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またまた  作者: よだか
第一章
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3.




「……ベットまで用意していただいて、ありがとうございます」

「いえ、きっと長旅で疲れたんでしょう」

「それにしても、なんでウルまで倒れたんだろう」

「シュリーもこんな風になったことなんて今までないぞ」

「なんでなんだろうねぇ」

「二人とも魔力の多い子のようだし、互いの魔力に過剰反応したのかもしれないね」


 母の声が聞こえた。美人さん、父の友人、父、曾祖母に猫のおばあさんの声も聞こえた。


「へえぇ、そういうこともあるのねぇ」

「確証はないけどね」

「とりあえずぅ、わたしたちは片付けを終わらせちゃいましょう。あの子たち、今はただ寝てるみたいだしねぇ」

「そうだね。エステルもルスもまだやることがあるんだろう?

先にそっちを片付けちゃいな。ウルもいることだし、二人をここで寝かせてても大丈夫だよ」


 会話は聞こえている。でも理解が追いつかない。まるで頭が考えるのを拒否しているみたいだ。


 体が動かない。

 あたしも手伝わなきゃ、と思うのに声も出ない。



 何も出来ないままパタンっと扉の閉まる音が虚しく響く。皆が部屋から出て行ったのだろう。後に残って聞こえるのは自分の小さな呼吸音だけ。

 規則正しい自らの呼吸音に耳を傾ければ、あたしの意識は再び闇に染まる。








 目を覚ますと、知らない天井だった。



 名前を呼ばれたような気がして、目を開ける。

 目に入るのは真っ白な、恐らく石灰が塗られたのであろう天井。顔を横に向ければ壁も白いことが分かった。右を見て壁、左を見て誰もいないベット。そしてその視界の端に映る窓辺に誰かがいた。

 よっこいせ、と何ともババ臭い掛け声を心の中で言いながら起き上がり、その人を見ようとすると、相手もあたしが起きたことに気づいたようでこちらを振り返った。



 互いに目が合う。

 見た瞬間に、わかった。



 あたしもあっちも顔に出したわけではない。互いに目が合い、ほんの数秒だけ視線を合わせ、二人が同じようなタイミングで目をそらした。

 たったそれだけ。

 目を見開いたわけでも、大口を開けたわけでも、大声をあげたわけでもない。


 ただ二人の目と目が合っただけ。



 それでも、あたしたちは相手が驚いていることも、何が分かって驚いているのかということも互いに理解していた。

 そのことはすとん、と胸に落ちてきて、疑う余地なんてないことだった。



 話したい、いや、話さなくてはという思いに駆られるものの、どう切り出したら良いものか、とつい二の足を踏んでしまう。


 それでも、あたしの意識はただ一人に向かっている。



 窓辺にいた少年はこちらに向かって来ると隣のベットに腰掛けた。


 この少年はあたしが馬小屋の近くで倒れた時に目が合った子で間違いない。

 近くに来た少年を落ち着いて見れば、黒々とした髪の毛、宝石のような薄緑色の瞳。眦の上がった目や口の感じなど雰囲気がエステルによく似ていた。

あんな若々しくて美人な人がすでに子持ちかぁ。早すぎじゃない?

 そんなどうでもいいことを考えながらもあたしはこの少年を見ていた。いや、凝視していた。




「…なに?」


 少年の口から声変わりをまだ迎えていない少し高めの声が聞こえてくる。

 目を合わせたまま、互いにきっかけを探っていたが、これを皮切りに少年は決意を固めたようだ。

 切れ長の目の鋭さが増した気がする。



「おまえ、オイカワ、だよな?」



 感極まって、泣きそうになるというのはこういうことかもしれない。

 懐かしい気持ちが湧き出てくる。それは堰を切ったようにとめどなく溢れ流れだし、まるで血液が全身を巡るようにこの4歳のあたしの小さな身体を余すところなく満たしていく。


「ん」


 声が上手く出せない。

 それでも伝えようと、さっきの問いに対してあたしは必死に頷き返した。


「おいおい、なくなよ。

 おれも、つられちゃうだろ?」

「…ないてない」

「いや、ないてるだろ。

 それよりおまえ、おれのことわかってる?」


 わかってるよっ! とつい強めに言い返してしまう。


 人は図星を指されると反発したくなるものらしい。分かっている。誰であるか、分かってはいるのだ。

 …しかし、名前が思い出せない。



「…オイカワ。おまえ、おれの名前おぼえてないんだろ」

「名字はわかってる!」

「名前をわすれたのか」

「んー、というか、ひょっとして、しらなかった、かも?」


 バレたら開き直る。無駄な抵抗はしない。そして、反撃の糸口を探る。

 さいてーだな、なんて言葉が聞こえたけど無視だ。


「あんたこそ、あたしの名前しらないんじゃない?」

「しってるって。

 オイカワミナト、だろ」



 なんでもないことのようにあっさりと告げられた懐かしい名前。

 及川湊。あたしの前のあたし。

 地球の日本で生まれ育って、大学三年の冬に事故で死んじゃったはずのあたし。

 そして今、前のあたしの記憶を持って新しい人生を歩んでいる。



「で? おれの名字は?」

「エチゴ」

「ばかたれ、エチゼンだよ」

「おしい」

「わざとだろ」


 懐かしさに自然と頬が緩む。

 こんなにバカな会話なのに、まるで家族といるかのような安心感が胸を占めると同時に、淡い郷愁を感じたような気がした。



「おまえの名前は?」

「アシュリル・トウカン」

「おれはウルファス・タクバク」


 ファンタジーだね、ファンタジーだな。なんて二人で言って吹き出す。

 懐かしい友人は、前と変わらずあたしに笑顔をくれるようだ。





 それから二人で互いの今のことを話した。

 自分のこと。家族のこと。生活のこと。そして、この世界のこと。



「ここって、いせかい、だよな」

「チキュウではないね」

「おれ3さいくらいから、前のことをいろいろと思い出しはじめてたんだよ。

だからものごころついて、さいしょのころは、このアジアっぽいふくとか見て、べつの国に生まれたのか、とかへたしたらタイムスリップとか考えてたわけ」


 うんうん、と頷き同意を示す。

 こいつも同じようなことを考えていたと分かってホッとし自分という存在に自信を持てる。


 あたしも色々言いたいことはあるが、あえて会話を遮るようなことはしない。前のこいつも話が長かったのだ。うっとおしいが、一通り喋らせた方が話が早いと気づいたのはいつのことだったか。



「でもさ、今まほうがあるだろ?

 これが当たり前なんだよ。まほうがそんざいすることも、つかえることも。ないなんて、ありえないんだ」

「ん。今のあたしにとって、当たり前だから、いわかんはかんじない。

 でも、前のあたしにとってはありえないものだったから、チキュウとちがう! って思ったときは、けっこうショックだったなぁ」

「ん。おれも」



 魔法。

 それはまさしくファンタジー。響きからしてファンタジー。

 それを使える自分たち、これもファンタジー。



「ウルハスは、どんなまほうがつかえるの?」

「ウルファス、な。

 おれは風がとくいみたいだ。オマエは?」

「とうさんもまだちゃんとおしえてくれるわけじゃなくて、とくいなんて言えるものがない」

「そっか。おれはたいていばばさまにおしえてもらってるから、オマエもいっしょにれんしゅうしよう。言えば、ばばさまはおしえてくれるから」

「そうしようかな」


 魔法。本当になんて魅力的な言葉なんだろう。

 前の記憶のせいか、あたしは無性に特別なもののように感じているが、この世界では当たり前なのだ。



 そして、“異世界に転生”。

 こちらもなんて安っぽくて使い古された言葉だろうか。


 こんな状況になんであたしが、と思わずにはいられなくて。あたしはこんな現実、受け入れたくなくて。

 それなのに自分のずっと奥の方では納得している自分がいるのも分かっていて。

 そんな現実と記憶のどうしようもない矛盾を、あたしは抱えている。



 不思議なもので、死ぬ前は死ぬことに納得いかず後悔の念に蝕まれていたのに、いざ死んでこういった状況に生まれると驚きや哀しみを通り越して呆れに変わる。



「人って、かってだよね」

「ん?」


 どうやら言葉に出てしまっていたらしい。

 幸い聞こえていなかったようなので、ううんと首を振っておく。

 この自分の抱える思いを吐露する気はないし、汚い心を態々晒す趣味もない。そもそも、自分の気持ちに整理がついていないというのもある。



「そろそろ、下にいくか。

 アシュ、リル、オマエ体ちょうはどうだ? ちゃんと立てるか?」

「ん。いける」


 こいつの心配性は相変わらずのようだ。

 ベットを抜け出し、脇に立つが特に異変は感じない。これなら大丈夫だろう。

 互いの距離が縮まったところで、ウルに気になったことを尋ねる。


「アシュリルって、言いづらい?」

「うん。まだ子どもなせいか、しゃべりたいのにうまくはなせない。オマエもウルファスって、言いづらいんだろ?」

「ん。なんかいいよびかた、ない?」


 こちらの世界の国の言葉を今互いに喋っていて特に問題は感じない。

 しかし、20歳の記憶があっても体はまだまだ子供。舌が上手く回らない、口が追いつかない等々、身体的なことが原因で話す行為自体が中々難しい。必然的に短く簡単な返答になりやすい。



「おれはウル、ってよくよばれる」

「ウル、ね。みじかくていいね」

「おまえのきじゅんはそこか」

「そこだ」


 二人目を合わせて笑う。既に何度こうして笑い合っただろう。このテンポの良い会話は、あたしの心を穏やかにしてくれる。



「オマエは? なんかいいよびかたないの?」

「うーん、アシュリーってよばれることがおおいけど、これじゃよびづらいのはかわらないよね」

「だな」


 何がいいかなぁ、なんて呟きながら考えている。

 その間、あたしは再びウルを観察していた。


 母譲りの艶やかな黒髪と、輝く薄緑色の瞳。

 目や口の形や、全体の雰囲気はとても母似だが、肩の下辺りまで伸びた豊かな髪は母親のようなストレートではなく、くるくるとはねている。こちらは父親(ルスティム)譲りだろう。



「またテンパ」

「うるせっ!」


 どうやらまた口に出てしまっていたようだ。

 そんな小さく呟くようなあたしの声も聞き取り、反応したコイツを見れば、自分でも気にしていたらしい。

 エチゼンも天パで、短めの髪がぴょんぴょんと跳ねていて、少し伸びて長くなると鳥の巣のようになっていたのを思い出す。

 今はクルクルというよりフワフワな感じで、美人な母似の顔に良く似合っている。



「なんか、クロネコみたい」

「ん?」

「ううん、なんでもない」


 三度口からこぼれ落ちていたらしい。

 

 まるで黒猫を彷彿とさせるような色味という前とは随分変わった見た目は、見ていて飽きない。

 あたしの記憶の中にいるこいつは、黒髪天パで奥二重。日本人特有のあっさりとした顔立ちで、特にかっこいい顔という訳でもなく普通で、身長はまあまあ高い方だった。


 高校の同級生で、一年のとき同じクラスだった。"及川"と"越前"で出席番号が近かった。そこそこ仲の良い友人だった。



 ふと、ここまで思い出すと浮かんで来る光景が徐々に鮮明になっていく。

 そういえば、こいつは女の子のような可愛らしい名前をよくからかわれていたような…。



「あ、ハルカだ」

「おまえ、今ごろ思い出したのか」

「そうみたい」


 そうだった。そしてこいつは剣道部で、名前とのギャップがあるなぁ、と勝手にあたしは思っていたのだ。そして本人はこの女の子のような名前で呼ばれるのを嫌がっていた。

 よく剣道部の連中にふざけて呼ばれていたのを今更思い出した。



「あいかわらずマイペースだな」

「おたがいさまでしょう」


 どうやらコイツはあたしの呼び方を未だに考えているらしい。

 いい加減にしろ、という思いを込めて皮肉を言ってみれば、急に真剣な顔つきになって薄緑色の瞳を向けられる。

 そしてなんとも重そうに開かれた小さな口から言葉が零れる。




「“アッシュ”ってどう?」



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