのかも。しかしPGGのギャラクティック・ガードである彼が直面している現時点の問題を鑑みれば、そうした知的好奇心を擽る(くすぐ)事柄などは至極どうでもいい事だ。

 メズの言葉を聞いて彼の眼前にいるもう一人のギャラクティック・ガードが肯定する身振りを見せる。種族的な差異故に、その男と付き合いがなければその素振りに肯定の意味がある事まではわかるまいが、幸い二人の付き合いは長い。苛立ちや焦りが見て取れた。地球で言うと太平洋の諸島地域の民族に近い顔立ちのメズは無精髭を生やしたままの顔に少し(やつ)れた表情を浮かべ、事態の深刻さを察して溜め息をつきながら、ベッドの上へと乱雑に端末を放り投げた――その様子が彼という男を物語っている。端末は上方にホログラムを投影してとある星系図が二人の前に現れた。

「〈暁の安息所〉星系第4惑星〈揺籃〉、昔観光で訪れたが田舎のコロニーだな」

 メズはぶっきらぼうに言ったが、それそのものには悪意は無かった。ただ、タイミングが悪かった。

「どうせなら地方都市と呼んでくれ!」

 先程とは違いメズの言葉にもう一人のギャラクティック・ガードは身振りのみならず言葉による反応も返した。メズの種族と彼の種族の間には、ほかの種族同士の比較からすればそれほど観念的な差異がないため、彼らはまともにお互いを知り合ってからは意外と馬が合った。

 メズは冷静になった。飄々とした態度のアウトロー気質な彼はしかし、正義を愛する人並みの感性を持ち、それ故にギャラクティック・ガードへ入隊して厳しい訓練を勝ち抜いたのだ。

「いや、今のは不謹慎だな。すまんな。あんたを怒らせに来たわけじゃないんだ、パラディン」と彼は謝意を言葉に滲ませた。親友相手に頑なになる事はないからだ。

 パラディンと呼ばれたもう一人の男は普段であればこのようなやり取りで言葉を荒らげない。彼の種族は名前を持たない文化だが、銀河社会でギャラクティック・ガードとして活躍するにつれ真面目さや気高さが知られ、その騎士じみた人柄からパラディンと呼ばれるようになった。そしてパラディンはメズとの付き合いも長く、どちらか言えば粗野なメズとの会話にも慣れている。冷静さを些か欠く理由は〈揺籃〉にあったのだ。

「私の方こそ…どうやら自分で思っていた以上に苛立っていたようだ。ついかっとなった。普段なら君にあんな事で怒鳴りはしないが…」

「んなこたぁいいのさ」

 二人は向き合って片側の『腕』を絡ませ合いながら、お互いの腐れ縁や紛れもない友情を再確認した。そしてメズの方から話を続けた。

「故郷が緊急事態だってのに、焦らない奴はいない」

 ぶっきらぼうな風ではあるがメズも一般的な〈人間〉同様、思いやりの心を持っている。

「もしかすれば銀河の向こうから来る奴隷商人でさえ、な」

 パラディンはあえて軽口を叩いたが、その声に混じった不安の色は到底隠せるものではない。というのも、〈暁の安息所〉はヤクトスという種族が開拓した星系で、〈揺籃〉の住人は大半がヤクトスだった。彼らは半透明の肉体を持ち、どこか蛸のようにも見える異次元出身の種族であり、かつて故郷の次元が滅ぼうという時に悍ましい邪神によって率いられ太古の地球を襲撃したが、偉大なるドラゴンのクトゥルーやかの神と手を結んだヴォーヴァドスら地球の守護神達に撃退された。やがて愚かさを悟ったヤクトスの民は侵略戦争を禁じ、それから当時のPGGに受け入れられて加盟種族となった。パラディンは得られた情報から有名なランドマークを発見し、そこがどこであるかを確定するに至った。

 何故ならパラディンもまた、ヤクトスであるからだ。



数分後:PGG宙域、首都惑星イミュラスト、ギャラクティック・ガーズ宿舎


「でえーと、あんたらもついて来るのか?」

 出動準備を終えたメズとパラディンは、ブリーフィングなどに使われる部屋で三人の人物と対面していた。

「私には責任があるが故に。かかる邪悪を野放しにはできぬ。ナイアーラトテップは奴らに仇なす存在でなければ」

 黯黒のマントと深緑の甲冑に身を包んだ三本足の神はそう答え、そして右手に持つ結晶めいた戦鎚が怒りを放っていた。

「そうか。確かプロテクターズって言ったよな。どうやら俺達がこうして呑気に呼吸していられるのは、あんたらが宇宙を食おうとするとてつもなくデカい怪物を倒したからだって聞いたぜ。そっちの二人も?」

「無論です。無垢の民が襲われる様を見過ごしてはおけませぬ。我が友である大いなるナイアーラトテップの頼みを聞き、助太刀のため参上しました」

 槍を背負い帯剣した美麗なる騎士キュー・クレインはメズと同じ種族のようだが、実際には地球人だという。彼が言うには神と人間のハーフだそうで、それならば心強い。しかし一方で、無垢の民という言葉を聞いてパラディンは心を痛めた。

「無垢、か…」

 その様子は今しがたパラディンと出会ったキュー・クレインにもわかるぐらい申し訳なさそうに見えていた。そして戦場では猛犬のごとき働きを見せるキュー・クレインは以前親友のナイアーラトテップからPGGが誇る騎士の話を聞いており、彼がヤクトスである事も知っていたが、しかしそれは抜きに一度この現代の騎士に会ってみたいと思っていたのだ。キュー・クレインは、名前を持たぬがその功績と人柄故にパラディンと呼ばれるこの現代の騎士が、己の種族が古に(いにしえ)起こした侵略戦争の罪悪感を地球人である自分に対して抱いている事を憐れに思うと同時に、好感を持って受け入れた。

「異星の騎士よ、その繊細な感性を嬉しく思いまするも、しかし今は己を卑下せず胸を張って下さい」

 そこで一度区切ってから続けた。パラディンは幾らか気分が落ち付いたように見える。「私はあなたを責めに来たのではなく、助太刀しに参ったのです。お互いの祖先が交えた戦火はひとまず脇に置いて、共に往きましょうぞ」

 キュー・クレインの差し伸べた手がパラディンの心を打った。

「感謝します、地球の騎士よ」

 普段であればキュー・クレインはもっと冷めているが、今の彼は一度目の人生の頃のように燃え上がっていた。


「私も同様だ。クロムマンとして第二の人生を得たのはこうした悪との戦いに身を捧げるためだからな」

 第二の人生、という語句が気になったメズが問うと、強固な甲殻を持つ蛸じみた姿から、クロムの輝きを放つその男――クロム色の輝きさえなければ、この種族の身体的特徴はギャラクティック・ガードにとっても見慣れたものだった――が答えた。幾らか申し訳なさそうに。

「私はかつてオーバーロードだった」

 メズは思わずその言葉を心の中で繰り返して、それから聞き間違いでない事に気が付いた。

「はぁ?」

 普段のにやにや笑いが冷笑的に復活したメズを、パラディンが後ろから素早く取り押さえた。

「落ち着け」

 パラディンはクロムマンが元オーバーロードだと聞いて思うところが全くないわけではないにせよ、冷静さを保った。

「俺は至って冷静だぜ? だがよく考えろよ。俺は別にケイレンが嫌いなわけじゃねぇ、PGGの宙域内で暮らしてるケイレンだっている。だがな、この野郎ケイレン帝国のオーバーロードだと!? こりゃ一体どの面下げてPGGの首都惑星にいやがるんだろうなぁ!?」

 メズは言葉通り殴り掛かるでもなかったが、しかしにやにや笑いを浮かべてクロムマンに嘲笑的・冷笑的な言葉を突き刺し始めた。

「かつては」とクロムマンが言った。メズはパラディンによる羽交い締めを受けたままで冷たい視線をクロム色のヒーローに向けた。PGGとケイレン帝国の間には夥しい数の小競り合いが起きてきたし、今もそれは変わらないからメズはオーバーロードというケイレンの権威の象徴が大嫌いである。

「かつてだぁ? この覇権主義のクソったれ独裁者がよく言うよな、オイオイ」

 パラディンは依然冷静なまま、クロムマンへと突っ掛かるメズを(たしな)めた。

「だから落ち着け。君は私の同胞を助けてくれるのではなかったか?」

 だがパラディンは内心疑問を抱いていた。帝国指導者としての適正を失った古いオーバーロードの肉体が燃え尽きて、次期オーバーロードがソヴリン・フォースを継承するのではなかったか? ならば目の前にいるこの自称『元』オーバーロードは何者だ? 何故まだ生きている?


 パラディンを主導に出動前のブリーフィングが行なわれた。こうしている間にも多くの命が脅かされている可能性があるため、手短に済ませるつもりだ。

「まずは我々だけで行く事になる」と言いながらパラディンは複眼でメズの方を見た。その意味を察したメズはやれやれという素振りでクロムマンの方を見てからこう答えた。はいはい、尊い命のためだ、そのためなら風のイサカとだって仲良くするさ。彼も気持ちの切り替えは早い方だった。

 三本足の神が口を開く。

「やむなき事なれど、万全の状態とは言えぬな」

 メズはひとまずクロムマンへの因縁を脇に置いた。

「全くだぜ、本当なら初っ端から艦隊を派遣して欲しいってのに」

 やけに冷静な声色でパラディンが言った。「そうするわけにもいかない。何故なら情報源は――」

「――夢だしな」

「そうだ」

 メズはよくもこうしてパラディンが気持ちを抑えていられると感じたが、口には出さない事にした。もしかしたら今の彼の冷静さはあくまで際どいバランスを保っているだけであるかも知れないからだ。ナイアーラトテップに呼ばれてミ=ゴの賢者の私室へやって来るなり声を荒らげたらしく、そして彼の私室でも声を荒らげた。今は戦いの時ではないし、焦りと不安に(まみ)れたそれらは勇壮な騎士の声とは到底言えるものではなかった。

「情報源の奴はどうしたんだ?」

 これには三本足の神が答えた。

「私が地球へ送り返した。彼には彼の生活があるから」

「そして俺達には俺達の使命があるわけだ」

「その通り。できれば艦隊を伴って侵攻したいが…」とかの神は残念そうに振る舞った。

「もちろん私もそうして欲しい。しかし美しい神よ、先程も言ったように夢を理由に艦隊を動かす事はできません。まず我々が現地を偵察し、敵の存在を認めてから派遣を要請しなければ。幸い手の開いている艦隊があり、彼らは協力的でした。要請後素早く来てくれるそうです」

 パラディンはどこか申し訳なさそうにPGGの事情を説明した。艦隊を動かすのもただではないし、不確かな情報で動かせば広範囲の人事に関わる問題となるだろう。それを受けてナイアーラトテップは「それならば」と渋々納得した様子を見せた。


 再びパラディン主導でブリーフィングが続けられ、テーブルの内蔵する装置がホログラムで〈揺籃〉の姿を映す。途中、メズは何故パラディンが地球人の見た夢の限られた情報から〈揺籃〉だと特定できたのかを質問し、パラディンは微かに傾いた建物に挟まれた通りの事に触れた。形状から谷間通りと呼ばれるその通りは〈揺籃〉の最も有名な名所の一つであり、地球人の夢に出てきた通りの特徴と一致する。

「妙な事に、誰も〈揺籃〉の異常に気が付かなかったらしい。記録を調べると〈揺籃〉は三標準日前から音信不通になっている。地球の協力者が見たとされる〈揺籃〉襲撃の夢はつい最近の時点までは現実ではなく、予知夢だったと見るべきだろう」パラディンは説明をほんの少し区切って、それから再開した。何気なくメズが目を向けると、彼がテーブルの上に腕変わりとして上げている触腕が力の入り過ぎで強張っているのが見えた。ちょうど『予知夢』と言った辺りからである――現状を見るに事態は『予知』では終わらなかった。

「現状では民間はもちろん駐留軍とも連絡が取れない。先程も言った通り三日前の最後の通信以降、〈揺籃〉との通信は記録されていないようだ。それ以降から現在に至るまで何かが起きていると考えられる。通常ならこういう場合相応の対応が取られる。しかし夢の話が出るまで、PGGの誰も〈揺籃〉の異常には気が付かず、対応も取られなかった――調査したが職員の職務怠慢ではなかった」

 一部気になってメズは質問した。「どういうからくりなのか、わけわからんが…PGGは気付かなくても民間人はどうだ? 旅行や仕事、帰省で〈暁の安息所〉を訪れる連中はいるはずだろ。いや、それ以前に同じ星系内で仕事してる業者が〈揺籃〉へ資源や物資を届けに行く時とかにおかしいって気が付くんじゃないか?」

「私もそれが気になった」パラディンはホログラムに触れて映像を切り替え、とある輸送業者の記録を表示した。「私も見間違いではないかと思ったが…これを見てくれ、この業者は二日前に〈揺籃〉へ降りる予定だったがこの三日間、業者の輸送船は惑星を訪れていない」

 パラディンは他にもいくつかの例を挙げ、誰も〈揺籃〉に行こうと『しなかった』事を裏付け、その尋常ならざる事態に場の空気が固まった。

「もう一つ言うべき事がある」

「そりゃなんだ? いいニュースか悪いニュースか」

「どちらとも言えない」パラディンは、逆に〈揺籃〉から外に出た者もこの三日間は通常の移動手段もそれ以外も含めて一切記録にない事をデータ付きで提示した。この場合通常の移動手段とは船舶を使用した惑星外への移動であり、それ以外とはテレポーターなどを指す。恐らく〈揺籃〉の住人が救援を求めて外部との連絡を取ろうとしたはずだが、それも惑星全土で妨害されて不可能だったに違いない。

「つまり」とそれまで黙っていたクロムマンが口を挟む。

「コロニーはこの三日間、敵に封鎖されていた。しかも敵は何らかの手段で外部の人間がコロニーに異常を感じる事も、訪れる事もないように仕向けた――そして誰も外へは出ていない」

 クロムマンはコロニーに現れていると思われる謎の存在を『敵』と呼んだが、この部屋にいる誰もそれをおかしいとは思わなかった。先程クロムマンに突っかかったメズでさえ、それは自然な表現であると考えている。

「ああ、つまりクソったれどもをぶちのめせって事だな」


「まだ私が今より強大な力を持ち栄えある君達の先祖を見守っていた頃、奴らと交戦した事がある」

 ブリーフィングの主導にナイアーラトテップも加わって、パラディンが彼に質問する形となった。

「つまりあなたはあそこに何がいるのか知っている」

「いかにもそうだ、清らかな騎士よ。奴らはグロテスク極まりない怪物で、そのうちの誰がコロニーを穢しているのかは夢の話を聞いた事によって特定した。奴の特徴は――」



数十分後:〈暁の安息所〉星系第四惑星〈揺籃〉


 PGGはこの銀河の加盟種族が持つ主要なステーションや基地、コロニーなどを結ぶテレポーターを配備してある。これらは民間用から軍事用までそれぞれ用途や規模によって分別されており、登録された地点間限定で高速移動する事ができ、登録されている地点間であれば通常の船舶を使用した超光速航行よりも速い。極秘だが、大抵は都市の地下に軍事用の非常時用テレポーターが配備されており、〈揺籃〉も例外ではなかった。特定の管轄を持たずに行動している二人のギャラクティック・ガードと今回参加する事ができたプロテクターズのメンバー三人――他のメンバーは都合がつかなかった――の計五人は深緑を基調とする通路を進み、立ち入り禁止エリアから地下に作られた交通機関の駅まで出てきた。注意深く周囲を伺ったが、付近には何もいない。

 しかし明らかに尋常ではない状況下にある事が見て取れた。そもそもこのクラスの駅に人気(ひとけ)がないのは異常であり、車両の音も聞こえない。

「パラディン、気を悪くしないで欲しいのですがあなたの文明ではこのぐらいの暗さは普通でしょうか?」

 古の鎧に身を包み、槍を構えて抜け目なく周囲を伺うキュー・クレインがやけに暗い周囲の状況について伺うと、同じくモジュラー兵器――ギャラクティック・ガードの標準装備でありガード・デバイスと呼ばれる多機能兵器――を油断なく構えたパラディンが返答した。彼はひとまず近距離用の射撃モードを選択し、いつでも対応できるようにしている。

「いや、本来ここまで暗い事はない。これは非常用の照明だと思うが、それさえも出力が低下している」

 少なくともこの駅自体のインフラはかなり低下しており、次は他の場所がどうかを確認しなければならない。手っ取り早いのは地上の状況を確かめる事だ。一行は地上へと小走りで移動を始めた。

「見たまえ、あれは…」

 美しい三本足のナイアーラトテップが戦鎚を向けた先は通路の曲がり角だった。正面の壁をよく見ると出力の低い非常灯に照らされた壁に薄い色の液体が付着しているのが見えた。五人が角を曲がるとその先は駅の広いエリアに通じており、猛烈な異臭がしていた。その有機的な匂いの忌むべき正体を悟ったパラディンを先頭に彼らが足早に通路を抜けると、その先には狂人が書いた絵画にのみ垣間見る事のできる、悍ましい地獄めいた光景が広がっていた。

「なんという事か」とパラディンは呟きながら、『ある液体』に塗れた『何か』の切れ端のところへと駆け寄り、それを触腕で掴んだ。それは殺戮が齎した忌むべき産物であり、同時に生命への恐るべき冒涜行為だった。既にスキャンは完了しており、敵が『死体の下爆弾』を設置した可能性は極めて低い。しかし問題はそこではない。ここで起きた惨劇は、転がっている(むくろ)の数々が物語っており、彼ら五人とも臓腑を抉られるかのような感覚に襲われた。ずたずたに引き裂かれた肉体と服飾が散乱し、切断面についた悍ましい歯型や爪痕は、複数の種類の怪物が存在している事を物語っていた。敵は紛れもない化け物ではあるが、ナイアーラトテップの話では知性を持っているとの事である。では知性ある実体が、どうして普通に暮らしていた市民達から内臓を引き摺り出せるのか。

 メズは彼らが生きながらに何をされたのかを想像して危うく吐きかけたが、軍神のごとき冷酷な形相を浮かべるとまだ見ぬ邪悪への殺意によって強引に上書きした。こんな事をしでかした奴を野放しにできるものか。絶対に許すわけにはいかないのである。

 しかし一際輝く何かがが目の端に見えて、何事かと向き直すとクロムマンが今まで以上にクロム色の輝きを帯びているのが見えた。先程までは目立って敵に察知されぬよう発光を抑えていたが、つまり抑えられなくなったという事実が意味するところは…彼は二足歩行型の種族で言えば、片膝をついて手で地面に触れているかのような体勢をとっていて、彼の触腕は床にぶち撒けられた血糊に浸され、そして全身から邪悪に対する憎悪を迸らせては、それが暴発せぬよう耐えているようだった。元オーバーロードだと自称したこの男は、少なくとも現在見ず知らずの者達が受けた苦痛に対して壮絶な怒りを向けているのだ。

「行こう。この地獄を作り出した実体を光の下へと引き摺り出さなければ」クロムマンは立ち上がって歩き始めた。その声は静かながらも紅蓮の業火を思わせる激しさを秘めていた。三本足の神が、私も手を貸すと言って彼に続いた。

「その時は俺も手を貸すぜ」

 メズもまた、このような暴虐を見た上でなお大人しくするのは不可能だった。甲殻の隙間で怒りの色を放って輝く目をメズに向けて、それからクロムマンは言った。「ありがとう」

「礼は悪党退治の後でいいぜ」


 五人全員が心の底から憤怒を覚え、現在はパラディンを先頭にして一列で並んでいる彼らは地上へと続くスロープを登っていった。スロープの天井は長身のナイアーラトテップでも問題なく通れる高さで、ヤクトスの職人が掘った模様が蒼古たる雰囲気を放っていた。本来ならばきらびやかなホログラムが天井や壁を飾っているが、それらは全て停止している。時刻は夜で、地表には雲に覆われた空と静まり返った都市が広がっていた。発砲音の一つとて聴こえぬとなれば、状況は絶望的だ――市民はもちろん駐留軍も手酷いダメージを受けている可能性が高い。民間人の死体だけでなく軍人の死体や破壊された車両の残骸が転がり、あちこちの路面や建物が何かの攻撃で抉れていた。深緑の壮麗な都市は暗澹(あんたん)たる邪悪に覆われて、死に瀕した様子で横たわっているのだ。

「センサーに反応は無いな」パラディンが鋭く複眼で一瞥する。敵は高度なステルス性を備えているのかも知れない。

「ですが誰かに見られている気がします。嫌な事に、こうした勘は毎度当たりでした」

 キュー・クレインと同じく他の四人も誰かに見られている感覚がしており、恐らくそれは正しいと思われた。一歩進む毎にそれは確信へと変わってゆく。まるで狩人の狩場へと自ら足を踏み入れていくような、もしかすればそれはある種の手の混んだ自殺なのかも知れない。しかしそれでも彼らの渦巻く怒りを鎮火させる事などできない。彼らは制止不能であり、この事件の黒幕に対する憎悪に燃えていた。

「来るなら来いよ。血祭りに上げるのが楽しみだ」と冷え切った笑みを浮かべるメズ。一行は通りの右側に面して並んだ建物沿いを進んでいたが、話し声自体は小声でほとんど周りには聴こえなかった。クロムマンも怒りをコントロールする事で発光を抑え、周囲の光量も少ないためほとんど何も見えない。しかし彼ら自身はナイト・ヴィジョンや持ち前の超感覚により昼間同様の視界を得られている。

「メズ、君はよく『そんなにドンパチが好きかい?』と私に言っていたな…変な話だが、私は誰かを傷付ける者から人々を守るための戦いが一番好きだ…今のようにな」

 周囲を索敵しながら怒りに冷静さが混じった奇妙な声でパラディンが場違いな事を喋り、メズは思わず周囲確認を中断してパラディンの方を見た。おいおいどうした。

「こんな時に何を――」

 メズは最後まで言う事ができなかった。慄然たる(いなな)きと共に轟音が鳴り響いて、建物の壁を突き破り十五フィートはある何者かが先頭を行くパラディンを覆い隠す。四人の目の前で噴煙が晴れ麒麟じみた謎の実体が音を立てて壁を突破し、その実体の巨大な口がパラディンを咥えて咀嚼しているのが見えた。その姿はデフォルメされた動物を思わせながらも凄まじい汚染の源であり、わざとらしく漂う芳香とて嗅いだだけで絶叫しながら自殺したくなる程の悍ましいものであった――事実メズは一瞬自分を撃とうかと思いかけた。そうした冒涜的な怪物の齎す汚濁から逃れると、パラディンが目の前の怪物に喰われた事を思い出した。そして三フィート前後の小さな実体がぞろぞろと建物に空いた穴から現れ、数世紀の時を(けみ)してきたこの通りの持つ歴史的及び美術的な側面を夥しい厭わしさで汚染し尽くした。それが知性ある〈人間〉や〈神〉の所業とは到底思えないが、(たち)の悪い事に、これら実体からはそれを自覚している様子さえ見て取れなかった。そのような悪逆の徒がよもや実在していようとは、全くもってこの上なき悪夢であると言わざるを得なかった。

「俺のダチを殺るとはいい度胸じゃねぇか!」ぎろりとメズはそれら悍ましい群体を見渡して壮絶な敵意を示した。「皆殺しにしてやる」と冷え切った声と笑みとで付け加え、睨め付けた。

 すると周囲の小さな実体達が声を揃えて、絶望的なまでに穢らわしく悍ましい美声を撒き散らし始めた。

「落ち着けよ、堕落者。お前がやられたわけじゃないだろ?」

「ほう? 今日ここで死ぬのはテメェが最後だろうなぁ、クソったれ野郎ども」

 友を失ったのか? 実際にその時を迎えてみるとそれがとても信じられない。メズは腐れ縁の親友を咀嚼している麒麟のぬいぐるみじみた実体に狙いを定めた。このふざけた勘違い野郎が、あんなにいい奴だったパラディンを、俺と多くの犯罪者を捕まえたパラディンを、俺と多くの宇宙の神秘や娯楽を見てきたパラディンを、俺のかけがえのない親友のパラディンを。デバイスからは不可視の高出力レーザーが放たれ、それは殺傷力の高い高温域へと到達した。レーザーはメズのお気に入りであった。しかしふざけた麒麟は負傷した様子もなく、ダメージを与える事ができない。

 そして唯一、ナイアーラトテップだけが『堕落者』というのがどういう意味合いであるか理解でき、彼は怒りのままにぬいぐるみじみた非ユークリッド幾何学的な実体の名を叫んだ。

〈旧神〉(エルダー・ゴッド)リージョン! グロテスク極まりない屠殺者め!」

 穏やかなな神が憤怒にかられて無謀な突撃を敢行した。普通この神はこのような行動を取る事はない。だが胸のむかつくような邪神を前にして、その怒りを抑える事など無理な話であったのだ。奴らが何をしたのか知ればそれは正当な怒りだとわかるのだが。

 もちろん怒りに支配されると普段では起きないミスも起きる。幾らかリージョンの一部を蹴散らしたとは言え、すぐにかの神は方位され、周囲からの嬲りを捌くので手一杯となってしまった。

「戻れ、ナイアーラトテップ!」

 元オーバーロードの声は神を従えた。ナイアーラトテップはなんとか冷静さを取り戻し、一瞬の隙を突くと素早く退路を切り開いて仲間達のところへと戻った。

「すまない…奴の穢れた目を見た途端に怒りが…」


「おいおい、グロテスクなのはお前だろ? お前達のような邪悪を滅ぼす…! それが俺達〈旧神〉(エルダー・ゴッド)の使命だ!」

 どこか噛み合わないリージョンの発言が四人を更に苛立たせ、怒りを呼び覚ます。ナイアーラトテップ以外の三人はこの吐き気を催す異世界の悪鬼について、かの神が行なった出動前の説明を思い出していた。曰く、この実体はリージョンと呼ばれる胸のむかつくような偽神で、もふもふとしたぬいぐるみのような姿をしており、大量に存在しているように見えるが実はリージョンは無数の肉体を持つ単一の自我なのだと――メズの言う「クソったれ野郎ども」はその実「クソったれ野郎」だったのである。その説明の時点ではただの言葉の羅列に過ぎなかったそれらが彼らの眼前で煉獄の炎めいた壮絶さをもってして実体化しており、〈旧神〉(エルダー・ゴッド)とは腐り果てた死体よりもグロテスクなのだという事をまざまざと物語っていた。

「メズ、艦隊に連絡だ!」クロムマンはどうにかこの勘違いしている化け物の言葉を頭から追い出しながらメズを催促した。友の喪失を重く受け止めつつ、しかしメズは現実を見据えた。自分でも嫌になるぐらい冷静に自分のすべき事を理解した。

「ああ…よし、艦隊に合図を出した!」

 所要時間はそれほど長くない。しかし多勢に無勢ではないか? それは違う、四柱の神々が蟻の軍勢を始末しようとしているのだ。

 そして「なるほど…」と言ってキュー・クレインが姿を消した。姿を消したのではなく一瞬で動いたのだと気が付いた時には既に手近なリージョンの一体、いや一部を槍で貫いていた。「それまでやりたい放題ですね」冷たいナイフのような表情でキュー・クレインはリージョンの他の部分を睨み、それがリージョンを怯ませた。

「なっ!? 君は俺達の味方だろ? なんで邪神達に味方するんだよ!?」

 リージョンは無意識に見せかけ上の愛らしさを隠れ蓑にして、聞くだけで猛烈な穢れを感じる程の汚濁で塗り固めた言葉で問うも、それはアルスターの英雄には届く事叶わない。それそのものが、リージョンの放つ堕落への誘いであったが、しかし常人に容易く正義の道を踏み外させるそれさえも…太陽神ルーの血を引き、数多の戦場を駆け抜け、多くのものを失い、それでも卑劣なるメイヴ率いる軍勢との戦いで堂々たる討ち死にを迎えた後、運命の悪戯で新たなる冒険を始める事となったキュー・クレインにとってはかような悪魔の囁きとて鳥の囀り程度のものだったから、彼は槍を背に戻すと魔法の投げ槍を次々と召喚して瞬く間に六体を仕留め、そして電光石火の速さで抜刀すると更に十体を斬り伏せた。

「俺達の味方、ですか。随分意味のわからない事を言う。さて、あなたは私の不意討ちを騎士道に反した行ないとして批判するかも知れませんね――」彼は剛剣を鞘に戻すと、虚空より尋常ならざる力を秘めた槍を呼び出した。「――まあ、だからどうしたという話ですが」

 言うが早いか、彼は槍を構えて疾風のごとく跳躍するや、パラディンを咥えている巨大なリージョンの一部へと突き刺した。爆ぜるエネルギーの奔流は瞬く間にはその一部を使い物にならなくさせ、そして力を失ったふざけた姿の巨獣は、解体されて吊るされた獣の肉のような生気の無さでどさりと音を立てて倒れ伏した。

「在りし日の栄光あるアルスターにかけて、普段ならこの技を使う事はないのですよ」と言い放つと、槍を引き抜きながら虫けらを見下ろすような冷酷無比の目を穢らわしい〈一なる群体〉へと向けた。

「その意味はわかるな?」

 喋るはずなき者が喋り、そして先程までコロニーに転がる骸の一体であったその現代の騎士は立ち上がり、彼が死んだと思っていたメズを驚かせた。

「パラディン! マジかよ、あんた生きてたのか? それでこそあんただな!」

 今や時を超えてアルスターの猛犬と銀河の騎士が並び、古の騎士と現代の騎士は数多の戦場を駆け抜けた盟友のごとく堂々と悪逆の徒の前に立ちはだかったのだ。

「噛み付かれた後も彼のアーマーはまだ機能しているように見えました。だからまだ生きているはずだと。しかしあの獣の噛む力が強いと見えて、彼を自由にするため私には即座にあれを葬る手段が必要だったのです」気高き猛犬はあえて冷酷な笑みを浮かべた。遥か昔の苦々しい記憶が蘇る…己の腕の中で息を引き取った友、そして息子。しかしどうだろうか、この怪物を同じ技で傷付けた時に感じたのは、正義を果さんとする己の心の高鳴りだった。「そう、〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)の技を」

 〈一なる群体〉リージョンは冷えきったキュー・クレインの言葉に威圧されながらも、心底残念そうに呟いた。「くっ、俺達の味方になるはずだったいい人を救えなかった…彼は奴らに洗脳されてしまったのか…! ならせめて俺が――」

「なぁ、あのさっきからずれた事ばっかり言ってる被害妄想野郎をぶっ潰したいんだが俺も加わっていいか?」

 多くの悪を阻止してきたPGGの戦士が騎士達の隣に並んだ。

「気高き勇者達よ、私も加わって構わないかな?」

「もちろん歓迎しますとも、我が友よ。今宵も共に邪悪を討ち果すとしましょう」

 戦鎚を握りしめた三本足の神が黯黒のマントをたなびかせて並んだ。

「では気高き理想のために宇宙中より集ったプロテクターズのリーダーとして、私も加わるぞ」

 そして宇宙の戦士は、全身からクロム色の輝きを発しながら、浮遊するとその先頭へ降り立った。メズとパラディンはクロムマンがリーダーだとは知らなかった。

「あんたがリーダーだったのか?」

「そうだ。では行くぞ、太古の穢れた怪物め! これは神を気取った冷血な虐殺者たる貴様に対する報復だ!」


「ひとまずクロムマン、今のはかっこよかったしあんたに指揮を任せる」

 メズは最早この元オーバーロードのケイレンを嫌悪してはいなかった。むしろ気高き報復者として尊敬し始めていた。レーザーの出力を絞って今度は迫りくる小さなリージョンを狙った。こちらはそこまで防御力が高くないようで、明らかにダメージを受けている。

「いいだろう、私も賛成だ。それでどのような指示を?」とパラディンは言いながら接近して来た小さなリージョン達を次々と斬り伏せた――射撃モードを解除し、彼はこの世で最も危険な武器の一つであるイーサーを固形化させた刃を、練達の技量でもって振るった。ヤクトスは十本の触腕を持ち、それらは手としても足としても使えるから、古来より複数の武器を扱う戦技が研究されてきた。そしてパラディンは近距離戦においてはガード・デバイスを四つに分離し、分離させたそれぞれからイーサーの刃を形成する――彼はそのようにプログラミングしている。更に状況次第ではデバイスをおつに分離させ、六本の触腕でそれを操る。六つに分離させている時はうち二つを射撃モードに充てており、足として使用する触腕が減る分安定性や俊敏性を犠牲にするが、迎撃のための手数は増える。余った触腕で地面を蹴るか、アーマーで浮遊するかは状況次第である。

 そして敵があくまで抵抗する場合、これら強力な内蔵火器はその威力を発揮する事となる。彼がパラディンと呼ばれる所以には、間違いなくその戦いぶりも含まれている――彼は現に今も、状況に応じてリアルタイムでがちゃがちゃとガード・デバイスを変形させては、巧みに触腕を振るって剣に仕立てたイーサーとストッピング・パワーに優れる重金属の微細な粒を発射する散弾によって、蟻のように群がる〈一の群体〉を次々と蹴散らしている。

 だが一方のクロムマンは戦いぶりこそ素晴らしかったが、いきなり二人のギャラクティック・ガードまで指揮下に入ってきたため、少し焦っていた。

「さて…」

「クロムマン?」パラディンは思わず聞き返した。幸い油断は生まれず、飛びかかってきたリージョンを両断しつつ百八〇度回転し、背後二ヤードの位置にいた別の一部を散弾で薙ぎ払った。

「とりあえず…」クロムマンは少し躊躇している風でもあった――言いながらブラストで前方を掃射しているが。「各自散開して各個撃破だ、しかしあまり離れ過ぎるな! 常に互いをフォローし合える距離を保て。各種センサーは役に立たない、自分の感覚に頼れ!」

 威厳はあるが、どこかぎこちない。

「了解! なんか締まらねぇな」

「彼も色々あったのだ――メズ、頭上から奴らが降ってきている!」

 メズの疑問にはナイアーラトテップが答えた。

「上だな! 畜生、みんな建物には近付くな、奴ら屋根の上からも来るぞ!」

 メズは頭上にデバイスを向けるとプラズマバーナーを起動し、射程五ヤード程の強力な短射程プラズマが降ってきた一部を焼き払った。それから走って通り沿いの建物から距離を離した。見ると他の四人も同じく退避している。

「神様、またあのクソふざけたデカブツだ! 俺が足止めするからとどめを頼むぜ!」

「了解仕っ(つかまつ)た!」

 メズは再び高出力レーザーを起動し、それを麒麟じみた巨大なリージョンの一部へと照射した。効果は見られないが動きが止まった隙に右から回り込んできた美麗なる三本足の神が躍りかかった。しかしリージョンはこれに反応して、その麒麟じみた長い首を持つ頭部を下へと向けて神の頭部へ噛み付いた。既に読まれていたのか? 声に出したから聞かれただろう。ならばまんまと罠にかかったのはこちらか?

 だがメズがあっと声をあげる間もなく、長身のナイアーラトテップは左手でリージョンの麒麟じみた一部の前足に掌底をお見舞いしてぐらつかせると、間を置かずに右手の戦鎚で己を噛むために下へと向けられている相手の長い首を強烈な威力で殴打した。宇宙的なエネルギーの炸裂と共に麒麟の首が爆ぜ、顔に噛み傷がついたかの神はあえて冷笑的な態度を取った。

「力が衰えたのは私だけかと思ったが、少なくとも貴様も力が出せぬようだな。その程度の塵芥(ごみ)ごときが調子付きおる」

 星間宇宙の凍える冷たさを声に帯び、言外に滅殺してやろうと示唆していた。

「くっ、傲慢な神め! 俺は負けないぞ!」

 すると通りの向こうから大量の小さな部分が押し寄せ、麒麟じみた部分も纏まった数が現れた。付近に展開していた己の部分をこのエリアへと集中投入しているようだ。そしてそれは彼ら五人にとって都合がよい――もしまだ生存者がいるならば、リージョンがこちらに集中攻撃してくれるとその分生存者への攻撃が減るからだ。地響きが鳴り響き、今までよりも巨大な九〇フィート以上ある着ぐるみじみた直立する一部も現れ、いよいよ正念場と言えた。


「クロムマン、シールドの残量が少ねぇ!」

 メズはにやにやしたままであったが、声は少し焦っていた。

「了解だ、メズは距離を置いて射撃に専念しろ! 敵はメズへ狙いをつけている。パラディンとキュー・クレインは射線が通るよう真ん中の間隔を空けて前衛に立ってくれ! ナイアーラトテップ、『あれ』を頼む。私は少し浮かんだ状態で戦況を見つつ遊撃に回る」その数秒後、戦況を見据えてから再び指示を飛ばす。「このままではまずいな…全員、さっき指示した陣形を維持しつつ後退するぞ! 確かパラディンの言っていた谷間通りはこっちの方角だったな!?」

 深緑色をした地面から九フィート程度浮かんでいるクロムマンに小さな一部が飛びかかってきたが、クロム色に輝く彼の宇宙的な豪腕によってはたき落とされて地面に小さなクレーターが生じた。それを乗り越えて次々とリージョンの一部がやって来るが、既に彼ら五人は後退を開始していた。

「そうだ、ここからならそう遠くはない!」

 二人の騎士は七ヤードの距離を空けて並びながら後退しており、彼らの五ヤード後方でアーマーの浮遊機能を起動して後退しつつ射撃に専念するメズ――戦闘時のアーマー操作に熟達し、一定の高度を保てるならば走って後退するより浮遊し後退した方が揺れない分、射撃の安定性が向上する――がその間を抜けてくる敵へと次々に射撃を食らわせる。力が衰えているか、もしくは制限されているリージョンは神としての能力がほとんど使えずブラストも発射できないようで、原始的な物量戦に持ち込んでいるらしかった。殺到する獣さながらのリージョン相手に隙が生じないよう、メズはレーザーのオーバーヒートを冷却している間はイーサーを弾丸として撃ち出すセミオートライフルモードを起動して隙を補った。彼は基本的には光の速さで着弾し基本的には真っ直ぐ飛ぶレーザーに多大な信頼を置いており、その扱いにも慣れていたから、レーザーをメインに戦うのが常だった。実際イーサー弾も強力だが、そちらは反動もあるし惑星上では様々な影響により弾道が微妙にぶれる事もある。

 メズはさすがベテランだけあって、迫りくる化け物を前にして焦って操作を誤る事もなく、防衛ラインを運よく越えて飛びかかってきたリージョンの一部を、冷静にデバイスを打撃モードへ変形させてイーサーの鎚で粉砕し、冒涜的なマスコットの群れを口汚く挑発した。後退が始まる前にシールドの残量が残り少なくなるような立て続けの攻撃をもらってしまってはいたものの、彼は飛び道具を持たずまっすぐ突撃して攻撃する以外の攻撃手段を持たない敵への対処法を適用して次々と殲滅していた――後退しながら射撃し、列車のようにぞろぞろとついて来る敵を迎撃する。ゾンビの群れを捌くかのようなやり方だった。

 三本足のナイアーラトテップは心ここにあらずという風でもあったが、後退する一行の側面から迫ってくる一部をクロムマンと共にブラストで迎撃し、役割は果たせていた。

 そうやって数分間後退を続けて一行は遂に地球人の夢に登場した谷間通りまでやって来た。この七ヤードしかない狭い通りの両側にある建物は切り立つ崖のようで、凹凸も表面の美麗な薄彫りを除けば皆無に等しく、窓は一階部分だけにしかないのでそれを足がかりに登るのは困難である。また、建物の裏側も凹凸がなく垂直なため、登るのは同様に困難であるため、先程のようにリージョンが建物の上からぞろぞろと襲いに来るのは不可能に等しい。壁も分厚いので麒麟じみた一部や九〇フィート以上ある一部でも簡単には破壊できそうにない。ここに逃げ込んで迎撃を続ければ艦隊到着までの時間が稼げるという算段を建てていた。通りは約三〇〇ヤードはあり、一行は通りに入って百ヤードぐらいのところまで逃げてきた。しかし地響きの間隔が明らかに狭まり、明らかにもう一体の巨大な着ぐるみじみた一部が付近にいる事を否が応にも一行が知るに至った。

「おいクロムマン、あのクソったれが通りの終端を塞いでやがる! 飛んで逃げよう、俺とパラディンでキュー・クレインを担ぐ!」

 五人の中で唯一キュー・クレインは飛行する事ができない。が、実際はこれぐらいなら跳躍で飛び越えられる、キュー・クレインがそう訂正しようとした矢先にクロムマンが叫んだ。

「いや待つんだメズ! 新手だ!」

「何だと!?」

 クロムマンにつられて彼らは上を見上げた。どう見てもリージョンの一部である事が意匠でわかるふざけた空飛ぶ獣の群れが、切り立った建物の間から見える夜の曇り空を覆い尽くしていた。

「有利な位置につこうと後退した我々の行動を利用されてしまったようですね。即席の罠です」とキュー・クレインは冷たく言った。

 谷間通りの両端は着ぐるみじみた一部が塞ぎ、その足の間からぬいぐるみじみた小型の一部が大量に通りへ流入している。そして空は新手の一部が封鎖しており、飛べば奴らが大挙して殺到するだろう。なるほど確かに駐留軍が痛手を負ったのも無理からぬ話で、リージョンは散発的な攻撃で敵の戦力を推し量ると、機を見計らって一気に殲滅する手を使っている。己の一部を偵察や調査用の犠牲に使えるのはかなり厄介だ。配備されていた装甲車両や艦船は、巨大なリージョンの一部だけでなく基地から奪われた爆弾などを使った小さな一部による物量自爆攻撃でやられた可能性もある。そこまで形勢が不利なためクロムマンは一瞬撤退の指示を出そうとした――ナイアーラトテップの戦鎚|〈輝かしき捻じれ多面体〉《シャイニング・トラペゾヘドロン》ならば一度訪れた場所へ瞬時に移動できるが、もし彼ら五人が撤退すれば再びリージョンは市民の掃討を始めるだろう。そしてメズが小声で皆へと教えた話によれば、谷間通りの両側の建物には市民が息を潜めているらしい。センサーに反応しているらしく、割れた窓から怯える市民の複眼が一瞬見えたそうだ。

 クロムマンは今更問うまでもなく、この即席チームは必要とあらばその命を捧げると知っていたから、覚悟を決める他ないと悟ったのである。建物に攻撃が当たらないよう注意しつつ、ここで時間を稼ぐしかない。

「クソったれが。クロムマン、さっき言ってた『あれ』ってのは?」

 そう言われてクロムマンは物思いから戻ると、ナイアーラトテップの方を見た。「まだなのか?」その声が思った以上に辛辣だったため、メズは非常時にも関わらず、偉大な神相手に随分度胸あるなと感心した。

「手間取ってすまなかった」かの神がそう言うと結晶じみた戦鎚が強烈な光を発し、空間を破ってどさりと四つの何かが召喚された。それはかの神の力を知らぬメズとパラディンにはナイアーラトテップと同じ姿の模造品に見えていた。


「美しい神よ、何をしたのですか?」パラディンは物珍しげに尋ねた。

「私はあらゆる場所に存在している――あらゆる場所を同時に監視していると言うべきか。ちょうどこの下郎と同じように、〈一なる群体〉なのだ」

 言うが早いかナイアーラトテップはこの場に存在している己の化身全てを用いて全力で攻撃を開始し、打撃とブラストで洪水のように雪崩込むリージョンを薙ぎ払った。

「よし、正念場だな。全員ナイアーラトテップに続け、かの神のごとく奮戦し、勝利を持ち帰ろう!」クロム色の輝きが死に瀕した都市を照らし、この場に集うプロテクターズとギャラクティック・ガーズは今まで以上の鼓舞を受ける事ができた――戦となれば自らも戦場に立って指揮を執ってきた歴代オーバーロードの伝統を、この元オーバーロードの男も確かに受け継いでいたのである。ナイアーラトテップの奥の手、そしてクロム色の輝きと共に再起した戦士達の悪足掻きにリージョンは初めて焦りを見せ、全ての一部が一瞬躊躇し、その隙に幾らかが吹き飛ばされていた。こんなところで俺は…負けるわけには!

 急速で接近する地響きが複数鳴り響き、それと共に前後を塞いでいた巨大な一部は狭い通りを進み辛そうに進軍し始めた。挟み撃ちを狙っており、新た現れた巨大な一部が再び通りの両端を封鎖した。

「お前達は強い! だが、俺は負けないぞ。底力を見せてやるんだ! 〈人間〉の底力を!」

「また始まったぜ…」メズはこうした環境下で使用するにあたって被害が出すぎない限界までレーザーの出力を引き上げてチャージし始め、彼らが入って来た側の通りの終端からやって来る巨大な一部を狙い、その隙を前衛達がカバーした。メズの合図と共に発射された不可視のレーザーは七〇ヤードまで接近してきていた巨大な着ぐるみの腹を貫通し、その隙にいきなり現れた八フィートの魔獣が飛びかかって突進し、貫通した部分を押し広げるように向こう側まで通り抜けた。魔獣は大木じみた四肢を持つ巨体の狂戦士であり凄まじい怪力を持っている事が見てとれた。

「うぐっ! こんな…!」

「やっと貴様が苦痛に呻く様を見られたぞ。下郎よ、殺戮の代償は高くつくと教えてやろう」

 ナイアーラトテップの声で喋り力強く直立している漆黒の魔獣が、まだ怯んでいるぬいぐるみじみた一部の左アキレス腱にあたる部分へと、渾身の一撃を拳に込めて繰り出すと、両側の建物に備えられた一階部分窓が衝撃波で割れた。そして三本足の化身は逆の足を狙って強力なブラストを発射し、大きく抉れた右足内側の向こうでは巻き添えで焼き払われた小型の一部が大量に転がっており、通りを封鎖する新手にも被害が出ているようであった。着ぐるみじみた一部が両足に甚大なダメージを受けて立ち尽くす間にメズは高速で浮遊して接近しており、ナイアーラトテップと目を合わせてこれから何をするかをお互いに確認した――先程リージョンに戦法を聞かれた失敗もあってか、ナイアーラトテップはテレパシーのリンクを即座にメズと結んで意見交換した。経験豊富なベテランのギャラクティック・ガード故にメズはテレパシーにも慣れていたのでいきなり心の声が響いたところで動じはしない。

『しかし神様、何でもありだな。本当はもっといっぱい連れてきて欲しかったけどさ』

 メズはもっともな疑問も付加しておいた。

『私もあちこちで忙しくてな。では往こうか!』

 ナイアーラトテップが化身の一体を変身させた怪力の魔獣は再び尋常ならざる脚力で跳躍して今度は顔を殴打した。ようやくダメージから立ち直ろうとしていた巨大なリージョンの一部は一撃に秘められた宇宙的な怪力によってぐらりと揺れ、その隙に三本足の化身は股下を通り抜けて、そこから更に三〇ヤード進んだところで反転し、星空を映す黯黒のマントを翻して走り始め、その反対側を滑走するメズと巨大な一部の股下越しに目を合わせた。そして彼らは同時に跳躍すると、魔獣が広げた腹の穴へと突入し、すれ違いながら穴の内側を殴打した――少し妙な音と共に打撃モードのガード・デバイスとトラペゾヘドロンの強力無比な打撃が炸裂し、彼らは着地時を狙うリージョンの群れを着地と同時に華麗な動作で一掃する。メズは着地しながらイーサーの鎚で一体潰すと、潰された一部に刺さったままになったガード・デバイスの一部を分離して二挺拳銃に変形させると、そのまま前方から後方にかけて左右を掃射して周囲にいたリージョンの一部を一掃した。そしてナイアーラトテップは毘沙門天のごとき勇猛さで着地しながら、|〈輝かしき捻じれ多面体〉《シャイニング・トラペゾヘドロン》の強烈な回転薙ぎをお見舞いする事で複数のリージョンを蒸発させた。一時的な安全を確保した二人は同時に巨大なリージョンの一部の方へと振り返った。

「今度は俺の番だぞ! 堕落者と邪神め、覚悟しろ――」

 リージョンはその巨大な一部を通して喋っていたが最後までは言えなかった。メズが打撃と同時に仕掛けた小型ディスラプターは同じくナイアーラトテップが巨大な一部に注入した宇宙的なエネルギーに誘爆して威力が増し、その蒼い焔がその一部の全身を尽く焼き尽くしたからである。

 もちろん巨大な着ぐるみはまだ何体もおり、小型の一部なら洪水のように地と空を埋め尽くしている。されど、彼ら戦士の気圧が膨れがって、リージョンが作り上げた殺戮の宴そのもの――もっともリージョン自身は市民を殺しているという意識はなく、邪悪な怪物の群れを成敗しているつもりなのだが――を内側から塗り潰し始めた。

 抜き味の刃のごとく、ナイアーラトテップ達の反対側で敵を斬り裂いていたキュー・クレインも、友の武勇を見て一瞬だけ微笑んだ程であり、彼らの戦意は更に増してゆく。

「それで俺を追い詰めたつもりか!? 悪を憎む意志がある限り、お前達なんかに屈するものかっ!」

 またそれかよ、とリージョンの穢らわしい言葉に対してメズが言いかけたその時である。

「光り輝く黯黒神、己の穢れを知らず、か。暖かな人々の家を土足で踏み躙った君を、僕は決して許さない。さあ、駆けるがいい、〈ダーク・ペネトレイター〉!」

「お前は!」

 闇の魔法陣が現れて一迅の黒い風が穢れた空を突き破ると、その風は天使のごとく降臨した。


 闇を纏って空を覆うリージョンの一部を貫いて現れたそれは、神々しい機械の巨神であった。黒塗りの装甲は不自然に傷や塗装剥がれ一つとて存在せず、七五フィートはあろうかというその巨体は四肢を備えており、メズの種族や地球人を思わせるところがあった。その細部は未知の意匠を持ち、肩から斜め後方へ突き出た鋭角部と複数のパーツが数珠繋ぎされた尻尾が目を引いた。強いて言葉で表すならば、それはナイアーラトテップと同じく漆黒の光明神であろう。

「僕は逃げたわけじゃない。君が僕への関心を失っている間、未だ存命中の全ての無垢達にひとまずの安寧を与える事ができたから、僕と『翅』は君の撲滅へと舞い戻ったのさ」

 巨神の声はとても美しい若い男のものであり、声には達観や悲しみのような感情が混じっていた。不可解な言い回しが多かったが、『翅』という言い方だけは五人にもわかり易かった――恐らくこの巨神はコクピットを備えた操縦式であろう。

「君は誰だ?」とクロムマンが問う。

「僕かい? 〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)の放った紅蓮の業火で一切合切を喪失し、多元宇宙(マルチバース)を漂う哀れな男さ」

 無数の異宇宙の存在は進んだ文明圏では常識であり、多元宇宙(マルチバース)とは他の四人には特に意味のない言葉だが、ナイアーラトテップにとっては違った。この青年について二つの仮説が成り立つからだ。

「なんと!」

 まず、この青年が太古の昔に起きた〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)との戦いに巻き込まれた犠牲者の生き残りである可能性。

 次に、未だ場所がわからない〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)が生まれた宇宙の出身である可能性。否定はできない。

「這い寄る混沌ナイアーラトテップ、あなたと会うのはこれが初めてだね。しかしあなたの広げる希望と友情の物語については僕も噂で聞いていた」

「それらについては後で聞こうか…クロムマン、もう結構だ」

「ああ。それでは質問だが」クロムマンはそこで区切った。「君は我々に協力してくれるか?」

 宙に浮かぶ巨神は手足を少し開くような体勢を取りながら青年の声が答えた。

「君達も〈一なる群体〉の齎す黯黒の時代を憎むのならば、僕と君達の歩む道は自然と重なるはずさ」

 人造なる漆黒の光明神が戦列に加わった事で更にリージョンは不利となった。敗北がすぐそこまで迫っているようだ。

「くっ、俺は、お前達なんかに!」

「ふふっ、リージョン。君も僕の抱える闇を見てみるかい?」



数時間後:〈暁の安息所〉星系、第四惑星〈揺籃〉


 臨戦態勢に入り軌道上から正確無比な砲撃が可能な艦隊を相手にするのは得策とは言えず、結局リージョンは艦隊到着後はほとんど戦わずにいずこかへと消え去った。即席チームは五人全員が生き残り、その活躍は多くの惑星で語り継がれるだろう。現在のところ推定犠牲者数は惑星全土で四〇万人とされる――ヤクトスはこの美しい惑星の入植にあたってあえて不毛の大陸を選び、そこに豊かな環境都市を作り上げた。そして他の大陸はほとんど手付かずのままにしてある。そのためリージョンの侵略は惑星のあらゆる箇所ではなく、大きさがオーストラリア大陸の二倍弱程度しかない一つの大陸に限られ、PGG艦隊にとってもそういう意味では楽だった。

 三日間の容赦ない攻撃に晒されたにしては、犠牲者数が思ったより少ないのかも知れない。クロムマン達が来るまで戦い続けていた謎の青年が、追い詰められた駐留軍をできる限り支援した事がわかり、彼の戦いぶりは英雄と呼んで差し支えなかろう。救助や治療、復興支援のために軌道上の艦隊から展開し、空を飛び交っている降下艇や陸を走っている車両を見ながらクロムマン達即席チームは共に佇む七五フィートの巨神を眺めていた。

「勇敢なる者よ、君は一体何者だ?」

 美しい三本足の神――援軍に呼び出した化身は元の場所へと帰らせた――の質問に、機械の巨神を駆る青年が答えた。「僕か。人々は僕の『翅』をダーク・スターと呼んでいるね。僕自身の名前は既にその意味を失って久しい――だから僕自身の名前もダーク・スターという事になるね」

「君は〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)を知っているようだが、〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)がどこの宇宙や次元にいるのかを知っているかな?」

 残念ながら、と青年の声のトーンは落ちていた。「すまない、僕は彼らと同じ宇宙で生まれたけど、彼らの目の届かない次元の壁の向こうへと逃げた時から、どこが故郷の宇宙だったのかがわからなくてね」

「そうか。何故そうなったかは、聞くべきではなかろうな…」

 暫し無言のまま時が過ぎた。故郷の宇宙がどこなのか所在がわからなくなった事、これは青年の心の傷になっているだろう――そして何故故郷の宇宙を離れなければならなかったのか、一体〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)に何をされたのかという事も、今は聞くべきではない。

「最後に」青年が沈黙を破る。「僕が記録したリージョン襲撃時の各種データを君達の艦隊に渡したからそろそろ立ち去るけど、一緒に邪悪と戦ってくれた礼を言いたい。今降りるよ」

 コクピットらしき胴体のハッチが開き、重力制御技術でゆっくりと黒ずくめの青年が降りてきた。全身に黒い衣を纏った姿は彼の乗る機械の神をそのまま小さくしたかのようで、露出している細長い両腕に荒々しい仕上がりの腕輪をそれぞれはめており、綺麗に並んだ歯を覗かせながら達観した笑みを浮かべていた。とても悲しげであり、それでもなお邪悪を相手に戦意を呼び覚ませるのが奇跡的にさえ感じられる。しかし基本的には、優しい声に似合った穏やかそうな顔立ちをしているようだ。

「いい戦いぶりだったぜ」にやにや笑いで飄々としているメズが手を差し出し、青年と握手を交わす。「君は見かけ通りの人だ。とても正義感が強いね」

「へっ、俺の見かけを正義感と結び付けたのはあんたが初めてだな」

 各々が青年と称え合い、彼の出立を見送った。彼らはプロテクターズの結成と同様、たまたま居合わせた五人、いや六人である。しかし傷付く弱者を守るためならば、人も神も容易く団結する事ができるのだ。


「先程だが、一人で突撃して済まなかった」

「神様、あんたあいつらに酷い事されたんだろ。なら仕方ねぇさ、そんな謝らんでくれ。ところでなんでクロムマンはあんなにぎこちない指揮だったんだ?」

「あれか。彼はオーバーロードの任から降りてそのまま現世に肉体を失ったまま留まっていたらしい。その間に指揮のやり方を忘れてしまったみたいだ」

「…そりゃ、仕方ねぇな」



同時期:ワイオミング州、ジャクソン


「変な夢見ちまったな。俺あんなにアジアンの友達いたっけ。ロスに行った時の思い出かねぇ」

 三月下旬、休日の夕食前に少し居眠りした青年は奇妙な夢の事を思い出していた。夢の中で彼は見知らぬ者達と交友を結んでいたのだ。

「ライアン、夕飯ができたぞ!」

「今行くよ」

 夢は時折ただの夢ではなくなる。そして悪夢もまた、時折ただの悪夢ではなくなる。

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