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帰還の道程③

もう少しでエレーンの故郷に……!でも温泉で休むのって幸せだよね!

嵐の様に去ったレオナルドを遅れて追う。目標はマルシュベン領入っての最初の町だ。


すっかりレオナルドを気に入った王子だったが、ロバートに他家に仕える、それも地位有る者をホイホイ欲しがるなと叱られ、仏頂面で馬を駆る。


エレーンは関所に預けられていた自身の馬に跨がり、嬉しそうだ。


十五歳の誕生日に贈られたその馬は、エレーンの髪の色と同じ柔らかな栗色で、脚の先だけが靴下を履かせた様に真っ白なそれは美しい馬だ。

主人に会えて嬉しかったのか、軽やかに走る。あまりに跳ばして走るので、途中皆を引き離してしまい、一人待つ……を数回やり、ルーカスに呆れられたりもした。


やはり二人を乗せて走るより速くなり、余裕を持って小さな宿場町に着いた。宿屋はレオナルドが王子来訪は秘密にしつつ部屋を取ってくれていた様で、すんなり休む事が出来た。





2日ぶりの入浴後に宿の食堂へ向かう。男性の入浴時間は短いのか、王子とロバートがもう席に付いていた。


「ルーカスは先程浴場に向かったので、先に頂いてしまいましょう。」


メニューを回しながらロバートが言った。


「何だか先に頂いてしまって、心苦しいですね。」

メニューを受け取り、眺める。


「全員丸腰になるのは避けたいですからな。いや、やはり水浴びと違って風呂は良いもんですな。」


「じいは本当にじいだな。」

王子もメニューを眺めながら会話に参加する。


「なんです?じいを何だと思ってるんです。爺に決まってるでしょう、何か問題が有りますかな?」


寧ろ様式美のようにお決まりの軽快な二人の会話に、クスクスと笑ってしまう。


「明日向かった所に温泉が有るんですよ?北の温泉郷みたいに大きな所では無いですが。」


「ほう!それは良いですな。もう老体は長旅なんてするとあちこちがたが来るんですよ。」

ロバートは嬉しそうに顎に手をやり、上品に揃えられた顎髭を撫でる。


「じいは元気過ぎるくらい元気だろう。なんだ、エレーンは北の温泉郷に行った事が有るんだ?」

興味津々の眼差しで、王子はエレーンを覗き込む。


「いいえ、行ってみたいけど中々遠くて。母から聞いただけなんです。」


「そうですな、エルさんのお母上は北の方ですからな。私も何度か行きましたが、良い所です。お湯も白くて珍しい……ささ、それより何を食べるか決まりましたか?」


三人はメニューとにらめっこする。



「ここは香草使った鳥の唐揚げが名物らしいよー?」

まだ髪が少し湿った状態で、ルーカスが戻って来た。長めの前髪が顔にかかる。


「……相変わらず早いな。ちゃんと洗ってるのか?」

「しっつれ~な。ちゃんと洗ってますよ。出先じゃあ剣士足るものどんな事態も対処出来る様に、なんだって早く済ますモノなの。お坊っちゃんは分かんないかも知れないけどね~。」


言いながら席にどっかりと座る。

「は~?!」


若者二人の不穏な空気を感じ取り、エレーンが割って入る。


「確かに、唐揚げ美味しいですよ。こちらの独特の香草風味が聞いてて、食べる前にあっさり柑橘系の果汁を回しかけるんです。」


「えっ!果物合うの?」


王都には無いのか、おっかなびっくりながらも王子は注文していた。




「確かに旨かった。塩味が聞いてて、香草の風味が鼻に抜けるのがたまらないな。果汁もさっぱりして、いくらでも食べられる。」


食事を終えて、王子は唐揚げの美味しさに大満足の様だ。


「気に入って貰えて、嬉しいです。」

お茶を煎れつつ、エレーンも笑顔だ。


「本当に素晴らしかった。この香草と果物は王都にも流通しているのでしょうか?」


「果物は輸入品で王都迄は分かりませんが、香草はこの地域の特産物ですので、きっと王都にも入ってますよ。」


ルーカスはお茶を飲みつつ、項垂れる。

「あー、移動中じゃ無ければあれをつまみに呑みたかった~!」


唐揚げ、大人気である。


「本当、呑むの好きだな。」

王子は呆れながら、ルーカスに視線を投げる。

「分かりませんか、このぐあー!!と来る呑みたい衝動。」


「最早病気だと思うぞ、その衝動。」

呑兵衛の気持ちは分からない。王子はさらっと毒づいた。


「明日の町にも有りますし、そんなに気に入って貰えたなら、家でも出して貰うように言っておきますね。」

食べ物の話しだが、故郷を気に入って貰えた様で何だか嬉しい。


「家……。」

王子がゴクリと唾をのむ。


「何か?」


「レオナルドは慌てて帰ったが、その、何か不味い事でも有るのだろうか……。」


昼はロバートに説教されていたのでそんな話しにならなかったが、確かに、何がそんなに彼を慌てさせたのか。


「……おおかた、エレーンちゃんが男連れて帰って来たからなんじゃない?」


「はぁ?」


「えっ?!おと?」


驚く二人に、ルーカスはにやりと意味ありげに笑う。

「そりゃ、俺みたいな色男と一緒に帰郷したら勘違いもするってもんだよ。参ったな~。」


「……。」

突っ込むのも面倒になったのか、王子は無視した。

代わりにロバートがジロリとルーカスを睨む。


「……全く。まあでも、当たらずも遠からず……と言った感じですかな。」


「えっ」


「こればかりは行って確かめないと何とも言えないでしょう。」


「……。」

王子に一抹の不安を残しつつ、明日に向けて寝る事になった。






翌日。


早めに出発し、一路温泉町へと向かう。途中マルシュベン随一の高い山にぶつかる。その山の頂上まで登りはしないが、街道は山を迂回し、随分と蛇行する。

鬱蒼とした森が続く。

以前はここによく盗賊が出没して、旅人や商隊を襲っていたが、討伐により今は安全だ。

それでも、また日が経つと集まって来る。鬱蒼とした森が身を隠しやすいのだろう。


ひたすら走り、何とか日没迄に山を越えた。山を越えねば、街迄更に時間が掛かる。

何とか難所を越えて、今日の目的地である温泉町が見えてきた。





温泉町は何件かの温泉宿が立ち並ぶ。湯治専用の安宿が主で、いつも沢山の人で部屋が埋まってしまう。

着いたは良いが、レオナルドがこの町に有るどの宿を取ってくれたのか探さなければならない。


馬を引きつつ通りを歩く。

行き交う人々は、温泉町特有の衣服に身を包み、土産屋を覗いたり、川沿いに併設された無料の足湯に腰掛けて川を眺めたり、皆ゆったりと過ごしている。


小さな町とはいえ、一軒一軒見て廻ると遅くなりそうだ。

皆ばらばらに探すか……と話していると、通りの向こうから声が聞こえる。


「お嬢~!エルお嬢様~!」


帽子を目深に被った少年が駆けて来る。変わった服装で、全体的に暗い色で統一されている。立ち襟も長く、顔が半分隠れている。


「リン!何でここに?!」


リンと呼ばれた少年は、にかっと笑ってエレーンを抱き締めた。

さすがに抱えはしなかったが、王子に既視感が襲う。

喉の奥でぐっと音が鳴った。


「はーっ無事で何よりです。お嬢。宿はこの先ですよ。運良く空きが有りました。」


手を離し、向かい合う。


「ありがとう!でも何でリン?持ち場を離れて大丈夫なの?!」


「ひでえ、俺が来たら駄目なの?!」

リンは帽子で隠れがちな、でも大きな目をウルウルさせる。


「って、そうじゃない!宿へ行きましょう。話しはその後です。皆さんも、こちらです。」


リンに促されるまま、一行は宿へと向かった。




「改めまして、リン・フェイと申します。お嬢がお世話になってます。」


歳の頃に似合わず、リンはしっかり挨拶した。


「こちらこそ……と挨拶したい所ですが……。」


「あっ!レオの旦那に聞いてますんで、大丈夫です。ロバート様ですよね?」


「これはありがとうございます。……ではなく。」


「はい?」


「部屋は一つしか無かったのですかな?」


畳の部屋約十二畳に五人は通された。畳事態始めてで興奮しきりな王子達だったが、落ちついてみて異変に気付いた。


「はい。この温泉郷って、規模が小さい割に凄く人気でいつも部屋が一杯なんですよ。ここも奇跡的に取れて、後どの宿も埋まってるんです。本当、ラッキーですよね。」


「いえ、そうでは無くて……」


ロバートの言いたい事を察して、エレーンは割って入る。

「わっ私は気にしませんよ?!」


「いや、そこは気にして欲しいんだが……。」

まさかの王子に突っ込まれた。


「野宿と訳が違うしね……。」

ルーカスも心なしか気を使っている。


一行に微妙な空気が流れる。


「私が町の近くで野宿すれば……。」

「いえいえ、そんな事させる訳には……」

「でも殿下に野宿させる訳にも……」


あーでもないこーでもないと話しは平行線だ。


「あっ、俺もここに泊まるんで。主が超ぶち切れてましたけど、よく見張れって。非常時なので同衾じゃなければ良いって言ってましたよ?」


『…………。』


明るい声が微妙な空気を更に微妙にさせた。




宿は簡素だが、小綺麗に整えられている。

温泉は透明で、入ると肌がスベスベしてきた。内風呂二つに、外に露天風呂も有る。簡素な造りとは反対に、温泉を重視した設計なのだろう。


「…まあ、旅の途中ではこう言った非常事態も有るんだし、仕方無いね。一々気にするなら、女性は側近にしない方が良い。」


温泉に浸かりつつ、ルーカスは珍しく王子に言い聞かせる。ロバートが居ない時は、意外にきちんと側役の役割を果たす。


「そうだな……。」


王子はお湯に視線を落としながら上の空で返事をする。


「えっ!お嬢の入城取り止めですか?!やったー!」

横から元気な声が上がる。


「……。本当何で一緒に風呂入ってんの?キミ。」


ルーカスは少年を見やる。


見張る筈のリンが何故かちゃっかり温泉に浸かって居るのだ。さっきまで泳いだり走ったりするから、周りの客は早々と上がってしまった。褒められないが、お蔭でゆったり入れる。


帽子を脱いだリンは、髪が銀色でとにかく肌が白い。対照的に真っ赤な瞳が良く目立つ。身体は良く鍛えられている様だ。


「だってお嬢も今入ってますし。上がったらずっと見てなきゃいけないんで入れる内に入っとかないと。折角だし。」


リンは人懐っこく笑った。


「だって、いつ上がるのか分からないだろ?見てなきゃいけないのに。」


王子も、同年代だからかすっかり素のままだ。と言うか、面倒だったんだろう。


「え?そんなの声掛けてくれますよ。女湯隣なんだから。」


きょとんとしたリンに、王子は何故か敗北した気になる。


二人のやり取りを恐らく聞いて無かったルーカスがはっとする。


「王子!イベントこなして無いですよー!!早くしないと!!」


「?」

何の事なのか、王子は首を傾げる。


「男は女湯覗いてなんぼですよ?!」


「はっ??」


「さぁ!いざ秘密の花園……」


「そんなんしたら、王子でも遠慮なくぶちのめせって主に言われてるんですよね。責任持つからって。」


被せ気味に物騒な台詞をにこにこしながら言うリンに、王子は夫人の言ったマルシュベンの男の下りがやっとは分かった気がした。



「ほう?ぶちのめす?それは王子付き騎士として聞き捨てならんな。」


変なスイッチが入ったのか、ルーカスが立ち上がる。


「兄ちゃん強そうだなー。でも、俺も仕事なんで。手は抜かないですよ?」


リンも立ち上がる。何故か楽しそうに見える。

タオル一枚で、両者は拳の間接を鳴らす。



何故、覗いてもいないのに一触即発な状況なのか、王子はタオル一枚で睨み合う二人を、只ぼんやりと眺めていた。


登場人物 説明


リン・フェイ

ラ・マルシュベン公爵家付き第二親衛隊諜報役隊員。幼い頃にこちらも幼いエレーンに助けられ、恩を感じている。体質上、夜のみの活動で主に貿易港周辺の見張り、巡回担当。屋根の上も駆け回る身軽さで活躍する。明るい性格で人懐っこい15歳。


身長167㎝、髪の色・銀色、髪の長さ・襟足短めで前髪は目に掛かる程度、瞳の色・鮮やかな赤色、好きな食べ物・鳥の香草唐揚げ

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