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またまた  作者: よだか
第二章
49/73

8.

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。

 ゆっくりと勿体つけるように歩いてくるチンピラ二人。ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべた彼らが、子供と思って油断しきっているのは明白だった。


 目の前にいる悪童二人に対して悪態つきたい気持ちをなんとか抑え、あたしは目立たないように前に立つ二人から離れるつもりだった。



「おい、アッシュ」


 ところが小声でウルから話しかけられてしまった。幸いなのはウルが正面を見ながら話しているおかげで、おっさんたちに気付かれていない点だろうか。


「なに、二人が勝手に売ったけんかでしょ。あたし逃げるから」

「いやいや、手伝ってよ」

「いやいや、無理でしょ」


 相手は大人だ。たかが10歳の小娘など一捻りされてしまうのが普通だ。


「……お前、あのバカどもに劣るほどの練習しかしてこなかったわけ?」

「……けんか売ってんの? そんな安い挑発に乗るほどバカだと思われてたなんて、それこそ心外だわ」


 もうそろそろおっさんたちの間合いに入るだろう。あたしとしてはウルが折れるまでは譲歩などしてやるつもりもない。

 それで負けて、大衆の前で恥をかこうが知ったことではない。



「…悪かった。手を貸してください」

「最初からそう言えばいいの。

 でも、貸しだからね」


 さらに念を押して、ウルには後で借りを返してもらおう。


「まとまった?」

「ん、フィルはいつものように後ろから援護よろしく。ここ街中だから火はダメな。水とか風で威嚇するだけにして」

「まかしとけ」


 そう返事をするとフィルは後ろに下がり、おっさんたちから距離をとった。そのせいで後ろに隠れていたあたしはまる見えになった。

 突然現れた弱そうなあたしを見つけ、おっさん二人の標的があたしになったのをはっきりと感じた。


「ウルが先に行ってよ。あと、ウルはおじいさんの胸倉掴んでた方ね」

「こっちのおっさんの方が強いじゃん」

「当たり前でしょ。か弱くて幼い少女をガタイのいいおっさんと戦わせようなんて考え自体、ふざけんなって感じなんだから!」

「よく自分で言うよ…」


 ウルが最後に小声で言ったことは、あえて聞かなかったふりしてあげよう。あたしなりの優しさだ。


「思いっきり、よろしく」

「はいはい、アッシュも手加減しろよ」



 あたしにありがたい言葉を残していったウルは、一瞬で距離を詰め、店主に絡んでいた方のおっさんに肉薄した。


「なっ」


 驚きの声は辺りに大きく響くことなく、ウルがかけた足によってバランスを崩したおっさんの尻餅をついた音がその場を変える音となった。



 驚いて倒された連れを見るあたしの標的は、ウルにのみ注意を向ける。

 それも当然といえばそうだが、あたしがいるというのになんとお粗末なことか。


 すぐさまあたしも行動を開始し、おっさんが勝手に視線を逸らしたのを利用して、あたしはその視界から消えるように人混みに紛れる。

 気づいた時にはすでに遅く、おっさんはあたしを見失い無様にキョロキョロと周囲を見回し始めた。


 ああ、本当になんてお粗末なんだろう。



 人混みに隠れながらおっさんの背後に回る。

 まずは注意を逸らすために頭の上から水をかける。突然頭上に現れた水に驚き、濡れたおっさんは状況判断が追いつかず動きが一瞬止まる。それを見計らって、今度はその足元を泥に変えて動きを鈍らせる。

 足元に注意が向き、おっさんが前かがみになったのを確認して、あたしはおっさんの背中に向かって飛び蹴りを放った。


 カンフー映画さながらの綺麗な飛び蹴りが決まったはずだが、いかんせんあたしは小柄な10歳の少女。威力はなく、意表をついたことでバランスを崩し前に倒れこませる程度でしかない。

 やはりダメージは薄かったらしく、すぐさま起き上がろうとする様子が見えたので、すかさずおっさんの倒れこんだ地面を泥に変え再度動きを鈍らせた。


 所詮時間稼ぎなので上から追撃をかけようかと思ったところで、下からぐぇっと呻く声が聞こえた。

 よく見れば、風の魔法で起き上がれないよう押し付けられていた。


 知らない魔力だったので、フィルの方を見れば手を振られる。

 それには一瞥しただけで、手を振りかえすことなく、今度はウルの方を見ればすでに終わっていたようで、おっさんは近くで見ていた人々によって抑えられ縄で捕らえられているところだった。



 やはり噂に聞くように悪ガキ三人組はそれなりの実力を持っているようだ。

 今は一人足りないが、恐らく普段からこのような連携を取っているのだろうから、もう一人も今日のあたしのように前に立って突っ込むタイプなのだろう。ウルはともかく、フィルもこの歳にしてみればかなりの実力者だろう。魔法のタイミングも威力も悪くない。


 フィルの魔法で押さえつけられている方も、周囲で見守っていた人々が囲んで縄をかけ始めた。

 あたしはお役御免とばかりにその場から離れ、人混みから抜け出し、ウルたちと合流した。




「おつかれ」

「アシュリー、すごいじゃん!」

「どうも」


 騒ぎにならないうちにここから立ち去ろうとしたところで、あたしたちの前に仁王立ちする男性がいた。




「帰るよ」


 あたしたち三人に有無も言わせずそう言い放ったナツァグさんはすぐさまあたしたちになにか魔法をかけた。


「面倒なことは避けたいからね。これは周りから見えにくくなる効果がある。早くここから離れるよ」


 そう言ってすぐさまこの店が立ち並ぶ大通りから離れ、あたしたちを目立たない小道に連れて行った。

 纏う風はあたしたちを邪魔することなくついてくる。周囲からは気に留められることなく、言われるように周りからは見えにくくなっているのがわかった。



「まずはフィルヴェルケリくんを家に送ろう。そうしたら、俺らは一足先に街の入り口に戻って、みんなのことを待つよ」





 その決定通り、まずはフィルを自宅に帰し、手早く別れを終えると、すぐさま今日きた街の入り口に向かって歩き出した。

 武器屋云々の話はなくなり、今日はこのまま帰宅だろう。


 その道中、魔法にかけられたままだったこともあってかナツァグさんは一言も喋らなかった。

 ナツァグさんに手を繋がれたウル、そしてそのウルに手を掴まれたあたし。気まずい沈黙の中、ウルと話したいことが幾つかあったが、今は決して話せる状況ではない。鈍いウルですらそれを察しているのだから、大人しくついていく他ない。


 しかし、着いたら着いたでそのあとも怖い。

 言い訳など通用するはずもなく、笑顔で怒られるのかと思うと、足取りは重く背筋はずっと冷えっぱなしだった。


 体が緊張と恐怖に冷たくなる中、ウルと繋いだ右手さえも冷たくて、そんな些細な共有に互いの心が近く寄り添った気がした。





「さて、二人とも俺が怒っているのはわかるね」



 今朝きた街の入り口に着き、道の端に置かれた休憩所にナツァグさんに向かうようにあたしたちは座った。

 魔法はすでに解かれているが、ここは人目につきにくい場所のようで、こちらに注意を向ける人は少ない。


 先ほどの質問に頷き返せばさらに鋭い言葉の矢が飛んでくる。


「そう、悪いことをしたと自覚はあるんだね。

じゃあ、なんで俺が怒っているか、わかる?」


 未だ穏やかな顔は健在だが、目は全く笑っていない。注意を受けた時には孕んでいなかった怒りがひしひしと伝わってくる。



「じいさまと問題起こさないって約束してたのに…俺らがそれを、破ったから、です」

「アシュリーは?」

「同じ、です。約束守らなかったから…です」


 あたしたちの答えを聞いて、ナツァグさんは片手で頭を痛そうに抑えて大きくため息をついた。


「はぁー……まあね、それにも怒ってるけど、いやこっちは怒りを通り越して呆れてるけど、本当に怒っているのはそれじゃないよ」


 あたしたち二人は互いに首を傾げる。

 ちがうのか? さあ?

 目と動作だけで会話を成立させるも、互いにこれだという確証のある答えは浮かばない。



「……お前たちは、本当に反省してないみたいだね。

 約束した俺じゃなくて、約束をしていない他の家族だって、ウルとアシュリーとフィルヴェルケリくんのさっきの行動を知れば怒るよ。それはわかるね?」



 こうまで言えばわかるだろう、と言いたげな口調だった。


 …そこまで言われて、なんとなく、ナツァグさんの言いたいことがわかった。

 先ほどから怒りに揺れていた瞳にそれとは別の色を見つけ、あたしは思わず目を逸らした。



「俺は心配したんだよ。お前たちみたいな子供が大人相手に喧嘩を売るなんて、例えお前たちの主張が正しくて相手が間違っていようとも、あれは無茶だし無謀だ」


 優しく諭されるような言葉は痛いほど身にしみる。気まずさから表情を見ることはしなかったが、声の端々から本当にあたしたちを心配してくれているのがわかる。



「…まぁ、お前たちの方が強いのはわかっていたから俺も止めなかったのは悪かったと思うよ。でもあのバカどもが剣を持っていたのはわかっていただろう。

 もしそれを使われていたら?

 一応の常識があったのか、そんな暇もなかったのかはわからないけど、使われていたら怪我をしていたかもしれない。

 そんな状況に自分から首を突っ込むだなんて、心配しないわけないよね」


 ね、と念を押すように問われれば頷かざるを得ない。

 戸惑うように頷けば、まだわからないのかと困った子を見るような目を向けられた。



「お前たち二人を大切に思う人がどれだけいるか、それをちゃんと自覚しなさい。

 これはフィルヴェルケリくんにも言えることだけど、もう帰しちゃったからこちらはおいおい対応するけど。

 お前たちは強いよ。実力も才能もあって、ちゃんと努力している。それでいて自分の実力を過信しているわけではないから、ちゃんとした状況判断もできると思ってる。

 でもそこに、俺らみたいな心配する人の気持ちを汲むような配慮が足りない」



「何ごと?」


 丁度良いタイミングで父たちが戻ってきたようだ。

 我が父と祖父はこの休憩所の外にいて、すでに行きで乗ってきた馬車を持ってきていた。


「お説教中。ターニャたちは」

「まだ戻ってきてない」

「そう。まだ言い足りないから、戻ってくるまで続けるよ」

「はぁ…。僕らは外にいるよ」


 淡い期待は露と共に消え、このお説教はまだ終わらないらしい。

 救世主かに見えたルスティムさんはあたしたちに声をかけると、すぐさま外に出て行った。



「何をしたか知らないけど、しっかり叱られなさい」

「「……」」


 頷くのも癪なので、二人とも無言で返す。

 再度ため息が聞こえ、ルスティムさんは休憩所を後にした。その後外からは我が父の笑い声がはっきりと聞こえたので、あたしたちの現状を聞いたのだろう。



 父のデリカシーの無さに呆れつつも、目の前の視線から逃れられない今、そんな声に少し心が和らぐ。



「さて、話を戻そう。

 難しい言葉で話したから、二人には所々わからないところもあったかもしれない。それでも、俺の言いたいことは、なんとなくわかった?」


 すでに精神的には三十路を越えているため、話の内容がわからない訳がないし、その心配は痛いほど心に響いた。

 しかし、今のあたしの見た目は10歳の少女。とりあえず頷きだけを返しておく。



「まぁ、わかったならよしとしよう。

 あ、でも」


 お説教はこれで終わりかと思いきや、まだ言葉は続いており、なんとも油断ならない。


 先ほどのお叱りモードの冷たい視線とは打って変わって、すでに普段の温厚な表情に戻っている。かえって嫌な予感しかしない。



「反省はまだまだみたいだから、今夜は納屋で一晩過ごしてもらうから」








「…やっぱり、余計なことに首は突っ込むものじゃねーな」

「あそこであんたが笑わなきゃよかったんだってば」

「だってあんまりにもお間抜けだったからさ…ぷっ」


 確かに思い出し笑いするほどに駄目な人間の典型のような姿だったが。

 この件の諸悪の根源はこいつだ。あの時バカ二人組を前に声を出して笑ったりしなければ、あたしたちはきっとこんなところにはいなかった。絶対に。



「寒くも暑くもないのが救いだな」

「そんな時期にこんなところで子どもを一晩置いといたら死んじゃうから」


 まぁ、あたしたちが空魔法を使えることを知っているのだから、真冬だろうが真夏だろうが納屋にぶち込んで反省を促すくらい平気でやれそうなものである。


「でも今回の反省はお前がいるからか、結構優しめだ」

「あんた……ここに入るの何回目なの」

「んー、反省しろって入れられたのは、アルスと二人で一回、ユルクとが三回、俺一人でが六回だな」

「ナツァグさんが嘆く訳だよ」


 なんとこの度の反省は記念すべき十回目らしいが、全くもって褒められたものではない。しかもあたしと一緒ということで優しめだと言う。


 あたしたちをここで反省させると家族の前でナツァグさんが発表した時の、タクバク家の面々の表情の理由が今ならよく分かる。

 あれは哀れみの目ではなかった。きっと呆れていたのだ。ああ、またか、と。


 ちなみにどこが優しめなのかと問えば、ベッド代わりになる藁があり、それに被せるシーツと羽織れる大きめの布まで渡され、極め付けにはばばさまの結界がない、と言われた。

 それほどの過酷な反省を強いられるなんて、一体こいつは何をしたんだと思わないでもないが、聞いたところで呆れるだけなのでわざわざ尋ねることはしない。



「流石に食事はアッシュと一緒でも駄目だったなぁ。

 これって日本だと児童虐待だよなー」


 あー、腹減った、とお腹を抱えながら、簡易藁ベッドをゴロゴロと転がる。あたしの方まで入ってきたので、叩いて追い出す。

 あたしは腰掛けた藁ベッドに倒れこみ、天井を見上げる。

 横からは、腹減ったー、という声が絶え間なく聞こえてくる。ずっと聞いているとあたしまで空腹のような気がしてくる。


 いい加減にうっとおしくなったあたしは、胸元に入れていた小さな巾着袋を取り出す。


「仕方がないから、あたしのおやつわけてあげる」


 苔色の巾着袋を差し出し、ウルは恐る恐る受け取ると袋の口を開け、中身を確認した。


「これ……木の実?」

「そう。イェニの実。味はあんまり特徴のない感じ。枇杷(びわ)に似てるかも。四つしかないから、二つずつね」

「サンキュー」


 すぐさま食べようとしたおばかに、果汁が垂れると教え、藁ベッドから離れるよう指示する。

 大きさは子どもの親指大なので、ウルのような成長期の少年の腹の足しにもならないだろうが、ないよりはマシだろう。当の本人もベタつく手や口など気にもせず、皮を剥き小さな実にかぶりついていた。




 全くウルのせいで散々な目にあった。いや、あっている途中か。



 お説教中のナツァグさんの不吉な発言の後、すぐに姉たちは戻ってきた。


 そのまま帰宅の途につき、タクバク家に戻るや否やナツァグさんはばばさまに事の次第を報告し、あっという間にあたしたちの納屋での一晩反省コースか決まり、早々に納屋(ここ)に入れられた。


 ばばさまとナツァグさんとあたしたちの父二人に連れられてやってきて、父からは心底同情した目を向けられ、大人しくしているよう注意され、納屋に鍵をかける事もなく大人たちは去っていった。

 ウルと二人で注意深く確認したが、ここにばばさまの魔法はなく、結界などが張られている形跡はなかった。


 やはり反省を促す意味合いが強いのか、監視の目はない。早速自分達で結界を張り、外部からの干渉を断ち、今に至る。



「あー、腹減ったなぁ」


 だから、それは自業自得だから。

お読みくださり、ありがとうございます。

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