岐路の道程②
馬を駆ればそれだけ故郷に早く着く。やっとエレーン側の人物が登場するかと思えば、男。何やらハーレムの匂い……いやいや、王子、頑張れ!そんなんで良いのか!な第六話。
昨日の決定で、一行は馬での移動になった。馬車の従者達は送り届ける自分達の任務を最後までやりたいと粘っていたが、結局王子が一筆持たせて帰らせた。
元々お忍び視察行脚で馬での移動だった事も有り、荷物も少ない。
エレーンも、剣と兜以外は姉からドレスやら何やら借りて居たので、着替え数着。と女性の割に(かなり)少ない荷物が幸いした。
ロバートの馬に荷物をまとめ、エレーンはルーカスの後ろに乗る。
王子には元々ロバートに持たせていた自身の荷物を積んで貰った。
心無しか朝から王子の口数が少ない。が、馬を走らせ口を開くなど舌を噛めと言っている様なものだ。皆無言で道を進む。
小休止を挟み、どんどん進む。夕方に差し掛かり、辺りが暗くなった所で小川の近くで野宿になった。
「いやー、次の町まで行きたかったね。」
途中で買ったパンをかじりながら、ルーカスは皆にカップを渡す。今日は町まで無理だろうと判断して、食料を予め買っておいて正解だった。
「確かに。しかし、跳ばしたお陰で大分進んだし、明日は関所を越えてマルシュベン領の町まで行けるでしょう。エルさんには野宿させて申し訳ない。」
お茶を注ぎながら、ロバートがエレーンを見やる。
エレーンはお茶を受け取り、にっこり笑う。
「いつも母の狩りに付き添って、山で野宿するので慣れっこです。長い時なんて、三日間も山に籠るんですよ?」
「……相変わらずエレーンちゃん頼りになるねー。本当にお嬢様なのか疑いたくなるわー。」
感心なのか何なのか。ルーカスはうんうん頷く。もうエレーンの言葉使いには突っ込まないと決めたらしい。
「お母上は狩りが趣味で?」
「はい。母は弓の名手で、結婚する前は戦場で駆け回っていたらしいので、たまに弓の練習と称して狩りに……。」
「……そう言えば……、お母上の結婚する前の姓は何でしたかな?」
「?ノーマンですが……?」
ロバートが笑顔で固まる。変な事を言ったのか?母の姓が何だと言うのだろう。様子を伺う。
「はー……、エルさんが強い訳が分かりましたよ。」
「あの、母が何か……?」
「お母上のお名前はイザベラではありませんかな?」
「はい、イザベラ・ラ・マルシュベンです。なぜ母の名を?」
ロバートは白髪を掻きなから、一口お茶を飲む。
「そうでしたか、いやはや私としたことがすっかり忘れておりました。いや、歳はとりたくないものだ。」
「?」
「イザベラ・ノーマンと言えば、北の豪族ノーマン家の令嬢で、昔西の国との戦で『戦姫』と呼ばれていた、弓の名手ですよ。確か、一度に三本の矢を放てるとかで、戦場で活躍されておりましたな。戦の後、東側に嫁いだと聞きましたが、マルシュベン家でしたか。」
「……通り名が良く付く一家だね。」
ルーカスに突っ込まれる。
「……た、確かに。」
昔聞いた事が合ったが、通り名までは聞いて無かったので、何だか恥ずかしい。急いで鳥の薫製を頬張った。
軽い食事も終わり、エレーンは女性のたしなみ(水浴び)に一人で行ってしまった。
今日は満月で視界は明るいとは言え、野犬も出るのに……と誰か護衛に付いて行くと揉めたが、結局何か有れば叫ぶと頑なに拒否され、剣を片手に颯爽と森の奥へと入って行った。
男三人は焚き火を囲い、お茶を啜る。
「何か今日大人しくないですか?王子。調子狂うんだけど。」
「そうそう、どこか具合が悪いのではありませんな?我慢すると明日に響きますぞ。薬を出しますか?」
心配する二人を余所に、王子は焚き火を見つめる。青い瞳にオレンジの光がユラユラ燃えている。足を抱え込んで座る姿は、華奢な体を更に小さく見せる。
「……今日さ。」
「はい。」
「何でルーカスの馬に乗せるんだよ。俺で良いじゃん。」
「……。」
二人は黙って王子を見ていたが、突如ルーカスは大笑いした。
「あーはっはっ……はっ……何か大人しいと思ってたら、そんな事でいじけてんの?!はーっ……腹痛……もっとこう、重大な悩みとかかと思ったのに……。はーっ……。下らん。」
「……我々が居るのに、一国の王子にそんな事させる訳がないでしょう……。荷物を持たせてるのも本当はさせたく無いのですぞ?本来なら、もっと護衛も付けたかったのに、かなり譲歩したのですから、これ以上我が儘言いますな。」
「……分かっている!言ってみただけだ。」
王子はすっくと立ち上がる。
「あー!もう腹の立つ!ルーカス、剣の練習に付き合え。」
「はいはい。」
若者二人は広めの原っぱへと向かって行く。暫くして、金属の接触音が聞こえて来た。
「ちょっと自覚して来たかと思えば、まだまだお子様ですな……。やれやれ、先は長い。」
一人残され、ため息混じりに独り言を呟いた。
結局エレーンの叫ぶ声も無く。火の番を交代でしながら、無事に朝を迎えた。
またも一行は関所まで馬を走らせる。もちろん、エレーンはルーカスの後ろだ。
太陽が真上から少し傾く頃、ウィンチェスト領関所にたどり着いた。
馬に水を飲ませ一息つく。この町の宿屋で汗を流したい所だが、マルシュベン領内の町まで行かなければならない。が、食事くらいはゆっくり出来るだろうと言うことで、馬を預けこの町唯一の食堂へ向かう。
……と、後ろから何やら叫ぶ声が聞こえる。
「お嬢~!!」
声を聞いて、エレーンは後ろに振り替える。慣れ親しんだ声だ。
背の高い大柄な男が走って来る。長い黒髪を後ろに一つにまとめ、一歩進む度にユラユラと、馬の尻尾の様に揺れる。
「レオ!」
呼びながら、男の元へと駆け出した。何事かと残された三人も男へ注目する。
「お嬢~!!迎えに来ましたよ!」
言いながら、男はエレーンを軽々抱き上げた。こんがりと健康的に日焼けした腕は、相当鍛えられている。
「レオナルド!やめて、恥ずかしいからっ」
抱えられ、腕の中でじたばたするのを笑いながらレオナルドは見ていた。
笑えないのは残されたこちらも黒髪少年だ。
「なっ」
言葉にもならない叫びを一瞬発したが、ぐっと堪える。
声は聞こえたが、大人二人は王子を無視して男の元へと向かう。
「これはこれは……、エレーンどのの迎えの方ですかな?」
上品な老紳士に話しかけられて、レオナルドはすとんとエレーンを下ろした。
「あー、はい。アリーシャ嬢の所の方達ですかい?……にしちゃあ、何かいつもの従者の感じじゃあ無いね。」
エレーンは背の高い三人に挟まれ、ぴょんぴょん跳ねながら提案する。こちらも、まとめた髪が尻尾の様に上下する。
「とっとりあえず、座ってお話ししませんか??」
先程の怒りも忘れて、王子がエレーンの跳ねる姿が可愛いと一人後ろで思った事は内緒だ。
昼時を少し過ぎていたお陰で、食堂は貸し切り状態だったが、五人は一番奥の席へと座った。
「とりあえず、挨拶からって事で。初めまして、俺はマルシュベン第一親衛隊隊長のレオナルド・エイガスと申します。」
レオナルドは座りながらペコリと頭を下げた。
エレーンはレオナルドに向かい直す。
「レオナルド、こちらウェリントン国第二王子、アレクシス・ウェリントン王子殿下です。右隣が王子側役のロバート・オルク様、左隣が王子直属騎士ルーカス、ヘンベルク様です。」
説明されて、呆気に取られる。迎えに来た方が早いからと、早馬での報せも無しにしていたのが仇となったか。
この状況にレオナルドは頭が付いて行かない。
身を乗り出して、目の前にいるお嬢の顔を覗き込む。
「はい?」
「え?だから……」
聞こえなかったのかと説明し直そうとする。
レオナルドは被せて話し出した。
「いやいや、え?何やってるんですか、お嬢!報せてくれないと困るでしょ?こっちだって対応とかいろいろ有るでしょ?!」
「ごっごめんね……。」
シュンとしたエレーンも可愛い……いやいや、王子ははっと我に帰った。
「いや、こちらが視察を公にしていなかったのが悪い。どうかエレーンどのを責めないで欲しい。元々此方へは予定の無かった訪問だったのだ。無理を行って連れて来て貰ったのは私だ、すまない。」
王子に謝罪され、レオナルドは立ち上がって手を振る。
「いえいえ、責めてると言うか、つい、いつもの感じ出しちゃって、こっちこそ申し訳ない!……です!いやぁ、何も連絡取って無かったもんで、ちょっと慌てました。お見苦しい所をお見せして申し訳無い!」
よほど驚いたのか、レオナルドは恐縮しきりだ。王子に謝られたら誰でも慌てるとは思うが。
気を取り直して、説明を続ける。
エレーンが大会で入賞した事は、レオナルドも聞いていたらしい。剣姫のあだ名も大いに喜んだ。元々陽気な性格なのか、わいわいと話しが進む。
しかし、入城の話しを聞いた途端、雲行きが怪しくなる。
「……は?お嬢、それ本気ですか?」
一気に場が凍り付く。
「えっええ。決めたの。」
レオナルドは一人頭を抱えた。何やら俯き、考えを巡らしている。
「ぐあー!!やっぱり一人で行かせるんじゃないんだったぜ!!くそっ」
突然の叫びに一堂固まる。レオナルドは頭をぐらぐら揺らしながら、何やら悶えている。
「あー、アリーシャ嬢だな?!あいつ俺が後でめっちゃ切れられるの分かってて……くそー!いつも何時も相談も無く…!!」
夫人掴まえてあいつ呼ばわりか。王城組は密かに心の中で突っ込んだ。
何やら落ち着いたのか、レオナルドは静かになった。視線は下を向いている。
「……お嬢。」
「はっはい。」
「申し訳ねーけど、俺先に戻りますわ。」
「?!」
「大討伐が有ったから襲われる心配も無いし、町の詰め所にも言っとく。街道の行商にも言っとくから、何か有れば用立てて下さい。お嬢の腕だし、何よりこの人達居るから大丈夫だろうし。」
この人達……同じく心の中で突っ込む。
「……三日くらいで着けそうですか?」
「ええ、四日はかからないと思う。」
「分かった。無理せず、気をつけて来て下さい。馬は関所の所ですから。」
レオナルドは勢い良く立ち上がり、深くお辞儀する。
「すんません!お嬢を宜しくお願いします!」
「あ……ああ、分かった。任せろ。」
気迫に圧倒されて、随分と腑抜けた返事になってしまった。
聞いたが早いか大男は走って出て行ってしまった。
見送り、エレーンは王城組を見渡す。
「……大変、失礼しました。あの、悪気は無いんです。」
あまりの無礼な態度に、エレーンは不安げに王子を伺う。
「いや、気にして無い。むしろ……。」
「?」
「あいつ良いな!面白くて。側に欲しい!」
初見の腹立ちもどこ吹く風。王子は大きな目をキラキラさせている。
『止めて下さい』
すぐに側役二人に止められた。
登場人物 説明
レオナルド・エイガス
ラ・マルシュベン公爵家第一親衛隊隊長。生まれも育ちもマルシュベン。元々子爵の父親にくっつき賊退治に良く参加していたので、自然に入隊。領主付きなので腕っぶしも良いが、貿易港出身らしく語学も堪能。アリーシャの世話もしていたので、感覚的には兄目線な31歳。
身長192㎝、髪の色・黒色、髪の長さ・肩下を一つにまとめている、軽めの天パ、瞳の色・黒色、好きな食べ物・魚介たっぷりパエリア