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またまた  作者: よだか
第二章
60/73

19.

お待たせいたしました。お楽しみいただければ幸いです。


 学校から出て街までやってきたものの、早朝から少し抜け出したくらいの時間では、まだほとんどの店が開いていない。



「あー、ねみぃ」


 アルスが盛大なあくびをしながら、あたしたちの後ろをのっそのっそと歩いてくる。


「…あたし、帰ろうかな」

「バカアルス! 自分で首締めてどうすんだよ」


 後ろのアルスを諌めるウルという図を見ると、まるで兄と弟が逆転して見えるから不思議だ。精神年齢的には、ウルの方が年上だから変ではないはずだけど。


「ごめんごめん。でも俺だって疲れてんの。この三日体力測定に付きっ切りだったんだよ」

「でも、給料でたんだろ?」

「もちろん、あんなの給料出なきゃやってらんねーって」


 確かに、疲れる仕事だろうなと思う。子どもの相手と言うのは思ったよりも体力が必要だし、アルスは慣れない先生という立場でいたわけだから、疲労も尋常ではないだろう。


「わかったからさ、さっさとゆっくり話せるところに行こうよ。アルスはそこで寝るなりしてていいから」






 そんなことをのんきに言っていたあたしが連れてこられたのは、鍛冶屋だった。

 どう考えてもゆっくり話ができる場所じゃないし、そもそもそういう用途の場所ではない。


「なんで、鍛冶屋さん?」


 当たり前のことを問うたはずなのに、返ってきた返答はさも当然かのような口ぶりだった。


「ここ、うちのじじさまのご実家」

「うちのじじさま、タクバク家の入り婿さんだからさ」


 言ってなかったっけ?

 聞いてないから、聞いたんでしょう。


 そんなやりとりをするのも面倒なので、二人に中に入るよう促す。あまりに未知の世界すぎて、流石にこの中に一番に足を踏み入れる勇気はない。



「おはようございます」


 アルスを先頭に入った店内は、外の穏やかな外観とは裏腹に随分物々しい。

 壁に立てかけられた刀剣、槍、弓矢などの武具、あまり実用性のなさそうな鎧などが所狭しと置かれていて、妙な圧迫感を受ける。広い店内の奥にはカウンターがあり、まだ誰も座っていない。


「あれ、誰もいないな」


 当たり前だ。外のドアの小窓には、いわゆる“CLOSE”を示すカーテンがかけられていた。



「ばーか、来るのは聞いてたけど早えよ。まだ三の鐘も鳴ってねーじゃねーか」

「ごめんごめん。で、今からいい?」

「ちょっと待ってろ」


 非常識な時間に押しかけた謝罪をする間も無く、やってきた人はすぐ中に戻ってしまった。


「今のはクルチ・デミル。俺の一つ後輩で、高等教育の一学年で、ここ鍛冶屋さんの長男。さっき言ったように、ここじじさまのご実家だから、俺らは一応遠い親戚なわけ。

 高等教育になると全寮制じゃないから、自宅から通える奴は実家に戻るんだ。で、さっきのクルチは通学組。寮生活は何かと不便だからさ、こうやってたまに場所を貸してもらってるんだよ」



 すぐに引っ込んでしまったクルチさんとやらの紹介をアルスしてもらった。どうやらウルは知っている人のようなので、話を聞くことなく一人店内をうろついていた。


 もう一つ疑問に思ったことを聞こうとしたが、それほど待たずしてクルチさんがカウンターの奥から戻ってきた。


「とりあえず上がれ。奥に(おお)じーさまたちがいるから」


 着いてこい、と再度踵を返すと足早に奥へと消えていった。

 クルチさんの後ろにアルス、ウル、あたしの順に続いて奥へ奥へと進んでいく。どうやら店の奥は自宅兼仕事場のようで、足を踏み出す度に熱気が体に張り付いてくる。



「大じーさま、アルスたち連れてきた」


 思った通り、長い廊下を抜けた先には広い土間に窯が三つあり、すでに火が入れられていた。その熱はこの部屋全体を熱するとともに外にも漏れ出し、その熱気がこの辺り一帯の空間を支配していた。


「よお、アルス。おめぇ、年寄りみてーに早起きじゃねーか」

「今日はたまたまです」


 クルチさんに大じーさまと呼ばれた人は随分お年を召した人に見えるが、まだ現役なのか背はしゃんとして杖代わりに槌を持ってしっかりと立っていた。


「まぁいい。ほれ、火起し手伝っていけ」

「ええっ? 俺、火魔法使えないんですけど」

「お得意の風でいいんだよ。火に吹きつけて火を煽れ、勢いを持たせろ」

「わかりました…」



 大じーさまという人が現場監督で、三つの窯のうち一つに大柄な男の人が二人、そこにクルチさんとアルスが一緒になって四人でせっせと火を起こしていた。

 それなりに身長のあるアルスだが、その三人の中にいると随分ひ弱に見えるから不思議だ。クルチさんはアルスと身長はあまり変わらないようだが、体つきが全然違う。ずいぶんがっしりとした体格で、ラグビーやアメフトの選手を思わせるようながたいは、街の人にしては珍しい。それ以上に筋骨隆々なのが窯に張り付くようにして火を起こす二人の男性だ。状況から考えてこのクルチさんのお父様とおじい様だろうか。年と経験を刻んだシワが見えた。

 “大じーさま”と呼ばれるあたしたちのすぐ近くに立ついかにもなおじいちゃんは、きっと曾祖父なのだろう。うちの曾祖父と同じくらいだろうか。



「とりあえず、俺らは待機、だな」


 手持無沙汰なあたしたちは、大人が汗水たらして火起こししている様をただ立って見ているしかない。これ幸いにと疑問に思っていたことを尋ねる。


「そういえばさ、さっき“三の鐘”とかって言ってたけど、あれなに?」

「ああ、街はさ時計ほど細かくないけど時間で生活してるんだよ。鐘の音で今どれくらいの時間か知れるってわけ。

 一の鐘は日の出。ほんのちょっとでも太陽が顔を出したら鐘が一回鳴る。地平線からすっかり太陽が顔を出したら二の鐘の時間で、鐘が二回鳴る。

 そんな風に太陽の高さで鐘を鳴らしていって、真上に来たら五の鐘で五回。あとは太陽が傾いていくごとに六、七…、完全に太陽が沈んだところで十の鐘でその日はおしまい。ってのが毎日繰り返されてるわけだ。

 うちみたいな皇都とはいえ端っこの田舎は、街の鐘の音は届かないし、そもそも自分で太陽見ればいいわけで、導入も維持のコストも無駄ってことで、ない」 

「なるほど」


 正直遊牧生活における天体の読みは不可欠で、あたしだって基礎知識はもちろん持っているし、長年遊牧生活を送るイドリースじいさまなんて明日の天気からその日の日照時間までお手の物。

 やはり街のような分業体制の進んだ集団定住は、生活の便利さとともになにか大切なものを失う気がする。




「まぁ、良いだろう」


 それほど大きい声ではないのに土間に響く大じーさまの声に、ようやく一つの窯の火起しが終わったのを知る。

 火魔法や風魔法を駆使して、大の大人四人が汗をかいているその姿に、それほど大変な作業なのだとわかる。



「ところで、こいつらは?」


 問われて挨拶もしていなかったことに気づく。


「お久しぶりです。アルスランの四つ下の弟のウルファス・タクバクです」

「あー、スレンに連れられてやってきた頃はまだちっちゃかったもんな。大きくなったもんだ。

 んで、そっちの嬢ちゃんは?」


 言葉遣いは粗野だが、向かい合うその目はじじさまを思わせる抜け目ない垂れ目。どこか懐かしく感じ、少し緊張が和らいだ。


「は、初めまして。ウルファスの友人のアシュリル・トウカンです」

「トウカン?」

「イドリースさんの曾孫ですよ」


 アルスの意味のあるんだかないんだかわからないフォローに別の人が食いついた。


「トウカン? じゃ、このカワイイ子ってアルスが追っかけてるナンサの親戚? えっ妹? へー、似てないな」

「あ、姉は、父似で…」

「ふーん、いくつ?」

「じ、10歳、です」

「へー、じゃあこないだ入学したばっかりだな。俺クルチ・デミル、15歳、ここの鍛冶屋の跡取りの予定。

 どう、俺と付き合わない?」


 矢継ぎ早に押し寄せる質問に押されていたが、最後の一言は聞き捨てならない。

 硬派な見た目に見えたが、随分中身は軽いらしい。あたしはこういうバカに出会うのははじめてで、自分でも驚くほど嫌悪感を感じだ。


「はいはい、クルチ。そろそろやめて。ここ燃やされたくなかったら黙れよ」


 アルスが止めに入ったせいで、やるチャンスを逃してしまったのが残念でならない。

 そんなあたしの思いを感じ取ったのか、隣にいたウルに右手を掴まれた。


「お前もだよ」

「ん?」

「とぼけんな。早くその魔力納めろ。殺気もな」


 流石にウルには誤魔化しは効かなかった。

 しかし、アルスもウルも大袈裟である。あたしはこのバカにちょこっと怪我をさせてやろう、くらいにしか思っていなかったのだから。


「そんだけ垂れ流しにしてバレねーわけねーだろが」

「冗談だよ、冗談」


 少々気まずい雰囲気にしてしまったが、そこは大じーさまの年の功でこの場を納めていただいた。



「ったく、うちの馬鹿な曾孫が失礼したな」

「いえ、あたしも、ごめんなさい」

「ところで、お嬢ちゃんとウル」

「「はい」」


 どこか真剣な声音に何を言われるのかと構える。ウルとともに硬い声が出た。



「お前ら、火使えるんだろ?」


 はあ、なんて曖昧な返事をすれば、大じーさまにあたしたちは腕を取られ、まだ火が入っていない窯の前まで連れてこられた。


「火、起こしてみ」


 なんであたしたちがそんなことをしなきゃいけないの。

 そうは思いつつも、それを果たして口にしていいものか迷っていると、隣からはそんな迷いなんて感じられない言葉が飛ぶ。


「なんで俺らがそれをやるんですか。そもそも素人に、任せていいものなんですか?」


 ウルのこういう遠慮のないところというか、空気の読めないところはイラつくけど、尊敬できるところなのかもしれない。

 しかし、こんな小僧の言うことに動揺するようなご老体ではない。



「うちには、今一人でまともに火起こしできる奴がいない。お前ら二人ならできると思ったから、やらせてみたくなった。

 火加減は俺が見る。是非、やってみて欲しい。頼む」


 そもそもなぜあたしたちが火魔法を使えるのかわかるのか、など聞きたいことはいくつもあるが、アルスになだめられてしまえばあたしらとしては何も言えないし、大じーさまに頭を下げられてしまっては、やらないとは言えない雰囲気になってしまった。


「はぁ…アッシュ」

「ん?」

「お前の方が火は得意だから、とにかく燃やせ。俺が火と風でフォローする」

「わかった」


 加減しろよ、と耳元で言われ、わかってるよと言う変わりに肘で小突いておいた。



「窯の奥にはすでに薪を組んである。そこに火をつけて、窯全体を温めるくらいの火力になったあたりで終わりだ」


 ウルと二人頷き、窯の前の左右に分かれ立って中を見る。

 互いに薪の場所を確認し、頷き合えば、開始の合図。


「こんなチビたちにできんのか?」

「しっ、黙って見てろって」



 …少々心が乱されたが、きちんと狙いを定め薪に火をつける。

 慎重に慎重に、一気に消し炭にしたりしないように、火の勢いを加減し、窯がほんのりオレンジに染まる。


 そこから少しずつ火の勢いを強くしていく。ゆっくりゆっくり薪を燃やしていくように、火の大きさもそれに比例して大きくなっていく。ますます、窯の中は炎色に染まっていく。


 ウルの風がその勢いを盛り立てるように吹いてくる。組まれた薪が火に崩れ、パチパチと大きく音を立てて燃え出す。

 ウルは言葉の通りしっかりフォローに回ってくれているようで、火力が弱くなりがちなあたしからは見えない位置にも目を配ってくれている。窯の中はオレンジから赤に染まり、熱風が頬をかすめる。



「よし、そんなもんだろう」


 ようやく出たオッケーに窯から顔をあげれば、白い頬を真っ赤に染めたウルがいの一番に目に入る。

 お互いに顔を熱で赤くしながら笑い合えば、先ほど窯で火を起こしていた男性二人がこの窯の仕上げに入るというので、あたしたちはそこから退いた。



「いやー、お前らすごいな! 想像以上だった」


 どうも、と小さく返す。やはり褒められれば嬉しいので、緩みそうになる頬を必死に耐えるのに、そんな無愛想な返事になってしまったのだ。


「スレンの曾孫ってこたぁ、ツェツェグの曾孫なんだもんな。そりゃ魔法が得意でもおかしくはねぇな。お嬢ちゃんもツェツェグに教わったんだろ?

 本当におめぇらうちに欲しいくらいだよ!」


 機嫌の良さそうな大じーさまは、垂れた目がシワに沈み、これでもかというほど糸のように目を細めた。その表情が可愛らしくて、ついつい和む。


「本当にすげーな!

 どう? 俺と結婚してうちに嫁いで来ない?」



 いい雰囲気を全力でぶち壊してきたクルチさんは、遂に大じーさまからの鉄槌を受けて撃沈した。

 元気な大じーさまは、杖代わりにしていた槌がなくとも、背筋がしっかり伸びていた。




初出登場人物

クルチ・デミル(15) 高等教育第一学年、アルスの一年後輩、鍛冶屋の長男

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