今生の学校生活
引き続き別視点で話が進みます。
「いってきます」
子ども四人が見守られながら、広場に到着した馬車に乗り込んだ。
既に乗っていた二人に合わせ、これで馬車の中には六人の子どもが乗り込み、この場所から乗る子どもが揃ったため馬車は間もなく出発する。
西部劇でよく観るような幌馬車に乗り込んだ子どもたちを見送るために、それぞれの家族が広場に集まっていた。
「アルス、ナーシャ。ウルをよろしくね。
ナンサも、うちの子たちと仲良くしてくれな」
「俺らが面倒みなくても、ウルなら大丈夫だと思うけどね」
「うんうん」
兄姉の遠慮ない物言いに、俺をなんだと思っているのだろうか、と思わずにはいられない。父と母はその答えに苦笑いしながらも、三人の頭を順にぐりぐりと撫でて、馬車から離れて行った。
「ナンサ、頑張れよ。冬に迎えに来られるかはまだわからないが、元気に帰ってこいよ」
「風邪ひかないようにね。身体にはちゃんと気をつけるなさいね。みんなと仲良くね」
次いでトウカン家の面々がナンサの見送りにやって来た。
父と母からの言葉を受けてナンサは大きく頷き返す。その横でアルスが任せてください、と胸を張って言ったことで、ナンサもどこか安心していた。思ったよりも兄は頼りにされているようだ。しかし獲物を射抜くような恐ろしい目で睨まれていたので、浮かれているにしても少し言葉を選ぶべきだと思ったが、俺に飛び火してきても嫌なので、あえて口に出して忠告してやったりはしなかった。
「ナンサ、がんばってね」
「ありがと。シュリーもね」
「「…」」
互いに何かを言う訳でもなく、ほんの数秒だけ視線を合わせた。
御者が座席に座るのを見たトウカン家の面々は、一部の名残惜しげな目を向けつつも馬車から距離をとった。その間の短い間に、俺らは言葉を交わす必要もなく、アッシュが向きを変えたところで、二人の視線が合わさることはなくなった。
御者の二人が席に着き、ぱしっと乾いた音が響いた。繋がった二頭の馬がゆっくりと歩み始め、見送りに来てくれた人に手を振って、子どもたちを乗せた馬車は広場を出発した。
俺らの住む辺りは本当に皇都の端なので、これからどんどん中心に向かっていく。その途中で俺らのような子供たちを拾って学校へ向かうのだ。つまりこの田舎は要はバスの終点みたいな場所といえる。
端に陣取った俺は、徐々に増えていく子どもの声をバックに、流れる景色をぼんやりと眺めていた。
一時間近く経つ頃には、図太い我が兄姉はぐっすりと寝ていた。舗装されていない道は馬車を揺らすし、規則正しく聞こえてくる馬の足音が眠気を誘うのは確かである。それでも、この馬車内の騒がしい子どもの声をBGMに、それなりに揺れる馬車の中で寝れる兄姉たちはいっそ尊敬できる。
ナンサもうちの兄と姉に挟まれ、うつらうつらと船を漕いでいるので、こちらも時間の問題だろう。
そんな光景を横目に、俺は見慣れない景色を楽しみながら、学校という今世では未知の世界に思いを馳せた。
二時間ほど馬車に乗って移動しただろうか。校門というにはあまりに粗末な門をくぐり、門から校舎まで広がるバスプールならぬ、よく言えば馬車プールとも言える、土埃がよく立つ広場にようやく馬車が到着した。
馬車を降りる頃には、座っていた尻がひどく痛みを訴えていた。乗馬とはまた違った痛みで、乗馬も慣れない動きに初めは色んなところが筋肉痛になったが、それも数をこなせばなんてことはない。
しかし、馬車の振動は正直自分ではどうすることもできず、結果このざまである。兄たちは下に自分たちの荷物を置いて、その上に座っていたようで、ぐっすり寝ていたにもかかわらずピンピンしていた。教えてくれればいいのに、と兄たちに詰め寄れば、何事も経験だ、というようなことを言われ、特に反論できずに終わってしまったのが少々悔しい。
しかしそんな思いも、目前に迫る校舎を見れば忽ち霧散する。
校舎の造りは我が家と大差なく、恐らく日干しレンガを積み重ねて作った防寒に優れた建物であろう。この国の一般的な建物同様、特に目立った装飾等もなく、遠目から見れば日本の味気ない校舎とよく似ていることだろう。
その中で一際目を惹く理由がある。それは“大きさ”だ。
ウルとして生まれてこのかた、田舎者の狭い行動範囲では、これほど大きな建物は見たことがなかった。窓の数からして五階建てであろう。普通の民家や店舗であっても、精々三階建てが一般的だと思っていたので、予想を大きく裏切られたことになる。勿論良い意味でだ。
本当に見た目だけ見ると、質素な箱型の校舎は日本の学校を彷彿とさせ、淡い郷愁が胸を襲う。
馬車を降りて以降、ぼんやりと校舎を見上げる弟を不思議に思ったのか、兄たちが心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫か、馬車に酔ったか?」
「緊張してるの?ウルならきっと大丈夫だよ」
「馬車で思ったよりも疲れちゃった?」
聞きなれた兄姉たちの声に現実に引き戻された。何だかんだと言いつつも、兄姉は人を思いやれる素晴らしい人なのだ。ナンサは常に優しいけど。
「ううん、大丈夫。おっきい建物にびっくりしてただけ」
「なんだよ。心配させんなよな」
「そうよね。ウルが緊張なんてするわけないか」
「よかったね。でも今日はゆっくり寮で休むといいよ」
失礼な発言にも聞こえるが、そんな軽口の言い合える兄妹に少し胸が熱くなったことは言わないでおこう。そして相変わらずのナンサの優しさには脱帽だ。どうやら兄の選択は間違ってはいないらしい。
学校は三日後に始まる予定で、今日は馬車を降りてすぐ寮へと案内された。校舎から歩いて10分程度の距離にある寮は、校舎と同じような形で、当然ながら男女で棟が高い木々によってきっちり分けられていた。途中姉たちと別れ、兄に着いていくと、今度は寮監らしき人が現れた。兄とはそこで別れ、寮監さんの寮に関する簡単な説明と部屋への案内に従う。
廊下の両脇に部屋が所狭しと並んでいる。寮は五階まであり、上の階は下級生、下の階は上級生が使うようで、真っ先に五階へと案内された。一年間は強制的に寮生活で集団に合わせた行動を学ぶらしい。そのため上の階ほど人口密度が高く、学年が上がれば上がるほど寮生は減るようだ。
寮部屋は入り口から奥に向かって長い造りで、それほど広くはない。入ってすぐ両脇に備え付けられた二段ベッドが、部屋をより狭く見せているような気がする。
「お、きたきた」
「うわー、美人」
既に同部屋の人がいたらしく、案内された部屋の奥から二人の少年が顔を出した。外靴を脱ぎ、招かれるまま部屋の奥へと足を踏み入れる。ベッドの奥には机が二つずつ壁に向かって並べられていた。
「オレはオルマン・ロッタ。よろしくな」
「フィルヴェルケリ・コート。よろしくー」
「ウルファス・タクバクです。よろしく」
初対面の緊張がまだ取れない三人だが、とりあえず最初の自己紹介を無難にこなす。
「それでウルファス、早速で悪いんだけどさ、ベッド上でも大丈夫か?」
「ん、大丈夫だけど」
「悪い。実はもう俺ら下を使っちゃってるんだ」
「ごめんなー。俺実家でも下だったから、何にも考えずに下使っちまった」
どうやら最初にオルマンが下を選んで、次に来たフィルヴェルケリが普段のままに空いていた方の下を使ったということらしい。
机はまだ誰も使っていないようで、二人は板張りの床にそれぞれ布を敷いて座っていた。机については、恐らく四人部屋なのでもう一人が来てから決めようということになり、俺はオルマンの上のベッドを使うことになった。
それなりに気遣いのできるルームメイトにやや強張っていた体から力が抜けた。
また見た目も勝手ながら親近感の持てる二人だった。
いかにもしっかり者のような雰囲気のオルマンは、恐らく遊牧民特有の日に焼けた肌と赤茶けた髪、さらにまだ子どもながらに筋肉のついた身体を持っている。しかし最も特徴的なのは、一見厳ついガタイに相反した円らな瞳である。まるで子犬のような黒目がちの目は、毎日見たばばさまを思い出させる。
一方のフィルヴェルケリは、話し方からもわかるようゆるい。見た目も顔の左半分を隠すくらいの前髪といい、伸ばした髪を無造作に結ぶ様などいかにもオシャレさんである。垂れた目が一層その印象を強める。だがこの垂れ目も、俺としてはじじさまに似ていて好ましい。
まぁ要は知り合ったばかりだが、俺は彼らを気に入ってしまったらしい。
入寮も滞りなく終わり、荷物を片付けながら、ぎこちなくもルームメイトとの親睦を深めていく。
「オレは遊牧民出身なんだ」
「俺は皇都出身。家は装飾屋なんだ。なんか入り用ならうちにおいでー」
「俺の家は皇都の端で農家やってる」
やはりオルマンは遊牧民で、どうやらフィルヴェルケリは装飾屋らしい。オルマンとフィルヴェルケリも見た目通りのようでホッとする。
「そろそろ昼かな」
「早めに食堂行かないとなー。ウルファス、案内してやるよ。一緒に行こうぜー」
オルマンは一昨日、フィルヴェルケリは昨日寮に着いたようで、それなりに勝手は分かっているらしく、二人についていくことにする。
食堂は学校内に併設されているらしく、ここから歩いていかなければならない。わざわざ校舎の昇降口から入る必要はなく、食堂用の入り口があり、学校にいないときはこちらを使うようだ。
中は早めに出てきたおかげか、それほど混雑している様子ではなかった。サービスエリアの食堂のように、料理を受け取るカウンターが三つあり、長机が縦に三列、その脇に背もたれのない丸椅子が所狭しと並べられていた。
それぞれのカウンターは、麺か米かパン(を平たく焼いたもの)らしく、日替わりで好きなものを食べてよいらしい。料金は学費に含まれているらしく、ここで払う必要はない。注文システムもよくわからないので、二人についていき、今回は皆で麺を食べることになった。
残念ながら食堂では兄姉たちに会えず、食事を終えてそのまま部屋に戻ってきた。
まぁ、同じ学校にいるので、いつかは会えるだろうとそれほど心配はしていない。
「なあウルファス、お前に兄弟とかいるー?」
部屋に戻って、自分のベッドで物の整理をしていたら、斜め下のフィルヴェルケリから話しかけられた。
「うん、いるよ。四つ上に兄と、二つ上に姉が」
「じゃあ、アルスラン・タクバクってお前のにいちゃん?」
「そうだけど」
「まじか!お前のにいちゃん、めっちゃ有名人だぞ!」
「はあ?」
聞けば、頭脳明晰、運動神経抜群、魔法の腕もよくて成績優秀。実習での実力も十二分に発揮されていて、来年は高等教育に進学し、省庁入り確実だと噂されるハイスペック人間らしい。
「うちのねえちゃんが言うにはー、そんな超人的な能力に加えて、日に透ける明るい茶色の真っ直ぐな髪と、しなやかな猫を思わせる宝石のような薄緑色の瞳をそなえた綺麗な顔立ちなんだってさ。色んなところが目をつける超優良物件らしいぞー」
「ふーん、アルスって凄いんだな」
「ウルファスの兄の凄さはわかったけど、なんでフィルヴェルケリがそんなに詳しいんだ?」
もっともな疑問にフィルヴェルケリを見れば、苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。
「俺のねえちゃん、ウルファスのにいちゃんと同じ学年なんだよ。それで凄い人がいるのー、ってそんな話を延々とされたわけー」
「そんな完璧人間じゃないけどなぁ」
あんなにナンサにベタ惚れでヘタレなんだからな。それこそがアルスの唯一の欠点で、最大の長所なのかもしれないけれど。
「うちのねえちゃんから見れば、すげぇ人なんだってさー」
「フィルヴェルケリのお姉さんも、そのうちうちの兄の残念さがわかるよ」
「どーだかなー」
それからも他愛のない話を三人で交わしながら荷物整理を行い、夕食を食べるためにまた食堂に向かう。またもや兄姉たちには会えず仕舞いだった。
お腹も満たされ、再度寮部屋に戻ってきたところで、長距離移動と新天地での交流という慣れないことへの緊張が切れたのか、すぐさま眠くなってしまった。
「ごめん、俺先に寝るよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「おつかれー」
まるで今朝のことが遠い過去のように、気のいいルームメイトととの明るい未来に期待しつつ、重い瞼は俺を暗闇に誘った。
お読みくださり、ありがとうございます。
お楽しみいただけたのなら幸いです。




