帰路の道程①
いよいよ、王城へ入城する為の帰郷……。側役への道はまだまだ遠いんです。
イチャイチャも出来ない、寧ろ何それ?な二人の旅路が始まります。
出立の日、アリーシャは夫、ウィンチェスト男爵と共に妹と賓客を見送る。
城に宿泊していた貴族や、どこから聞き付けたのか王子と剣姫を人目見ようと野次馬も集まって、城前は昨日の剣術大会さながらに賑わっていた
エレーンは、用意して貰った馬車に自分の荷物と共に一通の手紙を仕舞い、早々に乗り込んだ。
故郷に戻っても、また王都に向かう際に商都アレスには立ち寄る手筈になっている。
「では姉様、父様に必ずや報告致します。お返事、お持ちしますね。」
窓から身を乗り出し、姉の手を取る。
「リチャード様、姉様をどうか宜しくお願い致します。姉様はじっとして居られない性分なんですもの。」
ウィンチェスト男爵はにこやかに頷いた。
「まあ、すっかり叔母気取りなのかしら?」
そう言いながらも、アリーシャは嬉しそうだ。
馬車の扉が開かれ、王子も遅れて乗車する。
「殿下、何卒妹を宜しくお願い致します。」
「うん、任せておいてくれ。」
「……マルシュベンの男達は、とても難しいのでお気をつけて。」
「?、それは公爵どのの事かな?」
「……と言うか、面倒と言いますか……。行けば分かりますわ。」
夫妻が互いを見ながら苦笑する。
何だか腑に落ちないまま、窓越しに王子は笑って見せた。
「どちらかと言うとエレーンちゃんが面倒見る方だから、大丈夫ですよ、夫人。」
馬車のやや後ろから、馬に跨がりルーカスが横要りする。ロバートが、無言で冗談だらけの青年を背後から小突いた。
「馬上から大変失礼します。長らくお世話になり、誠にありがとうございました。また、王都帰還の際にお邪魔しますこと宜しくお願い致します。」
「いいえ、またの御来訪を心からお待ちしております。」
お互いに丁寧に挨拶した後、王子一行はエレーンを連れて、マルシュベン領へと出発した。
見えなくなるまで、ウィンチェスト夫妻は見送っていた。……野次馬も一緒に。
「これからウィンチェスト領の関所まで、馬車で四日だったかな?」
城を離れて、車内は二人きりだ。旅路はまだまだ長い。
「はい殿下。本来なら、馬車では無く馬での移動でしたらその半分で済みましたのに、お手間を取りまして申し訳有りません。」
向かいに座る王子に、ぺこりと頭を下げる。
「……あのさ。」
「はい?何でこざいましょう。」
王子はじっとエレーンを見つめる。
「その丁寧な言葉使い、止めない?」
「……は、ええと?と、言いますと?」
「うん。肩、凝るしさ。」
どういった意図なのか、図りかねる。
エレーンは首を傾けた。
「あいつらみたいに……、ロバートとルーカスみたいな、碎けた感じで話して貰えると助かる。そうじゃなくても、王城内でも、視察に行っても畏まられて、窮屈過ぎて疲れるんだ。せめて、常に一緒に居る側役とは楽に行きたい。それに、敬語だと距離を置かれてる様な感じするし……。せっかく入城を決心して貰えたんだし、まだ手続きはしてないけど、慣れて欲しい。まあ、あいつらも一応は敬語だけど、全く敬意が込もっていないだろ?腹立たしい事に。」
ルーカスの話方を思い出し、エレーンは頷きそうになるのを、何とか抑えた。
「……で、でも殿下。そんないきなり変えるなんて……」
「出来るまで返事しないから。」
「えっ」
王子は意地悪っぽく笑った。
仕方ないと言うか必然的と言うか、車内は沈黙に包まれた。
もう商都は遠くに小さく見える。
「…………。」「…………。」
道中は天気も良く、広大な牧草地が続く。遠くに羊の群れが見える。羊飼いは昼寝中だろうか。
「…………。」「…………。」
やや大きめの川に差し掛かり、馬車は橋を渡る。鬱蒼とした森へと入って行く。木陰に入ると、やはり少し気温が下がる。馬車内の雰囲気も気持ち暗くなった様だ。
馬車の後ろから、ロバートとルーカスが続く。王子の馬で有ろう黒毛の馬をルーカスの馬と繋げて誘導している。
「……まだ駄目?」
先に音をあげたのは王子だった。
「その、駄目です。恐縮してしまいます……。」
何時間も無言は流石にきつい。でも碎けた感じも難しい。
「俺がそうして欲しいのに、駄目?」
大きな瞳に見つめられると、何とも困ってしまう。子犬の様でこちらが悪い事をしているのかと錯覚しそうだ。
「……良いよ、俺はもう勝手にやるから。エレーンは、実家で家臣ともそんなに堅苦しいの?」
先制攻撃で呼び捨てで来た。
「はいっ?!えっええと、家臣と言うか……皆家族みたいで、父や母に接するみたいな感じです! 」
「なら簡単だと思うんだけど。いつまでも距離が有るのは、俺嫌だな。」
「ううぅ…。」
お次はウルウル見つめる攻撃?!
「……エレーンは俺と信頼関係築いて行きたく無いとか?!」
「?!そっ!」 ガン!
思わず立ち上がってしまい、エレーンは強かに頭を打った。そう来られたら、敵わない。
「?あの二人なにやってんだ。」
鈍い音に、後ろの二人は様子を伺う。
「…ごめん、大丈夫?」
「だっ大丈夫……です。信頼関係は築いて行きたいと思ってます!!その…」
「その?」
「努力します……。」
王子は案外嬉しそうにふーんと返事をした。
「じゃあ、手始めにアレクシスって名前で呼んで貰おうかな。言い辛いならアルでもアレックスでも良いから。」
「えっ?!いきなり名前からですか??」
期待の眼差しを向けられる。
「……あのお二方はお名前で呼んで無いですよね……?」
「他の人の前では流石に節度持つように言って有るけど、まあ、じいは坊とか未だに呼ぶし、ルーカスに至っては『あの』とか『この人』とか………あいつ本当にふざけてるな。」
エレーンは二人のやり取りを思い出す。
「ふふっ、お二人は兄弟みたいですもん。」
エレーンのちょっとした変化を王子は見逃さなかった。
「兄弟~…………それは嫌だな。兄上でお腹一杯だし。」
クスクスと笑うエレーンを一頻り眺める。
「ひどい、それはお二人に失礼ですよ。殿……」
「でん?」
被せて聞き返す。
「で……あ……アレ……アレクシス…………様。」
「様?」
「!……アレクシス……。」
「よし!」
にっこり笑う王子を見て、エレーンは無駄な抵抗を諦めた。年下ながら、流石一国の王子。一筋縄では行かない様だ。
「…………アレクシスって本当に十四歳ですか……?」
「?、そうだよ?」
子供らしいのか一枚上手なのか、エレーンには判断出来なかった。
夜も更け、途中小さな町の宿屋に泊まる。まだ道程は遠い。
地元の客なのか旅人なのか、大層賑わう小さな食堂で四人は遅めの夕食にした。馬車の従者達も誘ったが、この町の兵の詰所に泊まると言うので、別行動だ。
「へー、エレーンちゃんが礼儀に対して折れるなんてね。」
馬車での経緯を二人にも説明した。ここに来るまでに、何とか呼び捨ては……慣れたと思おう。
「また坊が我儘を押し切ったのでしょう?全く……常日頃から礼儀は大切だと言い聞かせてあると言うのに……困ったもんです」
ふうっとため息を吐き、熱々のピザにかぶりつく。
「じいだっていつまでも坊とか呼んで、全然切り替え出来て無いからな。」
こちらも熱々のスペアリブにかじりつく。
「えーそりゃ、いつまでもじいとか呼ばれれば、こっちも坊とか呼びたくなるってもんだ。ねえ?エレーンちゃん。」
傍観していたのにルーカスにいきなり巻き込まれて、スープで噎せる。
「ありゃりゃ、大丈夫?」
背中をバシバシ叩かれ、力の強さに余計噎せそうだ。
「ルーカス、お前気安過ぎるだろ……。」
王子はジロリと睨んだ。
「まあまあ、妬かない妬かない。俺は何が有ってもあんたのモノなんだから、少しぐらい仲間と触れ合ったって良いでしょうに。」
「誰がどれに妬くって?!変な言い方止めろ。」
軽口に、心底げんなり顔だ。
ルーカスはイタズラっぽく口角を片方だけ上げる。
「そうだ、エレーンちゃん。あの人に敬語無くすんだったら、俺にも使わなくて良いからね。」
「えっ!でもお二人にまでそんな……」
エレーンは両手をブンブン振る。
「それは良い。これから一緒にいる者同士、お互いに気兼ね無く行きたいところですな。まあ、私の話し方は誰にもこんな感じなので、気になさらずに。さて、何と呼べば良いのか……。」
「いいや、じいは俺とルーカスだけに口調が厳しいね!」
「ほぼ叱らなければならないからでしょう!全く坊は……」
長くなりそうな説教に、アレクシス坊の喉から、カエルの潰れたような声が漏れ出た。
「俺はやっぱりエレーンちゃんかな。長いから、エルちゃん♪とかも良いかなー。」
ルーカスはウキウキだ。この流れでは、もう自分の拒否権は無さそうだ。
ため息混じりに答える。
「……マルシュベンでは、皆エルと呼んだりしますね。」
「そっかー。じゃあ、俺はあえてのエレーンちゃん呼びで。それと、敬語出てるよ?まだ難しいかな。」
「分かりまし……分かった、私もルーカスさんと呼びま……呼ぶわね。」
呼ばれた本人は、何とも複雑な表情だ。
「さんって……固い!固いよエレーンちゃん。俺とエレーンちゃんの心の距離は、王都とマルシュベン領くらい離れてるね!!ルーカスでもルカでも良いからさー、緊張取ってよー。」
「~!……わ……分かった!……ルカ先輩。これから宜しくね。」
予想外の呼び方に、説教中のロバートも呆気に取られてエレーンに注目する。
直ぐに三人は大笑いした。賑やかな食堂でも笑い声が響く。
「あっは……腹痛……あー……良いね!先輩呼びも久しぶりで逆に新しいよ!うん。」
当の先輩はすっかり気に入った様だ。目に涙が滲む程可笑しかったらしい。
「良いですな。これで先輩としての振る舞いになってくれれば万万歳。嬉しい限りで。」
ロバートもうんうんと頷いた。
「はー……ロバじいは何て呼ぶの?ロバ先輩?ロブとか?」
まだ笑いの余韻を残して、ルーカスは尋ねた。ロバ先輩……!!あーはっはっと王子と二人またツボにはまった様だ。
「えっと……ロバートさんで……。」
「はい。私もエルさんと呼びましょう。」
ここだけ穏やかな空気が流れた。
「なんだ、つまらん。」
笑い疲れたのか、王子が水をぐっと飲み干し呟いた。
「坊をつめるために我々はいるわけではありませんからな。」
「本当、エレーンちゃん良いね。真面目だよね。」
「それが、エルさんの素敵な所なんですよ。ルーカスみたいなのがごろごろ居たらこの国は破綻します。」
ええ~っとの不満声も、いつもの通りロバートは華麗にスルーした。
食事も終盤に差し掛かり、おもむろに王子が提案した。
「なあ、馬車をリチャード殿に出しては貰ったが、明日から馬で移動したいんだけど。」
「あー俺もそっちが良いです。荷物もそんな無いし。」
「確かに、その方が移動は早いですが……。しかし、エルさんには負担が大きいのでは無いのですかな。」
食後のお茶をゆったり飲んでいたエレーンも食い付く。
「私もそちらの方が良いです……かな。元々関所までは自分の馬で来たし、帰りも関所に私の馬を連れてきて貰うようにしてます。アリーシャ姉様が、ウィンチェスト領内は絶対に馬車で……と送って貰ったけれど、馬の方が早いでしょう。」
「そうでしたか、では、関所に迎えがもうそろそろ到着してしまいますかな?」
「多分……大会を終えたら直ぐに帰還すると伝えていたので、明後日には関所近くの町で待って居てくていると思います。」
エレーンの頑張って敬語を外そうとして、結局取りきれ無い所を男三人は生暖かく見守った。
「それにしても、馬の足でも関所から四~六日はかかると聞いたんだけど、共を一人だけって、少し危機感が足りないんじゃないか?確か街道は賊も出るんだろう?」
エレーンは首を振る。
「それが、私が大会に出ると決まってから、大々的に盗賊討伐が行われて……。」
「「えっ。」」
男性陣が驚く。
「安全だから行っておいでと、送り出して貰ったので大丈夫なんです。行商の方達も当分安全だと喜んでて……。」
王子の脳裏に夫人の言葉が浮かぶ。
『マルシュベンの男達は、とても難しいのでお気をつけて。』
そうだ、男達……と言っていた。
「それに私馬術も大好きで、昼夜問わず走って三日半程で関所に着いたので、襲われる心配も無かったかなと。送ってくれたレオナルドも、とっても速いんですよ。迎えも、きっと彼が来てくれると思います。」
「はー……流石剣姫。頼りになるね。レオナルドとやらを呼び捨てなのは妬けるけど。」
「何を言ってるんだか。……でも確かに。エルさんのこれからの活躍が楽しみですな。」
感心しながら、二人はお茶を飲んでいる。
「う……うむ。」
王子はアリーシャの言葉が気にかかり、一人だけ少し気後れしていた。
概要 説明
マルシュベン領は、ウェリントン国最南東に位置する。貿易港街イスベルを有し、広大な土地が南北へと広がる。海と農耕地帯が有るので豊かな土地柄だが、その分内外から貿易の商人や品を狙い賊がしばしば襲い来る。親衛隊や近衛兵隊の数を揃え対応している。が、気性の荒い漁師街でも有るので住民も高い戦闘力が有る。