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第三話

       三


「妹のおつぎに縁談ががございましての、良縁でござる。相手は女房を先に亡くされて、おつぎは後妻となります。しかし、おつぎも三十を過ぎておりますからな、まあ、仕方ありますまい。小さい子供がふたりおるそうですが、これも、四才、三才、と幼く、おつぎが嫁に入っても、直になつくと思われます」

「それで相手の男は、どういう人物ですか」源一郎が訊いた。

「米の小売屋でござるよ、いま三十二才でござっての、ちょうど働き盛りというところでしょう。親の後を継いで、米屋の主人になって、五年目だそうです。それで……おつぎが強請られているそうなのです。」

「強請られている……?」

 源一郎が小首を傾げた。どこかで聞いた話であるなと思った。

「おつぎに男がいる、というのです、おつぎにはそんな男はいません、身に覚えのないことで強請られているのです、相手は……」

「ちょっとお待ちください。貴兄、それは、香具師の五郎造と正福寺の和尚ではありませんか」

 加山がびっくりしたように目を見開いた。

「なぜ、それを……」

「実は、私のいいなずけも、同じような手口で強請られているのです。香具師の五郎造と正福寺の和尚というのも一緒です。私は近々このふたりを、切って捨てるつもりです。

そうするのが世の為、人の為になるのです。正福寺の和尚なんかは、坊主のくせに、殴り殺すか蹴り殺してやらないと、気が治まりません。源一郎がそう言った。

「いや、源一郎殿、それではふたりでやらかしましょう。私が正福寺の和尚を殺ります。源一郎殿は香具師の五郎造の方を、お願いしたい」

 加山がそう言って笑った。

「いかがですかの」と、源一郎に訊いた。

「……分かり申した」と応えるしかなかった。

「貴兄、今夜は、外でいっぱいやりながら、飯を喰いませんか、なあに、直ぐそこでござるよ」

 隣家に「今日は晩飯を外で食べるので、夕食はいり申さぬ」と伝えて外に出た。

 馬場町の小料理屋、だるま屋に入った。

 源一郎の長屋からはちょっと離れている。

 ふたりで、酒を呑み、軍鶏焼きを頼んだ。

「殺りにいくにしても、同じ日の、同じ夜間に殺さないといけませんな、そうしないと、片一方には逃げられてしまいかねますぞ」

 加山が小声で言った。

「そうですね、和尚は住職ですから、毎晩寺におりましょう。問題は五郎造の方です、毎日妾の家に来るかどうか、わかりません」

 源一郎が(ひそ)か声で応えた。

「ですから、五郎造の方を先に殺ってしまって、その報せを待って、私が、和尚を殺りにいくことにしましょう、その夜のうちにです」

 加山が、わざとらしく、はははと声を上げて笑った。そして、酒をもう一本と、とっくりを振って店の者に合図した。

「それでは早速、明日の晩から、五郎造の妾宅に張り付きましょう」

「貴兄は、おつぎさんの長屋に詰めていて下さい。そちらの方が正福寺に近いですからな」

 源一郎がそう語って、うんうん、とひとりで頷いた。

 翌夜から、源一郎は、新富町の妾の家に張り込んだ。夜といっても七つから四つ(七時から十時)までである。

 五郎造の家の前の旅籠の二階の部屋から、通りを見ていた。ゆずの間という部屋である。源一郎はこの部屋を五両払って、毎日使えるように借り抑えた。

 金は志野から、百両貰ってきてある。父の敵を討つまでは帰るなという意味のある金だった。

 江戸中の岡引に、金を渡して捜索(そうさく)を頼んである。いずれ、近いうちに、みつかる、と思っていた。

 ついたち、ふつか、みっかと何事もなく日々が過ぎた。

 十四日目、ゆずの間に入って、窓を開けたとき、向かいの妾宅から、男が三人出て来た。

「五郎造だ」と源一郎は思った。頭の毛が逆がえった。

 きっと昨夜の十時過ぎに、戻ってきたのだろう。

 五郎造の顔は、おつぎから聞いていた。

 源一郎は旅籠を飛び出した。三人の後をついて歩く。

 品川に出て、白金を過ぎて、青山方向に向かった。

 これは、正福寺か小川の屋敷に向かうのではないか、と考えた。

 とにかく、やってしまおうと、決めた。

 武家屋敷の立ち並ぶ区域に入った。人はまばらにしか通らない。

 源一郎は、五郎造たちの元へ、音もなく擦り寄った。刀を抜いた。

「五郎造」と声をかけた。

 五郎造が振り向いた。

その頭を、源一郎の刀が叩き割った。

 返す刀でふたりの付き人の首を切り裂いた。一瞬の間のことだった。

 誰も見ていない。

 源一郎は五郎造の衣服で刀を拭くと、足早に、加山の元へ向かった。

 一時間ほどでおつぎの長屋に着いた。

 加山は、座敷に横たわって居眠りしていた。

「貴兄」と声をかける。

「よだれをかいていますぞ」と、いうと、加山が慌てて、口元を拭いた。

「ははは、嘘でござる、 冗談でござるよ」

 源一郎が笑ったら、加山は、

「何だ冗談か」と、うふふと笑った。

「貴兄、先ほど、五郎造を、()ってきました、後は貴兄の番ですぞ」

「なに、五郎造を殺ってきたと……」

「ええ、頭を割ってまいった。他にふたり付き人がいましたので、このふたりも、何を知っているかわかりませんので、()ってきました」

 源一郎が何事もなかったような顔をして応えた。源一郎は、何かことあるときには、心の興奮を抑えて、冷静になろうとする癖があった。今日もそれが出たのであろう。

「左様ですか、それでは今夜、正福寺の和尚を殺してきましょう」

 加山が、刀を抜き、刃を見つめて鞘に収めたとき、おつぎが帰ってきた。

「あら、若様もみえてたんですか」

「ええ、でも直に帰ります」

 源一郎が、立ち上がって、腰に刀を差した。

「わしは、そこまで送ってくる」

 そう言って、加山が一緒に外に出た。

 ふたりでしばらく歩いて、正福寺には、四半刻半ほどでついた。

「それでは行って来もうす」

 加山はそういって、崩れ落ちかけた土塀から、正福寺に入った。

加山が夜の闇に溶けていった。     

 しばらくして「ぎゃあ」という悲鳴が聞こえた。

 加山が悠々と戻ってきた。

「やっつけもうした」

「そうですか」

 そう言い交わして歩き出した。

「和尚は、もう寝ていましての、布団の上から串刺しにしてまいった」

「止めを刺してきましたか」

「無論です」

 加山が肩をゆすって苦笑いした。

「しかし、人を切るというのは、あまり気持ちの良いものではございませんな」

「仕方がありませぬよ、私など、もうひとり殺らなければならないのですぞ」

 源一郎は、道端に唾を吐いた。

 途中で別れた。加山はおつぎの元へ、源一郎は本所の長屋へである。

 翌日、夕方に、小川家を訪ねた。春意は在宅であった。春意の居室に通される。るいが同席しようとした。

「るいさんは、席を外してくださらんか」

 源一郎はるいにそういった。

「はい、わかりました」

 頷いて、るいは出て行った。

「さて小川様、申し上げたき()があってまかりこしました」

 そう、源一郎が切り出した。

「申し上げたき儀、それはなにかの」

 春意が話の先を促した。

「実は、昨夜、香具師の五郎造と正福寺の和尚を、斬ってきました」

「なに、五郎造と正福寺の和尚を斬ってきた、と申されるか」

 春意が目をむいた。

「他に何人も強請られているものがおりましての。私だけではござらん、もうひとりの者と一緒に、やっつけました。天の鉄槌(てっつい)でござる」

 源一郎が笑った。

「左様か、香具師の五郎造と破戒坊主をのう。いやかたじけない、助かり申した」

 春意も笑った。

「して、そこもとの仇討ちは、どうなりましたかの」

 春意が訊いた。                       

 それが、まだ敵がみつかりません。なに、まだ探し始めて間がありませんからな、慌ててはおりません」

 源一郎は、そう応えた。



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