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またまた  作者: よだか
第一章
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6.

「まずは、自己紹介だね。

 私はツェツェグ・タクバク。ウルの曾祖母で、先々代タクバク家当主で、あんたのひいおばあさんの友だちだよ」


「あっ、アシュリル・トウカンです。4さいです」



 一難去ってまた一難。

 貫禄のある猫のおばあさんの目の前にいる萎縮しっぱなしのあたし。隣にいる筈のウルはまるでそこにいないかの様に存在感を消している。それ程このおばあさんが怖いのだろうか。



 今あたしたちがいるのは、竜巻騒動を起こした河の堤防の下。朝食を終えた後猫のおばあさんに連れられて、今度は下に敷く布を持ってやってきた。柔らかな日の光を浴びながら、まるでピクニックにでも来たようだった。


 布を地面に敷き、そこに座ればなされる自己紹介。小柄な体格から溢れる存在感。これから何を言われるのだろう、と戦々恐々としているあたしたちは、彼女の次の言葉を待つことしか出来ない。





 ……どうしてこうなったのか。

 それはほんの数時間前のことであるのに、あまりの衝撃に随分と遠い過去の様に感じる。



 あの竜巻をあたしが出現させてしまった後、ウルによってその竜巻を囲んでもらい、自然消滅を待っていたときにツェツェグさんがやってきた。

 すると、すぐさま竜巻の上空に鎮座していた巨大な積乱雲をウルと同じ様に囲んだかと思えば、あっという間に消してしまった。


 そしてウルに気を抜くんじゃないよ、と先程凄い魔法を使った筈なのにけろっとした調子でウルに言う。

 続けてもうすぐ朝食だからね、と言いながら既に踵を返していたツェツェグさんは、家の方に歩き出す。


「後五分くらいだから、頑張りなさい。

 それから、朝食が終わったあと話を聞くから」


 何故竜巻発生の残り時間が分かるのかとか、一体何の話を聞かれるのだろうかとか、それはあたしも一緒なのかなとか。

 色んな疑問が浮かぶが、妙に圧倒されてしまって何一つ質問をぶつけることは出来なかった。あたしはただ彼女の後ろ姿を追うことしか出来ず、…ばばさまはうちで一番だから、と隣で呟かれた言葉は聞こえなかったことにした。



 その後、本当に五分ほど経った頃に竜巻は消えた。ウル曰く、ツェツェグさんが積乱雲を消した際に、ついでにウルが囲んでいた竜巻の魔力を多少吸い取って行ったらしく、そのために予定よりも早く消滅したそうだ。


 それ以上ウルはツェツェグさんに関することは話さず、安心してお腹が空いていることに気付いたあたしたちは早々に家に向かった。



 そして遅れて席に着いたあたしたちは特に大したことも聞かれず、早く頂きなさい、と母に言われるに止まった。

 朝食後ウルとあたしは既に布を持ったツェツェグさんに呼ばれ、あたしたちはその有無を言わさぬ彼女に着いてきて今に至る。





「さて、アシュリル。あの竜巻はお前が出したんだね」

「はい」


 断定的な聞き方はあたしに対する問いではなく確認。ここは素直に答えるしかない。


 するとツェツェグさんはあたしに向かって手のひらを上にして、手を差し出してきた。

 どうしたらよいか分からなかったあたしは、えっと…、と困って隣にいるウルの方を見た。


「ばばさまの手に自分の手をのせて」

「なぁに、取って食いやしないよ」

「は、はい」


 あたしの困惑に気付いたウルは一応答えてくれた。よかった、あたしを人身御供にどっかに逃げるような薄情なやつじゃなくて。


 そして言われたとおり、ツェツェグさんの差し出された両手にそれぞれの手をのせる。

 恐る恐るのせた手がツェツェグさんの掌に触れる。お年寄り特有のシワがちの薄い手よりも小さい自分の手。その手に包み込まれるように、小さな力で手を握られた。じんわりと心が温かくなるような、そんな安心感が手から伝わってくる。



「うん。じゃあアシュリー。

 目を閉じて、はい深呼吸。

 次は、竜巻を出したときみたいに魔力を出してごらん。そう、ゆっくりね」


 言われた通り目を閉じて、深く息を吸い込み緩やかに吐き出す。心安らぐ流れがあたしに流れ込み、満たされ、まるで水の中にいるかのように、周りの音が遠く聞こえる。そんな中、はっきりとあたしの中に響いてくるツェツェグさんの声。



「うん、上手いね。その調子だよ。

 ゆっくり、流し込むように」


 まるでたゆたう水に身を任せるように、ツェツェグさんの声はあたしを導く。


「今度は魔力を止めて。焦らなくていい、ゆっくりね。そう、少しずつ、閉じるように」





「…さぁ、目を開けて」


 どの位こうしていたのだろうか。

 ものすごく長くも短くも感じて、まるであたしの周囲が何かに包まれていたように、ここだけ別の時間が流れていたのではないかという錯覚に陥る。


 言われるままに目を開ければ、太陽の眩い日差しが目に染みる。瞬きを繰り返し目が明るさに慣れれば、目を閉じる前と同じく、あたしの向かいにはツェツェグさんがいる。

 そんなあたしに気付いたのか、ツェツェグさんは柔らかな微笑みをあたしに向けてくれた。


「お疲れ様。もういいよ」

「はい」


 下から握られていた手は、足が短く胡座になりきれない座り方をしていた膝の上に戻され、この何かが終わったことがわかった。

 しかし、今のは一体何をしていたのだろう。



「今のは魔力量を知るための方法でね。

 他人の魔力を感じることで、その相手の魔力量や魔力の強さとかが分かるんだよ」

「これって、だれでもできるんですか?」

「誰もが出来ることではないね」


 なんでもないことのように言うから皆が出来て当たり前のことなのかと思えばそんなことはないらしい。


「これは受け取る側の魔力量がある程度ないと出来ないんだ。自分の魔力量の限界以上には、魔力を受け止められないからね」

「そうなんですか」

「ウルもアシュリーも練習すればある程度は出来るだろう。あんたたちの魔力量は多いし、魔力も強い」



 そうなんだ。嬉しいような…残念なような、この曖昧な気持ち。

 よくありがちな話や展開の数々に、頭では分かっていてもあたしの心はついて行けていない。



「今のに加えて、言っておくことがある」


 先程までの穏やかな表情とは一変して、ツェツェグさんは酷く真剣な顔付きになった。その真剣な表情と相俟った鋭い瞳が、あたしとウルを交互に見据える。


「アシュリーの魔力量を今調べる、っていうのは大分遅いことなんだ。本当は歩けるようになったらするもので、もうすぐ5歳になるのにまだ調べてないっていうのは滅多にないことだよ」


 何故あたしが今まで調べていなかったのか、と疑問に思い首を傾げながらもツェツェグさんは真剣な顔のままで、あたしはわざわざ口を挟んだりはしなかった。もちろんウルも。


「それはね、あんたの魔力量が多いことはあんたの親たちも分かっていたんだ。だから、下手な奴に簡単に魔力量を調べさせたりはしなかったの。

 この国は実力主義で、強いものが上に登り重宝される。魔力量が多い、ってのは殆どが才能なんだ。生まれ持ってのことだから、魔力量が多ければ多いほど希少で利用価値が高い。それだけ、危険が多いってことなんだ。

 それで、ジルバ達はあたしにアシュリーの魔力量を調べるようお願いしてきたんだよ」



 そうだったのか、と納得する。我が家の家族が信頼しているからこそ、こんな面倒事の塊みたいなことをやってもらったうえに、こんな子どもに詳しく説明までしてくれた。改めてお礼を言おうと思えば、ツェツェグさんの話はまだ続く。


「小さな子はまだ魔力を上手く使えないし、アシュリーはあの家にしては随分魔力量が多いし、ジルバ達はおまえに魔法のことは殆ど教えなかったんだろう?

 今トウカン家に魔法が特別得意な人はいないし、殊更ジルバは魔法がへったくそだからねぇ」


 ようやく日が差したかのように、ツェツェグさんの顔や口調が明るくなる。

 ほっと安心したところで、矛先は思わぬところに向く。



「そう、そしてウルは、何も知らなかったアシュリーに魔法を使わせたんだ。

 ウル。あんたは何も知らなかったとはいえ、一歩間違えば大惨事になっていたかもしれないってことを忘れるんじゃないよ」

「は、はいっ」


 ウルがずっと静かにしていたのは怒られるって分かっていたからだったのか。というか、怒られるようなことをした自覚があったのか。だったらあたしにも教えてくれればいいのに、と思う。

 事前に心構えがあるかないかでは全然違うというのに。



「いいかい2人とも。

 魔法の練習をするのはいい。才能は努力して伸ばすものだからね。

 でも、無闇矢鱈に家族以外に魔法を見せるんじゃないよ。あんたらの魔力量や魔力の強さが、何処かの誰かに目を付けられないとは限らないんだ。いいね?」

「「はい」」


 あたしたちの揃った返事に納得したようで、うんうんと何度か頷きを繰り返した後、ツェツェグさんはウルに近くに来るように手招きする。


 おずおずとウルが近付き、丁度あたしの右隣りに来ると、ツェツェグさんにあたしは右手をウルは左手をそれぞれ取られ、軽く握られた。

 ツェツェグさんは目を閉じ、少し俯いて開かれた口からは慈愛に満ちた響きが紡がれる。



「…大地と大河と山々の愛を授かったこの子らに天の光と闇からの祝福を」



 自然からの御恵を祈る言葉と共に繋がれた手から温かな魔力を感じる。それは穏やかな小川のように流れ、あたしの体内に染み入る。



「はい、お終い」


 恐らくあたしたち二人に同時に魔力を送った筈なのに、ツェツェグさんの顔に疲れの色は見えず、むしろ晴れ晴れとした表情を浮かべていた。改めて、凄い人なのだと理解が及ぶ。



「簡単なおまじないだから、無理は禁物。今日はもう何もしなくていいから、ひたすら身体を休めるのに徹しなさい」


 いや、でも、と言葉を発したのはウルだったが、ツェツェグさんの一睨みですぐさま口を噤んでいた。流石にこの状況で言い返す度胸はないらしい。


「いいかい、よくお聞き。

 あんた達があまり疲れを感じていないのはわかってる。でもね、ウルもアシュリーも普通じゃ考えられないような量の魔力を使ったんだ。あとは身体を休めて、魔力と体力をじっくり回復するのが一番なんだよ」


 わかったね、と念を押されあたし達は神妙な面持ちで頷いた。



「あとは好きなところで身体を休めなさい。どうする、家に戻る?」


 問いかけにあたし達は互いに視線を合わせる。


 どうする? と首をかしげて目で問えば、家はいや、と主張するようにウルはいささか大げさに首を振った。


 あたしにはどうしたいという考えはなく、ここはウルの意思を立ててやろうと同意の意を込めて頷く。


「ばばさま、おれらここにいる」

「そう」

「あ、あのっ」


 そのまま立ち上がろうとするツェツェグさんにあたしは声を掛ける。


「どうしたの?」

「ツェ、ツェグ、さん。ありがとうございました。たつまきもおまじないも」



 何より伝えなくてはいけなかったお礼。

 今まで言う機会を伺っていたが、ようやく伝えることができて一安心だ。


 すると、ツェツェグさんは驚いた顔を見せた後、微笑んだ。

 その表情は親が子に向けるような無償の愛情をも含んでいるようにも見え、こちらとしては面映くて少々居た堪れない。



「アシュリー、あんたはいい子だね。そして、ちゃんとわかってるね」


 そう言われ、あたしはぽんぽんと頭に手を置かれ軽く頭を撫でられた。


「あたしの名前、言い辛いんだろう?

 そうだね、ウルたちみたいに“ばば”でいいよ。まあ、あんたの曾祖母ではないんだけどね」


 冗談を言う顔は茶目っ気たっぷりで、まるで悪戯の成功した子供のような顔をしている。

 そして、これはついで、と言ってあたしの頭にのせていた右手を指揮者が指揮棒を振る様な動きで振りあげれば、上手く言えないが空気が変わったのを感じた。不思議に思って右隣にいるウルに顔を向ければ、ウルもそれに気付いているようだ。何が起きているのかも把握しているようで、特に表情から困惑の色は窺えない。



「この絨毯の範囲だけだからね。ゆっくりお休みなさい。できるだけ、お昼ご飯には帰っておいで」




 そう言って去って行くばばさまを座ったまま見送ると、ウルは立ち上がって顔を動かし目を動かす。周りを見回して一つ伸びをすると、先ほどまでばばさまが座っていたあたりにゴロンと寝転んだ。


「アッシュも休みなよ。これ、ばばさまが作ってくれた結界みたいなものだから、この中にいれば安全だし、家みたいにうるさくなくていいよ」


 仰向けになって上を指差しながら、そう説明してくるウル。その指の先を目で追うものの、あたしには何も見えない。ただ不用意に見上げたため、眩しい日の光に目が当てられただけだった。

 日に当たっているのを意識したせいか、身体が暑い気がする。



「ばばさまってすごいね」

「うん。すごいよ」


 ただ思ったことをそのままウルに伝えれば、そのままの答えが返ってくる。それ以外に言いようがないのだが、あたしにはばばさまと比較できる対象がいないせいで、実際のところばばさまが世間的な尺度で見たときどれ程凄いのかまでは分からない。



「ねぇ、ウル、あたし、そっちがわがいい」

「…」


 鋭い日差しに目を細めて伝えれば、ウルは何も言わずにごろごろと寝たまま移動してくれた。


「ありがと」

「ん」


 礼を言い、あたしも絨毯に横になる。

 堤防脇の木のお蔭で日差しの届かないところを陣取る。堤防の方へと体を横に向けて、手足を縮こませる。胎児の様な姿勢は、この不思議な空間の力とあいまってあたしの心を落ち着かせる。



 一日も経たないうちに、あまりに多くのことがありすぎて、自分の中が整理のついていない状態であったことが、この様に落ち着けた今だからこそ見えてくる。



 この緩やかな時の流れる空間の中で、ようやく落ち着きを取り戻したあたしの心は、どこか寒気とだるさを感じるこの身体を離れ、二人分の記憶の海に……どこか考えないようにしていた冷たい奥底に、踏み込もうとしていた。



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